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| ■013■ 「リハビリ・1」(世界の感受の只中で・13) 『看護学雑誌』(Vol.72 No.05).**-**.医学書院.2008年05月01日発行. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2008.03.04 最終更新日:2008.03.04
世界の感受の只中で.2007年5月01日〜.『看護学雑誌』(医学書院)
■医学書院 http://www.igaku-shoin.co.jp/
■『看護学雑誌』 http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014610.html
【全文】(以下はあくまでも草稿です)
リハビリ・1――世界の感受の只中で(13)
●天田城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授)
「この本は2006年度に行われた、政府による診療報酬改定に端を発した、リハビリテーション医療(リハビリ)打ち切り反対闘争の、私の論説を集録したものである。リハビリを続けなければ、社会から脱落するもの、生命の危険さえあるものにたいして、医療を打ち切るというむごい制度改悪に私は怒った。(中略)国民皆保険以来始めての、医療保険からの患者切り捨てである。今回設けられた日数制限により、長期のリハビリ医療を必要とする多くの患者は、保険診療の対象からははずされることになるのだ。回復を断念せざるを得ない。/これは、世界が羨む国民皆保険を達成した日本の、医療制度の根幹を揺るがす問題である。このまま医療制限が続けば、早晩公的医療保険は崩壊する。(中略)だからこの問題は、リハビリという一部の人だけが直接の関心を持つ医療問題ではない。この国の医療と福祉の未来、ひいては弱者の生存権までかかった、重要な問題なのである。」(多田 2007:7-10)
■歴史−時代における言説の接合と分離
前回(第12回)では、この1年間の連載では「Xの肯定を主張することの困難」「Xの多様性の先を言及することの困難」「Xそれ自体を記述することの困難」「Xをめぐる差別をその根底において思考する困難」の4点を踏まえつつ――「X」には「障害」「老い」「病い」などを各自嵌入して考えてもらいたい――、《負担/責任》《差異/身体》《人間/存在》を思考することができるポジションに私たちは立つことができるし、立つべきであることを反復的に言及してきた、とまとめた。その上で、前回は1920年に書かれたビンディングとホッヘの『「生きるに値しない命」とは誰のことか』を取り上げ、歴史−時代的に「安楽死/尊厳死」をめぐる諸言説が別の言説(の一群)とどのように結合したり、あるいは反対にある言説と分離されてきたのかを知ることが大切であると論じたのであった。
実際に、戦後において安楽死言説は、ある時代においては「安楽死/尊厳死」に反対する陣営からではなく、むしろ「安楽死/尊厳死」を積極的に支持・称揚せんとする陣営(の一部)からナチス・ドイツ時代の「ドイツ刑法覚書」や「安楽死計画」などにおける言説と自らの主張とがいかに異なるかを強調するために、それらの言説と自らの言説を分離し、別の言説と接合する試みがなされてきたところがあった。その意味で、私たちは障害や老いや病いをめぐって歴史−時代的にいかなる出来事があったのか、またそれによってそれらの言説が変容し、現在、そうした言説が私たちの日々余儀なくされている事態をいかに作り出しているのかを――換言すれば、私たちが歴史的に置かれてきている位置を――見定めた上で、私たちはこの時代において自ら何がしかの実践をなすべきなのである。
だからこそ、現在において様々なことが日々起こって(しまって)おり、私たちはそうした出来事にしばしば翻弄され、幾重にも深い苦悩・苦痛を余儀なくされてしまっている。そして、しばしば「出口なし」のような感覚(錯覚)にさえ囚われてしまうことさえある。
多田富雄の文字通り「怒髪天を衝く」如き憤怒に満ちた情念のもとで書かれた『私のリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』は、上記のような歴史−時代的連続性において、また「少子高齢化」が喧伝される時代においていかなる事態が立ち現れているのかを知るためにも読まれるべき本である。そして、私たちがどのような社会的機制のもとで日々の事態を解釈してしまっているのか、あるいは余儀なくされてしまっているのか、その力学を考えるためにも必読の書である。更には、言説一つひとつを精査すると、それ自体は間違いではないにせよ、それらがかかる機制のもとではいかなる「効果」を現出させてしまうのかを知ることへと導く高著である。
できればこれまでの多田の著書・論文と併読されることを強くお勧めするが(多田 1993、1997、2006、2006、2008ほか)(多田・今村編 1987、福原・多田 2001、多田・鶴見 2003、多田・柳澤 2004ほか)、全く読書の時間が取れない読者は、多田自身が言うように「総括と、最後の論説12だけでも読んで頂きたい」(多田 2007:10)。
■「未必の故意の殺人」であると言うべきである
本書を一瞥するだけで、現在の日本社会において「改革」という名のもとに明らかに間違った議論がなされてしまっていること、「愚かである」としか表現できないような政策が「最弱者」を「犠牲」にして強行されてきたことを私たちは痛感せざるを得ない。それらを全く知らなかった者、多少知っていたが特段に気にも留めなかった者、知っていたが自らの意思を表明しなかった者、知っていて内心では反対の立場を採りつつも明確に反対を表明しなかった者、等々がいる。本書はそれら全ての者に痛切な問いを投げかける。
極めて簡単にこの「リハビリ闘争」の経緯を説明しておこう。冒頭の引用にもあるように、2006年4月の保険診療報酬改定によって「これまで必要に応じて保険診療ができたリハビリが、一部の疾患を除き原則として発症から最大180日に制限される」事態を受け――しかも「患者にはこの打ち切りが行われることは、実施の一週間位前まで知らされてなかった」――、多田自身がその真偽を確かめ、朝日新聞に「診療報酬改定 リハビリ中止は死の宣告」を投書したのが契機となって、「患者ばかりではなく広く国民の共感を呼び、リハビリ打ち切り反対の署名運動に発展した」(多田 2007:12-14)。その後、「リハビリテーション推進機構(CRASEED)」――当該組織のホームページhttp://www.craseed.net/で上記の一連の経緯が確認できる――などの団体を中心として「リハビリテーション診療報酬改定を考える会」が立ち上がり、リハビリテーション医療の打ち切り制度撤廃運動を展開し、48万人もの署名を集めて厚生労働省に提出するが、その後も厚生労働省は「欺瞞」に満ちた反論と「嘘でぬり固めた」説明を反復的に繰り返した。更には、「腰抜け」の専門家・研究者たちはそのような事態にあってさえ「一言も反対しなかった」のである。
その後、こうした反対の声があがっていたにもかかわらず、「実質的には、慢性疾患のリハビリ医療はますます困難になるように、制度が強化された」(多田 2007:20)。具体的には、2006年12月の「医療保険及び介護保険におけるリハビリテーションの見直し及び連携について」という通達が都道府県の社会保険事務局長その他宛に出されたのだが、これにより「比較的経済的な医療保険で行ってきたリハビリ医療をやめさせる。そして高額な予算を投入してこれから作る、介護保険の施設に強制的に移行させる」(多田 2007:21)ような「患者を愚弄した道筋」が作り出されていったのである。その後、2007年3月に中医協の土田武史会長が検証部会の報告をもとに制度の見直しを指示し、それが異例の(僅か1年での)リハビリ診療報酬改定につながったのだが、「結果はまたしても、患者を欺くもの」(多田 2007:25)であり、「再改定には、目に見えない『毒針』が仕込まれて」(多田 2007:156)いたのだ。一つには、「再改定して日数制限を緩和」したように見せかけながら、その実、「逓減制」――要するに、リハビリ医療が長期化すればするほど、保険で医療機関に支払われる医療費が減額される仕組みである――という「毒針」を仕掛けた。すると、結果的に「日数制限を表も出さなくとも、自然に治療を中止させることが出来る」(多田 2007:156)。もう一つには「月に三回までの治療は、一回分と同額に抑える」ような、業界内で「丸め」と一般的に呼ばれる仕掛け=「毒針」を仕込ませ、リハビリ医療を経営的に成り立たせなくさせることで、「結果的に患者のリハビリは、早期に中止される」(多田 2007:157-158)ことになった。更には、介護保険と医療保険の併用を極めて短期間に制限し、特定のごく限られた疾患のみを対象に上限日数の緩和をし、更には事務処理を極めて煩雑化するなどの「毒針」の数々によって、結局のところ、「制限の強化」がなされたのだ。厚労省は「未必の故意の殺人」(多田 2007:164)をしたのだ!
■様々な利害と綱引きのもとで愚策が行われていること
だが、なぜゆえそこまでして厚労省は介護保険に強制的に誘導せんとするのだろうか?
第一に、「医療費が問題なら、今行われている、比較的安価な医療保険のリハビリを捨てさせて、逆に高額な設備や、新たに人的予算のかかる、未熟な介護保険のリハビリに移行させることに必然性はない」のであり、「考えられるのは、介護のリハビリを新規事業として立ち上げれば、ふんだんに金を使うことができる。もちろん、財源は税金である。そこに新しい利権と省益の拡大が見込まれる」(多田 2007:165)。説明するまでもなく、「現状を保持・維持」しつつ「医療保険から介護保険への移譲」という趣旨であるならば、基本的には支出する総額に変動はない(はず)なので、多田が痛烈に批判する通り、初期投資の少ない医療保険の中で運用していくほうが費用対効果としては高いということになる。だが、むしろ私たちの社会における様々な「政策」は「純粋」な「費用対効果」的な観点から遂行されず、様々な業界の利権(と内部の利害)とのやや複雑な絡み合いやそこでの綱引きの中での諸々の癒合によってなされ、その癒合による省益の拡大を前提に進められてしまうのだ――そうした愚策の端的な例に「介護予防事業」の導入がある――。
こうした「様々な利害と綱引きのもとで愚策」が行われる結果、介護保険内で新規事業による利権が生まれ、また回復期の民間病院の一部は潤い、更には回復期を専門とする私立の病院の利権などが生じるのである。そして、「医療保険とは違って、地方自治体の管轄の介護保険に丸投げして、国は医療費も責任も逃れようとしている」(多田 2007:165-168)。
基本的に、このような政策を駆動させてしまっている機制に対する多田の認識は正しいと私は思う。しかしながら同時に、事態はもう少し複雑であるようにも思えるのだ。2点ある。
一つには、冒頭で引いた「(この度のリハビリ打ち切りを/引用者補足)「国民皆保険以来始めての、医療保険からの患者切り捨てである」という表現にも関わるのだが、私は、この度のリハビリ打ち切りが「国民皆保険以来始めての、医療保険から患者切り捨てである」とは思っていない。むろん、「切り捨てではない」と言いたいのではない。その反対だ。むしろ、これまでの戦後の社会政策をめぐる歴史性を踏まえれば、一部の患者は常に「切り捨て」られ続けてきたと言いたいのである。より精確に言い換えるならば、戦後において医療は、一部の患者たちに対して常に「切り捨て」「控え」られてきたと同時に、「取り込み」「加えられ」てきたと言いたいのである。一部の患者たちは見放されてきたところから包摂されると同時に、排除されてきたし、別の患者たちは今もって「突き放され」続けているのだ。そして、このことは「経済」――つまり、複数の受給者・供給者・業界・機構をめぐって複雑に絡み合う利害とその綱引きをめぐる力学と、その利害を惹起させている負担の配分をめぐる力学によって――によって駆動されつつ、「切り捨て」「控え」られ、「突き放され」続けてきたと同時に、「取り込み」「加えられ」てきたのだ。この2つの力(力線)はまさにエコノミーによって駆動されてきたことを押さえておくべきなのだ。そのような認識に立った上で、とりわけ1990年代以降においては「取り込み」「加えられ」てきた人びとが「切り捨て」「控え」られるようになってきたという事態を考えるべきではないかと思うのだ。
もう一つには、「生存権」という切り口からではなく、上記のような事態とは違った私たちの社会のあり方を構想・現実化することも可能ではないかと思うのである。こちらの点については紙幅の制約などもあるので、別の回で詳述することにしよう。
■様々な利害と綱引きのもとで愚策が行われていること
以下では敢えてリハビリに照準して、上述した2つの力がどのように起こってしまうのかについて言及しておこう。説明するまでもなく、私たちの社会で「誰」が「誰」に対してリハビリを遂行しているのかと言えば、「リハビリ(医療)」を職業とする「専門家」が「患者」に行っている。そして、その意味ではその「専門家」たちは「リハビリを遂行する」という職業的志向性を有すると同時に、逆に、その職業的志向性にうまく当て嵌まらない患者に対してリハビリをするのを諦めたり、拒否したりしてしまうこともある。その意味で「供給者」には「リハビリをする」志向性と「リハビリを控える」志向性は同時に働くことがある――むろん、その志向性は下記に記すような「経済」によって現実的に駆動されている――。
第二に、その「専門家」の利害と、彼/女らに給与を支払う組織の利害によっても「リハビリする」も「リハビリを控える」のいずれも起こってしまうのだ――平たく言えば、「専門家」も専門家の所属する「組織」も「生活」や「経営」の観点から「金勘定」で動かざるを得ない現実があるということだ――。だから、こうした専門家や専門家が所属する組織や業界にとっての損得のもとで/その損得をめぐる綱引きが絡み合う癒合関係の中で、厚生労働省がその損得に関わる仕組みを(リハビリを控えるような形に)変更しようとすることへの批判はその認識としてはおおよそ正しいと言えよう。また、専門家たちの業界の利害とそこでの綱引きの社会的帰結として惹起する力学のもとで様々な政策が現実に決定・遂行されている認識も概ね正しい。事実、こうした利害によって常に諸々の制度が繰り返しいじくり回されているのだ。ただ繰り返すが、重要な点は「リハビリする」も「リハビリを控える」のいずれも、その専門家・専門家組織・専門家業界・専門家養成機関、養成教育業界、それらに群がる団体や業界などの利害とその絡み合いの力学によって駆動されているということだ。このような機制を真に思考することが大切だと思うのだ。
第三に、更には、それらの診療報酬が保険料や税金等による徴収によって支えられている以上、それを徴収している組織(たとえば、保険組合や地方自治体など)の利害があり、またより多くの負担を強いられている(と思っている)人たちや組織をめぐる利害をめぐる複層的な力学が作動しているために、「リハビリする」「リハビリが控えられる」のいずれにしてもその力学のもとで決定されてしまう。だからこそ、多田が指摘したように、医療保険制度における「リハビリ治療」への給付が「控えられる」のと同時に、介護保険制度のもとでの「リハビリ」への給付が称揚・推奨されてしまうということが同時に起こってしまうのである。多田の明晰な「診断」の通り、こうした複層的な利害と綱引きをめぐる力学によってこの恥ずべき制度改悪がなされているのである。
再度繰り返すが、エコノミカルな機制のもとで、一部の患者たちは常に「切り捨て」「控え」られてきたし、また「取り込み」「加えられて」きたという事実を踏まえるのであれば、更にはその患者たちの置かれたその内実がいかに変容してきたのかを踏まえるのならば、ここで決定的に重要な点はエコノミカルな機制の解明とそれを可能にしている基底的機制を析出することであると思うのだ。そしてそれは「経済」の位置を見定めることでもある。紙面が尽きた。またこれらは回を改めて論考しよう。
■私たちが本書から受け止めるべき課題
最後に、私たちが本書から受け止めるべき「課題」について簡単に記して終わろう。
戦後においてどのようなエコノミカルな機制もとでいかなる事態が現出してきたのか、そのような事態はいかに変転してきたのか、そして今日いかなる事態が現実として立ち現れて(しまって)いるのかを私たちはまず知るべきであろう。そして、こうした決定的に重要な作業を誰かに委ねてしまうのではなく、本書を読んだ私たち一人ひとりに与えられた切なる要請として受け止めるべきなのだ――その試みの一部として、戦後における高齢者医療福祉制度とその歴史に関する年表を立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点のHP(http://www.arsvi.com/)内の「老いhttp://www.arsvi.com/d/a06.htm」にて公開している――。私たちには、この度のリハビリの打ち切りのみならず、何食わぬ顔であの手この手で諸々の制度が掘り崩されている今日の事実をまずは押さえつつ、その解明のためにもその歴史を緻密かつ詳細にその事実を調べ、その事実から考えられるだけ考え、更にその思考とともに複数的かつ重層的に実践していくことが切に求められている。それが本書を読んだ者に課せられた大きな「宿題」のはずである。
【文献】
◆多田富雄.2007.『わたしのリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』青土社.ISBN:9784791763627(4791763629).\1,200(税込\1,260).
◆多田富雄・今村仁司編.1987.『老いの様式――その現代的省察』誠信書房.ISBN:9784414803051(4414803055).\2,300(税込\2,415).
◆多田富雄.1993.『免疫の意味論』青土社.ISBN:9784791752430(4791752430).\2,200(税込\2,310).
◆多田富雄.1997.『生命の意味論』新潮社.ISBN:9784104161010(4104161012).\1,800(税込\1,890).
◆福原義春・多田富雄.2001.『老いとは何か』求龍堂.ISBN:9784763001047(4763001043).1,200(税込\1,260).
◆多田富雄・鶴見和子.2003.『邂逅』藤原書店.ISBN:9784894343405(4894343401).\2,200(税込\2,310).
◆多田富雄・柳澤桂子.2004.『露の身ながら――往復書簡いのちへの対話』集英社.ISBN:9784087812657(4087812650).\1,400(税込\1,470).
◆多田富雄.2006.『独酌余滴』朝日新聞社.ISBN:9784022643674(4022643676).\600(税込\630).
◆多田富雄.2006.「患者から見たリハビリテーション医学の理念」『現代思想』34(13).34-41.
◆多田富雄.2008.「死に至る病の諸相」『現代思想』36(3).40-47.
【プロフィール】
天田城介。立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。35歳。この連載では障害や老いや病いの世界を感受するということはいかなることであるのかを考えあぐねていきたいと思っています。
E-mail josuke.amada@nifty.com
ホームページ http://www.josukeamada.com
「世界の感受の只中で」のページ http://www.josukeamada.com/bk/bs200705.htm
【削除したメモ】
■歴史的事実をさしあたり押さえること・戦後〜1980年代
以下、戦後における「医療」と「福祉」の制度・政策をごく簡単に、たんに列記してみよう。
戦後、1946年の(旧)生活保護法制定、その後1946年11月3日に日本国憲法公布(1947年5月3日施行)。1948年には医療関連法が一気に制定される。医療法、医師法、保健婦助産婦看護婦法、優生保護法、性病予防法など。翌1949年、死体解剖保存法公布。また、福祉関連法としては1948年には児童福祉法、身体障害者福祉法が公布される。
1950年代。1950年、(新)生活保護法公布。その後、1951年、社会福祉事業法なども成立。その後、1958年12月27日に国民健康保険法公布(国民皆保険)。翌1959年4月16日には国民年金法公布(国民皆年金)。
1960年代。1960年、精神薄弱者福祉法、児童扶養手当法公布。1963年7月11日、老人福祉法公布。1964年には母子福祉法と特別児童扶養手当法が成立。また、1965年12月には東京都が老人医療費無料化制実施。同年、厚生年金法改正、母子保健法制定、理学療法士及び作業療法士法の施行。
1970年代。1971年に児童手当法制定。そして、第10回で紹介したように、『恍惚の人』の出版とほぼ同時の1972年6月16日に70歳以上の老人医療費の公費負担(本人無料化)を内容とする老人福祉法の一部改正案が成立し(いわゆる「老人医療費無料化」)、1973年に施行された。また、1972年には「難病対策要綱」も定められた。自治体は「老人医療費助成制度」で所得制限緩和と年齢前倒し実施、「高額療養費制度」発足して公費医療制度の充実が図られた(その後、乳児医療、障害者医療、母子家庭医療の無料化)。1974年、雇用保険法制定。1979年、養護学校義務化、角膜及び腎臓の移植に関する法律なども公布。
1980年代。1981年3月16日、第二次臨時行政調査会発足(土光臨調)。1982年8月17日、老人保健法公布(老人医療費一部負担導入)。1984年1月、ひとりぐらし老人100万人を突破と厚生省が発表。1985年、国民年金法改正(基礎年金導入)、医療法改正法公布(医療計画の策定)。1986年12月22日、老人保健法改正法公布(老人保健施設創設)、国民年金法改正、労働者派遣法制定、男女雇用機会均等法。1987年、社会福祉士及び介護福祉士法、国立病院等の再編成に伴う特別措置に関する法律公布。1988年12月30日、消費税法公布(1989年4月1日実施)。1989年12月12日、厚生・自治・大蔵3大臣合意「高齢者保険福祉推進10か年戦略(ゴールドプラン)」。
■歴史的事実をさしあたり押さえること・1990年代〜
1990年代。1990年、福祉八法改正・成立、老人保健法改正(老人訪問看護制度創設)。寝たきり老人セロ作戦。1991年、医療法改正(療養型病床群の創設)、育児休業法。 1993年、地方老人保健福祉計画を全市町村、都道府県で策定。都道府県、市町村で「老人保健福祉計画」の策定進む。1994年、「21世紀福祉ビジョン――少子・高齢化社会にむけて」にて「社会保障の財源負担のルール化=年金5:医療4:福祉1から年金5:医療3:福祉2へ」と提唱される(新介護システム提言)。厚生省「高齢者介護対策本部」設置。地域保健法(保健所法廃止)。健康保健法等改正(入院時の食事療養に係る給付の見直し・付添看護の解消)。同年9月、社会保障制度審議会・社会保障将来像委員会第2次報告(将来的には財源を社会保険料に依存した介護保障制度を設けることが提唱される)。10月、老人保健福祉審議会発足。12月、高齢者介護自立支援システム研究会報告(選択型と社会保険方式の介護保険制度を提言)。同年12月、大蔵厚生自治3大臣合意「新ゴールドプラン」、「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について(エンゼルプラン)」4省合意。
1995年、2月、老人保健福祉審議会で介護制度について審議。同年5月、地方分権推進法成立。同年7月には、社会保障制度審議会勧告(新たな公的介護保険の導入を提唱)、老人保健福祉審議会「中間報告」(介護保険創設提唱)、公的年金制度の一元化に関する懇談会報告書とりまとめ。同年12月、障害者プラン(ノーマライゼーション7カ年戦略)決定、与党福祉プロジェクトチーム「新たな高齢者等の介護制度創設に向けた議論の整理」(公費を組み入れた社会保険方式を提案)。1996年1月、老人保健福祉審議会「第2次中間報告」。同年4月、老人保健福祉審議会「最終報告−新たな介護保険制度の創設について」、5月、厚生省「介護保険制度試案」提示、厚生省「介護保険制度修正試案」、6月、厚生省、老人保健福祉審議会に介護保険制度案大綱を諮問、介護保険創設に関する与党合意事項、政府与党、国会提出見送りで「介護保険制度の創設に関するワーキングチーム設置」、与党ワーキングチーム、全国6カ所で地方公聴会。同年7月、財政制度審議会「財政構造改革を考える――明るい未来を子どもたちに」。同年9月、介護保険要綱案修正事項に関する与党合意(市町村に対する支援の強化/2000年度から在宅・施設を同時実施。現金給付は行わないことが合意)。同年10月、老人保健福祉審議会「老人保健制度の見直しについて(中間的な論点の整理)」、厚生省保健福祉局長通知「高齢者ケアサービス体制整備支援事業の実施について」(介護認定モデル事業の実施と各府県10人のケアマネージャー専門員養成について通知)。同年11月、社会保障関係8審議会会長会議報告「社会保障構造改革の報告(中間まとめ)」(国民負担率を50%以下にする場合、医療保険や年金の給付を2割以上抑制すべきと提唱)。医療保険審議会「今後の医療保険制度のあり方と平成9年改正について(建議書)」。12月、厚生省特別養護老人ホーム汚職事件。「介護保険法案および施行法案」臨時国会上程、12月継続審議へ。12月、老人保健福祉審議会「今後の老人保健制度改革と平成9年改正について(意見書)」意見具申。厚生省「モデル介護認定審査会運営要綱」「介護認定調査要領」通知。財政制度審議会「財政構造改革最終報告」。政府与党(自民・社民・さきがけ)合意「医療保険制度改革について(試案)確認書」。
1997年1月、厚生省、老人保健福祉審議会に老人保健制度の改正について諮問、老人保健福祉審議会に老人保健制度の改正について答申。同年5月、厚生省、要介護認定モデル事業結果公表「高齢者ケアサービス体制整備検討員会報告について」。5月22日、介護保険法案および施行法案、衆議院可決(参院継続審議へ)、同年9月、健康保険法等の一部改正案国会提出(1997年6月成立)。12月17日、介護保険法成立。同年、児童福祉法改正もあり。1998年、NPO法(特定非営利活動促進法)成立。1998年、中央社会福祉審議会社会福祉構造改革分科会「中間まとめ」「追加意見」ほか。1999年10月から介護保険・介護認定審査など開始。1999年11月、地域福祉権利擁護事業が始まる(都道府県社会福祉協議会など)。2000年3月、年金改正法成立。
2000年代。2000年以降は諸々の制度がいじくりまわされ続けている。2000年4月、介護保険制度施行。同年、新成年後見制度施行、地方分権一括法施行。2000年5月、社会福祉法成立(社会福祉事業法等の一部を改正する法律)。2000年、児童虐待防止法成立・施行。2001年1月、老人健康保健一部負担変更(10%負担。ただし、入院外来ともに上限あり)、食事療養費の標準負担額変更。2001年4月、小泉構造改革「骨太の方針」 にともない医療制度改革大綱が提示される。2001年4月、DV法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律成立・施行。2001年10月、第1号介護保険料の全額徴収開始。2002年7月、医療制度改革関連法案一括成立。同年10月、老人健康保健一部負担変更(完全10%負担。ただし、入院は上限あり)。同年、ホームレス自立支援法成立。2003年4月、薬剤一部負担廃止、健康保険の一部負担割合変更(一律3割負担)、介護報酬の単価改正(第二期引き上げ)。同年6月、職業安定法改正。2004年、生活保護老齢加算廃止(2年の移行措置がとられたが、2006年度完全廃止)。6ヶ月超の入院患者の特別料金全面実施、老年者非課税枠の廃止。同年、改正児童虐待防止法成立・施行、DV法改正法成立・施行、年金制度改正。2004年12月、発達障害者自立支援法成立(2005年4月施行)。同年、改正児童福祉法成立。2005年1月17日、公的年金控除切り下げ、老年者控除の廃止。2005年6月、改正介護保険法成立(10月には同法一部が施行され、介護保険利用者の負担が増大)。同年10月、厚生労働省「医療制度構造改革試案」発表。同年11月、障害者自立支援法成立。2005年、高齢者虐待防止・介護者支援法成立(2006年4月施行)。2006(平成18)年1月、介護報酬改正案提示。診療報酬改定案提示。2006年度には改正介護保険法全面施行。介護保険料(第三期)引き上げ。同年6月、医療制度改革関連法案成立。療養病床の食事費負担の増大と居住費負担の導入。2008年4月、後期高齢者医療制度発足(原則1割負担だが、しばらく移行措置がとられる)。
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