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| ■111■ 発表. 「死に放擲される老い――事態の深刻さと倫理/に抗う論理」 シンポジウム「老いること、衰えること、死を迎えること」. 第25回日本医学哲学・倫理学会大会.2006年10月29日(日).14:30〜17:30.於:大阪大学豊中キャンパス. |
天田城介(AMADA Josuke)
レジュメ脱稿:2006.** 最終更新日:2006.08
【概要】
※http://pe-med.umin.ac.jp/25th_meeting.html.htmからの転載
第25回医学哲学・倫理学会大会
大会テーマ「老・衰・死と向き合う」
会 期:2006年10月28日(土)、29日(日)
会 場:大阪大学豊中キャンパス共通教育棟
大会長:霜田求
参加費:3500円(当日4000円)、学生:1000円
* 特別講演・シンポジウムのみ:1000円
特別講演
日 時:2006年10月29日(日)13:20〜14:20
司 会:清水哲郎(東北大学)
講演者:鷲田清一(大阪大学)「老いの空白」
シンポジウム
日 時:2006年10月29日(日)14:30〜17:30
テーマ:「老いること、衰えること、死を迎えること」
司 会:霜田求(大阪大学)、宮越一穂(南大阪病院)
シンポジスト:
天田城介(立命館大学)「死に放擲される老い――事態の深刻さと倫理/に抗う論理 」
宮坂道夫(新潟大学)「難病、尊厳死、ニヒリズム――日本の難病患者が“世界”に示している普遍的な論点 」
田村恵子(淀川キリスト教病院)「衰え死を迎えるがん患者へのケア」
浅井篤(熊本大学)「死の自己決定と患者の利益」
【抄録】(1200字程度) ※2006年8月18日送付
死に放擲される老い――事態の深刻さと倫理/に抗う論理
●天田城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
* E-mail: josuke.amada@nifty.com URL: http://www.josukeamada.com
「アルツハイマー型認知症」と診断された82歳のGさんは2004年12月に肺炎を起こし、寝たきりの状態が続いていた。それまでは住み慣れた自宅にて生活していたが、肺炎のため入院することになる。だが、1ヶ月で最初の病院を転院、その2ヵ月後には次の病院も転院させられた後、三番目の入院先である病院に併設する介護療養型医療施設で生活するようになったのである。度重なる入退院を重ねる中でGさんにとって身体はより一層ままならなくなり、次第に衰弱し、数ヵ月後には体力の低下からか血液の循環が悪くなり、仙骨部や大転子部には酷い褥瘡ができ、そして左足の親指は壊死した状態になった。
このような時、一人娘であるHさん(55歳)は医師から「どのように看取られるのか、考えておいてください」と告げられる。加えて、@胃瘻の造設、A鼻腔栄養、B経腸栄養、B点滴静脈注射、C中心静脈栄養などの方法によって「延命」することが可能であることの説明がなされた上で、「ご本人とご家族が希望されるのであれば、人工栄養の方法を採らないことありうること」が伝えたれたのである。そしてHさんは幾重にも深く苦悩・葛藤し、逡巡しながらも「もしボケていなかったら当の本人が一番それ(延命)を強く望まなかっただろうし、私たち家族も安らかに旅立たせてあげたい」という思いから点滴のみを選択することを決断したのである。そして、2週間後、Gさんは息を引き取った。
何がしかのことをすれば、もっと生きられた時にそれらを行わない行為を「消極的安楽死」と呼ぶのであれば――医師もGさんも別の方法を選択すれば、もっと長生きできたであろうことは認めていた――、これは「消極的安楽死」と呼び得る事態である。そして、私たちはこうした〈老い〉が〈死〉に放擲されている現実が様々な場において起こっていることを知っている。老いを生きる人たちが置かれているどのような場においてもこうした事態は引き起こされているのだ。にもかかわらず、その事態(の深刻さ)は「その人らしい幕引き」「大往生の自然な死」「家族に囲まれた穏やかな死」「苦痛を感じることのなかった安らかな死」などという口当たりのよい言葉によって封印/隠蔽されているのである。
本報告では、報告者がこの数年間にわたって遂行してきたインテンシブなフィールドワークをもとに、日常的に医療の場(とりわけ、医療型の介護療養型施設、精神科の老人性認知症専門病院や老人性認知症疾患療養病棟、そして特殊疾患療養病棟など)において起こっていること、更には様々な介護老人保険施設(特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養型医療施設)や認知症グループホームや有料老人ホームなどにおいて日々起こってしまっている現実(事態の深刻さ)について報告するものである。
私たちはこのような《死に放擲される老い》の事態の深刻さをどのように考えることが可能であるのか、そしてそうした事態に抗う倫理について、その倫理を導出する根源的な論理についていかに思考することが可能であるのか。これらのことについて報告したい。
【配布資料】※061029文章掲載にあたり誤植を修正。
第25回日本医学哲学・倫理学会大会シンポジウム配布資料
2006/10/29(日) 於:大阪大学豊中キャンパス
「死に放擲される老い――事態の深刻さと倫理/に抗う論理」
●天田城介
* E-mail: josuke.amada@nifty.com URL: http://www.josukeamada.com
0.問うべきことの幾つか
■ 「医療」や「福祉」の場において少なくない高齢者の〈老い〉が〈死〉に放擲されている現実がある【1】。そうした事態は「(延命)治療の中止・差し控え」「消極的安楽死」として語られているが【2】、語られる以前に「事実」として《死に放擲される老い》の現実がある。
■ 何がしかのことをすれば、もっと生きられた時にそれらを行わない行為を「消極的安楽死」と呼ぶのであれば、老い衰えゆく高齢者がいる少なからずの場所において惹起している現実は「消極的安楽死」と呼び得る事態である【3】。そして、私たちはこうした《死に放擲される老い》の現実が様々な場において起こっていることを知っている【4】。〈老い〉を生きる人たちが置かれているどのような場においてもこうした事態は引き起こされているのだ。にもかかわらず、その事態(の深刻さ)は「その人らしい幕引き」「大往生の自然な死」「家族に囲まれた穏やかな死」「苦痛を感じることのなかった安らかな死」などという口当たりのよい言葉によって封印/隠蔽されているのである。
■ 本報告では、報告者がこの数年間にわたって遂行してきたインテンシブなフィールドワークをもとに、日常的に医療の場(とりわけ、医療型の介護療養病床、精神科の老人性認知症疾患療養病棟、特殊疾患療養病棟など)において起こっていること、更には様々な介護保険施設(特別養護老人ホーム、老人保健施設、介護型療養病棟)や認知症グループホームや有料老人ホームなどにおいて日々起こってしまっている現実(事態の深刻さ)について報告するものである。ただし、時間等の制約から本報告では「介護型療養病棟」でのインタビュー調査に限定して発表するものとする【5】。
■ 私たちはこのような《死に放擲される老い》の事態の深刻さをどのように考えることが可能であるのか、そしてそうした事態に抗う倫理について、その倫理を導出する根源的な論理についていかに思考することが可能であるのか【6】。これらのことについて報告したい(が、時間的制約上、ここでは現に何が起っており、それを家族がいかにように語っているかという「事実」のみについて発表するだけとなる)。
1.どのように死に放擲されているのか?
■1-1.事例@「延命治療の差し控え・中止」による死への放擲【一部抜粋】
「アルツハイマー型認知症」と診断された82歳のGさんは2004年12月に肺炎を起こし、寝たきりの状態が続いていた。それまでは住み慣れた自宅にて生活していたが、肺炎のため入院することになる。だが、1ヶ月で最初の病院を転院、その2ヵ月後には次の病院も転院させられた後、三番目の入院先である病院に併設する介護型療養病床で生活するようになったのである。度重なる入退院を重ねる中でGさんにとって身体はより一層ままならなくなり、次第に衰弱し、数ヵ月後には体力の低下からか血液の循環が悪くなり、仙骨部や大転子部には酷い褥瘡ができ、そして左足の親指は壊死した状態になった。Gさんからは言葉が消え、時折、「あぁ〜、うぁ〜」という「声」だけが病室に「悲鳴のように」鳴り響いていたという。
このような時、一人娘であるHさん(55歳)は医師から「どのように看取られるのか、考えておいてください」と告げられる。加えて、@胃瘻の造設、A鼻腔栄養、B点滴静脈注射、C中心静脈栄養などの方法によって「延命」することが可能であることの説明がなされた上で、「ご本人とご家族が希望されるのであれば、人工栄養の方法を採らないことありうること」が伝えられたのである。そしてHさんは幾重にも深く苦悩・葛藤し、逡巡しながらも「もしボケていなかったら当の本人が一番それ(延命)を強く望まなかっただろうし、私たち家族も安らかに旅立たせてあげたい」という思いからブドウ糖液などの「点滴」のみを選択することを決断したのである。そして2週間後、Gさんは「朽ち果てる」ように息を引き取った。
■■T.≪物語≫の調達/≪偶有的可能性≫の縮減
Hさんは医師から「どのように看取られるのか、考えておいてください」と告げられ、「延命」の選択肢として@胃瘻の造設、A鼻腔栄養、B点滴静脈注射、C中心静脈栄養などの方法について説明されたあと、「ご本人とご家族が希望されるのであれば、人工栄養の方法を採らないことありうること」が伝えられた。そしてHさんは幾重にも苦悩・葛藤しながらも「点滴」のみを選択することを決断したのである。当時をHさんは以下のように語る。
【Hさん(55歳/娘)の語り@】――「本人の思い」「これしかなかったのだと思います」
「え〜とですね、当時は、私は仕事に忙しくて、十分に看てあげることはできなかったけどもね、ただ、少なくともですね、母が決して『延命』だけは望んでいなかったということについてはハッキリと言えます。それまでも母は生前から『ずっと無意味に生かされるのはイヤ。あんたに迷惑をかけるぐらいなら安らかに逝かせてほしい』と常々言っていましたから、私としては胸引き裂かれる思いではありましたけども、夫から『何よりもお母さんの思いを最優先して考えろ!』といわれたのもあって、先生に『安らかに旅立たせてあげてください』とお願いをしました。(中略)ただね、もしボケていなかったらね、当の本人が一番それ(延命)を強く望まなかったと思いますし、私たち家族もね、老い先短い人生であれば、本人の希望を叶えてあげて、安らかに旅立たせてあげたいと思ったんです。いろいろ迷いましたが、本人は(重度の認知症と意識障害によって)しゃべることはできませんでしたが、その思いを汲み取るのであれば、これ(この選択)しかなかったのだと思います。それ以外には私たちにはどうしようもないじゃないですか」
ここでは起っていることは何か。端的に言えば、第一には、それまでのGさんの同一性(アイデンティティ)(と想定されるもの)が周囲によって仮構されつつ「『母』としてのGさん」という《物語》がHさんをはじめとする家族によってその都度ごとに作り出されていく只中において――家族・親族の内においてもその物語の創出/改編のありようは様々に対立し、各々の成員の利害と思惑をめぐってせめぎあうことになる――、そうした≪物語≫が言わば「ご都合主義的」に≪理由≫として調達されることを通じて「(延命)治療の差し控え・中止」の「決定」に帰結してしまっている事態にあるのだ! 説明するまでもなく、当時Gさんは「重度の認知症」の状況にあり、「意思表示」することも困難であったため、「(延命)治療の差し控え・中止」の決定は少なくともGさんの「意思」によるものではない【7】。言うなれば、≪選択の理由≫に当人の≪物語≫が調達されることによって「(延命)治療の差し控え・中止」の決定が達成されているのだ【8】。
第二には、Hさんが母親であるGさんの「思いを汲み取る」のであれば、「これ(この選択=延命治療の差し控え・中止)しかなかったのだと思います。それ以外には私たちにはどうしようもないじゃないですか」と自らの逡巡を覆い隠すが如く語気鋭く強調したように、「この選択でしかあり得なかった」あるいは「別様な選択もあり得はしたが、『母らしい人生』を全うするためにはこの選択である他はない」と解釈しているのである。つまり、「別様でもあり得た」という≪偶有的可能性≫を縮減することを通じて、自らの「親の生死を決めるような究極的な選択」が「この」ような選択でしかあり得なかったと表明しているのである。
要するに、家族によってGさんの同一性(アイデンティティ)の仮構を繋留点として再編された≪物語≫が調達されることを通じて「もしボケていなかったら当の本人が一番それを強く望まなかった」と定位され、あたかも本人自らが「延命治療の差し控え・中止」の決定を強く望んだが如く解釈されていくのだ。そして、こうしたGさんの同一性(アイデンティティ)の仮構/≪物語≫の再編とパラレルな形で「『この』選択でしかあり得なかったこと」「別様な選択もあり得はしたが、『母らしい人生』を全うするためにはこの選択である他はない」と≪偶有的可能性≫の縮減が雁行されるのである【9】。
加えて、こうした「当事者の意思」の代理表明(の論理)には奇妙なネジレがあるのだ。
Gさんの「当事者の意思」は「もしボケていなかったら当の本人が一番それを強く望まなかった(であろう)」といったような「利他的な意思」として表明されつつ――「あんたに迷惑をかけるぐらいなら安らかに逝かせてほしい」という言葉が参照・言及されつつ――、そのような「利他的な意思」こそがまさにGさんの「当事者の意思」の全体として、換言すれば、Gさんの「意思」は別様でもあり得るにもかかわらず――それ以外の多様な意思があり、かつその意思も様々に変転し得るものであるにもかかわらず――、「利他的な(当事者の)意思」こそが「当事者の(不可視の/理解不可能な)全体性」の代補として機能してしまっているのである。むろん、≪物語≫の形象性/外延を暗黙のうちに予め滑り込ませる=密輸入することなしに私たちは自己の/他者の≪物語≫を語ることは困難であるにしても、「死」をめぐる場面における≪物語≫の形象性/外延の密輸入は、語ることが困難な人たちの生存の可否を決定づけてしまう<参照先>を他者が語ることによって、まさに「死者」という絶対的に語り得ぬ存在へと放擲されてしまうという≪絶対的な暴力性≫として立ち現れるのである。言うまでもなく、ここでの主張は≪よい物語≫と≪悪い物語≫があるというお話ではないのだ。
■■U.「老いの特異性」「抑圧からの解放」という言説実践
Hさんはインタビューの場面において繰り返し「若い人であれば別ですけど、老い先短い年寄りにとっては(死が避けられない自然なものである以上)受け入れていくこと」を強調し、また「チューブでつながれ、手足を縛られて生活するよりも、苦痛を感じることのない穏やかで安らかな死」を実現するためにこそ「止むを得ない選択」であると主張した。言い換えれば、「老いの特異性」あるいは「若年者との差異」を踏まえるのであれば「たとえ、私たち(家族)にとってつらい選択であったとしてもその選択は致し方ない」ものであるという意味で、「普遍的」なそれとして語られるのではなく「老いと死をめぐっての特異な選択」として強調されたものである。つまり、「一般的」なそれではなく「特殊な選択」として語られるがゆえに、それが「老いと死」を現前にした時には「やむを得ない選択」として感受されるものとして解釈されているのである。以下、Hさんの語りを見てみよう。
【Hさん(55歳/娘)の語りA】――「やむを得ない選択」「楽にしてあげたかった」
「そうですね、私は誰もが延命の中止をしたほうがよいとは思いませんね。小さい子や若い人などの場合であれば、親御さんなどは『どんな状態でも生きていて欲しい』と思うでしょう。私はそれは否定しないんです。と言いますか、私も自分の子だったらそのような状態であればそうしていると思うんですよね。ただ、年寄りの場合には、自分の親だとそう簡単には割り切れない思いがあり、とても悩んだし、いまでも(その選択が)よかったのかどうか分かりませんが、残された時間が限られている以上、やはり違うのだと思いますよ。年寄りにとっては死は誰にも避けられない自然なものでしょう。(中略)だから、若い人であれば別ですけど、老い先短い年寄りにとっては(自らの死を)受け入れていくことが大事なんだと思いますよ。本当に。それにね、チューブでつながれ、手足を縛られて生活するよりも、苦痛を感じることなく、おばあちゃんには穏やかに、安らかに逝って欲しいと思うのが普通じゃないでしょうか。むろん、家族の気持ちはそう簡単にはいかないにしても、それ(生かしたいと思うこと)は家族のエゴでしょう。それよりもおばあちゃんの立場で、つらくないようにしてあげることが老人にしてあげられる最後のプレゼントだと思うんです。だからね、思いは複雑だけど、止むを得ない選択だったんです。
このように「老いの特異性」あるいは「若年者との差異」の言及を通じて「老いと死をめぐっての特異な選択」という≪特殊性≫が明示的/暗示的に指し示される。あるいは「小さい子や若い人など」との差異化を通じて「老いの特異性」が分節化されているのだ。加えて、「人によって(老いや死への)思いも違うし、親との関係も違いますから、それ(延命治療の差し控え・中止)はそれぞれにおいて選択されるべきであると思います」と強く主張したように、「延命治療の差し控え・中止」という選択は当事者やその家族に委ねられるべきであると言及されているのである。つまり、ここでの言明は「老いの特異性」が分節されることでその≪特殊性≫を前提にした「老いと死をめぐっての特異な選択」が「ありうべき選択の一つ」であることが語られていると同時に、当事者やその家族それぞれにおいてその「特異な実践的形式」としての「選択」が採られるべきであるという≪一般性≫を主張する位置取りをしているのである。平たく言えば、一方で≪特殊性≫を前景化させることで「止むを得ない選択」であったことの正当性を担保せんとし、他方では≪一般性≫の言辞を使用することでその選択が「(止むを得ない選択でありながら)普通のことであること」を主張/接合した言語実践であるのだ。そして、その結節点には「自然(な死)」と「多様(な死)」が布置されているのである。≪死に放擲される老い≫という事態をめぐってはこのような言説の配置=配分(エコノミー)があるのだ。
更には、「チューブでつながれ、手足を縛られて生活するよりも、苦痛を感じること」がないような「穏やかで安らかな死」が語られているのだ。つまり、私たちの社会における老い衰えゆく高齢者の置かれている状況(たとえば、「チューブにつながれ、手足を縛られて生活」しているなどの状況)への「抵抗」の言説として、あるいは「抑圧からの解放」の言説として語られているのである。そして、その「抑圧からの解放」という言説は、「生かしたいと思うことは家族のエゴ」というように家族の利己性を禁止する言明を随伴させつつ、「当事者(おばあちゃん)の立場」に立つことによってその「選択」が可能になる、という意味内容になっているのである。このように「利己性」への禁欲的言明と「当事者性の仮構」によって「社会批判的」な立ち位置から「延命治療の差し控え・中止」の「選択」の態度表明が遂行されているのだ!
極めて乱暴に言及すれば、後述するように、こうした言説実践は、家族の「複雑」かつ「割り切れない気持ち」を「納得のいくもの」に反転/転倒させるような言説の配置=配分(エコノミー)のもとで遂行される実践であると同時に、「自責の念」を封印/抹消するような社会的機制であると言えるかもしれない。≪死に放擲される老い≫をめぐる事態の厄介さはこんなところにもある。
■1-2.事例A「穏やかな死」のための「自己決定」による死への放擲【一部抜粋】
幾度も脳梗塞を起こし、左半身に麻痺を抱えながら暮らしていたIさん(78歳)は自宅と老人保健施設を定期的に往復するように生活を営んでいた。72歳で最初に脳梗塞を起こして入院した時、幾つかの病院を転々としたのちに退院し、どうしても自宅で生活したいというIさんの意を夫が汲み、何とか自宅に戻って暮らすことになった。自宅では夫であるJさん(79歳)がずっと一人で介護してきたが、夫も持病のリウマチや腰痛が悪化したため、これまでのように自宅と老人保健施設を往復する形での介護は限界だと判断し、2005年1月に脳梗塞を再発したあとは(病院に1ヶ月半入院したのち)、介護型療養病床にて生活することになった。
その頃にはもともとの心臓の持病に加えて体力も相当に衰えてきていたが、それでも何とか車椅子を使って生活をすることもできていた。だが、2005年10月には再び脳梗塞を起こし、また肺炎も併発したため、意思表示も困難となり、寝たきりの状態になった。
Iさんは療養病棟に入所した折に「絶対に無用な治療はして欲しくない。何も言えなくなったらそのまま死なせて欲しい」と施設スタッフに告げていた。また、夫にも以前から何度も繰り返しその主旨のことを伝え、「そうなったら絶対にやめて」と強く希望していた。明文化された事前指示はなかったが、夫も施設スタッフもそのことについては了解していたし、相互にそのことについても話し合う機会もあったという。
このような状況にあったため、肺炎が悪化し、高熱が続いた。その後も高熱は治まらず、息も荒く、呼吸も苦しそうであったため、医師は夫に「鼻腔栄養管理をしたり、抗生物質を投与したり、呼吸器をつけるなどをするかどうか」を尋ねたが、夫であるHさんは医師に対して以前からのIさんの「意思」を伝え、また施設スタッフにもその旨をIさん自身が口頭で伝えてあること(夫婦が「介護日誌」として記録していたノートにもその旨が書かれていること)を告げ、「延命治療の差し控え」を強く主張した。そのため、医師は抗生物質などの投与を見合わせることになったのである。その後も高熱は続いたが、夫の強い希望を優先してブドウ糖液などの点滴のみの行うだけとした。3日後、Iさんは静かに息を引き取った。
■■T. ≪不安≫の充填/≪疚(やま)しさ≫の封印・抹消
Jさんに限らず、「延命治療の差し控え・中止」を決定した当事者の家族がしばしば口にするのは「本当にそれ(その選択)がよかったのかいまでも分かりません。年老いた親(あるいは配偶者)の生死を決めることは家族にとってはつらすぎることです」「その時にはとにかく妻が苦しんでいる現実を見たくないという思いが強かったのも事実です」という言葉である【10】。
このように「見たくない現実を見ざるを得ない状況」の只中で、「かわいそう」で「不憫」に思う「気持ち」が前景化し、当のHさん自身が「とても不安な気持ち」に陥っているのである。こうした事態において「妻が妻らしく最後を迎えられるように」という感情が行為遂行的に強化されていき、「延命治療の差し控え」を決定するに至ったのである――その意味では「妻の意思」は事前に表明されていたとはいえ、夫の意思と感情が予め決まっていたわけではないのだ。
いずれにしても、Jさんはこうした≪不安≫を強烈に感受する中で決定を下したのだ。
【Jさん(79歳/夫)の語り@】――「とてもつらくて、ああするしかなかったんです」
「本当にそれ(その選択)はつらいことではありましたが、妻の思うでもありましたし、もし私が倒れてしまったら(遠くに住む)息子たちに迷惑がかかるという思いもありました。実際ね。ただ、それでもそう(延命治療の差し控えを)決めたのは妻の思いと、正直に言えば、私がその時にはとにかく妻が苦しんでいる現実を見たくないという思いが強かったのも事実です。当時は妻もボケが出てきていたし、反応もほとんどなくなってきてしまって、本当にかわいそうというか、不憫というか、何となくそんな気持ちでした。(中略)そんなわけで、かわいそうで、不憫に思う気持ちもあって、私自身もとても不安な気持ちでしてね、そういうことで、妻が妻らしく最後を迎えられるようにっていう思いになって。(中略)(「点滴だけはしてもらおうと思ったのはなぜですか?」という質問に答えて)やっぱりね、私としても自らが先生(医師)に頼んで命を縮めるようなことをお願いすることはできないですね。だからね、私自身は『毒を盛る』みたいなやり方は絶対にできないですね。チューブを外すみたいなこともできないです。長年連れ添った家内にそんなことはできないですよ。ほんと、命の灯火が自然に消えるように、天寿を全うするように、自然といくのを見届けるっていう感じですね。そんな気持ちなんですよ。」
このように「かわいそうで、不憫に思う気持ち」の感情が強化されていく中で、Jさん自身が「とても不安な気持ち」を感受するようになった。そしてその≪不安≫は妻のIさんが老い衰えゆくにともなって次第に強化されていったのである。まるでJさんは自らの≪存在論的な不安≫の「空虚な穴」を≪充填≫するが如く、その強烈なアイデンティティの不安の「穴」を≪埋め合わせる≫が如く、「妻が妻らしく最後を迎えられる」ような感情に呪縛されていったのである。私たちの社会において家族や夫婦などの「私的領域」として区画・確定された空間において、私たちは「自己の偶有性を棄却することをつうじた相補的な承認の形式」(天田 2003:448-453/2004:172-176)を通じて自らのアイデンティティを保持しているとすれば――つまり、「そこで自己と他者は。相互に『自己の偶有性』を棄却することを通じて自らのアイデンティティを確定するのであり、それ故、“他でも有り得た私”を棄却して“このような物語しか有り得なかった私”と確定した自己は、それを承認してきた他者にとって“それ以外には有り得ない”あるいは“それ以外ではあってはならない”ものとして『規範化』していく」(天田 2004:176)とすれば――、まさにJさんにとって「ボケて物言わなくなった妻」は自らのアイデンティティを脅威に晒すような、自己の存在それ自体を“宙吊り状態”にするような強烈かつ不気味な≪存在論的不安≫を惹起させる存在であるのだ。そうであるがゆえに、Jさんは「妻が妻らしく最後を迎えられる」ように様々な舞台設定を医療関係者と協働的に作り出すことを通じて、妻であるIさんの同一性の仮構によって再編した≪物語≫によってその「存在論的不安」を充填するのである――言わば、Gさんは自己の/他者の≪老いの他者性≫を排除/放擲すると同時に、当該文脈においてJさんの存在を自らの存在を補完するだけの鏡像的な他者存在へと置換せんとしていたのだ。「穴」はこうして嵌入されるのである。
もう一つ。いわば≪疚しさの封印・抹消≫とでも呼ぶべき事柄をJさんは自ら語っている。
報告者が「点滴だけはしてもらおうと思ったのはなぜですか?」と尋ねると、Jさんが「やっぱりね、私としても自らが先生(医師)に頼んで命を縮めるようなことをお願いすることはできない」と語り、「毒を盛る」ようなやり方、あるいは「チューブを外す」ようなこともできないと語っているように、――論理的には「積極的安楽死/消極的安楽死」は区分・弁別不可能であるにもかかわらず――自らの手で「殺すこと」への強い抵抗を表明していたのである。おそらくJさんにとって「積極的に何かをして死に至らしめること」を遂行することは強烈な「自責の念」を惹起させる行為であるために耐え難い行為であるため、「特段に何かをしないという消極的な志向性のうちにおいて自然に死ぬにまかせること」を≪基本綱領≫とすることで、「延命治療の差し控え・中止」に随伴する≪疚しさ≫や≪自責の念≫を最小化せんと試みていたのであろう。加えて、「毒を盛る」「チューブを外す」といった何かをすれば可視的に≪死≫へと帰結する行為を回避し、「ブドウ糖液などの点滴のみとする」ことによって「命を絶った」「命を縮めた」という感情を惹起することもなく、「命を延ばさなかった」という解釈が可能になっていたのである――むろん、論理的にはこの解釈は全く辻褄があってはいないにしても。
いずれにしても、このような「消極的な態度」を自らの≪基本綱領≫とすることを通じて自らの「長年連れ添った家内」の「命を絶った/命を縮めた」という感慨を抱くことなく、「延命治療の差し控え・中止」の決定を遂行することが可能となっていたのである。
■■U.同一性(アイデンティティ)による全体性の代補/「自己の切断」と「自己の接続」の奇妙な結合
【Jさん(79歳/夫)の語りA】―-「『そうなったら死んだほうがマシ』という気持ちを尊重しました」
「とにかく本人もあそこ(療養病床)に入る時に『絶対に無用な治療はして欲しくない。何も言えなくなったらそのまま死なせて欲しい』って言っていたんで、その思いを大事にしてあげたいと思っていました。気丈な妻でしたから、そのままで逝かせてあげたいと。それに妻は常々『そうなったら(寝たきりになったり、意思表示ができなくなったら)絶対に(治療を)やめて』と希望していましたからね、本人の『そうなったら死んだほうがマシ』という気持ちを尊重しました。もちろん、きちっと書かれたもの(事前指示書のようなもの)はなかったけれどね、あそこ(療養病床)に入る時にも職員さんにそのことは繰り返し伝えてあったし、職員さんもそのことを理解していたし。あ、でもね私たちがずっとつけていた『介護日誌』があるでしょ、あそこにも『私は一切の延命は拒否します』ってなことを書いていったから、それは誰もが知っていたこと。それは私にはつらいことだったけど、ただやっぱりね、(妻の)思いがあったし、(妻には)気丈のままでっていう(私の)思いもあったし。だからね、その時(高熱が続いていた時)にも、先生(医師)には『先生、以前から妻が希望していたようにしてください』って言って。」
先述したGさんとは異なり、――事前指示書のような形で明文化されていないにせよ――Iさんの「意思」は事前に表明されていた(と周囲は理解している)。したがって、ここでは自らの同一性によって通約された≪物語≫を当事者自らが保持せんとして、「延命治療の差し控え・中止」の決定を下しているのである。だから、夫が(意思表示が困難になる前に妻が表明していた)「『そうなったら死んだほうがマシ』という気持ちを尊重しました」と語るように、妻であるIさんによって事前に表明された≪物語≫がその「理由」として調達されているのである。
ただ、周囲によって創出/再編された当事者の≪物語≫であれ、当事者が事前に表明しておいた≪物語≫であれ――この差異は大きいこともあるが、少なくともこの場合には――、「事前の意思表明」の有無が異なるだけで、それらが前提にしている構図は同型であると言える。
一つには、「別様でもあり得た」という≪偶有的可能性≫を縮減することを通じて、「生死を決めるような究極的な選択」が決定されているという意味では同型である。
第二に、Gさんのように家族に汲み取られたにせよ、Iさんのように事前に表明をしていたにせよ、「想定された意思」あるいは「事前に表明された意思」がまるで「当事者の(不可視の/理解不可能な)全体性」の代補として機能してしまっているという意味でも同型であるのだ。
したがって、「周囲によって想定された意思」であろうが、「事前に表明された意思」であろうが、上記2点から――つまり〈老い衰えゆくこと〉という自己の≪他者性≫の地平から――私たちは自らの「死の自己決定」なるものが可能かどうかを根底から問い直すべきなのだ!
そもそも考えてみると、「死」の事前指示なるものは一体何を表明していることになっているのか。よくよく考えると、実は全く不可解なものであるようにも思う。
しばし思考すれば分かるように、「現在の私A」が「未来の私B」を予測して自らの身体を処分/決定をするという意味では自己の≪同一性≫≪連続性≫を前提にしながら、同時に「現在の私A」は「未来の私B」になることを「あってはならない」と判断し、「そのよう(Bという状態)になったら死んだほうがマシ」と裁定しているという意味では「現在の私A」と「未来の私B」を非同一的に理解しているのだ(この点においては「現在の私A」は「未来の私B」(「あってはならない私」という自己の他者性)を自己のうちから消去/排除せんとしているのである!)。要するに、前者においては自己の≪同一性≫≪連続性≫の位置に立ちながら、後者においては自己の≪非同一性≫≪非連続性≫を主張としているのである。奇妙な論理である。
本報告にてこれ以上の詳説は割愛せざるを得ないが、≪「死」の事前指示なるものの不可能性≫について思考することこそ、いま私たちは求められているのではなかろうか。
2.事態の深刻さと倫理/事態の深刻さに抗う論理【一部のみ言及】
■2-1.「生きさせる権力/死の中に廃棄する権力」によってどこまで語れるか?
以下、拙著(天田 2003:316)からの引用。「「生−権力」とは、ダミアンの残虐な刑罰に見られるような、国王が臣民の生殺与奪の権を掌握し、生命を「奪い取る」ような権力ではなく、国民の生命を「産出する」権力である。それは「生命に対して積極的に働きかける権力、生命を経営・管理し、増大させ、増殖させ、生命に対して厳密な管理統制と全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力」である(Foucault 1976=1986:173)。更にいえば、「死なせるか生きるままにしておくという古い権力に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するかという権力が現われた」(Foucault 1976=1986:175/傍点引用者)のである。つまり、「古い権力は人間が「生きている」ことを前提にしてそれを剥奪するが、「生−権力」は人間の「死」を不可避なものとして捕捉し、それに対する「抵抗」として立ち現われる(生は死への連続的な過程として了解される)。具体的には、一方の極には、医療テクノロジーによる人為的な生命の維持・管理、つまり延命が可能となったことなどの事態が(=生きさせる権力)、そしてもう一方の極として、まさにその反対に、「正常な規格」ではない〈生命〉を生きる時、例えば不治の病や難病などを生きざるを得ないる場合には、「死の権利」や「自己決定」という名のもとに自らで死を選択する可能性が了解されてしまうことなどの事態(=死の中へ廃棄する権力)が登場したのだ」【11】。
⇒私たちの社会において決定的に重要な問いは「死の中に廃棄する権力」のほうである。
⇒むしろ、「生きさせる権力」という平板な理解の認識論的な陥穽を考えてみること。
⇒こうした権力の析出では問い得ない「倫理的な問い」を考えてみること。
■2-2.「尊厳死」の思想の構成
立岩真也が主張するように、尊厳死の思想は、@社会の主流でありながら批判をなし得る「自律」という価値を基調音とした主張をし――その実現を志向しながらもそれは私たちの社会においては「未完のプロジェクト」であることによって、その主張は「主流派/多数派」でありながら「批判派/少数派」でもあるという両義的な立ち位置が可能になる――、A肯定的に受容されている「自然」を称揚することによって、あるいは「自然(の死)」を自ら決定することを通じて各人各様の「自然さ」を享受することを強調し――「自然」を強調することによって現在の社会のあり方に「批判的」であると同時に、多くの人たちにその言説は消費されることになる――、B自らの決定であるとしながらもそれが社会や周囲に迷惑・面倒をかけるからと自発的に行われるという意味で「利他的」なふるまいでもある。「こうして尊厳死の思想は、批判的でもあるし、本流でもある。科学的でもあるし、科学(主義)批判でもある。近代的でもあるし、自然志向でもある。自律的でもあるし、利他的でもある。それらを加え、並べて、尊厳死は、『他者を考慮し、自然に死ぬことを、私が選ぶ』という行いである」(立岩 2005a:29)。
⇒≪物語≫の調達/≪偶有的可能性≫の縮減
⇒「老いの特異性」「抑圧からの解放」という言説実践
⇒ ≪不安≫の充填/≪疚しさ≫の封印・抹消
⇒同一性による全体性の代補/「自己の切断」と「自己の接続」の奇妙な結合
■2-3.≪死に放擲される老い≫をめぐって
⇒「生命/生存」の位置価をめぐって
⇒「他者(性)」の位置価をめぐって
⇒「分配/承認」の論理の論理的接続【12】
⇒その他諸々…
註
【1】 こうした《死に放擲される老い》をめぐる現実を照射したものは少ない。斎藤義彦(2002)がそれを諸々の取材から現実に何が起っているのかを叙述し、向井承子(2004)がそうした現実について痛烈に批判している。また、斎藤義彦(2006)は米国において老いをめぐって何が起っているのかを的確にまとめている。本報告では時間の制約上、上記の書で触れている部分について包括的に議論できるものではないため、《死に放擲される老い》についての批判的検討は天田(2007)にて発表する予定。
【2】) 本報告においては「安楽死」と「尊厳死」の区分、「積極的安楽死」「消極的安楽死」「間接的安楽死」の概念的・技術的な弁別は重要な意味をもつものではないため、割愛する。こうした区分・弁別が時代状況に応じていかに分節/節合化されてきたのかを知るには、「尊厳死」言説が歴史的にどのように誕生・生成したかについて批判的に検討した大谷いづみ(2006)の秀逸した研究を参照されたい。米国における「死ぬ権利」とその言説をめぐる歴史性についての批判的検討は香川知晶(2006)。また、病いをめぐって哲学の領域において何が言われてきたのかについての刺激的な論考に小泉義之(2006)。更には市野川容孝による医療の歴史性を踏まえたメディカル・リベラリズム批判(市野川 1994)もある。
【3】 こうした「消極的安楽死」をめぐる事態をALSの人たち(とその家族)の紡ぎだした無数の言説を再配置し、論理内在的に考察した画期的な論考として立岩真也(2004)がある。
【4】 米国の「医療の場」において現実に何が起っているかの記述については以下(Chambliss 1996=2002/Christakis 1999=2006)。また、高齢者のナーシングホームについて(Diamond 1992=2004)、
【5】 本報告の前提となる調査は2004年3月〜2006年3月の約2年間にわたり遂行されたものである。しかしながら、最初、いくつかの病院にあたるも調査の協力について了解を得ること自体に難航したため、病院や施設にて高齢者を亡くした家族にまずは調査の依頼を個別的に行った。また、医療・福祉関係者には「組織の一員」としてではなく、あくまでも「高齢者医療に関わる医師や看護師などの医療関係者の一人」という立場から調査に協力してもらうということで承諾を得た。調査は概ね調査協力者の自宅や自宅付近の場所などにおいて、1対1のインタビューを前提にした半構造的面接法を用いて遂行した。家族ならびに医療・福祉関係者ともに、匿名の表記にすること、承諾が得られない場合にはテープレコーダー等にて録音しないこと、インタビュー部分のトランスクリプトにおいて病院が特定されてしまう一切の情報を編集・削除することを条件に調査の協力を得ることが可能になったことに表れているように、調査自体の困難が極めて難しいことを付記しておく。なお、インタビュー調査のトランスクリプトの記述にあたっては、ほぼ調査協力者が語った内容を忠実に記述するように努めたが、発表時間の制約や配布資料の分量を鑑みて適宜修正を施した。また、この発表用資料におけるトランスクリプトの掲載にあたっては、調査協力者に発表の場とその目的を説明し、当該部分の抜粋についての了解を得ている。
【6】 こうした「問い」については別途報告する予定である。ちなみに、報告者主として認知症を生きる高齢者が「施設介護」という場において、あるいは「家族介護」や「高齢夫婦介護」という場においてどのように生きざるを得ないのか、そうした現実を作り出している社会的機制について論及したものとしては天田(2003)。また、〈老い衰えゆくこと〉の語り難さ・語り得なさ、あるいは老い衰えゆく当事者の感受する『言語の徹底的な不自由さ』という只中における相互の根源的偶有性の交通(不)可能性において成し遂げられる自己と他者の〈あいだ〉において立ち現れる〈自由〉の倫理的根拠について言及したものとしては天田(2004a)を参照されたい。加えて、「公共圏/親密圏」という構図において封印されてしまう「生命/生存の維持」という価値について論考したものとして天田(2005a)、小澤勲の思考と実践の軌跡を通じて「なおること」をめぐって対談し(天田 2006b)、その上で考究したものとしては天田(2006c)がある。加えて、「構築主義」と呼ばれるものの理論的意義を認めつつ、その限界について考究した論文としては天田(2004b)で言及している。
【7】 こうした事態が現に立ち現れているとしても「だからこそ適切な意思決定プロセスを前提にした本人の死の自己決定が大切である」という主張には論理的に接続し得ないことについては後述する。
【8】 むろん、より厳密に分析するとすれば、【老い衰えゆく当事者の≪物語≫がその家族によって(様々な利害と思惑が絡み合いながら)調達されることによって「(延命)治療の差し控え・中止」の決定が達成されている、と事後的に家族は「解釈」しているのである】と表現すべきであるが、本報告においては【家族が「事後的」にどのように「解釈」したか?】に照準した研究ではないため、ここでは詳細については略して説明をしていくものとする。こうした点については天田(2007)において詳説する。
【9】 「施設介護」や「家族介護」や「高齢夫婦介護」の場において〈老い衰えゆくこと〉をめぐっていかにして老い衰えゆく当事者やその家族の<偶有性>、とりわけそれぞれの成員のアイデンティティにおける<偶有性>が縮減されてしまうのかについては天田(2003/2004)にて論考した。
【10】 家族の幾重にも深い苦悩と葛藤については斎藤義彦が同様に指摘している(斎藤 2002:72)。
【11】 拙著においても「こうした「生−権力」は、それぞれの人間の身体の振る舞いをある特定の形態へと規律化させる微視的な権力の手続きである「解剖−政治学(anatomo-politique)」と、死亡率や寿命などを管理することで人口全体の維持・増大・減少を「調整する管理」という巨視的な側面である「生−政治学(bio-politique)」によって作動している」(天田 2003:316)と説明したように、私たちは「生−政治学」を駆動する近代社会の機制をいかに批判的に語り得るのかという問いに格闘すべきだろう。
【12】 承認をめぐる問題性を析出したものとしてA.ホネット(Honneth 1992=2003/1996=2005)の研究があるが、私には承認の問題が記述されている感がもてない。
文献
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⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など