天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
■008■
「施設入所痴呆性老人の移動特性と相互作用の頻度・空間に関する研究」
日本老年行動科学会発行.『高齢者のケアと行動科学』第6号.P46〜P57.1999年3月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:1998.12 最終更新日:2004.04

※本稿は1995年1月に立教大学社会学部に提出した卒業論文「痴呆性老人の集まりの構造」の一部に加筆・修正を施して執筆しました。


【本文】※以下、草稿です。また、審査を経て大きく内容を変更することになった草稿となっています。

施設入所痴呆性老人の移動特性と相互作用の頻度・空間に関する研究
A Study on Movement Traits and Frequency and Space of Social Interactions of Demented Elders in a Nursing Home

天田城介
Josuke Amada

●日本学術振興会
The Japan Society for the Promotion of Science

要約(和文)
 本研究の目的は,特別養護老人ホームの階分離型痴呆専門棟において移動可能な痴呆性老人入所者の移動特性と相互作用の頻度・空間の関連性を,行動科学と社会学の接点から分析を試みるものである。本調査は,3日間の直接観察法を中心とした参与観察法を採用し,施設においてレクリエーション等のプログラムの実施されていない日を調査日として設定した上で各痴呆性老人の移動行動と相互作用の観察を行った。方法としては,各痴呆性老人の移動を「移動動線」として,相互作用の頻度・空間を「相互作用地点」として視覚的に提示することで両者の関係の質的分析を行った。また,分析の補助線として「ロビー内テリトリー行動」と「先行行動」の観察を行い,移動行動による相互作用への規定性を明らかにしている。
 結果としては,(1)移動量が多いことが結果的に相互作用の頻度を高くしていること,(2)移動範囲が多いことで結果的に相互作用の行われる空間の範囲を拡大すること,(3)多くの痴呆性老人には独自の空間テリトリー感覚があること,(4)ロビーと廊下との空間移行が相互作用の頻度を高めることになること,等が明らかになった。

キーワード
痴呆性老人,移動特性,社会的相互作用,公的空間,「徘徊」

T.問題
 痴呆性老人の増大に伴い、臨床の現場はもとより研究の領域においても彼/女らの行動の理解は急務の課題であり、現実的なケア場面において最も必要とされているのはこうした痴呆性老人の行動理解としての「知」である。特に、痴呆性老人のいわゆる「問題行動」の代表とされる「徘徊」に対しては施設職員もその現実的対応に追われることが多いため、ケアの実践及び今後の施設設計にとって利用・応用可能な研究が希求されている。このような社会状況に呼応するようにして、近年徘徊に関する研究は徐々に増加傾向にあり、ようやくその研究のパースペクティブやテーマも多様化しつつある。
 そして、無目的で病的な行動として捉えられてきた徘徊の従来の観点から、徘徊は移動することで結果的に緊張発散やストレス低減に機能する行動であることを指摘した研究【12】【13】や、徘徊を歩行運動として捉え、それが高い骨密度への要因となっているとして「1万メートルのパラドックス」を明らかにした研究【8】、徘徊を4タイプに分類し、その背景には認知障害に伴う存在不安、生活史、ストレスや緊張の影響、環境上の要因等による固有の意味があることを指摘した研究【10】、等々によって、徘徊を痴呆性老人にとって有意味/有目的な行動として捉える観点へと移行してきている。これらはいわば研究視座における「ネガの論理」から「ポジの論理」への転換として極めて重要である。
 では一体、「徘徊」とは当事者である痴呆性老人にとってはいかなる行為であるのか。介護者に「徘徊」と解される行動の内実が「部屋や便所を探す」という有目的行為であり【5】、「家に帰らなきゃ。息子が心配しているわ」と施設内を必死で彷徨う事例に見られるように、痴呆性老人の「徘徊」の背後にはその都度においての個別的な「ストーリー」【11】があるとすると、「(あてもなく)無目的にウロウロと歩きまわること」を意味する「徘徊」という用語ではなく、「日常生活を営む人間」の一行為としての「移動」と解釈するべきである。したがって、本研究では徘徊と移動を区別するのではなく、「移動」の行動特性として一元化することで移動と社会的相互作用の関係を明らかにしたい。
 痴呆性老人の「徘徊」を日常生活を営為する上での「移動」とすると、彼/女らは現実の(施設での)他者との相互作用をいかなるものとして体験しているのだろうか。この問いは現実のケア場面においても重要である。いわば痴呆性老人の内的世界と、施設において他者との相互作用によって構成される現実とのズレを「移動」という観点から考察することこそ本研究の動機である。
 しかしながら、痴呆性老人の移動(徘徊)研究の中心的課題は移動と空間認識の関連性の解明であり【5】【7】【9】、相互作用との接点からの研究は皆無である。一方、痴呆性老人の相互作用(あるいはコミュニケーション)に関する研究においても移動との関連性を分析する試みはなされていない【1】【14】。その意味でも本研究は新たな研究の方向性を提示し得るであろう。そこで、本稿では移動と相互作用研究の出発点として両者の行動科学的分析を試みるものとしたい。

U.方法
1.調査方法
 本調査は、U市特別養護老人ホームにおける1994年度5月から8月までの4ヶ月間に及ぶフィールドワーク(合計観察時間122時間)を基本とした全調査の一部を構成するものである。初期フィールドワークにより日常生活の大半の時間帯を「自室以外の空間」で生活する移動可能な8名の痴呆性老人が観察されたことから、彼/女らの移動特性と相互作用頻度・空間の関係の分析を研究テーマとして設定した。
 調査は、レクリエーション等のプログラムが行われていない、つまり昼食・散歩以外の時間の大半をロビーで生活している日常的な日を観察日として選出し、毎週1回、計3回にわたって観察調査を行った。第一回目の観察日はパイロット調査として位置づけ、日常生活の移動特性を把握し、8名の対象者の同時調査が可能であると確認した上で、第二回目以降の観察データを実質的なデータとして分析した。1日午前9時から午後4時までの7時間で、2日間の合計14時間を観察期間とした。これは平均的な滞在時間を測定するために妥当な観察時間と判断したためである。したがって本調査は、直接観察法を中心とした参与観察法を採用し、施設1階入所者であり、かつ、移動可能で調査時間帯の大半を「自室以外の空間」、殊に“ロビー”と呼ばれる公的空間で過ごす8名の痴呆性老人を対象に行っている。
 1階入所者全員(50名)のうち移動可能な入所者は13名であり、本研究対象者はそのうちの8名により構成されている。残りの他の5名は、非痴呆であるか、調査時間帯のほとんどをデイ・サービス利用者と一緒にレクリエーション・プログラムを行ったり、あるいは自室で過ごす入所者であるため、本研究のテーマ設定上非該当と判断された。また、調査中に入所者の居室の割当てが変化しないことを施設職員に事前に確認し、居室変化等による調査上のバイアスを回避するようにした。

2.建物の構造とロビーの特徴
 研究対象地であるU市の特別養護老人ホームは、鉄筋コンクリート地上二階建ての建物であり、定員80名、ショートステイ利用者が数名入所・滞在しており、別棟にデイ・サービスセンターが併設されている。ロビーは、図1〜図8に示すように、広さ30uの公的空間であり、逆コの字の形をした施設の右翼廊下と食堂前の廊下の交差する地点に位置している。ここでは壁に沿って椅子やソファが横一列に並び、その正面にテレビが置かれた、施設内で唯一「談話コーナー」として機能している空間である。ロビーの直斜め右には寮母室があり、寮母室からはガラス越しに入所者の行動が観察可能となっている。また、本施設は入所者の居室を決定する際に痴呆の重症度が高い者を一階入所者として割り当てた、痴呆性老人と一般老人との「階分離型施設」である【2】。実際、1階入所者の施設2階やその他の棟への空間移動は、特定の目的(誕生日会等)のために施設職員が誘導したこと以外には観察されなかった。

3.分析方法
 本稿では痴呆性老人の移動特性と相互作用の頻度・空間の質的分析に比重を置いているが、その理由としては、第一に、対象者の個別的な特性を正確に把握すること、第二に、相互作用過程のダイナミズムに対する理解への端緒となり得ること、そして最後に、施設職員にとっても利用・応用可能な研究を目的としたことによる。
 本研究では、「社会的相互作用(social interaction)」を「対面しあう人々の動作や発話の直接的な連鎖」としての「対面的相互作用(face-to-face interaction)」に限定し、ロビーを日常的に利用されている「公的空間(public space)」として位置づけ、その上で、公的空間の定義をE.Goffmanにしたがって「コミュニティの成員が自由に出入りできる場」と定義した【6】。この「対面的相互作用」は後方からの声かけや、身体的な接触等のノンバーバルな行為による相互作用も射程にしている。また、相互作用としては「痴呆性老人間の相互作用」と「痴呆性老人と寮母/職員との相互作用」を想定した。
 分析の手続きとして、第一に、調査時間帯において各対象者の追跡観察を行い、その移動特性を施設見取図上に「移動動線図」として忠実に再現し、視覚的に提示した。したがって、移動動線とは「施設内における入所者の移動行動の軌跡」を意味している。こうした移動は痴呆性老人自身が施設内を歩きまわる主体的移動と、オムツ交換のために寮母に手を引っ張られてトイレに行ったり自室へ戻るといった受動的なものを含んでいる。
 第二に、上記の追跡観察を基礎的データとしつつ、対象者の行為によって、あるいは相手の行為によって開始された相互作用が観察された空間を「相互作用地点(interaction point)」として移動動線図上に併記し、両者の関係が視覚的に理解可能なように布置した。「相互作用地点」とは「(結果的に)相互作用を営為した、いずれか者の行為によって開始された相互作用の場所」を意味しており、具体的には、どちらか一方が話し掛けたり、手で接触する等の行為によって開始された相互作用の空間を指定している。本研究は基本的に以上の移動動線と相互作用地点による図示によって分析を進めている。
 対象者において観察された相互作用の全データは二者関係(dyadic relationship)の形に操作化して扱った。現実の相互作用において、二者関係である場合には明確に集計可能だが、三者間以上で営為された相互作用の場合は、明らかに第一者〈A〉が第二者〈B〉に相互作用の契機となるような行為を働きかけた場合(第三者〈C〉はその場に居合わせているだけ)と、第一者〈A〉が同時に第二者〈B〉と第三者〈C〉に対して相互作用の契機となるような行為を働きかけた場合の2つの状況が想定された。そのため、前者の場合Cはデータとして扱わずにA⇒Bとして集計し、後者の場合にはA⇒B、A⇒Cの両データを集計するものとした。以上の操作化の設定に準拠することで相互作用地点を布置し、その頻度と空間を正確に反映することを可能とした。
 第三に、ロビー内におけるソファの滞在状況や時間などをはじめ、主な行動内容をフィールドノートに記録し、各痴呆性老人の「ロビー内テリトリー行動」や、「先行行動」の特徴を分析していく。「ロビー内テリトリー行動」とは「ロビー内における各行為者の一定の個的領域」を意味し、具体的には特定のソファの場所に着席する傾向性を示している。本研究でロビー内テリトリー行動を扱うのは対象者の施設全体における「拠点性」を把握すると同時に、公的空間(ロビー)における「拠点性」にも着目しているからである。
 最後の「先行行動」は「相互作用が開始される直前の一方の相互作用参与者の行動」と定義した。「相互作用の開始」に先行するという意味で上記のようにカテゴリー化しており、相互作用の開始の端緒となり得た行動に着目することで対象者の移動と相互作用の関係の分析する上での補助線とした。

4.「移動動線−相互作用地点図」の特徴
 「移動動線−相互作用地点図」の特徴は、施設一階における移動特性を全体的に鳥瞰可能とし、同時に相互作用の開始された地点を表示することで移動特性と相互作用の頻度・空間を視覚的に提示可能としているところである。同一の施設見取図に、各対象者の移動行動を微細な動線で示し、相互作用の開始された地点を丸印でポイントしている。また、同じ場所での相互作用地点の場合は並列的にポイントし、相互作用頻度・相互作用空間・相互作用者数の合計を図右上の枠内に記している。ここでは移動動線の量が実質的な移動量を、移動動線の範囲が移動範囲を、そして相互作用地点の数が相互作用頻度を、相互作用地点の範囲が相互作用空間を意味している。

5.対象者の基本的属性と特徴
 本研究対象者8名の性別割合・年齢・日常生活能力・長谷川式簡易知的機能評価スケールの結果(以下HDSと略す)を1階入所者全員(50名)のそれと比較した上で、その特徴を指摘する。

■表1.対象者の特徴
[略]
(注)日常生活能力は、自立、一部介助、全介助(または車イス、オムツ)の三基準から説明している.また、Aはミドルステイ入所者であったため年齢が介護職の記録に記載されておらず、施設職員も把握していなかったために欠損として扱った.

 対象者の性別割合は男性1名(12.5%)、女性7名(87.5%)であり、年齢幅は73〜89歳迄で構成され、平均年齢は82.7歳である。1階入所者の性別割合(男性24%、女性76%)と比較すると、女性の割合が多少高いものの、平均年齢(82.5歳)はほとんど差はない。
 表1に示すように、日常生活能力は、移動可能な痴呆性老人入所者を対象者としているので当然ながら移動は全員自立であり、食事もDを除いては全員自立していた。排泄は自立していたのはGのみであり、A,D,Hの三名は一部介助であり、B,C,E,Fはオムツの状態であった。これらを1階入所者と比較すると、本研究対象者は移動の自立度は極めて高いが、排泄、食事はほぼ同レベルであると言える。
 8名のHDSの得点分布は0点〜6.5点であり、全員が重度の痴呆と評価された。Hが6.5点と最も高く、次いでE(5.0点)、B(4.5点)、A(4.0点)、D(2.0点)であり、その他の対象者は0点であった。対象者のHDSの平均得点は2.8点であり、1階入所者の平均得点5.9(SD=8.5)点と比較するとより低い得点であった。
 身体症状・合併症・随伴精神症状は医師の診断書や介護職の記録のデータを利用した。脳動脈硬化症(3名)、老人性痴呆(2名)、アルツハイマー型老年痴呆(2名)が主たる身体症状として挙げられる。以上、対象者の特徴は、女性が多く、後期高齢者層(old-old)であり、なおかつ移動可能で、重度の痴呆を抱える人々であると指摘出来る。

V.結果
1.相互作用頻度と相互作用空間の特徴
 表2に示すように、相互作用頻度の合計は176件(第二回観察日76件;第三回観察日100件)、相互作用者数は100名(第二回観察日41名;第三回目観察日59名)、相互作用空間は、ロビー115件(65.3%)、食堂・食堂入口16件(9.1%)、奥のソファ8件(4.6%)、その他37件(21.0%)であった。観察日による若干の相違は、第三回観察日においてはより多くの他の入所者がロビーにおいて滞在していたことによると予想された。
 平均的な相互作用頻度と相互作用者数の比率は176件:100人(1.76:1.00)であった。個別的に見ると、A,C,Eはその比率が均衡していて多くの者との相互作用を営為する傾向があるが、Hの比率は30件:13人(2.31:1.00)であり、特定の者との相互作用を偏向=選択する傾向にあった。

■表2.対象者における相互作用特性
[略]

 ロビー内テリトリー行動では、同一の場所の着席が7割を超えたのはB(Fに330分(全着席時間の73.7%))とH(Cに412分(全着席時間の83.9%))であり、彼/女らの移動量及び頻度から鑑みても単に長時間同一の場所に着席していたということではなく、上記の席(ソファ)が「拠点」となっていた。それに対して、Gは絶対的な着席時間が短いこともあるが殆ど「拠点」を持たなかった。それ以外の対象者は、最頻的な場所での着席時間の割合は25.0%〜41.0%の間にあり、緩やかな「拠点」を持つ傾向にあった。合計着席時間は3636分となり、各対象者における合計着席時間も39〜449分と大きな差異を示した。
 先行行動の85.3%は「移動」の行動であり、移動に伴って相互作用が開始される割合が高いことが観察された。それ以外では「(身体の移動はなく)着席」から相互作用が開始された場合(8.6%)、「第三者の行為」より開始された場合(4.6%)、「その他」の場合(1.5%)であった。移動が相互作用の開始の契機となっていることは、Aがロビーを一旦離れた後、再度戻ってきて「こんなんなってしもうた」と自分の洋服を指し示しながら着席している人に話し掛けている事例が端的に表している。

■表3.対象者のロビー内テリトリー行動
[略]
(注)表の単位は分で表記。()内は%、最も割合の高い席の箇所は“網掛け”で表示している。ロビー内には静養室の方向から順に、一人用ソファ2つ(@,A)、四人掛ソファ(BCDE)、一人用(F)、自動販売機を挟んで、一人用2つ(G,H)、四人掛ソファ(IJKL)、そしてロビーの奥廊下に「奥のソファ」が並べて配置されている。

2.移動動線図と相互作用地点の結果
 図1に見るように、Aの移動量・移動範囲はともに対象者の中で最も多く、全対象者の中での相互作用頻度も49件(27.8%)と最も高かった。また、ロビーで開始された相互作用は38件(77.6%)であり対象者の中で最も高い割合であると同時に、相互作用空間のヴァリエーションも他の入所者に比して多い。また、Aが関与した相互作用の開始の先行行動は、多くの場合、Aが一度席を離れて、ロビーの外に出るか、あるいはロビー内を移動した後、(再度着席すると同時に)隣に座る人に話し掛ける傾向が観察された。つまり、移動後におけるAの話し掛けの行為等によって相互作用が生起していた。
 次いで、図2のBの移動量・移動範囲は対象者の中でも中程度であり、移動量はDと同程度であるが、一方、移動範囲はDと比較しても狭かった。そのため相互作用頻度はDと同程度にも関わらず(14件(8.0%))、「その他」の場所での相互作用は少なかった。また、BはHと同様にロビー内テリトリー感覚が強く、同一の席に強く固執する傾向が見られた。その席に他の入所者が着席している場合には、一度は別席に着席するが、頻繁に席を離れ、特定の席の前に移動してきて席が空いているか否かを確認するような行動が観察された。
 Cの移動量・移動範囲はともにAのそれに次ぐ量・範囲であるが、移動範囲の特徴は、Aが「寮母室」と呼ばれる部屋の前の廊下から奥のソファにかけての範囲であるのに対して、Cはロビーから奥の廊下にかけてであり、その傾向は異なる。自室の場所からも推測出来るように、このことは自室からロビー(あるいは奥のソファといった公的(準公的)空間までの範囲が移動範囲となる傾向を示すものである。相互作用頻度は32件(18.2%)とAに次いで高く、(相互作用空間は平均的な割合である一方で)相互作用空間のヴァリエーションに富んでいた。
 Dの移動量は対象者の中でも中程度であるが、移動範囲が広く、それに伴いロビー以外での相互作用が相対的に最も高い(50.0%)傾向にあった。これは、Dは介護職や他の入所者が歩いているのを見ると追随して移動する傾向があるため、結果的にロビーから離れた場所へ移動し、そこで相互作用を営為することに起因していると予想された。
 Eの移動量・移動範囲はFと同様に対象者の中で最も少ない。Eの移動範囲もオムツ交換のためにトイレや自室への(介護職に付添われての)移動を除くと、主体的な移動は極めて少なかった。相互作用頻度も13件(7.4%)とF,Gに次いで少なく、相互作用空間も自室、奥のソファを除くとロビーに限定される範囲での相互作用であった。
 FとGの相互作用頻度は11件(6.3%)で同頻度であるが、両者の相互作用空間は全く異なり、Fの相互作用はロビーや奥のソファの空間に限定されているのに対して、Gは相対的にロビーでの相互作用は少ない傾向が見られた。また、Gの移動量・移動範囲はともに対象者の中で中程度であるが、同程度であるHと相互作用頻度30件(17.0%)を比較するとGは11件(6.3%)であり極めて少なかった。
この要因としては、Gの自室とロビーを常同的に往復するといった移動特性、及び特定の者との相互作用に偏向する傾向、すなわち他者と会話するのを好まず、介護職や他の施設職員に対してでさえも避けるような傾向性が予想された。
最後のHの移動量・移動範囲は対象者の中では中程度であるが、Hの特徴は、しばしば“静養室”に行きそこにあるベッドで寝ようとするが、鍵が掛かっているために諦めてロビーに戻るといった頻繁な往復移動が観察された。また、自分の「拠点」であるソファが他者に座られている場合には、一旦は他の座席に着席するが結局落着かずに、一度ロビーを離れた後にすぐに戻って来て、席の着席状況を確認する行動が頻繁に観察された。

■図 1.Aの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 2.Bの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 3.Cの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 4.Dの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 5.Eの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 6.Fの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 7.Gの移動動線図と相互作用地点
[略]

■図 8.Hの移動動線図と相互作用地点
[略]

W.考察
 本研究の結果から、移動量によって相互作用頻度が、移動範囲によって相互作用空間のヴァリエーションが規定される傾向が視覚的に提示された。相互作用の契機となった先行行動のほとんどが移動行動であることもこうした移動と相互作用の規定関係を支持するものであった。
 AとCは移動量・移動範囲が多く、相互作用頻度・空間のヴァリエーションも多く見られた。ロビーを中心にした痴呆性老人間の相互作用を分析した拙稿3)の結果において、AとCは相互作用頻度が最も高く、多くの者と相互作用を営為する、いわば相互作用を営為する中心的メンバーであったこともこの証左であろう。
 また、狩野ら【9】が「痴呆がない、あるいは痴呆が軽い場合には、居室を中心とした施設全体の段階構成的な生活領域が形成されるが、痴呆の程度が重くなるにつれ、共用空間に生活の拠点が移り、居室の拠点性が少なくなる」との指摘と同様の傾向が本研究結果にも見られ、重度の痴呆性老人のロビー(共用空間)を中心とする拠点性が観察された【3】。加えて、B,Hのようにロビーの同一の場所(ソファ)でのテリトリーを志向したケースに顕著に見られるように、対象者によってはロビーにおいても個別的な「拠点性」を有するものであった。また、E,Fのように単に長時間着席していたケースも観察されたが、個別的拠点性と単なる長時間着席との区別は離席状況と移動の緻密な観察より明らかに判断可能であった。
 以下、諸結果を整理すると、第一に、移動量の多いことが結果的に相互作用の頻度を高くしていることが観察され、一見無目的にみえる移動も結果的には相互作用の頻度を増加させる傾向にあることが明らかになった。但し、Gのような例外的ケースもあり、個別的な特性を理解することも要請される。
 第二に、移動範囲が多いことが結果的に相互作用の営為される空間の範囲を拡大し、(ロビーを中心とするが)ロビー以外での相互作用を可能とする傾向がある。また、移動範囲は入所者の居室の場所によってもある程度規定されることが示唆された。
 第三に、何人かの痴呆性老人には独自の空間テリトリー感覚があった。ロビー全体が拠点となっている人であっても、更にロビー内に拠点を有する場合もあり、各対象者にとって重層的な「拠点性」が観察された。公的空間(領域)−個的空間(領域)は均質的に区分できるものではなく、公的空間における個的領域、あるいは個的空間における公的領域というように、個別重層的な空間として形成されていると思われる。
 第四に、相互作用の開始の先行行動の8割以上が移動であったことから、ロビーと廊下との空間移行が相互作用の頻度を高めることになることが明らかになった。では、なぜ“ロビーに入ってくる”ことで相互作用が開始されるのであろうか。考察の最後として、この点を端的に表す事例を記述することによって「場の定義」の問題に関して叙述したい。

【事例】 AとDの相互作用(ロビー:15:05)
 Aさんは、一度は食堂に入ろうとするが(ドアに鍵が掛かっているため)入室出来ず、奥の廊下をウロウロと歩き回った後、ロビーに戻って着席する。そこで隣に座るDさんの顔を一瞥し、「もうそこ(食堂を指さし)はご飯とちがうかね」とDさんに話しかける。それにDさんが「私なんかもずっと駆け足でやってきてお兄ちゃんなんかも相当苦労したもの。」と返答する。すると、Aさんも「そうやねー。私なんかも足が丈夫だから良かったけど、辛い、そない時にはグーっとやって(握り拳をして)石投げんの」と答える。

 ここで決定的に重要な示唆は以下の2点である。
 一つには、以上の事例のように、痴呆性老人の「徘徊」と呼ばれる現象には当事者にとって有意味な背景/ストーリーがあること、そしてそれが契機となって他者へ/からの発話へと向かわせている。その帰結として、営為された痴呆性老人間の相互作用は「会話が噛合わずに成立する相互作用」である場合が多かったということだ。
 そしてもう一点は、より重要なことだが、相互作用がロビーに入ってくることを契機に開始したという結果は、他の空間よりもロビーで他者に相互作用を働きかけていたことを表しており、痴呆性老人は(無自覚的にしろ習慣的にしろ)ロビーを「他の入所者と会話する公的空間」として把握していたことを意味している。これは、同じように人が集まる食堂やデイルーム等の公的空間では相互作用がほとんど観察されなかったという結果3)に示されるように、単にロビーに滞在している人が多いからという理由ではないだろう。つまり、“施設においてロビーが中心である”という「場の定義」を把握しているかのような移動と相互作用が観察されたということなのだ。これに対して「介護職/職員との相互作用」の特徴は、“施設においてロビーが中心である”という意識なく、介護職/他の職員がスケジュールにあわせてトイレを促す等の“声かけ”をロビーであろうとなかろうとどこでも行っており、それに対して痴呆性老人が反応していた。

W.実践へのサジェスション
 研究諸結果に照応させて簡潔にサジェスションを整理すると、(1)施設内の公的空間はでき得る限り自由な移動が可能な開かれた空間に設定すること(自由空間の設定)、(2)施設の各場所において準公的(semi-public)な空間が必要とすること(準公的空間の散在)、(3)入所者によっては公的空間の中に個的領域を確保することが臨床的に重要な課題となること、つまり、最大限に対象者の個別的な拠点性を生かすことが必要であること(個的領域の個別性原理)、(4)ロビーと廊下のスムーズな空間移行が可能で、また、ロビーでは直接顔が見えるような空間配置にすることが要請されること(公的空間への移動性・空間配置の快適性)等が今後求められている。
 最後に全体的な施設の実践の観点から若干の提言をすると、入所者と施設職員の両者にとっての「中心性」を表象するような“仕掛け”を内在した実践/設計が必要であると筆者は考えている。すなわち、(1)(状況如何によるが)入所者がロビーにいる時に「トイレは大丈夫ですか」と声をかけて誘うというような配慮、(2)壁紙の色を工夫し、花や絵画、“施設職員と入所者全員の写真”等の装飾、(3)食後には職員もロビーの「集い」に参加すること等によって、施設職員も公的な場に「参加する」こととなる。こうした「ケアと時空間の構造化」によって痴呆性老人と施設職員の両者が共有可能となる「中心性」の構築が求められているのである。
 本研究の限界点と今後の課題は大別して2つ挙げられる。第一に、本研究は行動科学と社会学の接点より移動行動と相互作用の関連性を分析した最初の研究であるため、データの精緻化が厳密ではない。第二に、本研究は「相互作用の開始」を準拠点に施設入所痴呆性老人の移動特性と相互作用の頻度・空間の関係を明らかにしたが、今後は「相互作用過程」自体のダイナミズムに対する社会学的な分析が極めて戦略的となり得よう【4】

文献
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【14】矢富直美 1996 痴呆性老人のコミュニケーション行動 看護研究 29(3)、71-80.

Abstract
 The purpose of this paper is to analyze sociologically the movement traits and the frequency and space of social interactions of mobile demented elders in a nursing home.
 In this study, I adopted the direct observation in three days centering around the participant observation method, and observe the movement and the social interaction of the aged with senile dementia.
 As the method, I analyzed the movement and the frequency and space of social interaction qualitatively, with indicating visually the former as “ movement line”and the latter as “interaction point”.
 The results were as fellow :
(1) The quantity of movement tended to prescribe the frequency of social interaction.
(2) The sphere of movement was apt to prescribe the space of social interaction.
(3) Some of demented elderly persons had the each own territory of space in public space.
(4) The space passage between a lobby and a corridor increased the frequency of social interaction.

Key Word
demented elders,movement trait,social interaction,public space,“wandering”

天田城介(josukeamada.com)著書・論文など