天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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「死に放擲される老い――事態の深刻さに対する倫理」
日本医学哲学・倫理学会発行.『医学哲学 医学倫理』第24号.P**〜P**.2007年**月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2007.04 最終更新日:2007.05


【全文】(以下、あくまでも「草稿」です)
※本稿は9000字以内厳守という物理的制約からほとんど言及すべき点について言及し得ていません。厳密な検討や調査の詳細等々については可能な限り2007年度中に著書http://www.josukeamada.com/bk/books5.htmの形で発表したいと思っています。なお、本稿より幾分か詳細に記述したものとしては第25回医学哲学・倫理学会大会のシンポジウムにて配布した資料http://www.josukeamada.com/bk/bsp061029.htmを参照していただければ幸いです。

死に放擲される老い――事態の深刻さに対する倫理
●天田城介

0.事態を踏まえて問うべきこと【1】
 幾つかの誤読により的外れな事実認識がなされているが、私たちの社会における事実として、「医療」や「福祉」の場において少なくない人々の〈老い〉が〈死〉に放擲されている現実がある【2】。この点は間違いない。そして、「倫理」の観点からかかる事態は「(延命)治療の中止・差し控え」「消極的安楽死」という物言いで語られているが【3】、その場においていかにかかる事態が立ち現れているのか(立ち現われざるを得ないのか)が茫漠としたまま反復的に語られている状況にある。本稿ではまずこの点を明示的に記述する。
 何がしかのことをすれば、もっと生きられた時にそれらを行わない行為を「消極的安楽死」と呼ぶのであれば、こうした場所において惹起している現実は「消極的安楽死」と呼び得る事態であると言ってよい。にもかかわらず、この事態は「その人らしい幕引き」「大往生の自然な死」「家族に囲まれた穏やかな死」「苦痛を感じることのない安らかな死」「徒な延命のない人間らしい死」などという言葉によって覆い隠されてしまっている。
 本稿では、筆者がこの数年間にわたって遂行してきたインテンシブなフィールドワークをもとに、様々な場所において日々起こってしまっている事態の深刻さ・奇妙さについて言及する。ただし、紙幅上の制約から本稿では「介護型療養病棟」でのインタビュー調査に限定して(そのごく一部を)記述するのみとしたい【4】
 私たちはこのような《死に放擲される老い》の事態の深刻さ・奇妙さをいかに考えることが可能であるのか、そしてそうした事態に対する倫理について、その倫理を導出する根源的な論理についてどのように思考することが可能であるのか【5】。これらについても別途改めて発表せざるを得ないため、本稿ではその手前の作業として「現に何が起っており、それを家族がいかに語っているか」という「事実」のみについて記述するのみとなる。
 本稿の結論を先取りして言及すれば、要するに、@《死に放擲される老い》と呼び得るような事態の只中で老い衰えゆく人たちは死んでいる(と、死後、その家族は語っている)こと、Aその語りの内実は、幾重にも奇妙な捩れがあることを含め、これまで様々に語られてきたことを復唱するような物言いであること、Bそして、かかる奇妙な構成によって《死に放擲される老い》の現実がまさに「転倒」する形で「よいもの」「致し方なかったもの」にされていること、Cそのような倒錯的な接合の形式であるにもかかわらず、あるいはそうであるがゆえに、人々に受容される構図になっていること――本稿ではこのような「単純極まりない、あまりにも自明な話」についてまずは言及しておくことにしたい【6】

1.どのように死に放擲されているのか?
 「アルツハイマー型認知症」と診断された82歳のGさんは2004年12月に肺炎を起こし、寝たきりの状態が続いていた。それまでは住み慣れた自宅にて生活していたが、肺炎のため入院することになる。だが、1ヶ月で最初の病院を転院、その2ヵ月後には次の病院も転院させられた後、三番目の入院先である病院に併設する介護型療養病床で生活するようになったのである。度重なる入退院を重ねる中でGさんにとって身体はより一層ままならなくなり、次第に衰弱し、数ヵ月後には体力の低下からか血液の循環が悪くなり、仙骨部や大転子部には酷い褥瘡ができ、そして左足の親指は壊死した状態になった。Gさんからは言葉が消え、時折、「あぁ〜、うぁ〜」という「声」だけが病室に「悲鳴のように」鳴り響いていたという。このような時、一人娘であるHさん(55歳)は医師から「どのように看取られるのか、考えておいてください」と告げられる。加えて、胃瘻の造設、鼻腔栄養、点滴静脈注射、中心静脈栄養などの方法によって「延命」することが可能であることの説明がなされた上で、「ご本人とご家族が希望されるのであれば、人工栄養の方法を採らないことありうること」が伝えられたのである。そしてHさんは幾重にも深く苦悩・葛藤し、逡巡しながらも「もしボケていなかったら当の本人が一番それ(延命)を強く望まなかっただろうし、私たち家族も安らかに旅立たせてあげたい」という思いからブドウ糖液などの「点滴」のみを選択することを決断したのである。そして2週間後、Gさんは「朽ち果てる」ように息を引き取った。

1-1.《物語》の調達/《偶有的可能性》の縮減
 Hさんには医師から「延命」の選択肢として4つほどの方法があることが説明されたあと、「人工栄養の方法を採らないこともあり得ること」が伝えられた。そしてHさんは幾重にも苦悩・葛藤しながら「点滴」のみを選択することを決断したのだ。
 事例の詳細は筆者のホームページ等を参照していただくとして、ここで起っているのは、端的に言えば、第一に、Gさんの同一性(アイデンティティ)(と想定されるもの)が周囲によって仮構されつつ「『母』としてのGさん」という《物語》が家族によってその都度ごとに作り出されていくと同時に、そうした《物語》が「延命治療の差し控え・中止」の《理由》として調達されることによってその「決定」が遂行されていたという事態である。説明するまでもなく、当時Gさんは「重度の認知症」の状況にあり、「意思表示」することも困難であったため、この決定は少なくとも本人の「意思」によるものではない。むしろ、《選択の理由》に当人の《物語》が調達されることによってその選択の決定が達成されていたのだ。
 第二には、Hさんが母親であるGさんの「思いを汲み取る」のであれば、「これ(この選択=延命治療の差し控え・中止)しかなかったのだと思います。それ以外には私たちにはどうしようもないじゃないですか」と自らの逡巡を覆い隠すが如く語気鋭く強調したように、「この選択でしかあり得なかった」あるいは「別様な選択もあり得はしたが、『母らしい人生』を全うするためにはこの選択である他はない」と解釈しているのだ。つまり、「別様でもあり得た」という《偶有的可能性》を縮減することを通じて、自らの「親の生死を決めるような究極的な選択」が「この」ような選択でしかあり得なかったと表明しているのである。このように他者の生死の決定が遂行されてしまっているのである。
 つまりは、家族によってGさんの同一性(アイデンティティ)の仮構を繋留点として再編された《物語》が調達されることを通じて「もしボケていなかったら当の本人が一番それを強く望まなかった」とされ、あたかも本人自らが「延命治療の差し控え・中止」の決定を強く望んだが如く解釈されているのだ。そして、Gさんの同一性(アイデンティティ)の仮構や《物語》の再編とパラレルな形で「『この』選択でしかあり得なかったこと」「別様な選択もあり得はしたが、『母らしい人生』を全うするためにはこの選択である他はない」と《偶有的可能性》が縮減されているのだ。
 加えて、こうした「当事者の意思」の代理表明(の論理)には奇妙なネジレがある。Gさんの「意思」は「利他的な意思」として表明されつつ――「あんたに迷惑をかけるぐらいなら安らかに逝かせてほしい」という言葉が参照されつつ――、そのような「利他的な意思」こそがまさにGさんの「当事者の意思」の全体として、換言すれば、Gさんの「意思」は別様でもあり得るにもかかわらず、「利他的な(当事者の)意思」こそが「当事者の(不可視の/理解不可能な)全体性」の代補として機能してしまっているのだ!

1-2.「老いの特異性」「抑圧からの解放」という言説実践
 Hさんはインタビュー場面において繰り返し「若い人であれば別ですけど、老い先短い年寄りにとっては(死が避けられない以上)受け入れていくこと」を強調し、また「チューブでつながれ、手足を縛られて生活するよりも、苦痛を感じることのない穏やかで安らかな死」を実現するためにこそ「止むを得ない選択」であると主張した【7】。言い換えれば、「老いの特異性」を踏まえるのであれば「私たち(家族)にとってつらい選択であったとしてもその選択は致し方ない」ものであることを強調していたのだ。
 加えて、「人によって思いも違うし、親との関係も違いますから、それ(延命治療の差し控え・中止)はそれぞれにおいて選択されるべきであると思います」と主張したように、「延命治療の差し控え・中止」という選択は当事者やその家族に委ねられるべきであると言及されているのだ。平たく言えば、一方で《特殊性》という文脈において「止むを得ない選択」であったことの正当性を担保せんとし、他方では《一般性》の言辞を使用することでその選択が「(止むを得ない選択でありながら)普通のことであること」を主張/接合するような言語実践であったのである。そして、その結節点には「自然(な死)」と「多様(な死)」が布置されているのである。
 更には、「チューブでつながれ、手足を縛られて生活するよりも、苦痛を感じること」がないような「穏やかで安らかな死」が語られているのだ。つまり、現状の「抑圧からの解放」の言説として語られているのである。そして、その「抑圧からの解放」という言説は、「生かしたいと思うことは家族のエゴ」というように家族の利己性を禁止する言明を随伴しつつ、「当事者の立場」に立つことでその「選択」が可能になる、という意味内容になっているのだ。このように「利己性」への禁欲的言明と「当事者性の仮構」によって「社会批判的」な立ち位置から「延命治療の差し控え・中止」の「選択」が遂行されていたのだ!
 極めて乱暴に言及すれば、こうした言説実践は、家族の「複雑」かつ「割り切れない気持ち」を「納得のいくもの」に反転/転倒させるような言説の配置=配分(エコノミー)のもとで遂行される実践であると同時に、「自責の念」を封印する社会的機制であると言えるかもしれない。《死に放擲される老い》をめぐる事態の奇妙さはこのようなところにある。

2.「穏やかな死」のための「自己決定」による死への放擲
 幾度も脳梗塞を起こし、左半身に麻痺を抱えながら暮らしていたIさん(78歳)は自宅と老人保健施設を定期的に往復するように生活を営んでいた。72歳で最初に脳梗塞を起こして入院した時、幾つかの病院を転々としたのちに退院し、どうしても自宅で生活したいというIさんの意を夫が汲み、何とか自宅に戻って暮らすことになった。自宅では夫であるJさん(79歳)がずっと一人で介護してきたが、夫も持病のリウマチや腰痛が悪化したため、これまでのように自宅と老人保健施設を往復する形での介護は限界だと判断し、2005年1月に脳梗塞を再発したあとは、介護型療養病床にて生活することになった。だが、2005年10月には再び脳梗塞を起こし、また肺炎も併発したため、意思表示も困難となり、寝たきりの状態になった。
 Iさんは療養病棟に入所した折に「絶対に無用な治療はして欲しくない。何も言えなくなったらそのまま死なせて欲しい」と施設スタッフに告げていた。また、夫にも以前から何度も繰り返しその主旨のことを伝え、「そうなったら絶対にやめて」と強く希望していた。明文化された事前指示はなかったが、夫も施設スタッフもそのことについては了解していたし、相互にそのことについても話し合う機会もあったという。このような状況にあったため、肺炎が悪化し、高熱が続いた。その後も高熱は治まらず、息も荒く、呼吸も苦しそうであったため、医師は夫に「鼻腔栄養管理をしたり、抗生物質を投与したり、呼吸器をつけるなどをするかどうか」を尋ねたが、夫であるJさんは医師に対して以前からのIさんの「意思」を伝え、また施設スタッフにもその旨をIさん自身が口頭で伝えてあること(夫婦が「介護日誌」として記録していたノートにもその旨が書かれていること)を告げ、「延命治療の差し控え」を強く主張した。そのため、医師は抗生物質などの投与を見合わせることになったのである。その後も高熱は続いたが、夫の強い希望を優先してブドウ糖液などの点滴のみの行うだけとした。3日後、Iさんは静かに息を引き取った。

2-1. 《不安》の穴埋め/《疚しさ》の封印
 Jさんに限らず、「延命治療の差し控え・中止」を決定した家族がしばしば口にするのは「本当にそれ(その選択)がよかったのかいまでも分かりません。年老いた親(配偶者)の生死を決めることは家族にとってはつらすぎることです」「その時にはとにかく妻が苦しんでいる現実を見たくないという思いが強かったのも事実です」という言葉である。
 このように「見たくない現実を見ざるを得ない状況」の只中で、「かわいそう」で「不憫」に思う「気持ち」が迫り出し、当のJさん自身が「とても不安な気持ち」に陥っているのである。こうした事態の只中において「妻が妻らしく最後を迎えられるように」という感情が行為遂行的(パフォーマティヴ)に強化されていき、「延命治療の差し控え」を決定するに至ったのだ。
 このように「かわいそうで、不憫に思う気持ち」の感情が強化されていく中で、Jさん自身が「とても不安な気持ち」を感受するようになった。そしてその《不安》は妻のIさんの老い衰えにともなって次第に強化されていったのである。まるで自らの《存在論的な不安》の「空虚な穴」を《充填》するが如く、その強烈なアイデンティティの不安の「穴」を《埋め合わせる》が如く、Jさんは「妻が妻らしく最後を迎えられる」ような感情に絡めとられていったのだ。家族や夫婦などの「私的領域」として区画・確定された空間において、私たちは「自己の偶有性を棄却することを通じた相補的な承認の形式」[天田 2003:448-453][天田 2004:172-176]によって自らの同一性(アイデンティティ)を保持しているとすれば、まさにJさんにとって「ボケて物言わなくなった妻」は自らの同一性(アイデンティティ)を脅威に晒すような《存在論的不安》を惹起させる存在なのだ。そうであるがゆえに、Jさんは「妻が妻らしく最後を迎えられる」ように様々な舞台設定を医療関係者と協働的に作り出すことを通じて、すなわち妻の同一性(アイデンティティ)の仮構を通じて再編した《物語》によってその「存在論的不安」を充填したのである。「穴」はかくして埋め合わせられているのだ。
 また、いわば《疚しさの封印》とでも呼ぶべき事柄をJさんは自ら語る。
 筆者が「点滴だけはしてもらおうと思ったのはなぜですか?」と尋ねると、Jさんが「やっぱりね、私としても自らが先生(医師)に頼んで命を縮めるようなことをお願いすることはできない」と語り、「毒を盛る」ようなやり方、あるいは「チューブを外す」ようなこともできないと語っているように、――論理的には「積極的安楽死/消極的安楽死」は区分・弁別困難であるにもかかわらず――自らの手で「殺すこと」への強い抵抗を表明していたのである。おそらくJさんにとって「積極的に何かをして死に至らしめること」は強烈な「自責の念」を惹起させる行為であるために耐え難い行為であるため、「特段に何かをしないという消極的な志向性のうちにおいて自然に死ぬにまかせること」を《基本綱領》とすることで、「延命治療の差し控え・中止」に随伴する《疚しさ》や《自責の念》を極小化せんと試みていたのだ。いずれにしても、このような「消極的な態度」を自らの《基本綱領》とすることで「長年連れ添った家内」の「命を絶った(縮めた)」という感慨を抱くことなく、「延命治療の差し控え・中止」の決定を遂行することが可能となっていたのだ。

2-2.同一性による全体性の代補/「自己の切断」と「自己の接続」の奇妙な結合
 すでに確認したように、先述したGさんとは異なり、事前指示書のような形で明文化されていないにせよ、Iさんの「意思」は事前に表明されていた。したがって、ここでIさんは自らの同一性(アイデンティティ)によって通約された《物語》を当事者自らにおいて保持せんとして、「延命治療の差し控え・中止」の決定を下しているのである。つまりは「自己決定」において選択しているのだ。
 ただ、周囲によって創出/再編された当事者の《物語》であれ、当事者が事前に表明しておいた《物語》であれ――この差異は大きいこともあるが、少なくともこの場合は――、「事前の意思表明」の有無が異なるだけで、それらが前提にしている構図は同型である。
 第一に、いずれも「別様でもあり得た」という《偶有的可能性》を縮減することを通じて「生死を決めるような究極的な選択」が決定されているという意味で同型である。
 第二に、Gさんのように家族に汲み取られたにせよ、Iさんのように事前に表明をしていたにせよ、「想定された意思」あるいは「事前に表明された意思」がまるで「当事者の(不可視の/理解不可能な)全体性」の代補として機能しているという意味でも同型である。
 したがって、周囲に「想定された意思」であれ、本人が「事前に表明した意思」であれ、そのいずれもが《偶有的可能性》の縮減によって、また当事者の「全体性」の代補として機能していることを通じて可能になっている意味ではまさしく等価なのである。ゆえに、ここで問うべきは「自己決定か否か」ではないということなのである。

3.事態の深刻さに対する倫理
 上記に見てきたように、私たちの社会における《死に放擲される老い》という事態は、《物語》の調達によって《偶有的可能性》が縮減されることによって、あるいは「老いの特異性」「抑圧からの解放」という言説実践によって、更には《不安》の充填や《疚しさ》の封印によって、自己決定であれ周囲の決定であれ、まさに老い衰えゆく当事者の全体性を代補すると同時に、そのことで自らの同一性(アイデンティティ)を装いつつ自らの《同一ならざるもの》を排除/放擲することによって立ち現れている出来事なのだ。そしてその内実は「自立」を基調とし、各人各様の「自然」を享受することを含意し、当事者の「自発的」な「利他性」によって彩られた言説なのである。これによって「批判的」な位置に立ちながら主流の言説となり、「近代的」でありつつ「自然志向的」でもあり、「自律的」でありつつ「利他的」なそれとして広く受け取られているのである。まさに、ここにこそ《死に放擲される老い》という事態をめぐる奇妙さがあるのだ。私たちにはこの事態の厄介さ・奇妙さに対する「倫理」をきちんと思考することが求められている。


【1】本稿に与えられている字数は最大9000字であるため、指摘しておかなければならいない多くの点について言及することはできない。筆者が第25回医学哲学・倫理学会大会のシンポジウムにて配布した資料がhttp://www.josukeamada.com/bk/bsp061029.htmにある。この資料でも十分に言及し得ない点については天田[2007]にて詳説する予定である。また、上記のような紙幅的制約から本稿では事例は全て割愛した。ホームページ等を参照されたい。
【2】私たちの社会におけるこのような《死に放擲される老い》をめぐる事態の深刻さを照射したものは驚くほど少ない。斎藤[2002]が諸々の取材から現実に何が起っているのかを叙述し、向井[2004]がこうした事態について痛烈に批判している。また、斎藤[2006]は米国において老いをめぐって何が起っているのかを的確にまとめている。
【3】本稿においては「安楽死」と「尊厳死」の区分、「積極的安楽死」「消極的安楽死」「間接的安楽死」の概念的な弁別は重要な意味をもつものではないため割愛する。
【4】本稿の前提となる調査の概略についても上記のホームページを参照されたい。
【5】こうした「問い」については別途発表する。本稿に関連する筆者の著書・論文としては天田[2003](普及版として天田[2007a])、天田[2004a]、天田[2007b]、天田[2007c]がある。
【6】本稿ではごく極めて簡単かつ乱暴に事実についてのみ言及するに留めるものとする。本稿では十分に論考し得ない幾つもの論点については天田[2007d]にて詳説する予定である。
【7】たとえは、Callahan[1989=1990]は、若さを志向する老いへの欲望を批判した上で、その生への飽くなき欲望を可能とする「テクノロジーの奴隷」にならぬために「限られた生をよりよく生きること」を目指すこと、そのためにこそ衰えと死を受容していくような〈老い〉こそが求められると指摘する。そして「自分らしく死ぬこと」を称揚するのだ[Callahan 2000=2006]。これらについての批判的検討は稿を改めるが、基本的にはここでの語りの奇妙な捩れと同型である。

文献
天田城介.2003.『〈老い衰えゆくこと〉の社会学』多賀出版.
――――.2004a.『老い衰えゆく自己の/と自由――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』ハーベスト社.
――――.2007a.『〈老い衰えゆくこと〉の社会学〔普及版〕』多賀出版.
――――.2007b.「二重の宿命による《生の根源的肯定》の(不)可能性」『保健医療社会学論集』第17巻2号.12-27.
――――.2007c.『「承認」と「物語」のむこう(仮題)』医学書院.
――――.2007d.『死に放擲される老い(仮題)』ハーベスト社.
Callahan, Daniel.1989.Setting Limits:Medical Goals in an Aging Society.Touchstone Books.(=山崎淳訳.1990.『老いの医療――延命主義医療に代わるもの』早川書房.)
――――.2000.The Troubled Dream of Life:In Searh of a Peaceful Death.Georgetown University Press.(=岡村二郎訳.2006.『自分らしく死ぬ―延命治療がゆがめるもの』ぎょうせい.)
向井承子.2004.『患者追放――行き場を失う老人たち』筑摩書房.
斎藤義彦.2002.『死は誰のものか――高齢者の安楽死とターミナルケア』ミネルヴァ書房.
――――.2004.『アメリカ おきざりにされる高齢者福祉――貧困・虐待・安楽死』ミネルヴァ書房.

天田城介(josukeamada.com)著書・論文など