天田城介(josukeamada.com)著書・論文など

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「在宅痴呆性老人家族介護者の価値変容過程」
日本老年社会科学会発行.『老年社会科学』21(1).P48〜P61.1999年4月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:1999.10 最終更新日:2004.04

※本稿は1997年1月に立教大学大学院社会学研究科に提出した修士論文「介護プロセスにおける在宅痴呆性老人家族介護者による価値判断の転換に関する研究」の一部をもとに執筆しました。


【本文】※以下、草稿です。また、審査を経て大きく内容を変更することになった草稿となっています。

在宅痴呆性老人家族介護者の価値変容過程
The Process of Value Transformation of Family Caregivers with Demented Elders at Home

●天田城介
Josuke Amada

●日本学術振興会
The Japan Society for the Promotion of Science

和文抄録
 本研究の目的はホームヘルプサービス利用者である13名の痴呆性老人家族介護者による価値変容過程を、社会学的な分析モデルを設定することによって実証的に分析することである。方法としては、「価値(value)」概念をポジティブ・ネガティブ・アンビバレントの三基準から分類可能なように操作化した上で、痴呆性老人家族介護者を対象者とし、回顧的質問(retrospective question)を中心にした非指示的面接法によって収集したデータの分析を行なった。
 結果として、家族介護者の認識は、(1)否定的価値、あるいは肯定的価値といった両極的な評価よりもむしろ双価的なそれであることが多く、その期間も極めて長期に及ぶこと、(2)多くの場合、価値は3〜5のパターンを移行してゆくこと、(3)そのパターンは[前期アンビバレント―ネガティブ―後期アンビバレント―ポジティブへの移行]といった諸局面を経過する一定の方向性を志向するものであること、しかしその一方で(4)必ずしもその方向性を経過するとは限らず、介護プロセスの進行とともに個別的な方向性を有することが明らかになった。
 以上の価値変容過程の結果から、痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程が特有の文脈性を構成するのは、バイオグラフィーとフレームによって規定されているからであると考察された。

キーワード
痴呆性老人家族介護者、ホームヘルプサービス、価値、相互作用過程、回顧的質問

はじめに
 「痴呆性老人」と呼ばれる人々に対する家族成員の介護の労苦に関心が寄せられるようになってから久しい。こうした痴呆性老人介護に特徴的な労苦は、多くの家族介護者による介護手記において記述されているような、ある特有の社会的相互作用(social interaction)とその過程に起因していると思われる。それは、自分の配偶者、実父母、義父母である“愛する人”が、言い換えれば「親密な他者」がそれ以前の人柄・姿からは「到底想像できない」ような「別人のように」なり、「問題行動」と呼ばれるような「不可解な行動を起こし」、そのため家族介護者も「頭じゃ分っているけど腹が立つ」とケア場面では「声を荒げて」叱責し、激昂して感情を表出してしまう。そこでは「なぜ、どうして妻(夫、親)だけが」と激しいショックを受け葛藤し、介護をめぐって家族成員間に不協和音が鳴り響くことが多い。その上、なかには兄弟や親戚に「よく(老人の)話を聞いてあげないからそんなになる」等の心無い言葉を言われながらも、何とか複数の公的サービスの利用を編成しつつ、「痴呆性老人」と「自らが介護すること」に対する新たな意味付けを再構成してゆく過程、というように要約出来よう【1】【2】【3】
 こうした痴呆性老人と家族介護者との相互作用過程(interaction process)はなぜ別様にも構成され得るにも関わらず、上記の介護手記に示されるような“特有な文脈として”相互作用過程が構成されるのか、これが本研究の主たる関心である。
 このような相互作用過程に焦点を置いた研究は数少ない。それに比して、痴呆性老人家族介護者に関する研究の量は膨大であり、それは主として家族介護者の認識の段階理論(stage theory)とでも呼ぶべき諸研究と、家族介護者の負担感・ストレス研究の潮流の二つに分類可能である。しかしながら、前者は家族介護者の心理的変化を数段階の段階変容的な過程として捉えているため社会的な相互作用過程はほとんど着目されていない【4】【5】【6】。また、全ての家族介護者が同様の(あるいは類似した)過程を経過すると考えられているために個別性によるヴァリエーションを照射する視点が欠如している。一方、後者は、新名【7】が指摘するように横断的研究を中心として行われておりプロセスとして理解されていない。近年、後者の潮流から僅かながら縦断的研究が行われるようになってきているが【8】、経年的な変数を導入することでプロセスを把握しようとしており相互作用過程のダイナミズムを考慮する視点はない。同様に、従来の負担感(burden)やストレス(stress)といった否定的な(negative)認識の側面だけではなく肯定的な(positive)側面も同時に分析する必要性が要請されてきており【7】【9】【10】【11】、このことは負担感、ストレス、役割ストレインといった限定的概念では現象のダイナミズムを射程にして分析することが困難となっていることを表している。
 以上の先行諸研究の批判的検討から(1)家族介護者による認識の変容を考慮した縦断的分析の必要性、つまり“プロセスとしての理解”であること、(2)家族介護者の個別性によるヴァリエーションを検討すること、(3)否定的な認識の側面だけではなく、肯定的、あるいは双価的(ambivalent)側面をも同時に分析するような認識の多様性に着目していること、(4)ケア場面における痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程を射程にしていることの4点を可能にする概念として本稿では「価値value」を提示する。
 痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程に関する数少ない業績としては以下の諸研究がある。
 太田【12】は相互作用を焦点化した上で痴呆性老人と家族介護者との相互作用を「確かさ」からカテゴリー分類しているが、相互作用過程のダイナミズムへの着目が見られない。
 伊藤【13】は、家族介護者は「言動に振り回されるのではなく、痴呆性老人の気持ちを理解した上で冷静に対処しなくてはならない」と“頭じゃ分っている”のに、実際の相互作用に巻き込まれた時には即座の非難・叱責、冷静さを欠いた感情表出、特定の行動への固執といった反応が支配する文脈へと収束化していってしまう場面を考察している。こうした伊藤の立場は筆者と研究の焦点を共有するものの、彼自身が言及しているように、相互作用過程の初期における相互作用秩序の不安定性と再安定化の契機に主な関心が置かれている。
 Hutchinsonら【14】はB.G.GlaserとA.L.Straussのアウェアネス理論awareness theory【15】に準拠した相互作用分析を行なっているが、伊藤と同様、初期の相互作用過程が焦点とされている。
出口らの研究【16】は、痴呆性老人をめぐる相互作用において生起する様々なトラブルに対して家族介護者がバイオメディカルな説明や日常的言説を用いて「定義」し「対応」してゆく文脈を通じて、次第にトラブルについてのクレイムがアーティキュレート(明確化)してゆくという「アーティキュレーション仮説」に立脚したものである。ここでは、なぜ「親密な他者」である痴呆性老人と家族介護者との相互作用過程には“特有の文脈”が構成されるのかの機制が説明されておらず、相互作用過程における家族介護者の認識変容の個別性と相互作用秩序の問題が射程とされていない。
 Gubriumの一連の研究【17】【18】【19】では、人々が「痴呆性老人」を解釈する過程に着目し、「痴呆性老人」がこうした相互作用過程を通して社会的に構築されることを社会構築主義の視座から明らかにしている。この視座から「痴呆性老人」を見れば、それは所与の、実体視されるものではなく、諸々の身体や行為、言語が相互作用を通じて解釈された結果、仮構的に「痴呆性老人」が構築されるに過ぎないとされる。こうした視座からの分析は痴呆性老人研究の新たな方向性を提示するものの、ここでも出口らと同様の課題が残されている。
 但し、本研究の基本的な立地点はGubriumと同じくする。そのため、本稿では常に「痴呆性老人」と括弧付きで表示すべきであろうが、紙面の制約上、単に痴呆性老人と表記しよう。
本稿の目的は、痴呆性老人と家族介護者との一連の相互作用過程を記述する端緒として、在宅でホームヘルプサービスを利用する痴呆性老人の家族介護者における価値の変容過程を相互作用論的アプローチから実証的に分析することである。但し、相互作用過程のダイナミズム分析は別途報告するものとし、今回は家族介護者の価値の変容過程のみを明示するものとしたい。

T.方法
1.調査方法
 本研究はU市のホームヘルプサービス(以下HHSと略す)を週に3回以上利用する在宅痴呆性老人(以下老人と略す)を介護する家族介護者13名を対象に1996年8月末〜11月末までの4ヶ月間に及ぶフィールドワークを実施した調査結果の一部である。調査方法としては回顧的質問(retrospective question)を中心にした非指示的直接面接法を採用し、2時間30分〜3時間の面接時間を原則とし、各対象者宅へ直接訪問して面接を行った(合計面接時間108時間)。
 各対象者の面接回数は2〜3回であり(合計面接回数37回)、被介護者である老人が「痴呆」となってから現在までの介護プロセスを回顧的に家族介護者に語って頂き、その「語り」をテープレコーダーに録音した後にトランスクリプトした。そのため、本調査は家族介護者が自らの介護プロセスを振り返り、遡及的に意味付けを行いつつ語るという形式として、いわば家族介護者の“ケア・ストーリー”として語られている。
 週3回以上のHHS利用者を選択した理由としては、@公的サービスの脱施設化・在宅サービス化の社会動向から将来的には家族介護者の中心的ケースになることが予想され、いわば将来的“モデル・ケース”の把握が要請されていること、A「在宅」介護であるということは(現状では)必然的に家族介護者が複数の利用可能な資源(resource)を「編成(organize)」していると推測されること、B週3回以上HHSを利用しているということは週の半分以上がサービス利用日であることを意味し、HHSを“日常生活”に組み込まざるを得ない頻度であると想定されること、の3点による。

2.分析モデル
1)「価値」と「行為・経験」の照合性
 最も簡潔且つ明晰な見田【20】の定義によれば、価値とは「主体の欲求をみたす、客体の性能」を意味する。人間の行為・経験は、規範によって、ある状況のもとで適切であるか不適切であるかが裁可され、この行為・経験の適切性/不適切性に照合するようにして(当の行為者は)肯定性/否定性のいずれかの価値で評価される【21】。要するに、人間の行為・経験は規範に準拠した枠組によって意味付けられているのである。
2)フレームとバイオグラフィー
 相互作用において、ある状況(“いま/ここがどのような場で、いかなる文脈なのか”)のもとで、人々は“相手がいかなる者で、自分は何者なのか”を「名付け(naming)」【22】【23】、換言すれば自己/他者を「定義」している。こうした名付けによってはじめて行為は可能となり、名付けられた対象に価値が付与される。だからこそ、名付け=定義の変化は価値変容をもたらすのである。つまり、人々はある状況のもとで自己/他者を定義し、それによって適切に行為・解釈することで現実を意味付けており、この一連の意味付けの過程を規定するのが規範の枠組である【24】
 しかしながら、例えば、公共の場での、あるいは男女における相互作用などの「匿名的関係」での枠組【25】【26】と、夫婦や親子などの「親密な関係」における相互作用での枠組ではその原理を異にする。前者をE.Goffmanは「フレーム(frame)」【27】と概念化し、後者の枠組をA.L.Strauss 【15】や初期Goffman【28】、Gubriumら【29】は「バイオグラフィー(biography)」と呼んでいる。
 ここで重要なことは、フレームはこの場/文脈では「○○(男、女、子ども、大人、老人、道徳者等)はこのようである/こうするべきだ」といった役割規範に準拠することで行為の適切性/不適切性は判断され価値評価されるが、バイオグラフィーの場合には「あなたはこうであった/こうしたはずだ」という「親密な他者」の過去の存在と言動に対する遡及的な意味連関に準拠して行為の適切性/不適切性が裁定され評価される。そのため、バイオグラフィーは人々の現実に対する解釈を共有可能とするだけでなく感情の共振=共鳴性をも組み込むこととなり、バイオグラフィーを有する成員の内面的秩序を構築している【30】
 但し、夫婦に例示されるように、人々はジェンダーに規定された相互作用を営為していると同時に、長い年月を経てバイオグラフィーを共同構築していくのであって、フレームとバイオグラフィーはそれぞれ独立しているというよりも重層的、相互補完的に人々の行為・経験を規定している。
 痴呆性老人と家族介護者の関係性をこの両概念から言及すれば、夫婦/親子/義父母といった「親密な関係」であるため、(各々質の異なる)バイオグラフィーを共同構築してきた関係であると同時に、「親密な関係であることが規範的に要請される関係」であり、家族イデオロギーやジェンダー規範のフレームによって(“家族の親密性”の名の下)家族介護者に“介護すること”を規定していく関係と言える。

3.分析方法
1)介護状況の構成要素と介護プロセスの操作化
 ここではデータ収集及び分析の基本となる「介護状況」と「介護プロセス」の概念を規定する。介護状況は「@老人の徴候、A家族介護者の対応、B家族介護者の編成の3要素から構成される状況」という操作的・限定的概念として位置づけ、介護プロセスは「痴呆性老人の徴候の開始から老人の死で終了する一連の過程」とする。
 介護状況の構成要素である@老人の徴候は「相互作用過程において老人により表出された他者に不適切と判断されたり、あるいは何らかの対応が必要と認識された徴候」と定義し、A家族介護者の対応は「老人の徴候に対する家族介護者による直接的な問題対応的行為」、そしてB家族介護者の編成を「老人の徴候に対する専門的援助者あるいは他の家族成員や親族等による対応を家族介護者が利用・編成した行為」と定義した。
 また、回顧的質問を実施する上でのtime-pointを設定するため、調査時点で家族介護者が記憶している過去のあらゆるA家族介護者の対応、及びB家族介護者の編成を聞き出し、そこでの@老人の徴候の時点をtime-pointとした。例えば、「平成元年10月、100万円を預けていた郵便貯金を突然解約すると言い出す(@)。そのため家族介護者は郵便通帳だけ渡し、残りの銀行通帳は家族介護者が保管するようになった(A)」と語った場合には平成元年10月がtime-pointに該当する。
 このように全対象者の介護プロセスにおけるtime-pointを確認した後、各time-pointに準拠した価値データを収集した。また、そこでのtime-pointの価値がそれ以前との価値と変化しているようであれば、その理由や契機に関する質問によって価値変容に関するデータを収集した。
2)老人のスクリーニングの条件設定
 老人のスクリーニングの条件としては、過去の時点での臨床的な「痴呆」のスクリーニングは調査上不可能であるため、(1)調査時点において在宅介護支援センターの担当者が「痴呆」と認めていること、(2)過去のある一時点で家族介護者あるいは家族成員、親族、近隣者等によって「痴呆(呆け)」と定義されたこと、同じく(3)過去のある一時点で継続的に老人が自らの徴候に対して対応・編成不可能となったことの3つ全てを満たすこととした。こうした老人の操作的スクリーニングにより「介護プロセスの開始」を厳密化した。但し、(2)には「今から思えばおかしかった」等のその後の遡及的定義も含むものとした。
3)価値パターンと価値類型
 まず、面接における対象者の全ての「語り」をトランスクリプトし、その内容から価値を分析することにした。価値の分類基準は表1のようにポジティブ(+)・ネガティブ(−)・アンビバレント(±)の三基準から設定した。ポジティブとネガティブの分類基準は両極的な価値であるので「喜び」「満足感」等、反対に「情けない」「疲労感」等といった項目に該当させて両者のいずれかに分類可能であったが、アンビバレントであるか否かの判断は極めて曖昧にならざるを得ない。そのため、以下の5つの条件を全て充たすデータをアンビバレントと判断することによって全データを分類可能とするものとした。
 アンビバレントの条件は、(a)双価的な発言の場合、(b)「語り」のコンテクストにおいて価値的に相反する発言が聞かれた場合、(c)発言に「どうなってしまうのだろう」や「このまま逝ってしまうのでは」といった状況の不確実性が含意されている場合、(d)「(介護を)やっていくしかない」「自分しか看る者がいない」といった非選択的な意志が含意されている場合、(e)「前よりは楽になった」「自分は楽な方だ」といった過去や他者との比較から(相対的な)価値変化を含意した発言の場合の5つに設定した。
 「価値客体(対象)」としては、(a)老人に対する価値、(b)家族介護者自身に対する価値の両者が想定された。そして、それぞれに対する価値は三基準から分類されるため表2のような3×3の9パターンからなるマトリックスとして整理した。
 以上の価値パターン表に従って価値パターンとその継続期間を確定した。具体的には、「平成3年9月、(老人が)大声で『お金が取られた』と怒鳴ることが多くなったため病院へ検査しに行くことになりました。病院の医師が痴呆テストをすると『私のことを馬鹿にして!』と怒鳴りだし、私を殴りつけてたりして神経が参りました。昔のしっかりした面影が微塵もなくなってしまい、情けない、虚しい(老人に対する価値)という気持ちばかり募り、このままずっと続くのではないかと思うと地獄でしたね(家族介護者自身に対する価値)。」と回答した場合にはパターン5に該当する。
同様に全てのtime-pointに対しても確認していき、例えば「平成3年9月」のパターン5から「平成6年8月」にパターン6へと変化が確認された場合には価値パターンの継続期間を35ヶ月と割り出した。
 また、図1のような価値類型図に示すように、老人、対家族介護者自身に対する価値が両者ともポジティブである「ポジティブ型」、逆に両者ともにネガティブである「ネガティブ型」、老人に対してはネガティブあるいはポジティブであるのに対して、家族介護者自身に対してはそれと相反する価値である「対象間アンビバレント型」、老人に対して、あるいは家族介護者自身に対する価値のどちらかがアンビバレントである「対象内アンビバレント型」、老人と家族介護者自身の両者に対してアンビバレントである「全体アンビバレント型」の5類型が論理的に想定された。

表 1.価値の分類基準
[略]

表2.価値パターン表
[略]

図1.価値類型図
[略]


4.調査対象者の基本的属性と特徴
 対象者である家族介護者13名の特性を年齢、性別、就業の有無、続柄から、被介護者である老人の特性を年齢、性別、HDS-Rの得点から、そしてケア・サービス利用状況及び介護期間の特徴をHHS利用頻度、HHS利用期間、サービスの重複利用状況(HHS利用前/利用後)、介護期間のそれぞれから指摘する。
1)家族介護者の特性
 表3に示すように、家族介護者の年齢幅は39歳〜79歳と広範であり、平均年齢53.4歳(SD=10.1)で多くは中年世代に位置していた。いわゆる“老老介護”に該当する者はDのみであった。性別割合は男性2名(15.4%)、女性11名(84.6%)であった。男性介護者はDとKで、前者は夫であるのに対して後者は長女の夫であった。家族介護者にとっての被介護者(老人)との続柄は、長女が6名(46.2%)と約半数を占め、続いて長男の妻4名(30.8%)、夫・長女の夫・三女が各1名(7.7%)であった。半数近くが長女のケースであることは本研究対象者の特筆すべき特徴である。
2)老人の特性
 年齢幅は67歳〜91歳であり、平均年齢は81.1歳(SD=6.1)を示した。最年少であるDの67歳を除いた全員が後期高齢者層(old-old)に該当した。性別割合は男性1名(7.7%)、女性12名(92.3%)であった。HDS-Rの平均得点は8.8点(SD=8.2)であり、全体としては重度の痴呆であった。最高点の22点であったMはHDS-Rの評価基準に照らせば「非痴呆」として扱うことが妥当であるかもしれない。しかしながら、本研究は調査時点においてHDS-Rで痴呆であることをスクリーニングの条件としておらず、むしろ家族成員等が老人をどのように名付け=定義しているのかという本研究の社会学的主題から言えば決定的に重要な条件ではない。よって、ここでは老人のスクリーニングの条件を優先してMも含めることとした。
 老人の日常生活能力を移動・摂食・排泄の3項目より記述すると、それぞれの自立度の割合は、移動が自立6名(46.2%)、一部介助1名(7.7%)、全介助6名(46.2%)を示し、摂食は自立7名(53.9%)、一部介助3名(23.1%)、全介助3名(23.1%)、排泄は自立6名(46.2%)、一部介助3名(23.1%)、全介助4名(30.8%)となった。特徴としては、移動は自立と全介助に両極化していること、移動・摂食・排泄においては半数近くが自立しており全体として自立度が高いことが挙げられる。
3)ケア・サービスの利用状況及び介護期間
 HHS利用頻度は週に3回から6回の利用をしており、3回が6名、4回が2名、5回が4名、6回が1名であった。HHSの利用期間は最短7ヶ月〜最長46ヶ月であり、平均HHS利用期間は21.2ヶ月(SD=12.4)、2年弱の利用であった。
 多くの家族介護者がHHSに加え複数のサービスを利用していて、これは家族介護者が資源の編成者(organizer)であることを如実に示している。
 平均介護期間は48.2ヶ月(SD=33.8)、約4年であるが、介護期間の標準偏差の値は高く対象者によって大きな差を示した。また、対象者全体としては介護期間の43.9%はHHSの利用期間である。介護期間は最短の13ヶ月(1年1ヶ月)〜最長の132ヶ月(11年)と非常に幅広く対象者間に大きな差異が見られた。

表3.対象者の属性と特徴
[略]
(注) /は欠損を、HDS-Rは各対象者のスケールの得点を示す。介護期間及びHHSの利用期間の単位は月で表示し、HHSの利用頻度の単位は週の利用頻度として記述している。公的サービスの重複利用の表記は、それぞれデイサービス(DS)、ショート(ミドル)ステイ(SS)、入浴サービス(BS)、訪問看護サービス(VN)、医師の往診(往診)、老人保健施設利用(老保)、特別養護老人ホーム入所(特養入所)と略称を用いている。

U.結果
1.各価値パターンの特徴
 全対象者の合計time-point数は128となり、一人当たりの合計time-point数は最小が4、最大が16となり、平均time-point数は9.8(SD=3.8)であった。要するに、調査時点で家族介護者が振り返って考えると、“ケア・ストーリー”の内容として10前後の(家族介護者自身が)対応・編成した出来事が想起されているということだ。
 次いで、価値パターンの件数別割合と期間別割合の集計結果を示す。全価値パターンの合計件数44件(100%)のうち、パターン1の「ポジティブ型」は2件(4.5%)、パターン5の「ネガティブ型」は10件(22.7%)、パターン2、パターン4の「対象間アンビバレント型」は0件(0.0%)、「対象内アンビバレント型」であるパターン3が2件(4.5%)、パターン6が5件(11.4%)、パターン7が4件(9.1%)、パターン8が3件(6.8%)、そしてパターン9の「全体アンビバレント型」が18件(40.9%)であった。また、価値パターンの合計期間626ヶ月[52年2ヶ月](100%)のうち、パターン1は42ヶ月(6.7%)、パターン5は179ヶ月(28.6%)、パターン2、パターン4は0ヶ月(0.0%)、パターン3が27ヶ月(4.3%)、パターン6が39ヶ月(6.2%)、パターン7が110ヶ月(17.6%%)、パターン8が11ヶ月(1.8%)、そしてパターン9が218ヶ月(34.8%)であり、各価値パターンの件数別割合と期間別割合には大きな差はなく、概ね一致している。パターン7が件数別割合9.1%に対して期間別割合が17.6%と異なるのは、Lのパターン7の期間が長期に及んだことによる。また、「対象間アンビバレント型」は件数・期間ともに皆無であった。
 以上を整理すると、件数・期間を問わず、ポジティブであるのは4〜7%、ネガティブであるのは22〜29%であるのに対して、家族介護者の価値パターンの7割以上はアンビバレントな評価であり、また、介護プロセスの65%の期間はアンビバレントな期間であると指摘できよう。

2.価値パターンの変化、方向性、局面
 図2のように、各対象者の価値パターンの移行において、介護プロセスの開始当初は全員がパターン9の「全体アンビバレント型」であり、次いでパターン5の「ネガティブ型」への移行(9名)か、あるいは家族介護者自身に対してネガティブな評価を行ったパターン6へ移行(3名)した後に、パターン6(2名)、パターン7(3名)、パターン8(3名)、パターン9(4名)といったアンビバレントな価値へと移行し、最終的に6名の対象者においては「ポジティブ型」であるパターン1への移行(2名)や、ポジティブな評価を含んだパターン3、パターン7といった価値へと移行(4名)していくといった“一定の方向性”が確認された。
 一方で、Kを除いた12名の対象者全員が[前期アンビバレント―ネガティブ―後期アンビバレント]までの3局面は必ず経過したにも関わらず、次ぐ第4局面/第5局面へと移行した者はB、D、F、J、Lの5名であった。そして最終的局面において老人、家族介護者のいずれかに対して、ポジティブな評価をしていたケースはB、C、D、F、H、Lの6名であり(パターン1/パターン3/パターン7)、ネガティブであったのはA、E、G、Jの4名(パターン5/パターン6/パターン8)、老人と家族介護者の双方に対してアンビバレントであったパターン9のケースはIとMの2名であった。
 一見すると、第4局面/第5局面への移行群であるB、D、F、J、Lのうちポジティブへと移行したのはB、D、F、Lの4名でありほぼ移行群に該当するように思われる。しかしながら、Jは再度ネガティブへと“回帰”しており、必ずしも価値の局面移行が一様な方向性と志向するものではなく、個別性の原理が働いている。また、移行群のうちJは他の4名と比較して介護プロセスが短期であるため、経年的な時間的経過によってポジティブな評価へと変化することも予想されたが、CやHは介護プロセスも短く、第3局面で老人に対してポジティブな評価をしている。このことは、ある一定の時間的経過は認識変容の単に一つの条件であるに過ぎず、当事者における価値変容には別の相互作用上の契機が不可欠となっていることを示すものであろう。また、調査終了後に3名の老人が亡くなられていることが明示するように、介護プロセスとは本質的に「不確実性」を内在した過程であって、時間的経過の展開でさえも一様ではない。
 例外的なケースであるKの場合のように、終始一貫してパターン9の価値が継続する場合もあるが、正確に言えばこの場合は「前期アンビバレント」から「後期アンビバレント」へとネガティブな価値を介在せずに移行したケースであったため、上記の結果を否定するものではない。
 また、価値パターン期間は同一の価値パターンであってもその期間は対象者によって大きく異なり、一対象者においても同一パターンの期間は異なっていた。価値は経年的(デジタル)な期間に準拠して変化するものではないことがうかがえる。

図2.価値パターンの移行期間図
[略]
(注) 各対象者の矢印上の数字は各価値パターンの期間(単位;月)を表示し、矢印内の数字は各価値パターンを示している。価値パターン移行はtime-pointごとの価値パターンに準じて、その変化と移行を判断した。

V.考察
 本研究結果から、家族介護者の認識は、(1)否定的価値、あるいは肯定的価値といった両極的な評価よりもむしろ双価的なそれであることが多く、その期間も長期に及ぶこと、(2)多くの場合、価値は3〜5のパターンを移行してしてゆくこと、(3)そのパターンは[前期アンビバレント―ネガティブ―後期アンビバレント―ポジティブへの移行]といった諸局面を経過する一定の方向性を志向するものであること、しかしその一方で(4)必ずしもその方向性を経過するとは限らず、介護プロセスの進行とともに個別的な方向性を有することが明らかになった。
 以下では、あくまでも本研究対象者であるHHSを利用者する在宅痴呆性老人家族介護者に限定した上で、それぞれの結果を対する社会学的な考察を順を追って簡潔に叙述していく。

1.価値のアンビバレント性
 アンビバレントな価値が中心であったのは、価値パターン・価値類型においてパターン1の「ポジティブ型」、パターン5の「ネガティブ型」以外の7パターンを全て“アンビバレント型”に設定したといった理由からではなく、論理的にも経験的にも人間の価値はアンビバレント性がドミナントであることに依るのではないかと予想される。むしろ、従来の否定的/肯定的といった単純な二元的な捉え方ではなく、人間の認識の複雑性を把握可能とするような価値のアンビバレント性を考察することこそ今後重要となろう。
 パターン2、パターン4である「対象間アンビバレント型」が全く皆無であったのは以下のような理由が推察された。老人に対する価値に相反するような価値的な評価を、その老人の主たる家族介護者としての自己に行うことは両者の価値客体間に矛盾性、不一致性、不協和性を伴った緊張状態を生起させてしまう。そのため、両者の緊張状態を低減、解消する機制が働き、当事者には無自覚的な解消過程を経験しているかもしれない。どのような機制にしても、これは老人に対する価値と家族介護者に対する価値が相互に連動しているということを示すものであり、「自己と重要他者の価値の連動性」と名づけることが出来よう。
 介護プロセスを概観すると、その初期においては、換言すれば“ケア・ストーリー”の「始まり」においては、全ての家族介護者の価値はアンビバレントな評価として経験されていた。こうした介護プロセスの初期には、出口らが「不分明なトラブルのゼロ点」【16】と呼ぶように、家族介護者は老人の言動に対して「何かおかしいな」「何でこんなことをするのかな」「嫌がらせではないのか」と曖昧な定義をしていた。このように老人に対する定義が曖昧である状況は家族介護者自身が“老人を介護すること”に対する定義をも不明確なものとさせ、その価値も「どうすれば良いのだろう」「何が何だか分からなかった」といったアンビバレントなものとして評価されざるを得ない。
 一方、筆者が「後期アンビバレント」と呼ぶ価値評価が中心となるのは介護プロセスの中期から後期にかけてであり、ここでの相互作用過程に観察される特徴は「ケアの組織化」である。この局面までに多くの家族介護者はお金等の管理や、住居の改築、(別居していた)老人との同居などをはじめ諸々の対応策を懸命に講じ、複数のサービスを総合的に編成するといった現実的な資源の組織化だけではなく、ケアの意味においても家族介護者が実に様々な形で意味付けを行なうといった「ケアの組織化」が確立してゆく過程が観察された。但し、その意味付けの仕方は「私さえ我慢すれば」「やっていくしかない」「自分しか看るものはいない」「人生の節目だと思うしかない」「仕事だと思ってやるしかない」といった発言に代表されるような、ある意味で自己犠牲的な定義であり、“袋小路”的状況におかれた自身に対するアンビバレントな価値評価であった。
 と同時に、徘徊が頻繁に見られる老人でも「元気だから動けるので病気になるよりマシかな」とか、「他の(痴呆性)老人と比較すると自分の親は何でもないんだ」というように、老人を「痴呆性老人」として規定化することに伴ってその徴候やトラブルが予測可能となり、対応も安定化してくることで、老人に対する否定的な価値を“中和化”するような定義へと変化していた。

2.価値変容の局面
 家族介護者の価値が3〜5のパターンを移行するという結果の理由には次の2つが推察された。
 一つは、「非連続的な意味付け」とでも概念化すべき変容過程である。老人あるいは家族介護者自身に対する価値の変容はそれぞれに対する定義の変化に連動するものであるため、ドラスティックな意味付け(定義と価値)が展開され、極めて非連続的なものとして経験されるからであろう。
 もう一つは、繰り返しになるが、本調査は家族介護者が調査時点からそれまでの介護プロセスを振り返り、遡及的に意味付けつつ語る形式をとった。したがって、家族介護者が自己の“ケア・ストーリー”を語る時には、概ね3〜4の価値パターン移行を内在した展開として語るのではないかとも考えられる。介護プロセスの経年的な時間の長短に関わらず、全ての家族介護者が3〜4パターンの価値変容過程を経験していたこともこうした点に起因するのかもしれない。

3.価値変容の一定の方向性
 全ての対象者において共通に完結するものではなかったが、価値パターンは[前期アンビバレント―ネガティブ―後期アンビバレント―ポジティブへの移行]といった諸局面を経過する一定の方向性を志向していた。介護プロセスの時間的経過によって家族介護者の負担感やストレスが軽減したり、次第に老人の状態や介護状況を「受容」するようになることを指摘する先行諸研究の報告はこうした一定の方向性を“全体として”把握したものと推測される【4】【5】【6】【8】
 はじめの前期アンビバレントの局面においては、先述したように家族介護者は老人の言動に対して曖昧で不確定な定義をしており、その上この頃の老人は俗に言う「まだら呆け」であったり、相互作用の相手によって不適切な行為であったりそうでなかったりする場合が頻繁に見られる【13】。それ故、家族介護者の老人に対する定義と家族成員や親族のそれとが競合することが多く、家族介護者が「呆けたのではないか」と疑問や不安を表現すると、逆に家族成員や親族から「呆け扱いをしている」と責められたりするため自己のケアの経験を証言することが困難となっていた。
 次ぐ、ネガティブの局面における相互作用場面の特徴は「バイオグラフィーの解体」と「介護責任の正当性の非保証化」と概念化することが出来よう。家族介護者の老人に対する価値は、「昔の面影もない」「まさかこんなになるとは」「別人のようだ」といった言表に示されるように、極めてネガティブな評価となっていた。ここでは介護プロセスの進行に伴って次第に、以前の老人の人柄・姿からは到底想像できないような振る舞いをし、不可解な行動を起こすことが多い故、老人が家族介護者自身にとって“何者か分からない”状況となり、相互作用秩序を極めて不安定化させる。そのため家族介護者も「頭じゃ分っているけど腹が立つ」と声を荒げて叱責し、「なぜ、どうして妻(夫、親)だけが」と内面的秩序でさえも激しく揺らぐのである。先の「自己/重要他者の価値の連動性」もこのバイオグラフィーの解体による現象と予想される。
 一方、家族介護者自身に対する価値は「なぜ私が看るのか」というようなネガティブな評価である場合が多い。これは春日【31】が指摘するように、娘が介護していれば「男兄弟がいるのになぜ娘の私が看なければならないのか」となり、次男・三男の妻であれば「長男がいるのになぜ私が」と、そして長男の妻であれば「子どもは何人もいるのになぜ私が」「夫の親なのになぜ私が」と、いずれの介護責任の言説/フレームも正当性が保証されていないことに依る。そして、老人の徴候も長期化してきているため「いつまで続くのか」「終わりがない」と悲痛の嘆きの声となっていた。
 続く、後期アンビバレントの局面における相互作用の特徴は先述した「ケアの組織化」の開始である。しかしながら、ここではほとんどの女性の家族介護者は「私さえ我慢すれば家族は安定している」「家族のためにもやっていくしかない」といった実体化された「家族」への愛情を自己犠牲的に担う「介護者役割」と自己を同一視していた。要するに、ジェンダー規範のフレームが規定する役割と自己を過剰に同一視することで“介護すること”を意味付け、自己を同定していた。
 それに対して男性介護者の場合には明らかに異なる意味付けを行なっている。男性介護者Kの場合は、老人の長女がパーキンソン病となったため「長女の代わりに夫/配偶者として」義母を介護している。そのため、自らが介護することに関して「介護とは自分で手を出すのではなく、人手を借りることべきこと。だから疲れたとか何とかは感じたことがない」と語るように、男性であるためジェンダー規範によって介護に“雁字搦め”にならずに済み、また「長女の夫」であるためかバイオグラフィーの解体も経験することがなかった。もう一人の男性介護者Dは「妻」を介護しているため「他にやる者がいないので仕方がない」と解釈していたが、「家族のため」といった意味付けは全く聞かれなかった。

4.個別性の原理
 本節では個別的な志向性を呈したポジティブへの移行群とネガティブへと回帰したJの特徴を描写することで個別性の原理を考察する。
 まず、ポジティブへの移行群6名のうちB、F、H、Lの4名に共通して観察された傾向を述べると、彼(女)らは家族会や『呆け老人をかかえる家族の会』への参加にしろ、同じく痴呆性老人を介護する友人とお互いに語り合うにしろ、自身のケアの体験を他者に語ることが可能な舞台が用意されており、そこで語る/語られる言葉が彼(女)らの意味付けの準拠点となっていたことだ。家族介護者が他者に語ることで、あるいは語られることで「はっとさせられる思い」を幾つも経験しつつ、ケアの意味が、更にはバイオグラフィーが再構成されてゆく。ここでの意味付けは、後期アンビバレントの局面での自己のみによる意味付けとは異なり、「語り」の場での自己と他者との共同営為によるそれであり、それまでの家族介護者のケア・ストーリーをオルタナティブなケア・ストーリーへと書き換えてゆくような営為であった。
 一方、家族介護者自身に対してポジティブな評価をするようになった契機は「それまでは私が(介護しなくては)ってばかり考えていたんですけど、自分で全部やろうとするのではなく適当にっていうか、力まずにやるようにしようって思ったら途端に精神的に楽になりました」といった発言に端的に表現されるような、Goffmanの概念で言えば「役割距離」【32】化の契機を、Hを除く全ての移行群の家族介護者たちが語っていたことは特筆すべきことであろう。したがって、家族介護者に対する実践にとって重要な点は“いつでも介護者の役割/立場から退出しても構わない”というメッセージであり、多くの家族介護者が抱えてしまう「ジェンダー規範の過剰性」をいかにして解消するかであろう。そのためには、いかなる状況においても家族が介護することを前提にせず、それでいて個々の家族成員が自然に関与することが可能な“しなやかな”援助が必要となろう。
 それに対して、ネガティブへと回帰したJのケースは一度は「やっていくしかない」と意味付けて「母娘だけの生活なので…」と介護のため仕事を退職したものの、「今度は逆に二人きりの生活となったためほとほと疲れてしまいました。こんなことをしていて良いのだろうかとばかり考えます。(老人と)四六時中一緒で無性に腹立たしくなります」と完全に「二者関係の閉塞」に陥ってしまっていた。ここでは木下【33】が提案するような人間関係の活性化をめざした「三者関係」へと連接させるようなケアの実践が必要となろう。
 以上までに記述したように、痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程においては、老人に対する価値の変容過程はバイオグラフィーに、家族介護者自身に対するそれは家族イデオロギーやジェンダー規範のフレームに規定されていた。結局、家族介護者が痴呆となった“親密な他者を介護すること”とは、家族介護者自身の内面的秩序を揺るがすような経験と、「家族のため」という言説/レトリックのもとに介護せざるをえない状況とが相互作用参与者たちの解釈を通じて結合されていく現象のため、冒頭で示したような“特有な文脈として”相互作用過程が構成されるのである。

謝辞
 調査にご協力頂きましたご家族の方々、並びに在宅介護支援センターの関係者各位に心より御礼申し上げます。また、終始一貫してご指導して頂きました立教大学社会学部の木下康仁教授に深甚なる謝意を表します。

参考文献
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【33】木下康仁:老人ケアの社会学、医学書院、東京 (1989).

Abstract (200 Words)
 The purpose of this paper is to analyze the process of value transformation of 13 family caregivers of demented elders that use home help service positively by setting up the sociological analytic model.
 As the method、 I adopted the non directive interview method centering around the retrospective questions、 analyzed the collected data by interview、 by operating “value”as sortable from three criteria of negative、 positive、 and ambivalent.
 The results of this analysis were as fellow :
(1) The more than 70% of value patterns of family caregivers in care process was ambivalent.
(2) Most of the shifts in patterns had four or five phases.
(3) The value patterns had the directivity that made changes from ambivalent value to negative value firstly、 and changed from negative value to ambivalent value again、 lastly from ambivalent value to positive value.
(4) However、Not all of value patterns of family caregivers had same that directivity、but they tended to oriented each specific directivity as care process elapsed.

Key Word
 family caregivers of demented elders、home help service、value、interaction process、retrospective question

【言及文献】
■須佐公子.2004.「高齢者の在宅死を看取った家族の体験の意味の分析と看護者の役割の検討」『在宅医療助成 勇美記念財団 2002年度在宅医療助成報告書』1-12.
http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/susakimiko.pdf

天田城介(josukeamada.com)著書・論文など