| ⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など |
| ■010■ 「ケア・3」(世界の感受の只中で・10) 『看護学雑誌』(Vol.72 No.02).154-158.医学書院.2008年02月01日発行. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2007.12.08 最終更新日:2007.12.08
世界の感受の只中で.2007年5月01日〜.『看護学雑誌』(医学書院)
■医学書院 http://www.igaku-shoin.co.jp/
■『看護学雑誌』 http://www.igaku-shoin.co.jp/prd/00146/0014610.html
【全文】(以下はあくまでも草稿です)
ケア・3――世界の感受の只中で(10)
●天田城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授)
「はっきり分かったのは、今の日本が老人福祉では非常に遅れていて、人口の老齢化に見合う対策は、まだ何もとられていないということだけだった。もともと老人は希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果たてに老耄が待ち受けているとしたら、では人間はまったく何のために生きたことになるのだろう。あるいは、彼は、もう終った人間なのかもしれない。働き、子孫を作り、そして総ての器官が疲れ果てて破損したとき、そこに老人病が待っている。」(有吉 1972→2003:314/傍点引用者)
■前回のおさらい
前回は加藤秀一の本を取り上げ、その上で、第一に、筆者が言うところの胎児や脳死者のような〈両義的存在者〉が「倫理的配慮が払われるべき対象」であるかどうかは、基本的には〈誰かが存在している〉という事実性=関係性に立脚しつつも「原理的に一義的な解答はありえない」のであり――〈誰かが存在している〉という事実性=関係性に立脚しながらも一般常識や様々な知識も考慮された上で決められるべきであり――、結局のところ、「〈誰か〉であるともないともいえない〈両義的存在者〉であるというアンチノミーを肯定したうえで、関係者(妊婦・胎児・精子を提供した男性など)の利害をできるかぎり妥当なやり方で調整するというプラグマティックな態度をとるべきである」と回答するが、この【「一義的に回答不可能であること」と「関係者の妥当な関係調整というプラグマティックな態度」がいかに論理的に接続するか】については明示されていないことを指摘した。そして、私たちは現在の社会の機制によってこの社会が回ってしまっている状況の中でこうした「調停主義」は避けられないとしても、それは「解」として導出されるものなのか否かを考える必要があることを指摘した。
第二に、加藤は「死ぬこと」は実行可能であるが、「生まれなかったこと」は実行不可能であるので、その意味では概念的・論理的に異なる水準にあることを指摘するが――そしてそれは加藤の視点からすれば妥当な論考であるのだが――、自殺(安楽死を含む)とは「苦しい生を端的に拒絶することである」と簡単に言い切れないものである。「死ぬこと」は「いま−この世界」の視点に内属して「私が存在していない場合の世界」を、つまりは存在の消滅を選択することであり、また自らの足場であった「存在」を端的に抹消することであり、「取り返しがつかないこと」であるゆえに、私たちの社会における諸々の「決定」とやはり水準を異にしていると言えるのではないかと言及した。
第三に、パーフィット流の「人格の同一性」の問題をいかに考えるかが大切であり、またこの点こそ最も刺激的な問題(の一つ)である(と私は思う)と書いた。したがって、本当は、今回はデレク・パーフィットの大著『理由と人格――非人格性の倫理へ』(Parfit 1984=1998)を紹介したかったのだが、やや趣向を変え/その手前の作業として、文学などにおいて「高齢者介護」、とりわけ「認知症高齢者介護」がどのように記されてきたのかについて簡潔に記すことにした。すでに前回指摘したように、パーフィットの「人格の同一性」あるいは「非同一性問題」を考えるうえで、「認知症」がいかに表象されてきたのかを押さえておくことは全く「筋違い」であるとは言えないであろう。
■1972年に有吉佐和子が『恍惚の人』を記した背景
『恍惚の人』が刊行されたのは1972(昭和47)年6月。ちなみに、私が生まれたのも同年なので、すでに初刊本から35年以上の月日を数えていることになる。当時、「純文学書き下ろし特別作品」として新潮社から出版された後、翌1973年には森繁久彌主演で映画化された。本は200万部を超えるベストセラーとなった。私はこの当時をリアルタイムでは知らないが、「社会現象になるほど大きな反響を呼んだ」と言われている。なお、第4回にてごく簡単に言及したシモーヌ・ド・ボーヴォワールの『老い』(人文書院)の日本語訳が出版されたのも同年だ。こちらもこの種の本としては異例となる10万部売れた。
ちなみに、この時代がいかなる時代であったのかについては、1972年に限定しても、2月に「連合赤軍あさま山荘事件」があり、5月「沖縄返還」ならびにイスラエルのテルアビブ空港で日本赤軍乱射事件、9月には「ミュンヘンオリンピック事件」や「日中国交正常化」などがあったことを確認すれば、わざわざ説明するまでもないだろう。また、ローマクラブが『成長の限界』を発表したのも同年であり、国内でもサリドマイド事件やスモンなどの薬害事件や水俣病やイタイイタイ病などの公害も注目されるようになっていた。
なお、まさに1972年の6月16日に70歳以上の老人医療費の公費負担(本人無料化)を内容とする老人福祉法の一部改正案が成立し(いわゆる「老人医療費無料化」)、「福祉元年」などと呼ばれた1973年に施行されたように、「高齢化」をめぐる問題が、とりわけ「高齢者医療福祉政策」をめぐる問題がクローズアップされた年であった――ちなみに、1982年の老人保健法の制定にともなって1983年には老人医療費は定額の自己負担(外来1月400円、入院1日300円)が導入されることになる――。
と同時に、同年、スモンの問題を契機に厚生省が「難病対策要綱」を定めたことなども特記しておく必要がある。同年、重松逸造(当時、国立公衆衛生院)と山本俊一(当時、東京大学医学部)が世話人を務めた「特性疾患疫学調査協議会」が設置され、当時の対象であった8疾患の研究班が共同して疫学研究を行うことが組織化されたのである。こうした政策は今日の特定疾患対策(難病対策)へと続いていく重要なポイントでもある。
更には、同年5月26日、第68回国会に政府提案で「優生保護法の一部改正案」が上程されたことを受けてその後は様々な運動が展開されていったことも付記しておこう。
いずれにしても、『恍惚の人』はまさに「少子高齢化」が「社会問題」として解釈される中において、あるいは「環境」と「資源」が切実な問題として浮上する時代において書かれ、そして読まれた作品なのである。冒頭に挙げたように、有吉佐和子が「老齢化」という言葉を使用しながら、日本社会の「老人福祉」の「遅れ」を悲嘆・非難するというスタイルがある意味で人口に膾炙していく大きな契機となった作品として記憶されるべきなのだ。
■『恍惚の人』が作り出した「介護老人文学」の定式
本来であれば、『恍惚の人』の内容について言及すべきなのであろうが、ここではむしろその後において「老人介護文学」――ちなみに、このような命名をしたのは上野千鶴子である(上野 1998→2000→2003)――をはじめとする「高齢者介護」がいかに表象されてきたのかについて確認することを主たる目的とするため、ここでは概略のみ記す。
『恍惚の人』は、40代の夫婦である立花信利・立花明子が84歳の認知症の夫の父親(茂造)を介護する状況を克明に記述した物語である。妻の死を契機に茂造に認知症の症状が現れるようになると、「嫁」の明子が一手にその介護を担わざるを得ない状況となる。そして茂造の一挙手一投足、一言一句のふるまいに明子は日々巻き込まれていくのである。ちなみに、明子は「弁護士事務所」で働き、仕事をしながら日々の家事・介護を余儀なくされている状況にあり、夫の信利は「商社」に勤めるサラリーマンであり、一人息子の敏は高校生(大学受験勉強中)という家族構成になっている。内容としては、今となっては「ありがちな話」ではあるが、茂造はそれまでに昭子を何かといじめていたのだが、自らで生きることが困難となると明子を頼らざるを得ない状況となり、そしてその中における認知症を生きることの幾重にも深い苦悩と葛藤が描出される。また、夫(つまり茂造にとっての息子)である信利は認知症を生きる父の姿を見ていると様々に葛藤・苦悩せざるを得ないがゆえに何とか避けようとしており、最後まで介護には関与しようとしない「無責任な男」として描かれる。そうした現実の中で明子は日々の介護を担わざるを得ないのである。
「当事者が介護者(嫁)に頼らざるを得なくなり、当事者はそのことの苦悩と葛藤を生きるがゆえにより一層皮肉な事態をもたらしてしまうこと」(当事者の世界)、「当事者(父)の姿を見ることは苦悩と葛藤をもたらすゆえに、あるいは介護の負担の大きさゆえに、介護から逃れようとする家族成員(夫)」(家族の世界)、「そしてそのような家族の中で一手に介護を担わざるを得ない妻のあまりにも大きな負担と幾重にも深い苦悩と葛藤」(家族介護者の世界)、この3つの要素の組み合わせによって物語は構成されているのだ。こうした物語構成は(基本的な)「老人介護文学」の「定番」である。
ちなみに、本書から1972年という時代において人々(有吉)が〈老い〉や〈認知症〉や〈高齢化〉に対していかなる認識がしていたのかについて知ることのできる文章も散見される。本書が刊行された《1970年前後》においてはすでに「老人(認知症高齢者)介護」が「人口老齢化(高齢化)」の「社会問題」の一つとして認識されていたこと、更にはその問題化には「医療」に対する批判を含み込んでいたのだ。その幾つかだけを挙げておく。
「『この特別養護老人ホームというのは、なんでしょうか』/『ネタキリ老人とか、人格欠損のある方を収容する施設です』/寝たきり老人というのは一つの熟語として専門用語になっているらしいと分かったが、人格欠損は分からない。質問してみると、相手はちょっと昭子の顔を見て口籠もりながら、『失禁するとかですね……排泄物を食べたり……躰になすりつけたりするような老人の場合ですね』と言ったから、昭子も驚いた。」(有吉 1972→2003:308)
「信利も箸を置いて、黙っていた。彼はこの日、目も見えず、耳も聞こえず、食物を咀嚼することもできなくなった寝たきり老人の話を聞いたばかりだった。鼻孔からプラスティック製のチューブを挿入して液状化した食物をポンプで送りこむ。しかも、そうした状態で、人間はポンプの故障でもない限り、二十年から生きられるのだという。おそらく茂造以上に老耄した頭の中で、その老人は何事を考えて日を送っているのだろうか。躰の寒くなるような話だった。(中略)医学の進歩も残酷なものですよ、生かさず殺さずということですからな、と言ってから、相手は更に驚くべきことを、一度は口籠った話を続けた。プラスティックのチューブは差しこみっぱなしにしてあるので、鼻孔の入口を摩擦して皮膚が次第に腐り始める。うっかりすると蠅がそこにたかって卵を産みつけ、蛆がわき出すというのだった。いつ思い出しても信利の全身が寒くなってくる。/さらに信利は別の知人から聞いた話も思い出していた。戦後の日本では急速に人口の老齢化が起っていることを、その男はいらいらするほど正確な数字や百分比をあげて説明したのだ。本当か嘘か知らないが、今から何十年後の日本では六十歳以上の老人が全人口の八十パーセントを占めるという。つまり一人の若者のまわりに四人の老人が取り囲んでしまう社会が現出する。生活力を持たない四人の老人を、一人の若者が養わなければならない大変な時代がくる。なぜそんなことになるかといえば、フランスのように日本の人口も、ある時期から出生率が急激に減退し始め、しかも医学の進歩によって老人の死亡率は低くなっているからだ。それを要するに老齢人口の急増という。」(有吉 1972→2003:326-327)
■「高齢者介護」の表象のされ方について
『恍惚の人』以降、「老人介護文学」は様々な形で産出されていく。その幾つかだけ紹介するとすれば、1981年の真野さよ『黄昏記』(真野 1981)、耕治人によって書かれた1986年「天井から降る哀しい音」、1987年「どんなご縁で」、1988年「そうかもしれない」の「命終三部作」(耕 2006)、1993年の向井承子『老親とともに生きる』(向井 1993)、1995年の佐江衆一『黄落』(佐江 1995)、2003年の青山光二『吾妹子哀し』(青山 2003)、2004年のモブ・ノリオ『介護入門』などがその後に書かれた「老人介護文学」となる――他にも膨大にあるが、ここでは略す――。更には、息子として認知症の母を介護する状況の中で性と老いと介護が交錯するリアルを記述した――何とも陰鬱な男性の性を描出した――「老人介護マンガ」なども挙げることができるであろう(ひさうち 2007)。
なお、説明するまでもなく、「高齢者介護」を記述するにあたっては3つの立場がある。
第一に、介護サービスを利用している本人、老い衰えゆく当事者が書いたものがある――言うなれば「当事者本」である――。こうした「当事者本」は老いの只中にいる困難ゆえか、「文学」のような形式を取ることが少なく、後述する二者と比しても相対的に極めて少ないが、近年はある種の「ブーム」の中で次々に刊行されている――こうした現実自体が考察されるべきであるのだが、ここでは紙幅的制約から言及することはできない――。
第二に、今回取り上げた『恍惚の人』を嚆矢とする家族介護者の手によって書かれたものがある――「家族介護者本」である――。「家族介護者本」には高齢世代を後続世代が介護する物語(@息子の妻(嫁)→義父母、A娘→実父母、B息子→実父母、C娘の夫(婿)→義父母)、高齢世代間介護の物語(D妻→夫、E夫→妻)、高齢世代を孫世代が介護する物語(F孫→祖父母)があるが、特筆すべきは、現実には高齢者介護は圧倒的に女性の手によって担われているにもかかわらず、こと高齢者介護が「作品」として書かれるとなると、男性によって書かれたものも少なくないのだ――ただし、実際にCのケースは相対的に極めて少ないのだが、やはりCの状況で書かれたものも他の比して圧倒的に少ない――。いずれにしても、こうした「高齢者介護」をめぐるジェンダー・ポリティカルな事態が厳然としてあるのだ。
第三に、医師や看護師などの医療関連職種やリハビリテーション関連職種、更にはケアマネージャーやホームヘルパーや介護福祉士などの福祉関連職種など「サービス供給者」によって書かれたものがある――言うなれば「業界本」である――。これらは量的にも膨大に産出されており、また内容的も多岐にわたる(が、ひどくツマラナイものがほとんどである)。いずれにしても、「業界」のための本は一定の市場(マーケット)を形成しているのだ。
このように「当事者−家族介護者−供給者(業界)」という立場において「高齢者介護」は表象されており、またそれらは量的にも不均衡であり、更にはその表象のあり方もジェンダーや当事者−供給者をめぐる非対称性が存在していることが確認されるのである。
■「高齢者介護」の表象をめぐる現実をいかに考えるのか?
このような「老人介護文学」をはじめとする「高齢者介護」の表象のあり方を私たちはいかに読み解くのか。ひどく単純化して言えば、そこにはジェンダーと供給と資源と経済などをめぐる力学が現実の介護の遂行においても、またそれらの表象のあり方においても確然と存在していることをまずは確認することができるのである。そして、それらジェンダーと供給と資源と経済が癒合しつつ、日々の高齢者介護をめぐる現実を作り出しているだ。
第1回、第2回、第4回、第5回においても極めて単純に論考したが、「老い×ジェンダー×供給×資源(経済)」の問題系を考えていくこと、と同時に、それらについての表象のあり方も「一枚岩」ではなく、相互に「対立」「矛盾」を孕むものであることを確認しておくことが私たちにはできるし、すべきなのである。『恍惚の人』から35年を数える時代を生きている私たちはそれらの問いを常に考えることのできるポジションにある。
【文献】
◆有吉佐和子.1972.『恍惚の人』新潮社.→2003.『恍惚の人』(改版)新潮社(新潮文庫).ISBN:9784101132181(4101132186).\629(税込\660).
◆青山光二.2003.『吾妹子哀し』新潮社.→2006.『吾妹子哀し』新潮社(新潮文庫).ISBN:9784101375045(4101375046).\438(税込\460).
◆ひさうちみちお.2007.『精G――母と子の絆』青林工芸舎.ISBN:9784883792498 (4883792498)\1,000(税込\1,050).
◆耕治人.2006.『そうかもしれない――耕治人命終三部作その他』武蔵野書房.ISBN:9784943898597(4943898599).\2,000(税込\2,100).同書には1986年初出「天井から降る哀しい音」.『群像』41(7)(1986年7月号).144-168、1987年初出「どんなご縁で」『新潮』1987年11月号、1988年初出「そうかもしれない」.『群像』43(2)(1988年2月号).6-25、の3部作が再録されている。
◆真野さよ.1981.『黄昏記』ミネルヴァ書房.→1990.『黄昏記』(同時代ライブラリー53)岩波書店.ISBN:9784002600536(400260053X).\874(税込\918).
◆モブ・ノリオ.2004.『介護入門』文藝春秋.→2007.『文藝春秋』(文春文庫).ISBN:9784167717438(4167717433).\429(税込\450).
◆向井承子.1993.『老親とともに生きる』晶文社.ISBN:9784794961372(4794961375).\1,748(税込\1,835).
◆Parfit, Derek. 1984.Reasons and Persons.Oxford University Press.=森村進訳.1998.『理由と人格――非人格性の倫理へ』勁草書房.ISBN:9784326101207(4326101202).\9,500(税込\9,975).
◆佐江衆一.1995.『黄落』新潮社.→1999.『黄落』新潮社(新潮文庫).ISBN:9784101466071(4101466076).\552(税込\580).
◆上野千鶴子.1998.「『恍惚の人』と『黄落』のあいだ」.『小説TRIPPER「老いと文学を探求する」1998春季号:34-45.→2000.『上野千鶴子が文学を社会学する』朝日新聞社に「老人介護文学の誕生」として再録.→2003.『上野千鶴子が文学を社会学する』朝日新聞社(朝日文庫)に同文で再録.ISBN:9784022643193(4022643196).\600(税込\630).
【プロフィール】
天田城介。立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。35歳。この連載では障害や老いや病いの世界を感受するということはいかなることであるのかを考えあぐねていきたいと思っています。
E-mail josuke.amada@nifty.com
ホームページ http://www.josukeamada.com
「世界の感受の只中で」のページ http://www.josukeamada.com/bk/bs200705.htm
⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など