天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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「在日朝鮮人女性高齢者における老いと家族の現在」
1997年度立教大学研究奨励助成金成果報告書.『在日外国人の人権と家族問題』(代表庄司洋子).P75〜P92.1998年3月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:1998.02 最終更新日:2004.04


【全文】(以下、草稿です)

在日朝鮮人女性高齢者における老いと家族の現在
 ●天田城介

1.はじめに
 近年、外国人高齢者・障害者に対する年金の不備が社会問題化してきており、外国人無年金受給者に対する特別給付金制度(外国人高齢者福祉手当)を地方自治体レベルで政策として決定するなど、その問題解決を求める動向が活発化してきている。特に、オールドレジデンツ(old residents)としての「在日朝鮮人」【1】高齢者が多い地方自治体においてはその早期改善が求められているのが現状である。
 こうした「在日朝鮮人」を始めとする定住外国人高齢者の問題は、外国人の公的年金の加入率の低さや無年金者の問題、それに対する行政的対応、そして年金支給の不備によって適切な医療・福祉サービスの利用が制限されていること等の「行政的」課題以上のものを含意しており、単なる制度上の現象としてのみ理解されるのではなく――現状では歴然とした差別が存在するがゆえに焦点の比重がここに置かれてしまうのは致し方ないことではあるが――、その本質は高度産業社会における共生に対する問いであり、〈高齢化〉と〈国際化〉の接点として顕現する現象として考察する必要がある。その意味からすれば、定住外国人高齢者のアイデンティティ、ならびに地域社会の成熟化、そしてエスニック・グループにおける共同性=帰属性や世代間継承といった極めて輻輳した社会学的な課題が問われている現象なのである。
 しかしながら、原尻が指摘するように「在日朝鮮人」に関する「研究」自体が少なく(原尻、1997:130-139頁)、殊に「在日朝鮮人高齢者」を主題とする研究とあっては数えるほどであり【2】、そのため「在日朝鮮人高齢者」の現状がいかなる状況で、その夫婦関係や家族関係とはどのようなものであり、それらがいかにして成立している/いたかといった問いが発せられることは少ない。ましてや、「在日朝鮮人女性高齢者」における〈生〉の営為に焦点が置かれることは期待不可能な状況にある。
 本稿の第一の目的は、川崎市川崎区田島地区【3】における「在日朝鮮人」の女性高齢者の概況を先行諸研究及び基礎統計から素描し、田島地区にて「在日朝鮮人」を中心とする住民参加型高齢者福祉事業としてミニ・デイサービスを展開している職員やその利用高齢者とのインタビュー・データ【4】からその生活状況及び家族関係を叙述することである。
 その上で、先行諸研究からの理論的な論考として、彼女らの〈過去〉とは歴史的に二重の〈抑圧〉を前提として生きざるをえなかったこと、その理由が現実的にも理論的にも彼女ら自身の〈現実reality〉に対する〈語りnarrative〉が不可能であったことに依拠するものであることを措定するのが第二の目的である。
 そして最後に、「在日朝鮮人女性高齢者」が老い衰えてゆく問題が決してケアサービスの提供といった問題のみならず、ケアを通じて彼女らの過去の〈語り〉による〈もう一つの現実〉をケア従事者が引き受けることであり、そしてそのことによって現実的なケアの問題が、彼女らの視点から見れば、それは自己の回復を、社会的文脈においては歴史の再構成を意味するものであることを考察したい。そして今後の可能性を模索する意味で、現在田島地区において展開されている「在日朝鮮人」を中心とした住民参加型の高齢者福祉活動を紹介し、そこで実践されている「語りべの会」の可能性/意味性を検討する。
 以上の意味からも、本研究は上記対象者における「研究の射程範囲」の検討に限定しており、インテンシブな調査をもとにした「在日朝鮮人高齢者」、特に女性高齢者に対する詳細なデータ分析は今後の課題としている。
 したがって本研究は、第一義的に「在日朝鮮人女性高齢者」に焦点を当てた研究の今後の方向性及び可能性を検討するものである。そして、それは現状の「在日朝鮮人女性高齢者」の問題を差別=排除の機構や不平等性からのみ論及するのではなく、むしろその先の現実的なケア場面において開示する可能性をこそ論述したい。我々が“「在日朝鮮人女性高齢者」がいかなる者たちなのか”を理解できない限り、彼女らにとって、そして我々にとっての社会保障やケアの意味が不明確のままであり、“日本人なみ”の社会サービスの利用が達成されればその課題が不問に帰されてしまう恐れさえある。
 通常、ニード論に代表されるように社会サービスの対象者はその必要性に準じて、つまりサービス・オリエンテッドな観点から想定されているがゆえに、「在日朝鮮人」であること、そして「女性」であることは完全に無化され、匿名化された対象者としてサービスが運営・展開されてしまうのである。それに対して、本稿の基本的な照射点は対極に位置しており、「在日朝鮮人女性高齢者」に対するケアであるがゆえの可能性である。但し、筆者が言わんとしていることは「在日朝鮮人高齢者」の民族的・文化的背景を理解した上でのケアサービスの提供(例えば食文化に応じた食事サービスなど)の必要性の水準からの言及だけではなく、それ以上の意味性を〈ケアの実践〉は内在しているという深−水準における記述である。そしてそれは、田島地区の「在日朝鮮人」を中心とした住民参加型高齢者事業活動の展開と轍迹にこそその可能性の端緒が観察されたのである。
 「在日朝鮮人女性高齢者」を研究対象とした理由として、(1)「日本人」と同様に「在日朝鮮人」の老いの問題が特に女性高齢者に特化して現出する傾向にあること、(2)調査対象地であったミニ・デイサービスの参加高齢者の95%以上が女性高齢者であったこと、(3)「在日朝鮮人」の歴史的背景から「在日朝鮮人女性高齢者」は不可視化されてきた〈現実〉を生きざるを得なかったこと等の3点が挙げられる。
 ここで本研究を展開する上での3つの基本的な立地点を明示しておきたい。

 第一に、本稿は「在日朝鮮人女性高齢者」の生活状況を基礎統計や先行諸研究、そしてミニ・デイサービスのケア従事者及び利用者によるインタビュー・データを中心とする調査結果から明らかにしているが、前者は特定の目的や関心に準じて行われたものであり、後者は調査対象者の現実的な苦悩や志向性を反映したものにならざるを得ないため、利用可能なデータの性質上「在日朝鮮人女性高齢者」の全体像というよりはむしろ不可視化されてきたひとつの〈現実〉の提示として設定している。
 第二に、本研究の後半部は「在日朝鮮人女性高齢者」の民族と家族をめぐる問題を〈抑圧〉と〈語り〉の概念を主軸として論考していくが、研究の限界点として明示したように本研究はあくまでも「研究の射程範囲」の考察であり、現実の「在日朝鮮人女性高齢者」はそれぞれの個別性に準じた偏差(deviation)があることを明記しておきたい。したがって、〈抑圧〉体験はそれぞれ個別的であろうとも、「在日朝鮮人女性高齢者」をめぐる民族と家族の関係における表象の水準、及び社会的な文脈の水準として扱う限りにおいては分析可能となる。要するに、「在日朝鮮人女性高齢者」の在住する地域特性や現在の生活状況、家族状況の差違の問題をここでは担保している。逆にいえば、前半部での記述においてそのような対象者特性の傾向性を簡略ながらも叙述しているため、後半部ではこうした歴史=社会的文脈において記述・説明する必要があったとも言えよう。
 最後に、最も重要な点であるのがエスニシティにおける〈老い〉をいかに位置づけるかの問題である。米国における老年学研究の知見においては、エスニック・グループの境界は他の集団(特にマジョリティ集団)との対立などの相互作用を通して維持=再生産されており、これらの境界が当該集団の高齢者の日常生活における行為、ないしはライフサイクルの経過過程において重要であることが言及されている(Fry、1985)【5】
 高齢者における成人子との同居やその援助の理由といった「〈老い〉をめぐる生活状況」はエスニック・グループにおける文化や当該社会の社会構造的な要因によって大きく異なる。例えば、中国系やメキシコ系アメリカ人の高齢者は、イングランド系やアフリカ系アメリカ人と比較すると、成人子との同居率が高く、成人子からの援助を受けることが多いが、このことは文化的には、親族を中心とした介護が規範として要請されていたり、帰属する文化における老い自体の意味が異なるためと考えられるが、社会構造的な要因としては、前二者の言語能力の低さ(英語を話せない)が公的サービスの利用に対する志向を停滞させ、高齢者の社会経済的状況をより一層悪化させる傾向となることが報告されている(Lubben、Becerra:1987:141頁)。本稿は先行諸研究や調査記録から(上記ような)状況の諸要因を整理しているが、本研究の焦点はむしろ「エスニック・グループにおいて高齢者である当事者が(諸要因により規定された)状況をいかにして生きている/いたか」という〈老い〉の過程であり、その意味で可能な限り当事者の社会的相互作用の文脈において研究上の焦点が収斂するように位置づけている。
 ここで「在日朝鮮人」の定義とその準拠点を提示しておこう。
 戦後から現在までの「在日朝鮮人」の日本国籍取得者は20万人を超えており、また通婚率が80%を超える現在では、国籍を要件とした「在日朝鮮人」の定義は意味を持たない。多くの二世・三世が「混血」であり、「多重国籍者」であるがゆえの「いかなる土地(日本にも朝鮮にも)帰属していない」といった彼/女らの意識の複雑性を考慮すると、「在日朝鮮人」というマイノリティの構成する〈エスニシティ〉への帰属性こそがその要件として重要であろう(大澤、1996:60頁)。したがって、本稿では「在日朝鮮人」を「明治以降日本に朝鮮半島から渡来した人々とその子孫、及び混血者、密航者をも含み、韓国・朝鮮籍、あるいは日本国籍を有する者で、自らの民族やエスニック集団への帰属意識を有する者」と定義したい。
 また、「在日韓国・朝鮮人」という呼称を敢えて使用しない理由は国民概念と民族概念を明確に峻別するためである(原尻、1989:62-75頁)。同時に「在日朝鮮人」という呼称は、鄭が指摘するように「日本人」によって考案された“他称”であり、このカテゴリーを使用する上での視点の帰属点が「日本人」の側にあること、こうした「他者を一方的に分類する・規定する行為」こそが差別−権力の源泉であること【6】を知りつつも、研究報告のため敢えて括弧付きで使用する(鄭、1996:15-16頁)。

2.川崎市田島地区における「在日朝鮮人高齢者」の現況
(1)川崎市田島地区における外国人の老年人口比
 始めに川崎市および田島地区における基礎統計の結果より記述する【7】
 川崎市の人口1,202,115人に対して、日本人は1,182,643人、外国人が19,472人であり、そのうち「在日朝鮮人」は9,102人(全体の約0.76%)を占める【8】。同様に、川崎区の人口は198,597人であり、日本人191,121人、外国人7,476人、「在日朝鮮人」は4,719人(約2.4%)となる。更に、田島地区においては人口50,265人に比して、日本人47,461人、外国人2,804人であり、そのうち「在日朝鮮人」が2,197人と多く、全体に占める割合も約4.4%と高い割合となる。同じ川崎区内の他の地区との「在日朝鮮人」の割合を比較すると、川崎区役所地区は1,620人(1.9%)、大師地区は902人(1.4%)であり、田島地区の「在日朝鮮人」の占める割合が極めて高いことを示している。
 次いで、川崎市及び川崎区における「在日外国人高齢者」の総数/割合を示す【9】
 65歳以上の在日外国人高齢者は川崎市で976人(10.7%)、川崎区では596人(12.6%)であり、川崎区ではより在日外国人の老年人口比が高い。同様に、同区内の川崎市役所190人(老年人口比6.62%)や大師地区123人(老年人口比6.34%)と比較して、田島地区の外国人高齢者は318人(老年人口比11.67%)と極めて多い【10】。全国平均15.1%(H8年度)と比較すると、川崎市全体における外国人老年人口比は低率であるにも関わらず、田島地区の高齢化率に限ってはほぼ全国平均と同値であり、在日外国人の高齢化率の高さが顕著に見られる地区である。同時に、外国人登録人口における老年人口比には「在日朝鮮人」以外のニューカマーなども統計上含まれるために、実際の「在日朝鮮人」の老年人口比はより高率であることが示唆されよう。
 次いで、田島地区の外国人登録者の老年人口と5歳階層別の総数及び割合を示す。
 外国人高齢者のうち65歳から69歳の年齢階層が111人(34.9%)と最も多く、次いで70歳〜74歳93人(29.2%)、75歳〜79歳70人(22.0%)、80歳〜84歳27人(8.5%)、85歳〜89歳が10人(3.1%)、そして90歳以上が7人(2.2%)であった。特筆すべきは、75歳以上の後期高齢者層(old-old)が計114人(35.8%)となり、極めて高齢である外国人高齢者の割合が高かったことである。尚、「在日朝鮮人高齢者」の場合にはその高齢化率が他の外国人と比較して若干高いことが想定されることからも、更に後期高齢層の割合が高いことが予想される。
 田島地区は川崎市の中でも「在日朝鮮人」の集住地域であり、特徴として「在日朝鮮人高齢者」の割合は高く、そのうち後期高齢者も3割を超えると要約出来よう。

(2)在日朝鮮人高齢者の生活状況
 生活状況の特徴として、はじめに川崎市における生活保護の受給状況を示す【11】
 川崎市全体の生活保護の被保護世帯は9,013世帯であり、被保護人員は12,148人である。そのうち外国人被保護世帯は243世帯、外国人被保護人員は355人であり、全被保護世帯、全被保護人員の外国人の占める割合は前者2.7%、後者2.9%となった。つまり、同市における生活保護状況は100世帯(人)中3世帯(人)は外国人世帯(成員)となる。
 同様に、田島地区の被保護世帯・人員は順に763世帯、1,047人であり、全世帯・人員に占める外国人の割合はそれぞれ10.1%、9.8%と極めて高い値が算出された。これは、当該地区における外国人、ことに「在日朝鮮人」の人口比の高さに依るものだけではなく、「在日朝鮮人」の生活上の困難性を如実に物語っている。先行諸研究においても「在日朝鮮人高齢者」の生活保護率が極めて高いことが指摘されている(庄谷・中山、1997:283-306頁)ことからも「生活の困難性」傾向を指摘することが可能であろう。
 川崎市における国籍別、世帯人員別の生活保護の受給状況は人員総計315人、世帯総計222世帯であった。国籍別内訳は「韓国・北朝鮮」が290人(92.1%)、209世帯(94.1%)で圧倒的な割合を示し、次いで「中国」の8人(3.6%)、12世帯(3.8%)である【12】。また、世帯人員別では「単身世帯」の158世帯であり、その中でも「韓国・北朝鮮」の単身世帯が151世帯(全体の68.0%を占める)と最も多かった。つまり、外国人の生活保護受給世帯の約7割弱は「在日朝鮮人」の単身世帯であると指摘可能である。ついで、「韓国・北朝鮮」国籍者が「2人」で暮らす場合が45世帯(20.3%)であり、単身世帯との合計は9割近くにも及ぶ。
 次いで、田島地区における外国人生活保護受給者の特徴を記す【13】
 田島地区における外国人の生活保護の受給状況を世帯類型別に集計したのが表1の左表である。田島地区における外国人生活保護受給世帯のうち「高齢者世帯」は53世帯(68.8%)であり、その中でも「単身世帯」が51世帯(66.2%)と圧倒的に多数である。したがって、田島地区における生活保護世帯の66%が「単身高齢世帯」であり、川崎市における生活保護受給者の国籍の9割が「韓国・北朝鮮」であることを加味すると、その多くは「在日朝鮮人」の単身高齢者世帯であると推測される。
 また、生活保護の受給人員を年齢階級別に表示すると右表のようになる。65歳以上の高齢者は53人(54.1%)であり、ここでも受給人員の半数以上が外国人高齢者であることが指示されている。70歳以上の高齢者が44人(全体の44.7%)と多いことは特徴的である。
 ここでは、田島地区においては生活保護受給者の1割を占める外国人生活保護受給者の多くが「在日朝鮮人」と予想され、その6割以上が単身高齢者であると言及出来よう。

            単身  2人以上  合計
------------------------------------------
高齢者世帯     51     2     53
母子世帯       /      8     8
傷病・障害者世帯  0      2     13
その他の世帯    0      3     3
総計世帯数  62世帯  15世帯  77世帯

(説明)平成9年度4月における田島地区内の外国人登録者数は2,741人であり、生活保護人員は98人(3.58%)である。

年齢   男性   女性   合計
------------------------------------------
 0〜14   3     5    9
15〜29   3     1    4
30〜49   3     11    14
50〜59   3     2    5
60〜64   7     7    14
65〜69   5     4    9
70〜74   15     13    28
75〜79   3     5    8
80以上   2     6    8
合計   44人   54人  98人

表1.田島地区における外国人生活保護受給者の世帯状況


 上記の生活保護受給者である単身高齢者の多くが単身女性高齢者であると庄谷・中山の研究より予想される。庄谷らは「在日朝鮮人高齢者」の階層別の考察を行った結果、被保護層の高齢者世帯のうち「60歳〜65歳未満」の割合が著しく少なく、75歳以上の後期高齢者が52.4%過半数を占めており、高齢であればあるほど被保護層に位置することを指摘する。また、被保護層の家族構成は単身高齢者世帯が過半数であり、高齢者夫婦世帯とあわせて92%にも及ぶとする。こうした指摘は田島地区の基礎統計とほぼ合致する。
 そして、調査結果から単身高齢者の多くが女性高齢者であり、「在日朝鮮人女性高齢者」は被保護層に位置し、単身で生活を営み、家族からの支援も少ない状況におかれる割合が高いことをも記述している。同時に、被保護層に位置する高齢者は他のより経済的に安定している層の高齢者と比較して、成人子との同居率が低く、子どもからの訪問も少ないことが報告されている(庄谷・中山、1997:174-175頁)。
 続いて、川崎市における外国人の国民年金及び厚生年金の加入状況を記す。
 川崎市の国民年金加入者数は293,960人であり、うち外国人加入者は855人(0.29%)と極めて低い値を示している。単純に、川崎市の人口総数と外国人登録人口の比率から推察しても、極端に低い値であると言及可能であろう。
 川崎市における「在日朝鮮人」及び「在日中国人」の厚生年金加入者の割合は高齢であればあるほど低く、65歳以上の高齢者では僅か10%にも満たないほどである(神奈川県内在外国人実態調査委員会、1990:111頁)。
 多くの研究で「在日朝鮮人高齢者」の国民年金及び厚生年金の受給状況が極端に低いことを指摘している(庄谷・中山、1997;金・園田・辛、1995;吉岡、1995ほか)ように、川崎市でも同様の結果が見られた。
 同市では無年金者救済制度として「外国人高齢者福祉手当金」を給付しており、現段階では対象者(1929年8月15日以前の出生で70歳以上の高齢者)850人に対して月額15,000円が支給されている。また、障害者の場合は「外国人心身障害者福祉手当金」は1962年1月1日以前の出生で、中程度以上の障害を有する者を条件とし、現状では40名が月額36,000円の支給を受けている【14】。しかしながら、先に指摘した75歳以上の後期高齢者の「生活の困難性」に見られるように、地方自治体による給付金制度(多くの地方自治体では「外国人高齢者福祉手当金」と呼ぶ)による「救済」では「老後の保障」にはならないことを物語っている。こうした低額の手当金のみで生活するのは不可能であり、このことは生活保護受給者の多くが「在日朝鮮人高齢者」であることからも明らかであろう。
 在日外国人の公的年金(厚生年金、国民年金ともに)の加入率が日本人と比して低率である理由として、事業者による年金保険量負担軽減のため社会保険の「適用除外」扱いとする傾向や、「在日朝鮮人高齢者」の就労職種が「販売従事者」、「技能工・生産工程従事者・その他の労務作業者」、「サービス職業従事者」の割合が日本人と比較して高いこと【15】(曹、1995:67頁;庄谷・中山、1997:233頁)、1926年4月1日以前出生者は年金受給者として除外されている等による国民年金制度上の排除、保険料が掛捨てになるという「払い損」の意識、等々が挙げられるが、こうした年金支給の不備によって生活の困窮、適切な医療・福祉サービスの不受給等が報告されている(宮島・樋口、1996:27-35頁)。
 その上、「在日朝鮮人高齢者」の就業状況は、長時間におよぶ過酷な労働条件で、低賃金であり、更には不安定な職種である場合が多いために、健康を害したり、雇用保険や厚生年金に加入できない割合も高いと指摘されている(庄谷・中山、1997:140-142頁)。
 以上のことから、多くの先行諸研究で明らかにされてきたように、田島地区における「在日朝鮮人高齢者」の公的年金の加入率は極めて低く、特に1926年4月1日以前の出生者である後期高齢者の多くが無年金状態であること、そして、これまでの就労職種や労働条件から厚生年金の加入率も低率であることが予想された。また、生活保護受給者の多くが「在日朝鮮人」単身高齢者世帯であることは同時に家族からの支援も少ない状況にあることを示唆しており、「在日朝鮮人高齢者」の生活が極めて厳しい状況であることが窺える。

(3)在日朝鮮人高齢者の家族状況とケアサービスの利用における問題点
 本節の冒頭として、「在日朝鮮人高齢者」の〈老い〉と〈ケア〉の問題がなぜ現在問われているかを簡潔に記述しよう。「在日朝鮮人」の歴史として、戦前の「産米増殖計画」等の植民地政策による農地の疲弊により渡航した、あるいはその後強制連行させられた「在日朝鮮人」一世が現在「高齢期」を迎えており、多くの高齢者が医療・保健・福祉サービスの利用を必要とする状況へと変化している(庄谷、中山、1997:39-68頁)のと同時に、日本社会における〈高齢化〉によって生活保障制度の確立や医療・保健・福祉サービスの充実等をはじめとする福祉国家としての体制化がシンクロするようにして「在日朝鮮人高齢者」の〈老い〉が開陳されるようになる。そこでは以下の2つの前提が連接/逆接する形で自己否定化されざるを得なくなってゆくのである。
 第一に、広義の社会保障は国民国家の存在を前提にしており、その「適用/該当者」と「非−適用/該当者」の境界を明確に設定することで成立し得るということを意味しており、その吃水線は「国籍」である。第二に、当事者の老い衰えた先にケアを受ける者、及びケアを提供する、いわゆるケア従事者の両者の関係も国民国家の同一性(同一範疇の帰属性)を自明なる前提として営為されるということである。要するに、“誰が、誰に、ケアを授受するか”は〈ネーション〉の同一性を前提にしているということである。しかし、いわゆる〈国際化〉社会においては、前者の「適用/該当者」にも「非−適用/該当者」の両者の範疇にも充当不可能な集団が顕現することは必然であり、後者のケアの前提となる同一性も盤錯化してゆくのである。
 つまり歴史的=社会的文脈において、日本社会における〈高齢化〉と〈国際化〉がクロスする地点における社会問題の一つとして構成されてきているのである。そして、踵を接するように、ニューカマーの社会保障などの問題も問われてゆくであろうし、国民国家の社会保障への斥力として新たなケアを構築する気運の高まりも出てくるであろう。
 次いで、「在日朝鮮人高齢者」の家族状況を列記する。
 「在日朝鮮人」の家族構成を日本人、韓国人、そして「在日朝鮮人」のそれとの比較研究から見ると、65歳以上の高齢者では「在日朝鮮人高齢者」の「一人暮らし」を占める割合17.5%であり、日本人8.5%、韓国人7.4%と比較して極端に高い。逆に、「夫婦二人」は日本人が48.2%で最も高く、次いで「在日朝鮮人」23.8%、韓国人19.8%であった。「2世代同居」/「3世代同居」は韓国人70.4%/0.0%、「在日朝鮮人」31.8%/25.4%、日本人16.3%/23.4%となった(金・園田・辛、1995:147頁)【16】
 「在日朝鮮人高齢者」の単身高齢者うち84.6%は女性高齢者であると金が指摘するように(金、1984)、「在日朝鮮人」の単身高齢者の多くは女性高齢者であると言えよう。更には、先述したように「在日朝鮮人」の生活保護受給者の多くが単身女性高齢者であり、彼女らは家族からの支援も少ない状況におかれる可能性が高い。以上の条件から「在日朝鮮人女性高齢者」は自らが老い衰えてきた時に保健福祉サービスを必要とするはずであるのだが、高齢者のサービスの利用状況は非常に低いことが指摘されているため、女性高齢者であっても同様に利用状況は低いことが予測される。
 ここで田島地区における「在日朝鮮人高齢者」による福祉サービスの利用状況を整理しておこう。田島地区福祉センター資料「川崎南部の高齢者福祉を考える」(1997年)から田島地区における福祉サービス内容別の全利用者人数と「在日朝鮮人」人数を順に示すと、市のヘルパーのホームヘルプサービス(家事型)を利用する6名のうち「在日朝鮮人高齢者」は0名であるが、ホームヘルプサービス(介護型)は利用者19名のうち4名であった。社会福祉協議会登録のヘルパーによるホームヘルプサービスにおける「在日朝鮮人高齢者」の利用状況は不明である。また、入浴サービスにおいては、施設入浴の場合は利用者28名のうち0名、巡回入浴の場合には利用者51名のうち2名であり、田島地区の特別養護老人ホームにおけるデイサービスは62名の利用者のうち「在日朝鮮人高齢者」は僅か1名であった。上記特別養護老人ホームの入所者(男性48名、女性93名)や養護老人ホームの入所者(男性14名、女性11名)のうちの割合は不明である。
 以上の結果から、生活保護の受給率の高さや人口比と比較してみても、福祉サービスの利用状況は明らかに低いものであると言及出来よう。田島地区の高齢者7,785人のうち318人が在日外国人高齢者(多くが韓国・朝鮮人)であり、その比率から単純に推察しても、福祉サービスに対する利用状況は極めて低い。特に、「在日朝鮮人」は劣悪な住環境に長年居住していること、健康の阻害要因となる労働条件に従事してきたため健康面への悪化が指摘されていること、そして高齢者の独居率が高いことなどを考慮すると、「在日朝鮮人高齢者」のニーズ、特に女性高齢者のニーズが想定されたが、現実の福祉サービスの利用状況は極めて低いものであった。
 では、なぜ「在日朝鮮人高齢者」による福祉サービスの利用がなされないのであろうか。
 庄谷と中山の研究においても同様の結果が見られ、彼らは「在日朝鮮人高齢者」に対する高齢者福祉サービス利用等における問題点として、(1)「在日朝鮮人高齢者」に高齢者福祉サービスの制度の存在そのものや、外国人も利用可能なものとして十分に知らされていないこと、(2)年金制度をはじめとする社会保険制度からの排除や長年の差別経験の結果として、福祉サービスが自分たちとは関係のない「日本人」にのみに対する制度であると言う意識が根強く存在していること、(3)言葉の不自由さや読み書きを含めた日本語の理解に困難を伴う高齢者が多く、情報が極めて制限されていること、(4)福祉サービスを提供する自治体が「在日朝鮮人高齢者」を高齢者サービスの対象として想定していないことの4点を挙げている。
 以上までの議論において示されたように、多くの「在日朝鮮人高齢者」は年金制度をはじめとする社会保険制度による排除や職業差別などによって現在でさえ無年金の状態で有り、その上、単身女性高齢者に代表されるように、生活保護を受給しても極めて厳しい生活状況に置かれ、更には自身が老い衰えたとしても家族からの援助さえ期待不可能な状況にある。一方で、劣悪な住環境や過酷な労働条件の下で長年就業してきたことにより、半数以上の「在日朝鮮人高齢者」が健康に何らかの問題を抱えつつ老いを迎えているにも関わらず、彼らの福祉サービスに対する情報量の不足や「サービス利用者」として自らを想定していないこと、日本の福祉サービスに依存することへの強い抵抗感があること等によって福祉サービスに対する利用状況は明らかに低い傾向にある。本節の冒頭での議論から概念化するのであれば、前者は「関係/制度上の同一範疇性からの排除」、後者は「サービスに対する部外者性の意識」と名づけられよう。当然ながら、「ふれあい館」のミニ・デイサービス利用者である「在日朝鮮人女性高齢者」が「私らは今までもやることやっても、何ももらえないことばかりだった。だから、自分たちはもう何も期待していないんだよ」と語るように、後者は前者の帰結としてもたらされたものである。
 本章で指摘してきた多くの点が調査対象地における現場の職員によって報告されている。
 例えば、田島地区にて「在日朝鮮人」を中心とするミニ・デイサービスを計画・実施している「ふれあい館」職員の実践現場報告書【17】においては、「在日朝鮮人高齢者」の生活問題が(1)無年金の状況にも関わらず外国人高齢者福祉手当金が僅かである上、劣悪な住環境にある高齢者が非常に多いといった生活基盤の問題や、そのような住環境の問題などの理由から当該地区を離れる若者世代と「在日朝鮮人」の集住するこの地で住み続けたいと願う高齢者世代との世代間の乖離が現出していること、(2)高齢者の非識字率が高いため福祉サービスの情報の把握が困難であること、(3)高齢に伴い第二言語である日本語を忘れることが多くなり、それによって水を要求するハルモニの「ムル(水)!ムル!」という言葉が理解されないといった事例に象徴されるように、日本人介護者とのコミュニケーション上の齟齬が生じるケースが報告されていること、(4)民族の食文化を維持してきた高齢者にとって日本の食事サービスは口に合わず、利用困難であること、(5)長年にわたり排除=差別されてきた結果、「自分の人生辛いことばかりだった。異国の地で、日本の役所に世話にならなくてはいけなくなった」といった言表に示されるように、日本の社会福祉サービスに対する拒否感や利用する時に伴う絶望感が生起することが多い、等の現象に顕著に見られることが指摘されている。
 以上の(1)(2)(3)(4)はコミュニケーション・レベルから制度上のレベルまでの異なる水準に位置するものの「関係/制度上の同一範疇性からの排除」によって直接的あるいは間接的に関係する現象であり、最後の(5)は明らかに「サービスに対する部外者性の意識」によって典型的に見られる事例なのである。

3.「在日朝鮮人」の女性高齢者による〈語り〉の意味性
(1)「在日朝鮮人」と「女性」という二重の〈抑圧〉
 以上までは基礎統計及び先行諸研究から田島地区における「在日朝鮮人高齢者」、特に「在日朝鮮人女性高齢者」の生活状況及び家族関係を中心に概括してきたが、本章では「在日朝鮮人」の歴史の中で「女性高齢者」がいかにして生きてきたのかを理論的に概説し、その本質が自分自身の経験している〈現実〉に対して〈語る〉ことが不可能な状況/過程として提示可能であることを記述したい。
 「在日朝鮮人女性高齢者」にとって「民族の歴史」とはどのような意味を持つのか。
 「在日朝鮮人」一世の男性を中心として展開してきた民族解放運動は、日本社会の差別に対してナショナリズムを原動力とする反帝国主義を掲げてきたが、そこには大きな矛盾を孕んでいた。民族解放運動の「担い手はほとんど例外なく男性であり、表では勇ましく民族の解放を叫びながら、その裏では女性や子どもを抑圧してやまない男性が少なくなかったのである。一世のハルモニたちの苦悩に満ちた生活は、日本帝国主義によるものであったと同時に、自分の夫によるものであった」(鄭、1996:10頁)のである。要するに、「在日朝鮮人女性高齢者」とは二重の〈抑圧〉を生きてきたのである【18】
 「在日朝鮮人」であるということは「いかなる土地(日本にも朝鮮にも)にも帰属していない」ということを必然として伴い、そのことは“自分が何者であるのか”に関して他者に語ることが不可能であるという帰結として現出する。要するに、自己のアイデンティティを構成する本質を他者たちに向けて証言することが不可能であるということだ(大澤、1997:51頁)。特に、朝鮮語を奪われ/失っている、あるいは「混血」であったり「多重国籍者」である割合の高い「在日朝鮮人」二世・三世の場合には、韓国人から、あるいは時として同じ「在日朝鮮人」からも「半猪足(パンチョッパリ)」と呼ばれ、こうした自己のアイデンティティの揺らぎは必然化する(原尻、1989:171-187頁)。
 そして、大澤が、竹田による金鶴永の記述(竹田、1983)を引用しつつ、「〈ネーション〉が自身の生きられた現実性への欺瞞の上に立てられた『虚構』であることを実感する時、在日というマイノリティが構成する〈エスニシティ〉への帰属となる」と指摘するように、「在日朝鮮人」への帰属性とは国籍や民族、そして人種を非本質化/非自明化することでようやく成立するのである【19】。この意味からすれば、「在日朝鮮人女性高齢者」は二世・三世と比較したとき、自らが生まれ育った民族・文化に対して自明的であるがゆえに、こうしたアイデンティティの揺らぎが見出されることは少ないであろう。ところが後述するように、老い衰え、他者のケアを現実的に受けざるを得なくなった時にこそ自明性を食い破る可能性の契機が見出されるのである。
 二重の〈抑圧〉に対する「在日朝鮮人女性」や「二世・三世」による異議申立ては1980年代の指紋押捺拒否、反外国人登録法の運動の段階においてようやく結実する【20】。これにより「在日朝鮮人女性高齢者」は民族や家を相対視/化するための〈もうひとつの現実〉に対する視点を獲得したのである。この「視点の獲得」は一つの転換期として重要である。
 一方で、〈もうひとつの現実〉に対する「視点を獲得すること」と個々人がその「視点から語る」ことは大きく異なる。「視点の獲得」とはある視点が社会的に存在するか否かであり、「視点から語る」とは当事者の自己の核心部における視座なのである。したがって、1980年代の展開からそれまでの視点とは別の「視点の獲得」がなされてきたが、当事者たちが「視点から語る」こと、ことに「在日朝鮮人高齢者」が自らの〈生〉における〈抑圧〉を語るまでには至っていないのが現状である【21】
 ここで問うべきは「在日朝鮮人高齢者」による「国籍」や「民族」、「家族」に対する非本質化/非自明化の契機は果たして見出されるのかということである。
 「在日朝鮮人」の墓碑の様式が墓を媒介にして先祖からの自らの位置を絶えず再確認させる意図をもとに作られているという報告は、逆に自己の出自/家族が自明でないことを物語っているし(孝本、1993:191頁)、あるいは、老いを迎え他者によるケアを受けざるを得なくなったとき(そして現実的な問題として家族による支えのみではケアが完結しないことからも)、自ずとこうした自明性を食い破る契機が現出するのであり、国家、民族、家族をケア場面で相対化する可能性が開示されているのである。したがって、男性、女性を問わずその可能性は蓋然的に留保されているが、二重の〈抑圧〉の歴史からみて、あるいは現実的にも他者によるケアを受けざるをえない状況にあるがゆえに「在日朝鮮人女性高齢者」の方がよりその可能性に近接しているということなのである。

(2)〈語り〉による「もうひとつの現実」の構成/歴史の再構成としての〈現在〉
 〈現実〉とは〈語り〉によってはじめて構成される(Tonkin、1992:5頁)。そして、〈語り〉は必ず主語と目的語を伴う。要するに、“誰が、誰に向かって、誰に関して、いかなる文脈で語るのか”という条件規定によって〈語り〉は構成されてゆく(Gergen、1985:21-35頁)。
 上野は「従軍慰安婦」の問題を取り上げ、「戦後半世紀たって、『従軍慰安婦』経験者が『被害者』として『証言』したとき、『失われた過去』は初めて『もうひとつの現実』として回復された」(上野、1998:157頁)と言及するように、被害者である「従軍慰安婦」であった女性が「証言」して初めて、それまで日本軍による「慰安婦」制度という一元的な〈現実〉から、それが日本軍による「強姦」であったという〈もうひとつの現実〉が生起するのである。このように「被害者の『現実』は被害者の語りによってはじめて構成される」(上野、1998:174頁)のである。以上までに記述してきたように、本稿は「在日朝鮮人女性高齢者」の〈抑圧〉されてきた〈現実〉、隠蔽されてきた〈現実〉を当事者との社会的相互作用を通じて発見=再構成する可能性を問うことであるので、上野の議論と同一線上に位置している。一方で、上野は「従軍慰安婦」という極めて大きな「証言」を扱ったが、今後とも国民国家の歴史上には立ち現れないような小さな「証言」が無数に存在するであろう。筆者はこの無数の小さな「証言」によって構成される現実を「当事者たちの語りによる歴史=個人史の通約性」と呼びたい。
 更に、こうした〈語り〉によって構成された〈もうひとつの現実〉は歴史をも再構成させてゆくのである。歴史とは客観的であるかのように見える資料的事実にのみよって記述されることではなく、当事者たちの「証言」や〈語り〉によって書き直されるのである。書き直された歴史によって我々は更なる〈語り〉を繰り返し、〈現実〉は再帰的に再構成されてゆく。そして、〈現実〉とはそれぞれの当事者からの「視点」から語られる多元的な〈現実〉のせめぎあいの中からこそ再構成される。〈抑圧〉されてきた〈生〉を〈語る〉ことが不可能であった当事者が〈語る〉意味とはこのことにこそある。
 「在日朝鮮人高齢者」、特に「在日朝鮮人女性高齢者」たちの〈語り〉はそれまでの〈現実〉を再構成していき、それは二重の〈抑圧〉を生きてきた彼女らにとっては自己を取り戻す実践となり得るし、我々にとっては歴史の再構成となる。そして、彼女らの体験してきた過酷な生活が彼女たち自身の口から語られる場面とは〈ケアの実践〉にこそ見出されるのであり、老い衰えて他者によりケアを受けざるを得ない状況とは自らの〈語り〉が他者に開示される契機であり、個々の〈語り〉が歴史の再構成へと通約する瞬時なのである。
 但し、ここで留意されたいのは、こうした〈ケアの実践〉の可能性とは「在日朝鮮人女性高齢者」にのみ見出されるものではなく、「日本人」の場合でも同様である。しかしながら大きな差違として決定的に重要なことは、「在日朝鮮人女性高齢者」を議論の俎上に載せることによって「国家」と「民族」と「家族」とを相対視/化し、主題をジェンダーの理論的地平から射程可能とすることが出来るということである【22】。その上で、あるいは、それと同時に、エスニシティをめぐるにおける〈老い〉と〈ケアの実践〉とが交差する地点にこそ本研究は位置するのである。

(3)在日朝鮮人を中心とした住民参加型高齢者福祉事業活動へ
 現在、田島地区において「在日朝鮮人」を中心とする住民参加型高齢者福祉事業としてミニ・デイサービスが展開されてきている。更に、今後の方向性として、1999年から2000年の完成を目指し、高齢者デイサービス事業B型を基本とした、在宅介護支援センター、障害者通所訓練事業、ショートステイ事業、食事サービス、入浴サービス、地域交流事業などの活動を中心とした“コミュニティ施設”としての位置づけをした施設事業を展開する予定である。このような展開の背景の一つとして、社会福祉法人青丘社による「ふれあい館」での活動の一つである「識字学級」に参加する高齢者との現実的な触れあいや取組みの中で、「ふれあい館」の職員をはじめとする当該地域住民に、(第2章に概括した)単身女性高齢者の生活状況に代表されるような「在日朝鮮人高齢者」問題が認識されるようになってきたことが挙げられよう。筆者と同職員とのインタビューでもこうした問題意識による発言がたびたび聞かれたことからも、施設職員にとって極めて切実な問題であることが共有されている。こうした現実認識の高まりを契機として「在日朝鮮人高齢者」と世代と民族をつなぐ『トラヂの会』が1998年1月に結成され、会の活動の一つであるミニ・デイサービスが行われるようになってきている。
 『トラヂの会』で営為されている中心的活動の一つとして「語りべの会」がある。「語りべの会」での営為は「在日朝鮮人高齢者」が自身の生きてきた人生を回顧しつつ語り、その語りに当該地域の子どもたちやケア従事者が耳を傾け、そして語りを共有することにある。ミニ・デイサービスの参加者の95%以上は女性であり、また、ここでの語り手の多くも「女性高齢者」であった。
 筆者の会の参加者とのインタビューで「こうやって、自分のことを話すことは今までないよ。よく分からなかったんだよ」といった72歳の女性の発言に見られるように、あるいは、ミニ・デイサービスのプログラムを中心的に考案している職員が「あの人たちはあまりにも自分のことを話す機会がなく、そのため自分がどんな人生を歩んできたかも分からないまま死んでゆくのはあまりにも辛いことでしょう。だけど同時に、当事者たちの歴史を聞くことで私たちは一つ一つを学んでいけるのです」と強調したように、彼女らは自らの〈語り〉を通して〈もうひとつの現実〉へのまなざしが生れ、そのことによって語り手である女性たちは自己の回復を、聞き手は歴史を再構成している現実認識を多く聞くことが可能であった【23】
 「関係/制度上の同一範疇性からの排除」や「サービスに対する部外者性の意識」による「在日朝鮮人高齢者」の生活状況の困難性は早期に解決していかなければならないが、同時に、ここでのハルモニによる〈語り〉を新たな〈ケアの実践〉の可能性として、そして「在日朝鮮人高齢者」の〈老い〉の意味性として新たに考察される必要があろう。

謝辞
 本研究は「在日外国人の人権と家族問題研究会」における研究成果である。調査にご協力頂きました「ふれあい館」職員の方々、並びにミニ・デイサービスの関係者各位、利用者の方々に心より御礼申し上げます。また、ご指導・ご助言を下さいました立教大学の庄司洋子先生、宮島喬先生、安西文雄先生、ならびに研究会参加者各位に深甚なる謝意を表します。


【1】 本稿では「在日朝鮮人」は常に括弧付きで使用している。その理由としては、後述している通り、第一に、“在日韓国・朝鮮人”という呼称は彼(女)らの自称としてはあまりにも不自然であり、“自称”であるならば「チョソンサラム(朝鮮人)」や「ハングッサラム(韓国人)」「チョイルキョッポ(在日橋胞)」「トンポ(同胞)」等を用いるであろうということ、第二に、“在日朝鮮人”というカテゴリー、そしてそれに伴う言説は“日本人”によって産出されたこと、第三に、“在日朝鮮人”の概念自体が本質的に一つの幻想=物語であること、そして最後に、本稿で無批判にカテゴリーとしての在日朝鮮人を用いることが更なる政治的な言説を再生産することになることへの担保として、常に括弧付きで使用する方が適切であること等によるものである(鄭、1996:15-32頁)。
【2】 「在日朝鮮人」を主題とした研究として、庄谷・中山による大阪市生野区を中心とした「在日朝鮮人高齢者」の研究は現実の生活状況と生活史を知る上で極めて詳細である(庄谷・中山、1997)。また、「在日朝鮮人高齢者」の生活不安や就業状況に関しては以下の研究を参照されたい(金、1984;曹、1995)。高齢者に限定された研究ではないが、年金制度や医療保障に関する論文では吉岡(1995)や宮島・樋口(1996)が参考になる。
【3】 田島地区は京浜工業地帯の一角に位置し、「在日朝鮮人」の集住地域として形成している行政地区である。また、本地域は、排気ガス・公害粉塵、有機溶剤、騒音・悪臭等々によって、あるいは下水道や堤防の不備による下水処理や浸水の問題によって劣悪な住環境であることが多いと指摘されている(神奈川県自治総合センター編、1984:105-107頁)。
【4】 本研究調査は1997年度2月上旬〜4月末までの3ヶ月間の各週にて、社会福祉法人青丘社が運営する住民参加型施設「ふれあい館」による新規パイロット事業として計画・実施されている高齢者生活支援プログラムの一つであるミニ・デイサービスに参加させて頂くことによりデータ収集を行った。青丘社の活動は元々「桜本保育園」の活動を出発点として、1998年度には川崎市行政と地域が協働して「共生する地域社会づくり」を目指した住民参加型施設としての「ふれあい館」が誕生した。そこでの活動の一つである識字学級に参加する高齢者の現実的な取組みと活動から「在日朝鮮人高齢者」と世代と民族をつなぐことを目的とした『トラヂの会』が1998年1月に結成された。会の活動の一つであるミニ・デイサービスは毎週水曜日の午後12時から4時までの約4時間、旧桜本幼稚園の空き教室を利用して行われており、利用者会員は約50名で毎回平均20〜30名が利用している。
【5】 しかしながら、エスニシティが高齢者にとっていかなる意味をもたらすかに関しては議論が分かれている。フライによれば、高齢者にとってエスニシティとは尊敬の拠り所を付与し、自身の老いの意味を見出すことを可能にすることが指摘されているが(Fry、1985:233頁)、それに対して、こうしたエスニシティと老いに関するステレオタイプ化された見解を無批判に受入れるのではなく、エスニック・グループにおける老いの複雑性を考慮する必要性が強調されてきている(Gelfand、Barresi:1987)。
【6】 鄭が指摘するように、差別−権力の源泉とは「他者を一方的に分類する・規定する行為」である。換言すれば、分類・規定する上での「普遍」「正当」「権威」を有する視点を持つものこそ差別する者であると言えよう。同様に、筆者もE.Goffmanの「非自発的成員資格付与involuntary membership」の概念によって社会的存在規定の非対称性が権力の源泉であることを説明している(天田、1997:13頁)。「在日朝鮮人」のアイデンティティの問題とは「朝鮮語を奪われ/失い、日本語でコミュニケーションするうち“自称”で自分を呼ぶことを忘れ、“他称”で自分を呼ぶことしか知らなくなった――ひたすら他者化され続ける存在となったこと」(鄭、1997:15頁)であり、“自分が何者であるのか”という存在証明を他者たちに向けて〈語る〉ことが不可能なことである。筆者はこうした「状況定義」の非対称性の状況におけるアイデンティティをA.L.ストラウスの“プロブレマティック・アイデンティティ”を用いて分析している(天田、1997:13頁)。
【7】 川崎市市民局区政部区政課「川崎市の基礎統計」(1997年)から抜粋。
【8】 ここでの日本人、外国人、在日韓国・朝鮮人といった記述が「国籍」をもとにした外国人登録から算出した基礎統計であることは言及するまでもないであろう。
【9】 川崎市市民局区政部区政課「川崎市の基礎統計」(1997年)参照。
【10】 田島地区福祉センター資料「川崎南部の高齢者福祉を考える」(1997年)。
【11】 民生局福祉部保護指導課「平成9年度 保護統計」(1997年)参照。
【12】 民生局福祉部保護指導課「平成9年度 保護の動向」(1997年)。
【13】 田島福祉事務所「平成9年度 運営方針」(1997年)から抜粋。
【14】 在日外国人と国民年金問題は3つの時期に大別可能であろう。第1の時期は1959年4月成立の国民年金法に基づき国民年金保険料徴収が開始された1961年4月1日から1982年12月31日まで、第2の時期は日本の難民条約の批准に伴う国内法の整備により国民年金制度から「国籍条項」が撤廃された1982年1月1日から1986年3月31日の基礎年金導入が図られた改正国民年金法の施行日までの期間であり、第3の時期は改正国民年金法施行日1986年4月1日以降である(庄谷・中山、1997:285-291頁)。その経緯と問題点に関する詳細は以下の研究を参照されたい(金原 他、1986;吉岡、1995;宮島・樋口、1996;庄谷・中山、1997)。
【15】 女性高齢者の場合には紳士服の縫製などの「資本制家内労働」に従事していることが多く、過酷な労働条件の割には月割り収入が2万から6万円程度と低水準である。そのため、近年では女性高齢者しかこうした職種には就かないさえと言われている。
【16】 日本人の場合でも、単身高齢者世帯と高齢者夫婦世帯の両者をあわせると同様の割合であるが、「在日朝鮮人高齢者」の場合その単身率の高さが顕著であると言える。
【17】 川崎市ふれあい館「在日韓国・朝鮮人高齢者の生活実態と介護保険;利用できない介護サービス、利用するに足りない介護サービス」(1998)を参照させて頂いた。
【18】 〈抑圧〉を定義するならば、「自己や経験に対する意味性を賦与する〈他者の視点〉を自己が持ち得ない状態、あるいは自己から〈他者の視点〉が剥奪されている状態」を意味しよう。要するに、自己が自身について〈語り〉得ない状況なのである。また、近代家族そのものが女性にとっての〈抑圧〉装置として作動していることも考慮すべきである。
【19】 全ての二世・三世にこうした傾向性が見られるわけではなく、“揺らぎ”がもたらすアイデンティティの変容は個別的であり、幾つかののバリエーションの存在が報告されている(原尻、1988:170-187)。
【20】 指紋押捺拒否、反外国人登録法の運動の約半数は二世・三世の男性が、そして女性が二割強、そして20歳以下の未成年者が二割強と言われる(鄭、1996:11頁)。
【21】 この意味からすればフェミニズム等の視点も同じ視座から言及可能であろう。私見ではあるが、絶えざる「視点の獲得」と同様に、あるいはそれ以上に「視点から語る」ことの重要性が問われてくるであろう。
【22】 上野が扱った「従軍慰安婦」の研究は「国民国家をジェンダー化するengendering the nation-state試みである」(上野、1998:24頁)が、その射程圏域は極めて広範であろう。
【23】 こうした〈語り〉は限定・特定化された〈場〉でのみ成立するのではない。むしろ、関係性の文脈から自発的にハルモニから発せられる〈語り〉の方が重要なものとなろう。

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天田城介(josukeamada.com)著書・論文など