天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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「二重の宿命による《生の根源的肯定》の(不)可能性」
日本保健医療社会学会発行.『保健医療社会学論集』第17巻2号.P12〜P27.2007年02月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2006.12 最終更新日:2007.01.14


【目次】
二重の宿命による《生の根源的肯定》の(不)可能性

T.《価値なき存在を創出/抹消しようとする思想》をめぐる/への問い
U.社会学的宿命/規範論的宿命
1.「相対化」という作業
2.潜在する価値
3.ニーチェの亡霊たち
V.二重の宿命性
1.社会学的宿命
2.《社会学的宿命》と《規範論的宿命》の奇妙な接合
W.生の根源的な肯定はいかにして可能か?――〈身体/生命〉の物質性
1.身体/生命の物質性
2.身体/生命の脱構築不可能性
X.〈老い衰えゆく身体を生きること〉を記述することの困難

【全文】(以下、あくまでも「草稿」です)

二重の宿命による《生の根源的肯定》の(不)可能性

天田城介
立命館大学大学院先端総合学術研究科

【抄録】
本稿は、《社会学的宿命》と《規範論的宿命》を負わざるを得ない社会(科)学において、私たちは《いかにして生の根源的肯定は可能になるのか?》という《問い》に対してどのように応答し得るのかを論考することを目的とする。結論として、社会学はその根底において「価値の多元性を認める」という「価値」を潜在的な規約としつつもその「価値」自体をも相対化せざるを得ず、また《生の根源的肯定》は本源的に根拠づけることが困難であるゆえに、その論理的帰結として、社会学は自らのよって立つ「規範」は空転化することになってしまいがちとなるのだ。しかしながら、こうした二重の宿命の只中にあっても、その《身体/生命の根源的な基底性》によって辛うじて《生の根源的な肯定》は可能になるのではないだろうか。〈老い衰えゆく身体を生きること〉を記述することの困難はかかる困難性に由来する困難なのである。ゆえに、「保健医療の他者(像)の再発見」とはこの困難性をいかに受け止めるかにあるのだ。

【キーワード】
生の根源的肯定、社会学的宿命、規範論的宿命、身体/生命の物質性、老い衰えゆく身体を生きること

T.《価値なき存在を創出/抹消しようとする思想》をめぐる/への問い
 その記述と内容は平板かつ陳腐なものでありながら――そしてブラックジョークを織り込みながらであってもその物語内容は実に退屈なものである――、どたばたぶり(スプラスティック)を(何とも中途半端な)嫌味さで表現せんとした筒井康隆の近著『銀嶺の果て』【1】 は、それがどんなに平板かつ陳腐な作品ではあっても、いやだからこそ、「価値ある生命とは/生きるに値しない生命とはいかなるものであるのか?」という《潜在的な問い》をめぐる問題について、言い換えれば、私たちの社会における〈所有の規則〉と〈価値の配置をめぐる政治〉を暗黙のうちに抉剔していると言わざるを得ない。更に言えば、その作品の物語内容としては――つまり思考するための「材料」としては――余りにも貧弱であっても、《いかにして生の根源的な肯定は可能となるのか?》という《根源的な問い》に対して私たちはいかに応答することが可能であるのか、という問題構成を浮上させるのは確かであろう。
 筒井康隆の独特の口吻にあるように【2】、この本で描かんとしたのは、言うなれば「老人版バトル・ロワイアル」である【3】
 少子高齢化対策として、正確には「爆発的に増大した老人人口を調節するために」、政府が導入したのが「老人相互処刑制度(シルバー・バトル)」である。特区を全国90の地区に設け、同じ地区に住む70歳以上の老人同士に「殺しあい」をさせるのだ。期間は1ヶ月。老人が最後の1人になるまで続行し、最後に生き残った1人だけが天寿を全うする「権利」を得ることになるのだ。なお、2人以上残ったら全員が処刑されることになる。
 主戦場は東京都某区宮脇町5丁目。地区内の高齢者59人は、1ヶ月以内にあらゆる手段を使って「殺しあい」をするのである。なお、この「シルバー・バトル」を強制/推奨しているのは厚生労働省直属の「中央人口調節機構CJCK」である。その「中央人口調節機構」の都内処刑担当官の斉木又三は「シルバー・バトル」を以下のように説明するのだ。

「わたくし、厚生労働省直属の中央人口調節機構つまりCJCKの都内処刑担当官で斉木又三と申します。ご承知のように、二年前から全国で実施されております老人相互処刑制度、つまり俗にシルバー・バトルと言われておりますこの殺しあいは、今回は日本全国九十ヵ所の地区、都内では三ヵ所で一斉に開始され、そのひとつがこのベルテ若葉台なのであります。ひひひひ。いや失礼。この制度は言うまでもなく、今や爆発的に増大した老人人口を調節し、ひとりが平均七人の老人を養わなければならぬという若者の負担を軽減し、それによって破綻寸前の国民年金制度を維持し、同時に、少子化を相対的に解消至らしめるためのものです。」(これを聞いて発せられた85歳の男性の「わしゃ若い者の厄介などなってはおらんぞ」「財産がある」という声を受けて)「それそれ。その財産を老人が持ち続けるということも、子供たちの苦労の原因なのですよ。つまりこの制度の根本思想は、老人が老人であることそのものが罪であるという思想なんです。」(筒井 2006:21/括弧内補足引用者)

 斉木が説明するように、「若者の負担の軽減」することで「破綻寸前の国民年金制度を維持」すると同時に、「少子化を相対的に解消至らしめるため」に導入された「老人相互処刑制度(シルバー・バトル)」は1ヶ月以内に高齢者が相互に「殺しあい」をすることを強制する制度である。そして、斉木は「この制度の根本思想は、老人が老人であることそのものが罪であるという思想」であると明言しているのだ。
 ただし、留意すべきはこの制度は「老人の殺しあい」を第一義的な目的とした制度ではないという点である。斉木が「殺されるのがいやなら殺すのです。ああ。もちろん自殺は許されますから、自殺という手段もお忘れなく」(筒井 2006:23)と述べるように、「自殺」という手段も称揚されていることから判断すれば、その第一義的な目的は「老人の殺しあい」ではなく、「老人の存在の消去/抹消」なのである!
 以下、『バトル・ロワイアル』と「老人版バトル・ロワイアル」たる「シルバー・バトル」の決定的な差異を確認した上で、私たちは何と格闘すべきなのかを確認しておこう。
 『バトル・ロワイアル』は西暦1997年の「大東亜共和国」という、「総統」を中心にした「国家社会主義」の国家において、任意に選出された中学3年生のあいだで繰り広げられた「国防上必要な」「幸せゲーム」と称された「殺しあい」であるのに対して、「シルバー・バトル」はその根底において全く異なった思想に基づいて「殺しあい」が遂行されているのだ。前者の物語に通約しているのは以下のような物語性である。「人間、極限状態になれば殺しあうものなのだ、だから隣人とは徹底的に不信をもつべきものなのだ」という「相互不信」の事態において「隣人は信用できない潜在的な殺害者であるとすれば、われわれはより強い力によって守られなければ不安でならない、ということになる。われわれ自身の力は、それこそたがいにみずからを侵害しあうものとして、不信の源泉になります。そこでわれわれはみずから進んでより大きな力に自分自身の力を譲りわたすことになる。かくして、この大東亜共和国に住民はみずから安全をもとめて従属し、国家の支配的秩序のほうは「安定」をみる」(酒井 2004:145)。このような単純といえば単純な話なのだ。
 このように、『バトル・ロワイアル』は、《各人が自らの生命を維持/保持せんとして、自らが欲するままに自己の力を行使する権利を有していながらも――いわゆる自然権を有しつつも――、それは「自然状態」における「万人の万人に対する戦争」を出来させるがゆえに、人々は自らの意思において自らの権利を放棄し、「リヴァイアサンへの権利の移譲」を完遂するのである》【4】、という「俗流・ホッブス的契約論」を否定した「アンチ・ホッブズの本」(酒井 2004:150)である【5】。そこでは、「相互不信」が充満した「自然状態」や、自らの意思において自らの権利を放棄することを通じて達成される「リヴァイアサンへの権利の移譲」という想定それ自体が、ホッブスが仮定したような社会状態以前の所与のものではなく、逆に、リヴァイアサンという強大な虚構を後づけ的に正当化するように人工的に常に既に作り出され続けている一つのゲームであることを指し示しているのだ。
 それに対して「シルバー・バトル」はもっと野蛮かつ露骨なものである。この「殺しあい」は、「自然権の行使⇒自然状態⇒安全性への希求⇒リヴァイアサンへの権利の移譲⇒支配的秩序の安定」という「俗流ホッブス的契約論」という思想圏域に属するものというよりは、むしろ――中央人口調節機構CJCKの役人である斉木が吐いた「この制度の根本思想は、老人が老人であることそのものが罪であるという思想なんです」という言葉に端的に示されているように――、ある人々が存在・生存することを困難/不可能とさせている〈所有の規則〉と〈価値の配置をめぐる政治〉に関わる思想がその根にあるものなのだ。
 なぜならば、繰り返すことになるが、「シルバー・バトル」は、「殺しあい」それ自体によって惹起された「相互不信」によって召還してしまう「国家による支配的秩序」の維持/強化のためというよりは、斉木が「もちろん自殺は許されますから、自殺という手段もお忘れなく」と付言したように、「殺しあい」とその効果が志向されているのではなく、「殺しあい」であれ「自殺」であれその手段は問わず、「中央人口調節機構」よろしく「人口の調節」が、つまりは「生きるに値しない生命」の消去/抹消がその目的なのである。言い換えれば、ある人々の存在を「生きるに値しない生命」として規定する思想に、要するに《価値なき存在を創出/抹消しようとする思想》に深く呪縛された《制度》なのである【6】
 要するに、「シルバー・バトル」の根底には「老人が老人であることそのものが罪であるという思想」と、それに裏打ちされ、またそれを駆動する「社会的負担」の問題があるのだ!――だから、この制度の目的は「若者の負担の軽減」であり「年金制度の維持」であると同時に「少子化を相対的に解消至らしめる」ためであるとされているのである。このような事態の只中で、見苦しい最後を晒したくないと願って愛する者に殺してもらう者がいて、寝たきりの母を絞殺する者がいて、妻と心中をする者がいて、更には自殺や拳銃乱射や闇討ちをする者がいる、といった《現実》が行為遂行的(パフォーマティヴ)に作り出されていくのだ。
 以上を踏まえるのなら、私たちは以下のような《問い》に拘泥せざるを得ないだろう。

【T】私たちは《価値なき存在を創出/抹消しようとする思想》をいかに問い得るのか?また、私たちの社会における《負担》をめぐる問題をいかに思考し得るのか? いや、もっと直裁かつ真摯に以下のように問うべきだろう。《いかにして生の根源的な肯定は可能となるのか?》、と。

U.社会学的宿命/規範論的宿命
1.「相対化」という作業
 ところで、社会学は――あるいは社会(科)学は――《いかにして生の根源的な肯定は可能となるのか?》という余りにも痛切かつ根源的な《問い》に対していかに応答することが可能なのであろうか。ここで私たちは幾重にも深い「出口のない逆説」の中で苦悶・格闘せざるを得ないのである。私たちは、社会学が産声をあげたあの時代の暁闇からいまだに脱することさえ困難な状況にあるのだ。
 以下では、多少迂回しつつ、社会学において、なぜゆえに《いかにして生の根源的な肯定は可能となるのか?》という《根源的な問い》に応答し得ることが困難であるのかを理解するためにも、その《社会学的宿命》をいかに考え得るのかについて言及していこう。
 社会学はある種の「解放感/開放感」を召還する学問であるように思える。とりわけ、自らが日々の実践の只中で「出口なし」の事態に晒されている時、あるいは閉塞的な抑圧状況にある時、社会学の「相対化」という作業は極めて「魅力」あるものに思えてくる。これは紛れもない事実であろう。教科書的に言えば、「あたりまえを疑う/自明性を問い直す/相対化する」といった作業を基本綱領としてきた社会学は、常にその根底において「他でもあり得る可能性/別様にもあり得る可能性」を志向する「価値」を暗黙のうちに内在させつつ自らを駆動したり、あるいはそれを自らの論理に滑り込ませたりすることによって達成されてきた学問である、とさえ言えなくもないのだ(天田 2004b:226-228)。
 しかしながら、「相対化すること」それ自体は、その現実が「正しい/正しくない」という境界を引くことを意味しない(天田 2004b)。あるいは「現実Xは作られた/創られた」と指摘することはそれ自体でその是非を強く主張するものではない【7】
 立岩真也が指摘するように、「相対化」とは「「信じるな」という、あるいは「信じなくてもかまわない」と述べる行いである。そうしなければならないとされている時、こうするのがよいとされているときに、そうとは限らないと言われることには、実際上の効果がある。定まった解はないということ自体において、ときには治療的な効果がある。それは代わりのものを提示しないと言われる。しかし、何かを壊したら代わりに何かを作らなければならないと決まってはいない。ただ壊してしまえばよい、壊れてしまえばそれでよいものもある。信じないことは、代わりに何かを信じることを要さない。信じなくてもよいこと、他でもありうることを知ること自体が大きな意味をもつ。だから、相対化という作業は倫理的な作業でもある」(立岩 2004:332)。しかしながら、同時に、こうした「相対化」の意義を認めても、あるいは認めるがゆえに、「素朴にとらえれば不十分であり、それを繰り返しているならば怠惰ではないか」(立岩 2004:332)と、批判するのである【8】
 いずれにしても、社会学とは、かかる「位置」においてその効力を発揮してきたのだ。

2.潜在する価値
 では、なぜゆえに社会学はこのような「場所」に居座ることになったのであろうか。
 本論文では紙幅の関係から詳説することは困難であるため、以下では市野川容孝の「社会学的忘却」についての秀逸した論考を引きながら、ごく簡潔に概括するものとしたい。
 市野川は「社会的social/sozial」という言葉が「ドイツやフランスの憲法が規定する社会的なものが、すぐれて規範的な概念であるということ、福祉国家に連なるということを踏まえて、より具体的に言うなら、それが平等や連帯という価値を志向する概念である」にもかかわらず、社会学においてそれが忘却されてきたのは「社会学は「価値自由」という周知の原則を自らに課しつつ、自らが分析や記述のために用いる「社会的」という言葉から、その規範的要素を極力そぎ落とし、この言葉を人間関係や相互行為を漠然と指し示すものへと抽象化してきた」(市野川 2006:35-36)からであると言及する【9】
 もう少し詳しく説明しよう。M.ウェーバーが「社会的sozial」なる概念を、論理的階梯を一つあげるようにして定義したのは、規範的概念としての「社会的」なる言葉を知らなかったからではなく、むしろ「全く逆」であり、規範的概念としての「社会的」という言葉さえも「外部」から記述せんとしたためであり、その「可視化」の作業のためにこそ敢えて「社会的」なる概念を「脱規範化」したのである。また、E.デュルケムにおいてもまた「「社会的」という理念を、自らも従うべき「規範」としてではなく、人びとを拘束する社会的「事実」として外から記述しなければ」ならなかったのであり、「この記述はさらに、連帯を志向する狭義の「社会的」なものの偶有性(他でもありうること)を開かざるを得ない」ものであったのである。「つまり、社会学者は連帯のみならず、それを極小化するような「個人主義」をも、それらが外在性と拘束性を有する規範であるかぎり、等しく「社会的事実」として扱わざるを得なくなるのである」(市野川 2006:36-38)。
 このように「「社会的」という言葉の論理階梯を引き上げる社会学は、ルーマンの言う「二次元の観察」あるいは「観察(者)の観察」の一例」(市野川 2006:40)であることを自らの《立ち位置》として定位させたのである。もっと言えば、規範的概念としての「社会的」をも一つの「規範」として見做すことによって、その《規範による社会的被拘束性》を照準可能にしたのだ。だが、同時にこのような《立ち位置》を選択した社会学においてこそ逆に「見えなくなったもの」が、つまり「不可視点(ブラインド・スポット)」が随伴することにもなったのだ。社会学において「自分に何が見えないということ自体が、その人に見えない」という意味での「不可視点」とは、まさに「社会的」という言葉に込められた価値を「忘却=不可視化」したということ自体が「忘却=不可視化」されているという事態におけるそれである。言うなれば、この「忘却の忘却」こそが、「不可視化の不可視化」こそが、社会学における「超越的視線」からの傍観者的な「観察」を可能にしているのである。
 このような《立ち位置》を選択した社会学による「社会学的忘却」はその実「世界を「一」としてではなく、「多」として暴露してきた」という意味での「社会学的啓蒙」と「表裏一体」であり、「世界を高度に複雑な他の諸々の可能性の地平として映し出す」(市野川 2006:42)ことを可能にしているのである――だからこそ、この《立ち位置》こそがまさに歴史的に選択されてきたのである、とさえ言えるだろう。したがって、「こうした社会学的啓蒙において「社会的」という言葉がそれに固有の価値を喪失していくのは、ある意味で必然であり、さらに言えば(狭義の)社会的なものを含む諸々の価値すべてについて、その偶有性を開いていく以上、社会学、あるいは社会学的啓蒙は、それ自体がすでに、少なくとも消極的な意味でのリベラリズム――だが、シニシズムに近いリベラリズム――であって、価値の多元性を常にすでに認めざるを得ない」(市野川 2006:42)のだ。
 だが、説明するまでもなく、リベラリズムが一つの立場であるように、その「価値の多元性を認める」というリベラリズムの価値もまた一つの「価値」でしかないのだ【10】。であるとすれば、数多ある価値を等しく外部から記述せんとする社会学の試みそれ自体が、換言すれば、あらゆる価値全てについてその偶有性(コンティンジェンシー)を開いていかんとする社会学的啓蒙それ自体が常に既に一つの「価値」をその基底において――いわば「規範(論)的な不可視点」として――潜在させていると言わざるを得ないのである。であるとすれば、社会学は《あらゆる価値全てについてその偶有性(コンティンジェンシー)を開く》という社会学的啓蒙それ自体に潜在する「価値」――リベラリズムの価値と親和的なそれ――の偶有性(コンティンジェンシー)を開くという作業を、当の「俎上に乗せられた価値」それ自体において遂行するという「逆説」をその宿命とせざるを得なくなるのである。言うなれば、《社会学的宿命》と呼ぶべき「逆説」があるのだ。

3.ニーチェの亡霊たち
 社会学が《あらゆる価値全てについてその偶有性(コンティンジェンシー)を開く》という啓蒙的実践であることは再認した。また、その啓蒙的実践が「価値の多元性を認める」という「価値」を根源的に潜在させていること、そしてその自らが潜在させている「価値」をも記述せんとすれば、その対象である「価値」の「偶有性を開く」という作業は、その対象である「価値」を規準にして遂行せざるを得ないという「逆説」を招来せざるを得ないという《社会学的宿命》を課せられていることについて確認した。だが、私たちが問うべき問いは、【社会学は《いかにして生の根源的な肯定は可能となるのか?》という《根源的な問い》に対していかに応答することが可能なのか?】というものであった。これはどうなのだろう。
 ひどく乱暴に表現すれば、社会学は《生の根源的な肯定》を説くその「価値」を数多ある「価値」の一つとして社会学的に処理した上で、その「価値」の「偶有性を開く」ことに勤しむことになるだろう。上述した《社会学的宿命》を論理的に思考するのであれば、そのようになる他はなさそうである。では、これで上記の《問い》は終わりとなるのか。
 いや、そうはならないだろう。例えば、社会学的啓蒙を通じて「価値α」の偶有性が開かれ、また同時に「価値β」の偶有性が開かれたとしよう。そこでは「価値α」と「価値β」は「偶有性が開かれた」という社会学的処理においては同値であるが、規範論的に思考するのであれば、「別様でもあり得る可能性」があるからといって「価値α」と「価値β」が等価であることは意味しない。具体的に言えば、「国を愛するべきである」という「価値α」と「国を愛する/愛さないは他者に決められるべきではない」という「価値β」があったとしよう。両者ともにその「価値による社会的被拘束性」を抉剔することも、またその構築性を剔出することは可能であり、そのことを通じて「別様でもあり得る可能性」を開示することになるであろう。ただ、その時、「価値α」と「価値β」のいずれが正しい/正しくないのか、あるいはいずれも正しい/正しくはないのかは不問に付されるのである。
 つまり、《社会学的宿命》とは、上述した「逆説」を内在すると同時に、その《立ち位置》の只中で「価値の多元性を認める」というその「価値」に立脚することによって、いずれの「価値」が「正しい/正しくない」のかという規範的言明を自らのうちで問い得ないものとして――「規範(論)的な不可視点」として――封印しているものでもあるのだ。
 では、規範論的にその「価値」の当為について思考すれば、事は万事うまくいくのか。これもまたそうはならないのである。ここでは幾つも言及しなければならないことがあるのだが、決定的に重要な点を一つだけ述べるものとする。いわば《規範論的宿命》とでも呼ぶべき困難があり、それはいわばニーチェの亡霊たち(スペクターズ)【11】にいかに応えるかの問題である。
 市野川は近著『社会』においてニーチェを参照しつつ、以下のように言及するのだ。

「生命を全面的に肯定する永劫回帰の教えによって、優生学という理性(レゾン)を挫折させることは、しかし、非理性(デレゾン)そのものである。なぜか。そうすべき理由(レゾン)が、そこまでいっても見つからないからだ。それは、ニーチェにならって言えば「勇気」によって選び取られたにすぎない一つの不条理(デレゾン)である。生命倫理の議論が、優生学を否定する確たる論拠(レゾン)を見つけようとして常に挫折する理由も、おそらくここにある。そこでは理性が、時に「人間の終焉(ポスト・ヒューマン)」などと毒づきながら、勝ち続ける。だが、そんなものは毒でもなんでもなく、理性の狡知が、自らを非理性にみせかけているにすぎない。/ニーチェと「社会的なもの」の対決は、どのような結果に終わったか。ニーチェは半分勝ち、「社会的なもの」は半分負けた。「社会的なもの」の理性に修正を迫るという意味でニーチェは勝ち、しかし、彼の非理性によって「社会的なもの」は自分と同時にニーチェの理性を打ち殺すのである」(市野川 2006:138-139)

 「平等と社会的なものの理念を否定」する「紛うことなき優生学者」(市野川 2006:131)であるニーチェは「欠陥をもつ生命」「でき損ないの生命」である「頽廃者(デカダン)」に対して「力への意思」によって「抹殺」することを煽動しながらも、同時に、「勇気」による「生命の徹底した、あるいはその冷徹な肯定」である「永劫回帰」を教える。このニーチェの亡霊に、ニーチェの亡霊たちに、私たちが応答するということは、つまり「非理性」の否定/抹殺という「理性」を否定することが「非理性」であるということ――「理性の否定=非理性」の「理由」がどこまでいっても見つからないこと――、その根拠づけの困難性/不可能性に応えるということでもあるのだ。そこには、《生の根源的な肯定》の《根源的根拠づけ》の困難が、おぞましき不気味な他者の《他者性》の根源的肯定に随伴する困難が、更に言えば、いわば《決定不可能なもの》の基底的決定をめぐる困難を孕んでいるのだ。私たちはこの《規範論的宿命》の現前で茫然と立ち尽くすことになってしまうのである。

【U】社会学は「多元性の肯定」という「価値」を自らの規定的準則とすることによって、規範的言明については明示的に言及し得ないものとしてその問い自体を封印するという《社会学的宿命》を負ってきた。では、そこで、その「価値」について規範論的に問わんとすれば、いつのまにか「ニーチェの亡霊たち」に憑かれてしまい、「生の根源的な肯定」の《根拠》を定位することが本源的に困難/不可能にならざるを得ないという《規範論的宿命》を目の当たりにし、立ち尽くすことになるのだ。

V.二重の宿命性
1.社会学的宿命
 構築主義【12】が全体性を否定しながらも「構築されたもの」を抉剔する限りにおいて自ずと「構築するもの」という全体性に対する別の全体性を召還してしまうという事態に端的に表れているように、社会学は――かりに外部を否定していたとしても――全体性を語ろうとする操作を通じてメタレベルで〈社会〉を本質として発見していくことになるのである(佐藤 2002:61)。その時、全体性に対する超越的視線を導入しつつそれを隠蔽することになるのだが、その絶えざる反復こそが《社会学》なのだ(天田 2004b:231)【13】
 前節にて詳説したように、社会学とは数多ある価値を等しく外部から記述せんとする試みである以上――《あらゆる価値全てについてその偶有性を開く》という啓蒙的実践である以上――、全体性に対する超越的視線を導入=隠蔽することによって順作動してきた学問なのである【14】。したがって、社会学にとって「社会の全体性/全域性に対する超越的視線を解除することの困難」(遠藤 2000:54)は、その「成り立ち」から言えば余りにも「自明」な《社会学的宿命》なのである(天田 2004b:237)。
 ところで、「では、なぜ全体性を語ってはならないのか?」という問いに対する結論を敢えて乱暴に表現するならば、「全体性を語ってならぬことはないが、それでは余りにも事が単純に語られてしまうから、それでは上手くない」としか回答することはできない。より正確に表現すれば、佐藤が「言説分析とテクストの知識社会学や計量分析は具体的にどこがちがうのか。一言でいえば、そのちがいは、ある意味的定在の意味を確定できる一定の単位が存在するかどうかにある」(佐藤 2006:7/傍点著者)と明示するように、単語には確定した意味があると仮構的に想定するのではなく、「単語の意味を宙吊りにし、その最も素朴な境界を解除して、新たな関係をつくりだす」(佐藤 2006:18)という「解除と関係づけ(接続)」の連続によって――方法論をたてにとって思考停止をかけることなく――意味の成立に関与しない外部を可能な限り無効化することで「事はそう単純ではないこと」を緻密かつ鮮明に描き出すという点にあるのだ。このように答えるしかないだろう。更に言えば、それは「意味」が本源的に決定不可能であるにもかかわらず「決定」されてゆくことに対する痛烈な批判としてあるのだ。要するに、「全体性に対する超越的視線への批判」には《決定不可能なものの決定》に対する根源的な批判がその内に孕まれている【15】
 したがって、《社会学的宿命》とは、【A】全体性に対する超越的視線を解除することが困難であること、【B】そのような超越的視線から社会の全体性に照準するゆえに、数多ある価値を全て等価に扱うことになるため、ある一つの「価値」に立脚して語ることが困難であること、にもかかわらず、【C】社会学は「価値の多元性を認める」という「価値」を根源的に潜在させていること、【D】その自らが潜在させている「価値」をも記述せんとすれば、その対象である「価値」の「偶有性を開く」という作業は、その対象である「価値」を規準にして遂行せざるを得ないという「逆説」を招来せざるを得ないことの4点である。要するに、社会学は自らの立脚する価値をそれ自体において批判するというリベラリズム的宿命を半ば運命づけられているとさえ言えるのである。

2.《社会学的宿命》と《規範論的宿命》の奇妙な接合
 拙著(2004a)にて論考したことでもあるのだが、ここでは社会学がいかなる《原罪》を負ってきたのか、それはいかなる機制によって可能になってきたのかを確認しておこう。
 北田暁大は、「なぜ私が他者を尊重しなくてはならないか」「なぜ私が道徳的であらねばならないのか」と極めて理性的に問う《制度の他者》――「私はxすべきなのか」と問うような制度のルールに度々違反したり、ルールの妥当性にいちいちケチをつけてくる厄介者のような《規範の他者》ではなく、そもそも制度の内在の仕方を全く心得ていない(制度への内在を局所的ではなく全面的に懐疑する)ような「制度」の完全な《外部》にある《他者》――に対する社会(科)学的知の回答のあり方を批判的に検証する(北田 2003a)。
 詳細は拙稿を参照していただくとして、ここでは以下の点のみ指摘しておこう。
 つまり、ここで決定的に重要なのは、関係論的な規範理論、物象化論、系譜学的批判のいずれもが暗黙裡に回答を与えてしまっている[「責任は応答する人-間関係において構築される」という社会的事実の認識(関係性テーゼ)から、「他者/人-間関係を尊重せよ」という当為を導出しうるのか?]という問いはそもそも「制度の《外部》の問いである」(北田 2003:113)にもかかわらず、そうした「他者の問い」は巧妙に隠蔽されているのだ――北田はこうした「他者の問いの隠蔽」を社会学的思考の《原罪》と呼ぶのである【16】
 具体的には、構築主義が、「現実X」が常に既に行為遂行的(パフォーマティヴ)に作り出されていることを、「現実X」をめぐって捏造された事態を剔出したとしても、それ自体は「価値」を導かない――「現実とはおおよそ作られるものであるからこそ積極的に作っていくことが必要なのだ!」「捏造されたものでもよいものはよいではないか!」という《開き直り》に対して自らの正当性を主張し得るものではない。にもかかわらず、そこで《なぜ現実Xを相対化するのか?》《なぜ現実Xの構築を批判するのか?》という自己言及的な問いを封印/遮断し、「現実Xの構築/捏造にこそ権力/抑圧があるのだ!」と回答するのであれば、「疎外論の密輸入」になるか、出来事の背景に権力や抑圧といった社会的要因を想定する新手の知識社会学に堕してしてしまうことになるのだ(北田 2003:108-110/天田 2004:228)。
 かかる制度としての社会(科)学的知が必然的に孕まざるを得ない《原罪》を前にして社会学は「他者の問い」に対して応答することが可能であるのかを問うているのである。
 「こうした自らの《原罪》を前に、倫理的な領野へのコミットを自ら自制し、ひらすら制度的・社会的事実、社会構成員による理解の方法(ethno-method)の記述に勤しむべきなのであろうか」、あるいは、「『人々は現におおよその場合関係性/他者を尊重している』という社会学的事実を抽出し、その事実として存在する価値観――それ自体は哲学的に説明されうるものではない――に希望を託すべきなのだろうか」、と。具体的には、「前者は社会学による倫理的なコミットそのものを、後者は『社会学-哲学』と『倫理学-政治的領域』とのあいだに論証的経路を見つけようとする試みを断念するよう我々に薦める。いずれの方策も、《……ゆえに、他者/関係性を尊重すべし》という(物象化論的な)議論の仕方を潔く断念する、したがって、制度学的知の《原罪》を十分に自覚する誠実な語り口だといえよう」、と北田は論じるのである(北田 2003:114)【17】
 以上を踏まえて推論すれば、以下のように考えられなくはないだろう。社会学が自らの思考において事実命題を語りながら暗黙のうちに価値命題を混入させて言及してしまうのは――そのことによって「他者の問いの隠蔽」してしまうのは――、上述した【A】〜【D】の4つから成る《社会学的宿命》を負うことを余儀なくされている社会学者たちがその社会学的啓蒙において「価値の多元性を認める」という「価値」を根源的に潜在させつつも、その「価値の多元性を認める」という「価値」までも「偶有性を開く」という行為を遂行せざるを得ない中では自らがコミットする「価値」が数多ある一つの「価値」でしかないことを――その価値の相対性を――自覚化することを余儀なくされることで、いわば無限に空転化するアイロニー・ゲームに晒されることで、物象化論的に自らの信ずる価値を調達/密輸入してしまうのではないか、と思うのだ【18】。誤解を承知で乱暴に表現すれば、要するに、社会学的啓蒙に随伴する価値の相対性が惹起する《認識論的不安》に――あるいは、その価値の相対性の自覚化を通じて立ち現れる砂を噛み締めるような事態に――耐えることが困難となってしまうがゆえに、易々と「他者/関係性を尊重すべし」という規範を滑り込ませてしまうのではないかと思う。このような仕掛けになっているのだろう。
 加えて、《規範論的宿命》として、【A’】「理性の否定=非理性」の「理由」がどこまでいっても見つからないこと、【B’】その根拠づけの困難性/不可能性に晒されること、【C’】おぞましき不気味な他者の《他者性》の根源的肯定に随伴する困難があること、【D’】《決定不可能なもの》の基底的決定をめぐる困難を孕んでいることの4つの困難があるために、なおのこと、――自らの価値の足場が揺らぐことによって召還してしまう《存在論的不安》に晒されることになるために――実に道徳的な息苦しい価値へと回帰してしまうのではないか、と思う。社会学はかかる《社会学的宿命》と《規範論的宿命》の奇妙な結合【19】によって《生の根源的肯定》という「価値」について真剣に問うことを封印してきたのだ。

【V】社会学的啓蒙はその根底に「価値の多元性を認める」という「価値」を潜在させつつも、その価値さえも「偶有性を開く」ことの対象とするために、自らの価値の相対性を自覚せざるを得ないことになるがゆえに、また《生の根源的肯定》という規範の本源的根拠づけが困難であるがゆえに、結局のところ、安直な価値を密輸入することになる。《社会学的宿命》と《規範論的宿命》はかくのごとく結合するのだ。

W.生の根源的な肯定はいかにして可能か?――〈身体/生命〉の物質性
1.身体/生命の物質性
 では、社会学においては《生の根源的肯定》は不可能なのであろうか? 私たちは、《社会学的宿命》と《規範論的宿命》を前に、【M1】倫理的な領野へのコミットを潔く断念し、社会的事実と社会構成員による理解の方法を淡々と記述することによって――「社会学的啓蒙に忠実たれ!」と徹底的に自らを制御することで――《社会学的宿命》と《規範論的宿命》をまさに《宿命》として背負っていく構えとしていくか【20】、あるいは、【M2】何らかの形而上学的な根拠/起源から基礎づけようとするのではなく、経験的事実性に賭することによって《社会学的宿命》と《規範論的宿命》に――いわばニーチェの幽霊、ニーチェ主義者の幽霊、ニーチェが描き出した力の意思によって「頽廃者」を抹殺せんとする者たちの幽霊(だけ)ではなく、むしろまさにニーチェが排除/放擲した幽霊たちを幽霊のままとして《口寄せ》しつつ――抗っていくしかないのだろうか?
 ここで、私たちは冒頭の《問い》に立ち戻ることになる。社会学においては《いかにして生の根源的な肯定は可能となるのか?》という《根源的な問い》に対して私たちはいかに応答することが可能であるのか、と。私たちは《社会学的宿命》と《規範論的宿命》を前にして、《生の根源的肯定》を語ることはいかにして可能なのであろうか、と。
 ここでよくよく考えてみよう。たとえば、《〈身体/生命〉は言説実践を通じて、あるいは言語を媒介にした相互行為を通じて常に既に作り出され続けている》という構築主義的テーゼが「正解」だとしても、そもそもその言語を語るのは他ならぬその〈身体/生命〉ではないか。J.バトラー流に表現すれば、〈それ〉が〈何〉であるのかは言語を通じてはじめて立ち現れるしかないのだが、直裁に考えてみれば分かるように、まさに〈それ〉こそが他ならぬ《言語》を可能にしている当のものなのだ。生-権力論において、この言語が射程にすることが不可能な不可視点(ブラインド・スポット)の一つこそがまさに〈身体/生命〉なのである。そのように言語がそれ自体において完全に捕捉することが困難であり、また言語がそれに応じなければならないという〈身体/生命〉というこの「厄介な物質」こそが、生-権力論の根源的な基底性として位置づくとしか考えられないのである。では、この《身体/生命の物質性》は《生の根源的な肯定》とどのように論理的に順接し得るものなのであろうか。

2.身体/生命の脱構築不可能性
 構築主義は――いや、社会学は、と言うべきだろう――決定的に重要なパラドックスを――まさに文字通りの不可視点として――不可視化/忘却してしまった。いや、不可視化/忘却したこと自体を不可視化/忘却してしまった、という表現こそが正確な物言いだ。
 〈身体/生命〉は〈言語〉によってしか語れないが、〈言語〉を語るのはそもそもが〈身体/生命〉なのである。この両者のいかんとも避けがたい逆接の関係こそが《身体/生命と言語のパラドックス》なのである。構築主義が〈言語〉を語る行為体(エイジェンシー)について論じる時に、その当の〈言語〉を語っているもの=物質は、そもそもが〈身体/生命〉なのだ。「言葉は、生命という現象に覆い被さるようにしてしか現れないのではないか。行為体が、権力を生産する装置として何かを語るとき、それは端的に生きていることを織り込んでしまっている」(檜垣 2006:113)。更には、「例えば「正義」そのものが、脱構築不可能だという仕方である政治的主張の源泉と把握されるのならば、身体の生産性もまた言語による行為体にとって、まさに脱構築不可能な圏域を示しているのではないか」(檜垣 2006:115)。このように《身体/生命と言語のパラドックス》によって、いや、その《身体/生命の根源的な基底性》によって、《生の根源的肯定》は可能になるのではないだろうか――ひどく乱暴かつ愚直に表現するならば、《身体/生命》が存在・生存しているがゆえに、言語を引用・参照・反復しつつ《社会学的宿命》や《規範論的宿命》をその《宿命》として享受することが可能になっているのであり、また《身体/生命》が存在・生存しているがゆえにニーチェの亡霊たちを反復的に召還し、そのおぞましき不気味な《他者性》に邂逅することが可能になっているのである。《身体/生命》こそが自らにおける《他者性》なのだ!

【W】社会学において《生の根源的肯定》の試みは、ある意味で「挫折を運命づけられている」と言わざるを得ないが、そこには《身体/生命》は《言語》によってしか語れないとすれば、まさにその《言語》を語るもの=物質こそが《身体/生命》であるというパラドックスを出来させることになるのである。その《身体/生命の根源的な基底性》によってこそ《生の根源的肯定》は可能になるのではないだろうか。

X.〈老い衰えゆく身体を生きること〉を記述することの困難
 〈老い衰えゆく身体を生きること〉を記述することの困難はまさに上述したような困難(性)に随伴する困難である。だからこそ、〈老い衰えゆく身体を生きること〉を記述することはかくも難しいのである。また、その上で、〈老い衰えゆく身体を生きること〉を《生の根源的肯定》という肯定性から記述せんとすれば、それはなおのこと困難となるのだ。
 筆者は拙著において、〈老い衰えゆくこと〉とは「老年期における個人の身体の「ままならなさ」を第一義的に意味する現象」(天田 2003:3)と定義しつつ、〈老い衰えゆくこと〉とは「自らの意思とは無関係に、意思に反して当事者に襲いかかって来るような、あるいは自己にとって制御不可能で「主体」それ自体を剥奪されるかのような――自己による統制・馴致不可能であるような――〈現実〉のモメントなのである」(天田 2004a:52)と記した【21】。あるいは、「〈老い衰えゆく身体を生きる〉とは、いわば〈他者化してゆく身体を生きる〉ことでもあると同時に、〈他者化してゆく身体に抵抗・闘争して生きる〉ことでもある」と描出したり(天田 2004a:60)、「〈老い衰えゆく身体を生きる〉とは〈プロレタリアートの身体を生きる〉ことの別名であって、その身体を生きる人々の願い・希求とは「よく生きること」である――つまり、よく食べることができ、よく飲むことができ、排泄ができる、指先を動かせ、呼吸ができ、泪がためられること、温もりのある体温が在ることである」(天田 2004a:65)などとも表現してきた【22】。加えて、私たちの社会において、自己の《他者性》――自らの意のままならない身体性あるいは身体の制御不可能性――が否定されるような事態が常に既に作り出されていることを照射してきたのである。
 だが、《社会学的宿命》と《規範論的宿命》を課せられた私たちにおいてこの言及・参照は何も言っていないことと同じであるのだ。要するに、私たちの社会において自己の《他者性》が否定されている現実が行為遂行的(パフォーマティヴ)に常に既に作り出されていることを抉剔したとしても、その《他者性》が肯定されるべきであること――少なくとも否定されるべきではないこと――、あるいは《生の根源的肯定》を記述することは困難なままなのである。
 更に言えば、かかる記述では「老人が老人であることそのものが罪であるという思想」によって駆動されている「シルバー・バトル」を完全に否定することは困難なのだ。
 だからこそ、私たちは〈老い衰えゆく身体を生きること〉を、より直裁には《生の根源的肯定》をいかに定位させることが可能なのかを問わなければならない【23】。おそらくその思考作業は《身体/生命の根源的な基底性》という事実にもとづく《生の根源的肯定》によって可能になるだろう――なお、その肯定とは形而上学的な根拠/起源から基礎づけによって可能になるというよりはニーチェ的意味での「非理性」による「理性」の相殺を通じた作業によって可能になるのではないだろうか【24】

【註】
【1】 新潮社発刊の『波』第434号(2006年2月号)において筒井康隆自身がインタビューの中で言及しているように、『銀齢の果て』というタイトルは、名匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画作品の『旅路の果て』(1939年)から着想を得たものである――ホームページにもこのインタビューは掲載されているhttp://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/314528.htmlので、そちらも参照されたい。ジュリアン・デュヴィヴィエの描いた『旅路の果て』は南フランスの養老院を舞台に、かつて役者として脚光を浴びた人びとが、自分の老いの只中で〈夢〉と〈現実〉が交差/錯綜していく様を描出すると同時に――高齢者の夢に対する強烈なまでの欲望が見事に剔抉されている――、〈夢〉を追い続けることで〈現実〉が破滅的事態に陥ったり、また反対に〈夢〉を追い続けることが〈現実〉の日々の余りにも地道な尽力によって辛うじて保たれていったりする、その〈現実でないもの〉と〈現実であるもの〉の奇妙な結合を〈現実でないもの〉を追い続けてきた元役者である高齢者は自らの老いの中で温かく、静かに見届けていく様を映し出す。このように『旅路の果て』は〈現実でないもの〉を追い続けることによる蹉跌を、老いの只中で人びとが見届けていく悲喜劇を描出しているのである。それに対して、『銀齢の果て』は筒井自身が「嫁姑問題や徘徊老人、介護制度の問題、性の問題など、老人をめぐる問題がいくつも出てきますね」という質問に対して「これは当然、現実にある問題はいくらでも勝手に出てきます。年金問題、少子化の問題もね。とにかく読者に、これはフィクションではあるけれど、現実だってこれと変らぬくらい老人は迫害されているのだと気づかせたかったの。」と語るように、〈現実であるもの〉としての「老人の迫害」を〈現実でないもの〉によって照射せんとした試みであるのだが、その物語内容としては完全に失敗していると言わざるを得ない。
【2】 筒井康隆の作品、とりわけ「無人警察」の評価は佐藤裕(2005)『差別論――偏見理論批判』に詳しい。佐藤は「差別行為とは、ある基準を持ち込むことによって、ある人(々)を同化するとともに、別のある人(々)を他者化し、見下す行為である」(佐藤 2005:65)と定義しつつ、独自の「三者関係モデル」から差別行為を解読した上で、「差別行為の類型化」「差別行為の連鎖」「差別行為の認識可能性」を提示する。以上のような認識論的立脚点においてこれまでの「偏見理論」を批判的に考察した上で――偏見理論がむしろ偏見を作り出し、他者の客体化を引き起こし、共犯者の関与を不可視化してしまう機制を鮮やかに剔出した上で――、差別論の射程と解放の戦略(差別行為のワクチン化など)を主張する。そして、「第2部 事例編」においては上記の「差別論」の構図から筒井康隆の「無人警察」を緻密に解読している(佐藤 2005:199-228)。
【3】 上記のインタビューの中で「この、老齢人口を減らすために70歳以上の老人たちが互いに殺し合う「シルバー・バトル」という設定はいつ頃考えられたのですか?」と尋ねられ、筒井が「四年ほど前、突然思いつきました。映画の「バトル・ロワイアル」はまだ見ていなかったんですが、ストーリイを何かで知って、老人にやらせる手もあるなと思ったんです。」と答えているように、この物語内容を構想するに至った参照先としては小説『バトル・ロワイアル』がある。なお、タイトルは『旅路の果て』から着想を得ていると同時に、1947年に上映された谷口千吉第一回監督作品であり、黒澤明脚本、三船敏郎デビュー作品である『銀嶺の果て』にも引っ掛けたものだ。
【4】 ホッブスの主張とは「人々は契約によって自らの自由を自身の意思によって放棄するということを示しており、自然状態における「自由」は、社会が成立した後に制限される。こうした人々の自由であることの断念=契約を通じて産出されると同時に、個人に対する超越性とそれ自体として自律性を有した表象こそリヴァイアサンなのである」(天田 2004a:259)。
【5】 「アイデンティティ論」の文脈で言えば、奥村隆が見事に描出した「〈承認と葛藤の体系としての社会〉から〈思いやりとかげぐちの社会〉への移転」は言うなれば「アイデンティティ版」の「リヴァイアサンへの権利の移譲」に照応するものであると言えるであろう(天田 2003:444)。
【6】 1970年前後にこの問題について誰がどのようなことを言ったのかについて私たちは確認しておくべきであろう。拙稿では小澤勲の仕事を中心にごく簡単に記述した(天田 2006a/2006b)。
【7】 たとえば、医療社会学における「医療化」の位置とその言説の効果について考えてみるとよい。医療化の言説が人口に膾炙するにともなって、あるいは人口に膾炙している諸々の言説に駆動されながら医療化の言説が絶えず反復されることを通じて、時として「近代医療批判→医療への拒絶感→自然性への回帰」という〈奇妙な変転〉に結合してしまう事態があるように思う。
【8】 社会学の「相対化」という作業は「事実によって規範的なことを語らせる、あるいはそれを醸し出す。相対化という作業は意識的に、あるいはその効果として、そのような仕事だった。価値判断をしていないようでしている。しているようでしていない。(中略)しかし今ある1つが、様々あるうちの1つであるとして、その1つが否定されるべきものだとはならない。他の可能性があることは、別の方がよいことを示さない。社会的であることは、それを変更すべきであることを示さない」(立岩 2004:332-333)のである。
【9】 「社会的なもの」に希望を賭ける市野川によるメディカル・リベラリズムへの批判(市野川 1994)社会的なものと医療についての秀逸した論考(市野川 2004)も併せて熟読されたい。
【10】 リベラリズムの批判的検討はここでは割愛せざるを得ない。天田(2004a)を参照されたい。
【11】 J.デリダの『マルクスの亡霊たちspectres de Marx』が複数形で記されたように、つまり、それがマルクスの、マルクス主義の、マルクスが描出したコミュニズムの幽霊であると同時に、マルクスが排除/放擲しようとした幽霊を指し示したように、「ニーチェの亡霊たち」とは、ニーチェの、ニーチェ主義者の、ニーチェが描き出した「力への意思」によって「頽廃者」を抹殺する者たちの幽霊であると同時に、ニーチェが「勇気」による「永劫回帰」によって辛うじて書きとめた幽霊を意味するのであろう。しかしながら、おぞましき不気味な他者の呼びかけへの応答、まったき他者の肯定における〈正義〉とは「決定不可能なもの」であるほかはないとすれば、決定不可能なものを決定することにおいて私たちはニーチェの亡霊たちにいかに応答するべきなのであろうか。この点については機会を改めて論考することにしたい。
【12】 近年の構築主義をめぐる論考としては、『社会学評論』『社会学評論』219号(Vol.55, No.3)「特集・差異/差別/起源/装置」における北田(2004)、小泉(2004)、中河(2004)、竹村(2004)、立岩(2004)が秀逸している。また、赤川(2006)の論考も極めて重要な論点を提示している。
【13】 この「全体性」に対する超越的視線を解除することの困難については遠藤(2000/2006)を参照。天田(2004b:230)でもその困難について簡潔に言及した。
【14】 もう一つには、社会科学とはA.スミスの「見えざる手」という言葉が象徴されるように、それまでの「政治経済学」の基本原理であった「全体の不可視性」に対する痛烈な批判から出発し、まさに「全体の可視化」こそ志向してきた学問でもあるのだ(市野川 2006:200-201)。
【15】 拙稿では構築主義への批判を梃子にこうした「全体性に対する超越的視線の解除の困難性」が構築主義にとっての難問だけではなく、社会学にとっての根源的な難問であること、私たちはこの試練=難問から出発するしかないことを批判的に考究した(天田 2004b:237)。
【16】 ここで関連研究を詳細に列記する紙幅的な余裕はないが、一人だけ名指しするとすれば、やはりH.パトナムを挙げざるを得ない(Putnam 2002=2006/2001=2005/2004)。
【17】 北田は、前者の立場として立岩真也やR.ローティ挙げ、「立岩−ローティはもはや、物象化論のような第三者の視点に立った理論によって『他者を尊重すべし』を導き出そうとはしない。かれらは《原罪》を抑圧することなく十分に自覚したうえで、いわば確信犯的にやりすごす」(北田 2003:116)と言及する。こうした立岩−ローティ流の議論は、「関係のなかで生き長らえているからといって、なんで私が関係性/他者を尊重しなくてはならないのだ」という《制度の他者》の問いを、「実はつねに・すでに尊重している」といった形而上学的なレトリック(呼応=責任論)によってねじ伏せるやり口と混同されてはならない。制度の《外部》の問いを発する人が、事実的・経験的なコミュニケーションにあって、おおよその場合他者を「操作」しないでおこうとする(自らの《外部性》を放棄する)のは、他者性にかんする何らかの深い根拠・起源に動機づけられているからではなく、どういうわけか、事実そうしているだけのことなのだ。完全に有意味で理性的な問いを発する《制度の他者》は、なぜか勝手に制度内へと「堕落」してしまっている。かかる「堕落」には形而上学的な根拠も起源もない。立岩の挙げる「快」やローティのいう「苦痛の共感能力」は、「堕落」の論理的・概念的根拠などではなく、たんなる「堕落」の経験的原因(の一つ)として想定されているに過ぎないのである」と説明する(北田 2003:116)。なお、R.ローティにおける《思想なき思想》についての批判的検討として北田(2001)、その「人権」論についての論考としては安部(2005)を参照。
【18】 北田は、2チャンネルに端的に示されるような時代精神を「ロマン主義的シニシズム」と呼び、「反省史」を中軸とした90年代以降の適切な社会学的な時代診断を行っている(北田 2005)。その中で、まさに北田は「自らがコミットする価値の相対性を自覚せよ」という「リベラリズム」という政治思想=政治技術こそ、ロマン主義を成熟するためのロマン主義を断念する美学たり得るのであり、したがって、リベラリズムへの信頼の調達(=日本への土着化)を実践することなどを明示している。いわば《リベラリズム》という「政治思想=政治技術を戦略的に嵌入/土着化することによってロマン主義とアイロニー・ゲームを順接/逆接させるための成熟化戦略」を提唱しているのである(天田 2005)。しかし、これは現代社会においてのみ観察される時代精神なのだろうか。むしろ、こうした無限に空転化するアイロニーとは社会(科)学の誕生とともに生れ落ち、常に歴史的に反復されてきたものではないか。この点についても稿を改めて論じる。
【19】 言うなれば《社会学的宿命》と《規範論的宿命》は、ギリシア神話に喩えるならば、ディオスクロイのような双生児である。社会(科)学において別たれた桎梏なのである。
【20】 こうした構えを徹底的に自覚化し、それを確信犯的に演出しているのが中河伸俊である。中河の構築主義へのこの一貫した姿勢は評価されるべきだ(中河 2004/2006)(平・中河編 2006)。
【21】 その前提として筆者が照準するのはあくまでも「「他者に苦痛や苦難を与えることを意図」した「攻撃性」という、他者を参照点とした暴力というよりも、自己にとっての、すんわち、自らの意思とは無関係に、自らの意思に反して、襲いかかって来るような、あるいは自己にとって制御不可能で「主体」それ自体が剥奪されるような――換言すれば、自己による統制・馴致不可能であるような――〈現実〉のモメント」としての〈暴力性〉であることを指摘しつつ、以上の〈老い衰えゆく身体を生きること〉を説明した(天田 2003:484-494/天田 2004a:59-66)。
【22】 アーレントを参照しながら提示されている「公共圏/親密圏」という構図において封印されてしまう「生命/生存の維持」という価値について論考したものとしては天田(2005)。
【23】 こうした《身体/生命の根源的な基底性》による《生の根源的肯定》が定位されることなしには以下のような問いについて論理内在的に回答することはできないだろう。たとえば、「自己決定はどのようにどの範囲において支持され得るのか?」「介入を認めるとすれば、誰による、どのような介入が認められるのか(少なくとも否定されることはないのか)?」「ただし、そうであっても、その介入する/しないの「線引き」はどのように考え得るのか?」「ある人たちへのケアが支持されるとしても、その営みはいかなる範囲において、どのような限界設定をし得るものであるのか?」等々。以上のような「問い=問題群」をどのように考えるかがまさに問われているのだ。なお、2006年5月13日(土)に開催された第32回日本保健医療社会学会大会 メインシンポジウム「病い・老い・トラウマを生きる――保健医療の対象者像(他者像)の再発見」では、「〈老い衰えゆく身体を生きる〉を記述することの困難」と題して、これらの私たちが今まさに問うべき幾つもの困難性について報告した。報告の抄録ならびにシンポジウムでの配布資料は筆者のホームページhttp://www.josukeamada.com/bk/bsp91.htmにて掲載をしている。
【24】 本稿で言及することが困難であった論点は天田(2007b/2007c)にて論じる予定である。

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立岩真也.2004.「社会的――言葉の誤用について」『社会学評論』219号(Vol.55, No.3).331-347.http://www.arsvi.com/0w/ts02/2004033.htm→立岩真也.2006.『希望について』青土社:256-281.に所収.
筒井康隆.2006.『銀嶺の果て』新潮社.

天田城介(josukeamada.com)著書・論文など