| ⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など |
| ■012■ 「安楽死・1」(世界の感受の只中で・12) 『看護学雑誌』(Vol.72 No.04).350-354.医学書院.2008年04月01日発行. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2008.02.04 最終更新日:2008.02.04
世界の感受の只中で.2007年5月01日〜.『看護学雑誌』(医学書院)
■医学書院 http://www.igaku-shoin.co.jp/
■『看護学雑誌』 http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014610.html
【全文】(以下はあくまでも草稿です)
安楽死・1――世界の感受の只中で(12)
●天田城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授)
「周りの人々や家族、国家などが背負うことになる経済と道徳の面の負担でも、精神的に死せる者だから誰でもみな同じというわけではない。一番僅少で済むのは、どのような性質であれともかく脳軟化症の場合である。この場合、完全なる精神的な死が語られた瞬間から死にいたるまでの生存期間は、ふつう(せいぜい)二〜三年にすぎない。それよりもわずかに長い生存期間が見られるのは、老人性の痴呆の場合である。青年期に発症した精神廃疾者では、事情によってはその状態が二〇年も三〇年も続くことがある。他方、初期の脳変質に起因する極度知的障害[真性白痴](Vollidiotie)の場合には、生存とそれゆえに必要な他者による世話は二世代かそれ以上にわたることがある。/とするならば、経済面に関するかぎり、極度知的障害者(Vollidiotie)こそは、完全なる精神的な死のすべての前提条件を一番に満たすと同時に、誰にとっても最も重荷となる連中(Existenz)となろう。」(Binding & Hoche 1920=2001:77/傍点原文)
■1年間のおさらい・前半
この連載を開始して1年間が経ったので、これまで11回分のおさらいをしておこう。
第1回では、戦後、とりわけ1970年代以降において〈老い〉をめぐる言説に通底する基調は「〈老い〉の否定から肯定へ」というテーゼであり、その意味では「これまでは〈老い〉は否定的に語られてきたのだが、(超)高齢化を迎える社会において〈老い〉は肯定的に捉えることが可能である」云々という話は「的外れな物言い」であると言わざるを得ないと記した。その上で、第2回では、以上を踏まえつつ、〈老いの身体を生きること〉それ自体について何がしかを語ろうとすると、それは必然的に極めて困難な作業にならざるを得ないことを述べた。第3回では、年を重ねていく中で、「個人と社会を超え出る何かを感受しつつ自らの存在と社会を捉え直し、組み替えていくこと」が有り得ることを事実として認めながらも、やはりそれでは〈老いの身体を生きること〉あるいは〈年を重ねていく身体を生きること〉それ自体について語ることは困難ではないかと書いた。
第4回では、〈老い〉を否定する社会にあっては「死を手中に握ること」によって「自分のパワーを自分のもの」にして「自分の人生を決めることができる」ことが辛うじて自ら(のアイデンティティ)を保つことになるが可能になること、そうすることでしか自らの〈老い〉を生きられない事実があることを認めつつも、それは「解」としては導出されないことを明示した。加えて、第5回では「老いの神話」によって人々は老いを「否認」してしまうがゆえに、老いを恐れて直視しようとしないが、現実の老いを知るのであれば、長期化した老年期とは性役割から解放されて自由になるライフステージであり、その自由のうちにおいて自らが自分の死に方を決定するという主張が論理的に破綻していることを書き記した。そして、第6回では「〈老い〉を肯定するためにこそ、高齢者は潔く身を引くべきであり、そのためにも分配の限界を設定すべし」というような、「近代」「近代医療」「延命主義」への無邪気な批判を通じて〈老い〉を肯定せんとする試みが、その実、その根底において〈老い〉を否定してしまう言説へと接合してしまうことがあることを示した。
要するに、第5回において乱暴に整理・要約したように、「〈老い〉の肯定を主張することの困難」「〈老い〉の多様性の先を言及することの困難」「〈老い〉それ自体を記述することの困難」「〈老い〉をめぐる差別をその根底において思考する困難」の4点に対していかなる論理展開(筋道)にて論考するかが決定的に大切な作業となるということだ。
■1年間のおさらい・後半
第7回では、おそらく私たちが問うべき「問い」とはさしあたり以下の3点に集約されるのではないかと記した。第一に、「誰が誰に対してどのぐらいどの程度いかに負担するべきなのか?」「いかなる負担について私たちは担うべきであるのか?」、更には「私たちは他者にしてどこまでのいかなる責任を果たすべきなのであろうか?」という《負担/責任》をめぐる問題である。第二に、「それぞれに異なる身体を生きる人たち(例えば、認知症を生きる人たち)の身体をいかに考えるべきであり、考えることが可能であるのか?」という《差異/身体》をめぐる問題がある。第三として、まさに上記の2点を考えるための決定的に重要な思考作業として、「いかにしたら《人間》として配慮することになるのであろうか?」「《人間》を問うとはいかなることであるのか?」「《配慮》するとは何についていかに処することであるのか?」という《人間/存在》をめぐる「最大級の困難な問い」があるのだ。こうした《負担/責任》《差異/身体》《人間/存在》をめぐっていかに考えることは可能か。おそらくここが「勝負どころ」ではないかと主張したのだった。第8回では、ある人たちは「曖昧な存在」こそが私たちの社会における「境界」や「やっかいな二元論」を撹乱するものであることを強調するが、果たして「何がいかにして境界設定を撹乱するのか?」「境界設定の撹乱とはいかなる意味で可能となるのか?」「境界設定の撹乱とは何をいかに前提にして設定される問題構成なのか?」という極めて重要な問いがなぜだか説明されていないことを記した。第9回では、加藤秀一の高著を取り上げ、第一に、「倫理的配慮が払われるべき対象」であるかどうかが「原理的に一義的な解答はありえない」としても、「一義的に回答不可能であること」と「関係者の妥当な関係調整というプラグマティックな態度」はいかに論理的に接続するか/しないかこそ問うべきであり、第二に、自殺(安楽死を含む)とは、「いま−この世界」の視点に内属して「私が存在していない場合の世界」を想定しつつ、まさに自らの足場であった「存在」を端的に抹消することであるとすれば、そこにもやはり論理的な誤謬があるのではないかという疑問が残り、第三として、「人格の同一性」あるいは「非同一性問題」をいかに考えるかが大切であり、この点は最も刺激的な問題(の一つ)であるだろう、と記したのだった。
第10回は、『恍惚の人』は「少子高齢化」や「環境」と「資源」が「切実な社会問題」として浮上する時代において書かれ読まれた本であること、その後いかに「高齢者介護」が表象されてきたのかを「老い×ジェンダー×供給×資源(経済)」の問題系において思考することが私たちにはできるし、すべきであると主張した。その上で、前回(第11回)は、とはいえ、私たちは歴史における事実を忘却し、その忘却された歴史自体もまた忘却している時代にあって、幾度も繰り返し言説が反復されてしまう事態の只中にあるからこそ、それを詳細かつ膨大に調べて書き記すことが大切な仕事であることを強調したのだった。
以上の作業を通じて、私たちは《負担/責任》《差異/身体》《人間/存在》をめぐる問題を思考することができるポジションに立つことが可能な時代を生きている。それは「〈老い〉の肯定を主張することの困難」「〈老い〉の多様性の先を言及することの困難」「〈老い〉それ自体を記述することの困難」「〈老い〉をめぐる差別をその根底において思考する困難」の4点を踏まえつつ《負担/責任》《差異/身体》《人間/存在》を思考することでもあるのだ!
1年間を通じて上記のような論点を――反復的に――言及・論考してきたのである。
■「安楽死」をめぐる歴史とその連続性
今回取り上げる1920年に書かれたビンディングとホッヘの『「生きるに値しない命」とは誰のことか』は、上記の連続として位置づけられるものである。また前々回(第10回)で紹介した1972年刊行の有吉佐和子の『恍惚の人』、そして前回(第11回)で言及した2003年に上梓された向井承子の『患者追放』との――時間的には前後しているにせよ――歴史的・時代的な連続性(言説の分離・接合)を意識して本書を読むことをお勧めしたい。
更に付言すれば、有吉が「長い人生を営々と歩んで来て、その果たてに老耄が待ち受けているとしたら、では人間はまったく何のために生きたことになるのだろう」(有吉 1972→2003:314)と悲嘆し、また向井がそのような「社会や家族の重荷となる人たちは死んでいくしかないという状況に向かう道の、事実上の第一歩を踏み出しているように思われてならないのである」(向井 2003:11)という警鐘を鳴らした時代を生きる私たちにとって1920年に書かれたビンディングとホッヘの本は遠い昔の/無縁のお話ではないのだ。
しかしながら、すでに残された字数が僅かでもあるため、今回は本書を紹介することに力点を置くのではなく、むしろ、戦後において、とりわけ『恍惚の人』刊行の1972年の「手前」において「安楽死」がいかに取り上げられてきたのかについて記すのみとしよう。
なお、本の「訳者評註」の中で佐野が紹介するように、本書は「刑法学者カール=ビンディングと精神科医アルフレッド=ホッヘが1920年に刊行した62ページの小書である。ドイツが第一次大戦に敗北し、革命と反革命の嵐が吹きすさぶ混乱のなかで本書は誕生した。(中略)一般に本書は、1939年から実行されるナチスの安楽死計画に応用され、『安楽死』の名のもとになされた数多くの障害者殺害に手を貸したと言われ続けてきた。ナチス安楽死計画を論じる著作に必ずといってよいほど引用され、研究者のあいだでも周知の書となっている」(Binding & Hoche 1920=2001;108)。こうしたナチス政権下での組織的な殺戮に関しては、関連書籍が幾つか刊行されているので直接そちらを熟読されたい(Gallagher 1995=1996、Klee 1993=1999、小俣 1995、米本 1989ほか)。
ここでは最小限の説明にならざるを得ないのだが、つまり、この本は「法益たる資格が甚だしく損なわれたがために、生[命]を存続させること(Fordauer)が、その担い手自身(Lebenstager)にとっても、社会(Gesellschaft)にとっても一切の価値を失ってしまったような人の生[命]」(Binding & Hoche 1920=2001:36/傍点原文)には「廃疾または重症ゆえに助かる見込みのない絶望的な状態にある者」「治療不可能な知的障害者・痴呆者などの者」「瀕死の重傷を負った意識のない患者」の3つのグループがあるが、特に第二のグループである「精神的に死せる者」である「治療不可能な知的障害者・痴呆者などの者」が「最も重荷になる連中」((Binding & Hoche 1920=2001:77)であると放言するのだ。そして、とりわけ「生得的な脳の変質、もしくは誕生後のごく初期に罹った脳の変質が原因で、精神的な死が生じた場合」は「周囲の世界との関わり方」も「希薄」であり、その「生存期間」が圧倒的に長いために周囲や社会の「重荷」であり、そのような「精神的に死せる者」は「あらゆる価値のない状態」と裁定しているのである。
上記の出張が完全に間違っていることは説明するまでもないので措くとして、1920年のドイツと今日の日本社会の置かれている時代的文脈の決定的な違い(の一つ)は「少子高齢化」という歴史的−時代的なそれである。すると、ビンディングとホッヘにとっては「生存期間」が短いために「極度知的障害」に比して「負担」が少ないと判断された状況とは異なり、むしろ現代では「痴呆者」と名指しされた人びとの生存期間は圧倒的に長くなっているという意味で「周囲や社会の「重荷」であると判断されることが現実にあり、また逆に老年期に至るまでの長期にわたって他者との関係を築いてきたゆえに自らにおいて死を決定してしまうことがある時代(の事態)へと変移/変転してきているとさえ言えるであろう。
■『恍惚の人』の手前であったこと――その歴史的−時代的文脈
戦後の日本における「安楽死/尊厳死」をめぐる議論に『恍惚の人』が一定の影響を及ぼしたことは想像に難くない。実際、毎日新聞社が1974年4月に刊行した『あなたの老後』において「安楽死」の箇所は次のようにまとめられている。
「話は十年前にさかのぼる。名古屋高裁で“父親殺し”の息子に懲役一年(執行猶予三年)の温情ある判決を下した。事件は、二度の脳いっ血で倒れた父親の状態が悪化、父親は『苦しい、早く死にたい』『殺してくれ』と叫びつづけた。医師も『余命はあと七日か十日』といい、父親の苦しみを見かねた息子は牛乳に殺虫剤を入れ、それと知らぬ母親が患者に飲ませたら父親は死んだ。弁護士は『安楽死』を主張したが、判事はそれをある程度認めながらも嘱託殺人として判決した。/そのとき名古屋高裁が示した安楽死についての見解が、いまなお司法界に定着している。同高裁は『安楽死が認められるには最低つぎの六要件が満たされねばならない』という。(中略)老人痴呆(ちほう)を扱った有吉佐和子さんの『恍惚の人』が“小説”としてだけではく『老人問題』としてもベストセラーになっている。そして『老後の安楽死』があちこちで話題に上がっている」(毎日新聞社 1974:49-50)とし、湯沢雍彦、松田道雄、田中政義のコメントを記した後、以下のように記す。
「八十歳の高齢にもかかわらず、将来の“老齢社会”を心配して、国内だけでなく世界をかけずり回っている日本老年社会科学会会長の渡辺定博士は『そういう社会は必ずくる。そのとき老人が現在のような“人生の落日”であったら、社会はどうなるか。若者も老人も人生の意義、人間の尊厳性を考えなければ人生も、社会もダメになる』と強調する。/多くの老人問題研究者は『現状は絶望的だ』という。どうすればこの絶望の淵(ふち)から抜け出し、明るい老人社会を築くことができるだろうか」(毎日新聞社 1974:51-52)。
確かに『恍惚の人』はその後の「安楽死/尊厳死」をめぐる議論に大きな影響を及ぼしたのであろうが、事はそう単純ではない。時代は偶発的出来事によって出来する事態の連続でもあるのだ。
なお、『恍惚の人』が刊行された約半年後に出版された朝日新聞社編集の『高齢社会がやってくる』は、1972年5月に――つまり『恍惚の人』が刊行される僅か前に――名古屋の朝日新聞『声』欄に80歳を越える女性から「安楽死を認めてほしい」という投書がなされたことが記されている。また、その後、同書は「有吉佐和子の小説『恍惚の人』の読後に「年とってボケてしまい、しもの世話が自分でできなくなったら安楽死したい」と考える人も多い。/が、安楽死は刑法で同意殺人とみなされ、安楽死をさせた者は六月以上七年以下の懲役か禁固に罰せられる。欧米でも禁じられ、このためアメリカでは三千人、イギリスでは六百人の会員を持つ安楽死協会が「安楽死を法で認めよ」と立法化を働きかけている。/平均寿命がのびるにつれ、老人と安楽死の問題は将来、深刻になるだろう」(朝日新聞社 1972:104)とまとめている。そして、その上で、日本安楽死協会(現 日本尊厳死協会)の理事でもあった宮野彬による以下のようなコメントを紹介する。
「「ドイツでは第一次世界大戦のインフレ時に刑法学者のK・ビンディングと精神病医のA・ホッヘが『生きる価値のない生命を絶つことの許容性』という論文を発表。これがナチの安楽死思想につながり、第二次世界大戦中に老人や精神障害者が二十万人もガス室で殺された。老人の安楽死を容易に認めると、そんな事態も起り得る」と警戒している」(朝日新聞社 1972:107)。『恍惚の人』の「手前」ですでに「安楽死」をめぐる議論は様々にあったのだ。この点は強調してもしすぎることはないほど重要なことだ。
むろん、『恍惚の人』を契機にして「安楽死/尊厳死」を認めてほしいと考える高齢者が増えたことは事実としても、それに対して、安楽死を推奨せんとする協会の理事であった宮内がビンディングとホッヘの論文を引きながら「老人の安楽死を容易に認めること」がナチスによる「生きるに値しない命」を殺害する事態に陥ってしまうことに警鐘を鳴らしている事態をいかに解読したらよいのであろうか。詳細は割愛し、結論から言ってしまうと、要するに「正しい安楽死」はナチスによる「生きるに値しない命」の組織的な殺戮とは「別物」であると主張していたのだ。だが、ビンディングとホッヘの本と「安楽死/尊厳死」は本当に「別物」であるのか、このことを考えてみることが大切である。
更に付け加えておくと、ビンディングとホッヘの本は戦後では1967年の宮内の論文などで紹介されているが、戦前においてすでに刑法学者のあいだでその「安楽死」をめぐって議論がなされていたという(宮野 1976:54-55)。その後、幾つかの刑法学者などの言及がありながらも、その事実それ自体が忘却・消失されていくのである。私たちは、現在、すでに惹起している事態が何であるのかを考えるためにも、こうした歴史−時代的な言説の分離/接合をしっておくべきであろう。
もう一つだけ付記しておく。この点も詳細は論じる紙幅的余裕はないが、老年学/老年医学と安楽死/尊厳死がどのような関係にあるのかについても考えてみるべきであろう。一例を挙げるのであれば、「老年社会学」の研究において纏った著書の形で刊行されたのは1962年2月刊行の笠原正成の『老人社会学』(笠原 1962)と同年10月に上梓された那須宗一による『老人世代論』(那須 1962)の2冊であるのだが、注目すべきは、その後、笠原は2冊の「安楽死」に関する本(笠原編 1981/1984)を編み、実践的に推進せんとしたのに対して――笠原も日本尊厳死協会の前身である日本安楽死協会(1978年設立)の理事であった――、那須は1978年11月の同協会による「末期医療の特別措置法案」に反対の立場から発足した「安楽死法制化を阻止する会」の発起人の一人として「安楽死法制化」に反対の立場に立ったのである。こうした「些細なこと」も記憶されるべきであろう――なお、那須の安楽死に対する「消極的ではあるが反対論の立場」は那須(1976)などを参照されたい――。
私たちはこうした経緯の詳細についても知ることができるし、またすべきなのである。
【文献】
◆Binding, Karl & Hoche, Alfred.1920.Die Freigabe der Vernichtung lebensunwerten Lebens:Ihr maB und ihre form.Felix Meiner, Leipzig.=森下直貴・佐野誠訳.2001.『「生きるに値しない命」とは誰のことか――ナチス安楽死思想の原典を読む』窓社.ISBN:9784896250367)(4896250362).\1,800(税込\1,890).
◆朝日新聞社編.1972.『高齢社会がやってくる』朝日新聞社.ASIN: B000J9O9DG.\540(税込\567).
◆Gallagher, Hugh Gregory.1995.By Trust Betrayed:Patients, Physicians, and the License to Kill in the Third Reich, Vandamere Press.=長瀬修訳.1996.『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』現代書館.ISBN:9784768466872(4768466877).\3,500(税込\3,675).
◆笠原正成.1962.『老人社会学』駿河台出版社.ASIN:B000JA7R84.
◆笠原正成編,1981,『高齢化社会と安楽死問題』駿河台出版社.ASIN:B000J7VE54.\2,500(税込\2,625).
◆笠原正成編,1984,『老人問題の今日的課題――老人安楽死問題に関する論文と資料』駿河台出版社.ASIN:B000J71UXU.\2,000(税込\2,100).
◆Klee, Ernst.1993.Euthanasie.im NS-Staat, Fisher, Frankfurt am Main.=松下正明訳.1999.『第三帝国と安楽死――生きるに値しない生命の抹殺』批評社.ISBN:9784826502597(4826502591).\8,500(税込\8,925).
◆毎日新聞社学芸部編.1974.『あなたの老後――毎日新聞連載「さめないスープ」』帝国地方行政学会.ASIN:B000J9N8NI.\1,100(税込\1,155)
◆宮野彬.1976.『安楽死――人間に死ぬ権利はあるか』日本経済新聞社(日経新書).ASIN: B000JA05MY.\550(税込\578).
◆那須宗一.1962.『老人世代論――老人福祉の理論と現状分析』芦書房.ASIN: B000JAK1AK.
◆那須宗一.1976.『不老のすすめ』勁草書房.ISBN:9784326650194(4326650192).\690(税込\725).
◆小俣和一郎.1995.『ナチスもう一つの大罪――安楽死とドイツ精神医学』人文書院.
◆米本昌平.1989.『遺伝管理社会――ナチスと近未来』弘文堂.ISBN:9784335750069(4335750064).\1,505(税込\1,580).
◆米本昌平・松原洋子・島次郎・市野川容孝.2000.『優生学と人間社会』講談社(講談社現代新書).ISBN:9784061495111(4061495119).\740(税込\777).
【プロフィール】
天田城介。立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。35歳。この連載では障害や老いや病いの世界を感受するということはいかなることであるのかを考えあぐねていきたいと思っています。
E-mail josuke.amada@nifty.com
ホームページ http://www.josukeamada.com
「世界の感受の只中で」のページ http://www.josukeamada.com/bk/bs200705.htm
⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など