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| ■024■ 「『承認』の『ケアの物語』という陳腐さ・平板さ」 社会福祉法人京都市社会福祉協議会・京都市長寿すこやかセンター発行.『平成15年度 京都市高齢者介護等調査研究事業報告書』.P21〜P25.2004年3月. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2003.04 最終更新日:2004.06
【本文】(以下、あくまで「草稿」です)
「承認」の「ケアの物語」という陳腐さ・平板さ
●天田城介
1.真夏の夜の出来事
いつもよりも湿った感じのする自分の吐息にさえ苛立たしさを覚えた、そして首に纏わりついた汗が恐ろしく腹立たしく感じた蒸暑い真夏の夜の出来事である。
その日の夕方はまるで映画のワンシーンのように雷雨がけたたましく鳴り響き、強烈な豪雨が勤務先の病院に向おうとする私を押し返した。私は、諦めて無抵抗になるしかないことを知悉しながらも、空に向って眉根を寄せて、地団駄踏んで苛立ちを全身で示した。だが、やはり病院についた時にはズブ濡れになっており、地下更衣室のロッカーから着替えを取り出して手早く着替えて、何に対して呟いたのか分からぬような、さりとて自分に対してでもなかろう「このやろう!」という言葉を吐き出し、いつも通りに病棟に向った。
病棟は、予想していたように、病棟スタッフ全員が苛立ちを隠しきれずに、病棟全体の空気が淀み、険悪な雰囲気が漂っていた。だが、私も含めた病棟スタッフのこの苛立たしさ・腹立たしさの理由(原因)は特に見当たらなかったのだ。ここ1ヶ月は勤務体制が若干変わったために皆が極度の疲労状態にあったからとも言えるし、お盆休み明けでなかなか「仕事モード」に切り替えられない鬱積した感情ゆえにとも言えなくはないし、2週間前に脳腫瘍によって幼い命が奪われてしまったM君に対して自分たち病棟スタッフはいったい何ができただろうかという悲憤を感受していたからだとも言える。あるいは、真夏の蒸暑さ、雷雨の後のジットリとした空気が日常の歯車を狂わせたのかもしれない。
だが、よくよく考えてみると、極度の疲労状態にあれば必ずこうした状況になるとは限らないし、「仕事モード」への切り替えができぬ鬱積した感情の時には必然的にこうした状況になるとも言えぬし、M君への自責の念と恥の意識の感得が直接的な素因となってこうした険悪な雰囲気を作り出すとも限らない。ましてや、真夏の夜の蒸暑さ、雷雨の後のジットリとした空気であれば今日でなくとも夏の日常的な出来事である。では、なぜか?
結論から言うと、よく分からなかったのだ。なぜ故に、他ならぬこの夏の夜に、他ならぬこうした険悪の空気になり、その場にいた病棟スタッフ全員が苛立たしさ・腹立たしさを感受していたのかの明確な理由は探し出せなかったのである。更に不思議なことは、こうした病棟の淀みや歪、関係の齟齬や摩擦を私自身が雨に濡れながら予測していたことであり、そしてこうした状況にもかかわらず、私たち病棟スタッフは淡々と日常の業務をこなし、そして一見すると「解決」しなければならないように思えるこうした事態に対して病棟スタッフがある種の「心地よさ」を、つまりは「快」を感受していたことだ!
2.根拠なき不快と快
そしてその夜、それ以上に、全く不可思議な出来事に私は出遭うことになった。
夜中の2時を回った時、私は上述したような「憤懣やるかたない感情」と「根拠なき快」というアンビヴァレントな感情を心に同居させながら、汗みどろになって働いていた。その汗にさえもそうしたアンビヴァレントな感情を感じつつ、である。
その夜に一緒に入った夜勤の看護師と溜息をつきながら窓際で一服した後で、夜間のオムツ交換に出ると、「アルツハイマー型老年痴呆」と診断された70代の男性Kさんが厳(いか)めしい表情でこちらを睨みながら仁王立ちしていたのだ。どうやら私たちと同じように、普段は物静かで穏やかな性格のKさんもその夜は強烈な苛立ちとやるせない苦悶を感受していた。Kさんの苛立ちや苦悶の理由(原因)を私は頭をフル回転させてサーチした。
熟考。昨晩はよく睡眠をとっていたし、日勤の病棟スタッフともいつも通りに穏やかに会話していたと申し送りがあったので、誰かの、何かの一言によって触発された感情ではないようだ。入院して3週間経っているのでその苛立ちと葛藤か。あるいは、日々の病棟での生活であれこれの感情を鬱積した結果か。まさかこの真夏の夜の蒸暑さのせいか?
あれこれKさんと会話をしながら、Kさんの心境を考えあぐねた。Kさんは「俺はな、もう仕事に行かねえと母ちゃんと子ども食わしきんねぇんだよ。お前、代わりにやるんか」などと気を荒立てていたので、私は「そうか、Kさんは自分の世界の中で仕事に行こうとしているが、それが叶わぬ故に苛立っているんだな」などと勝手に考えて、こうした事態になると私たち病棟スタッフがよくやる「方法」で、すなわちKさんを大工の「親方」と見做して「親方、今日は見ての通り、ひどい雨です。明日に出直しましょう」と言って対処しようとした。だが、いつもであれば、この一言でKさんは「そっか、じゃぁ、明日にするか。お前、ちゃんと準備しとけよ」とブツブツ言いながら寝に入るのだが、その日は全く微動だにしなかった。私は「んにゃろ!」と心の中で呟きながら、必死になってKさんの一言一句、一挙手一投足からKさんの生きる〈世界〉を解釈し、それに相即するように立ち振る舞って、Kさんの〈世界〉に準拠した劇的空間を演出しようと試みた【1】。
だが、幾度繰り返しても、それは全くの徒労に終わった。そこに、こうした事態を見かねた同僚のベテラン看護師が不敵な笑みを浮かべつつ「おっ、若者(私のこと)。格闘しとるな!」などと言って、あいだを取り持ってくれようとした。私は「このベテラン看護師にかかれば、大概の痴呆のお年寄りも落ち着いて寝てくれる。これで安心だ!(私も仮眠がちょっとでも取れるかもしれない…)」と内心救われた思いでいた。
ところが、この看護師が「こういうのはあんたみたいに力を入れちゃダメなの!」と私にからかい交じりの冗談を言いながら、「おじいちゃん、私が分からないの〜」などと娘に扮して三文芝居を演じてもKさんは「お前は借金取りだろ!」と怒鳴り出してしまったので、いよいよ看護師が本気になって「Kさん、お願い。奥さんのためにもお家に帰ってあげて〜」という迫真の演技にもKさんは「俺は出て行くと決めたんだ!」と全く動じない。
この「百戦錬磨」のベテラン看護師でさえ、「ダメだ。今日は全くストーリーが読めない。体調も悪くないし、トイレも行っているし、お茶も飲んでいるしね」とお手上げだった。私たちはあれこれ理由(原因)を詮索したが、やはり決定的な要因は見当たらない。
二人ともお手上げ状態となり、白旗を上げた。看護スタッフとして情けないという自責の念と恥の意識が惹起したことに夕方から抱えていた苛立ち・腹立たしさが加わったためか、なぜか分からぬが、私とその看護スタッフは苦し紛れに頬をしごき、顔を歪ませた。私はその看護師の道化師のようになった顔に、看護師は私の皺くちゃになった顔に大笑いをし、ガッハッハと夜中の病棟にもかかわらず大笑いをして喜んでいた。
すると、何と驚くことに、Kさんまで高笑いをして笑い転げていたのだ。しかも、自分自身も頬をしごき、掌で顔を覆い尽くすような仕草をして、「こりゃ〜いい。お前たち、ひょうきんだな〜」などとゲラゲラ笑って自ら会話に入ってきたのである。私たちは文字通り「呆気(あっけ)」にとられながらも、調子に乗って「そうだね、面白いね。じゃぁ、親方、こんなのどう?」と言っては更に顔を歪ませて「ひょっとこ」と「おかめ」となると、今度は70代のKさんが自ら首に巻いていた汗ばんだタオルを頬被りし、「あ〜ら、えっさっさ〜」と「どじょうすくい」を始めたのだ! しかも、入院してからKさんはろくに髭を剃っておらず、まさに「どじょう髭」の風貌であったため、私たち三人は夜半の病棟であることも忘れてゲラゲラと大声で笑い続けた(が、すぐに他の患者さんから怒られた)【2】。
この一連の出来事の後、Kさんは「俺、もう寝るわ。あんたがたも早く寝ろ!」という言葉を残し、闇に消えていった。そして、私たちはシジフォスの岩の如き日常をいつもと同様にアンビヴァレントな感情を抱えつつ反復したのだ。苦渋と微笑を滲ませながら【3】。
3.自由の迷宮――忘却されてゆく出来事性
今もって、この不可思議な出来事の理由(原因)は私にとって「謎」のままである。全く解き明かすことができないでいる。いや、正面から解き明かす性質の出来事ではないのかもしれない。あれこれと「理由(原因)」を論おうとすればできないこともないが、何かの「理由(原因)」を言辞することはひどく陳腐で平板な「ケアの物語」に一連の出来事を回収してしまうことになるであろう。ある関係の帰結を特定の理由(原因)で語ってしまうこと、臨場感のある「ケアの物語」を語ってしまうことは空恐ろしい感じさえする【4】。
ここで少し迂回して、因果律と自由の関係から考えてみよう。ある出来事(現象)Xが原因a、原因b、原因c……によって決定されているとすれば、つまりはあらゆる出来事が「自然法則」に支配されているとすれば、その世界には「自由」の存在する余地はない。逆に、「自由意思」という意味での自由が存在するのであれば、その「自由」とは《因果性の系図(ネットワーク)》においては還元し尽くせない、規定し得ない不可知な特異点が存在する空間において存立することになる。すると、前者の「自然法則」から見出されるのは「原因」であり、後者の「自由意志」から見出されるのは「責任」となる。周知の通り、この両者のパラドックスをカントは「アンチノミー(二律背反)」して定式化した(天田 2004:254-255)。
さて、上記に接続する問題設定は2つある。一つは、“ある出来事Xの帰結を齎した原因をいかに特定するか”ということであり、もう一つは“いかなる出来事をXに定位させるか”という問題設定である。第一の問題設定の採用する「原因」→「出来事X(結果)」なる図式においては、ある特定の素因に還元すれば「原因α」によってある出来事は生起したとなるし、原因に還元し尽せない特異点を定位させれば「自由意志」(責任)となる。
例えば、厳めしい顔をして仁王たちしていたKさんに対する私とベテラン看護師の虚しき即興劇は徒労に終わった。こうした事態を「出来事X」として定位させると、その「うまくいかなかった原因」として、その時の私たちの状態のあれこれ(言動の拙さ、疲労、苛立ち・腹立たしさ、鬱積した感情、悲憤、真夏の夜の蒸暑さ等々)が、あるいはその時のKさんの状態のあれこれ(体調、気分、感情、真夏の夜の蒸暑さ等々)が照準化される。
あるいは、私たちとKさんが顔を歪ませて戯れ、三人で大声で笑い続けた事態を「出来事X」として定位させても同様である。今度はその「うまくいった原因」としてはその日その時の私たちの状態のあれこれが、あるいはその時のKさんの状態のあれこれが選定されるであろう。逆に、この「うまくいった出来事」がこうしたあれこれの原因に還元し尽くすことができないと想定すれば、私たちの「自由意志」による行為が、つまりは「自然法則」とは部分的に遮断されたと思えるような私たちの「自由意志」よって選択・決定された関係を紡ぎ出すための行為を定位することになる。
だが、あれこれと考えあぐねてもそれらしき「原因」も特定できず、さりとて自らの「自由意志」を介在させた行為は何ら行っていない。むろん、私たちが日常の中で予想可能な「原因」は限られているため、複雑に絡み合った全ての原因が(つまりは自然法則が)特定化できれば、こうした「うまくいかなかった原因」も「うまくいった原因」も選定できるという批判はあるだろう(決定論の立場)。だが、果たしてそうなのであろうか?
こうした決定論の立場、あるいは確率論のような《世界》を鳥瞰・観照する《神》の如き視線を採ることは、《世界》に内属する私たちにおいて本源的に挫折することを運命づけられている。《神》の視線を採ること、《神》の立場に立つことは根源的に不可能である。更には、そうした《神》の視線への錯視は〈自由〉を窒息させることにもなるのだ。
私たちの日々の営みを翻って考えてみよう。こうした決定論や確率論の立場からすれば「誤差」として理解されるケアの場における偶発的な出来事にこそ、いわばその「誤差」にこそ私たちは根拠なき「不快」と「快」のアンビヴァレントを感受していたのである【5】。では、世界に内属する私たちがある出来事を経験する時、「原因」が特定化できず、また「自由意志」を介在させたと感受できないことがままあるが、なぜそこにこそ根拠なき「不快」と「快」を感受してしまうのであろうか。この点は決定的に重要だ(次章で検討する)。
次いで、第二の「いかなる出来事をXに定位させるか」という問題設定を考察しよう。私は先に「出来事X」に「虚しき即興劇が徒労に終わった出来事」と「三人で大声で笑い続けた出来事」を定位させた。だが、帰結点である「出来事X」にこの2つを設定する根拠などない。いわば他の出来事でもあり得たにもかかわらず、「失敗例」と「成功例」を論ったのだ。だから、「帰結点」にその日のあれこれの出来事を当て嵌めることもできる。
@真夏の夜において病棟スタッフ全員が感受していた苛立たしさ・腹立たしさ
A病棟スタッフが苛立たしさ・腹立たしさを感受していることを当の私が予測していたこと
B病棟の淀みや歪、関係の齟齬や摩擦という事態に対して「不快」と「快」を感受していたこと
C私が即興劇的にKさんの世界を演出しようとしたことが全くの徒労に終わったこと【既述】
Dベテラン看護師がKさんの世界に準じて演出したこともまた徒労に終わったこと【既述】
E私とベテラン看護師が「お手上げ状態」となり、苦し紛れに顔をしごき、大笑いをしたこと
F私たちの言動を見ていたKさんが笑い転げ、自ら頬被りをして「どじょうすくい」をしたこと
Gそうした一連の言動を三人でゲラゲラと大声で笑い続けたこと【既述】
HKさんが寝に行った後、私たちはやはり「不快」と「快」を感受しつつ日常を反復したこと
思いつくところだけ挙げても上記9つの出来事を帰結点である「出来事X」に嵌入させることができる。だが、現在語られているのは、書かれているのは「成功例」が大半であり、それに若干の「失敗例」が加わる程度だ。だが、なぜ別様の物語が語られないのか?
実際に「出来事X」に@ABEF、そしてHを定位させると「物語」は全く別様な様相を呈する。例えば、Hを想定すれば、Gは「成功例」としてではなく、日々の日常のありふれた「細やかな出来事」として照射されることになる。言い換えれば、むしろその細やかな出来事こそシジフォスの岩の神話さながら日常の仕事の反復の中で感受している私たちの根拠なき「不快」と「快」をレイアウトとして逆照射することになるのだ。
にもかかわらず、なぜ故に私たちは「成功例」の「物語」として語ってしまうのか?
私たちは「出来事」を「物語」として語る。私たちは日々出来事を飼い馴らし、それを「過去」へと放擲することによって「記憶」へと変換し、その「記憶」を「想起」する営みを通じてある出来事を「物語」として語るのである(天田 2003:466)。だとすれば、私たちがGのような出来事を「美しき物語」に回収して「成功例」として過剰に語り、大量に消費するのは、逆に言えば日々の出来事に内在する「底のなさ」「途方もなさ」を忘却せずに「想起」することは根源的な苦痛の経験になることを意味しているのだ。このような出来事のもつ「底のなさ」「途方もなさ」を忘却することを通じて事後的に語られた「ケアの物語」は、その出来事性を徹底的に陳腐化・神話化していくのだ。あるいは、老い衰えゆく当事者やケア労働者が自己および他者の「肉体」に対して感受している「おぞましさ」「不気味さ」を陳腐で平板な「ケアの物語」に回収し、隠蔽化していくのである【6】。
この「想起」を媒介にした事後的な語りによって出来事の「底のなさ」「途方もなさ」は、あるいは「肉体」の「おぞましさ」「不気味さ」は「堕落」させられていく。だからこそ、「その人を受容する」「その人をそのまま承認する」「痴呆の世界を肯定する」といった類の「承認」や「肯定」を基調音とする陳腐な「ケアの物語」が夥しく産出されていき、その帰結として私たちの〈ケア〉の場における〈自由〉は切断・破壊されてしまうのだ!
4.根拠なき「不快」と「快」の感受――〈自由〉の根拠
先述したように、私たちは「原因」を掴むことができず、さりとて「自由意志」によって生起したと感受できない出来事を日々経験している。だが、なぜそうした出来事にこそ根拠なき「不快」と「快」を感受してしまうのであろうか。この点を最後に問うてみよう。
結論から言えば、一見すれば「無為」「無意」「無益」に思えるような日常の反復の営為の只中で私たちが感受している根拠なき「不快」と「快」の由来とは、私たちに制御・統制不可能な事態の只中にこそ、言い換えれば自らが本源的に受動的な存在であることを感受してしまう境遇においてこそ、「私はどうしようもなく私でしかないが、私はあなたであったかもしれない」という《根源的偶有性》が惹起されるのだ(大澤 2002/天田2004)。だからこそ、私たちは「私が私でしかないこと」と「私があなたであったかもしれないこと」それぞれに「不快」と「快」を感受するのである。この他者の「承認」や「肯定」とは無関係にともに・現に私たちは既に生き抜いているという、まさにこの事実性によって、私たちは「承認」の「ケアの物語」の陳腐さ・平板さ・傲慢さを痛烈に感応しているのだ。
【註】
【1】 拙著ではこうした劇的空間での演出実践を「即興劇モデル」と呼んでいる。そして、そうした「即興劇モデル」とは異なり、とりわけ他者を承認・肯定をせずにいる空間で、束の間ではありながら偶然の邂逅によって展開される演出実践を「群像劇モデル」と呼んでいる(天田 2004:189-249)。
【2】 村瀬孝生はある高齢者との関係が抜き差しならぬ状況に陥った時、「何か知らないけど、跳んだ。そうすると、(その高齢者も)一緒に跳び始めた」という偶発的な出来事を記している。そこでは「理屈はない」のであって、「とにかく跳ばなきゃと思って跳んだ」だけである。だが、一緒に跳んだらその高齢者が「とても生き生き」として「いい顔」になって、跳んだ後に「ありがとう」と声にした(村瀬 2001:145-146)。このような出来事を明示している点は示唆に富むが、村瀬はこの一連の出来事を、「一緒に跳ぶという行為が、エロス的関係を意味」していると解釈してしまっている。だが、こうした出来事を「エロス」という言語によって分節化することは、逆にそこに内在する根拠なき「不快」と「快」を、つまりは「肉体」の問題性を捨象してしまうことになる。むしろ「肉体」による原初的な「動物的自由」の水準から徹底的に照射すべきであろう。
【3】 このシジフォスの岩の如き日常の反復における苦悩と快楽の逸話は西川勝氏から示唆を受けた。
【4】 この「臨場感のある物語」への警鐘は痴呆介護研究会での浜田寿美男氏の発言から示唆を得た。
【5】 しかし、ここで私は決定論や確率論の無効性を主張しているのではない。むしろ、「何What?」の問いとの差分/差延によって「なぜWhy?」という砂を噛みしめるような感受性は惹起される。
【6】 恐らく、ケア労働者が出来事の「底のなさ」「途方もなさ」を忘却し、その出来事性の根源的起爆剤となっている「肉体」を隠蔽して、あれほど「陳腐で平板な物語」を消費し、愚直なほど「陳腐な物語」を産出してきたドライブとは、まさにその「おぞましさ」「不気味さ」ゆえに覆い尽くしてきた当の「肉体」であるように思う。とりわけ、ケア労働者は「専門性」に侵蝕された言語によってこうした「肉体」の根源的暴力性を「承認」「肯定」を基調音にした「陳腐で平板な物語」によって簒奪=奪取(アルロプリエート)されてきたのではないかと思う。こうした「肉体」の問題は別途発表する。
【文献】
天田城介.2003.『〈老い衰えゆくこと〉の社会学』多賀出版.
――――.2004.『老い衰えゆく自己の/と自由――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』ハーベスト社.
Levinas E..1963.Difficile liberte, essais sur le judaisme.Albin Michel.=内田樹訳.1985.『困難な自由』(抄訳)国文社.
村瀬孝生.2001.『おしっこの放物線――老いと折り合う居場所づくり』雲母書房.
大澤真幸.2002.『文明の内なる衝突─テロ後の世界を考える』日本放送出版協会.
【報告書全体の目次】
■はじめに 鷲田清一
■<対談> 老いはどこにあるか? 浜田寿美男+鷲田清一
■<論文> 家族変化のなかの高齢者と"尊厳"を守るケア 春日キスヨ
■<論文> 「承認」の「ケアの物語」という陳腐さ・平板さ 天田城介
■<論文> 「痴呆」とされる人たちの自己呈示と自己開示から考えるケア――ときひらくケア、くるみつつみこむケア、すごすケア 出口泰靖
■<研修報告> ケア環境を現場で考える――対話型研修の試み 堀江剛
■<施設探訪> むつき庵(排泄総合研究所)
■<鼎談> 環境でも関係でもない、ケアにおける「場」とは? 中岡成文+川本隆史+西川勝
■<インタビュー> 松尾信之さん(井伊掃部町デイサービスセンター)
■<インタビュー> 下永敦詞さん(介護老人保健施設 ニューライフガラシア)
■<書評> 『老いはこうしてつくられる こころとからだの加齢変化』正高信男著
■<書評> 『ケアリング』ヘルガ・クーゼ著
■<書評> 『介護問題の社会学』春日キスヨ著
■<書評> 『介護をこえて 高齢者の暮らしを支えるために』浜田きよ子著
■<書評> 『私は誰になっていくの? アルツハイマー病者からみた世界』クリスティーン・ボーデン著
■<書評> 『壊れた脳 生存する脳』山田規畝子著
■<書評> 『The Moral Challenge of Alzheimer Disease: Ethical Issues from Diagnosis to Dying (2nd ed.)』Stephen G. Post著
■あとがき 西川勝
【発行】
京都市
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【問い合わせ先】
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〒600ー8127
京都市下京区西木屋町通上ノ口上ル梅湊町83番地の1
電話 075-354−8731
FAX 075-354−8742
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