天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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「自己と自由――責任・制度・正義」
立教大学社会学部紀要.『応用社会学研究』第44号.P69〜P113.2002年3月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2001.12 最終更新日:2004.04


【全文】(以下、草稿です)

自己と自由
――責任・制度・正義――


Self and Liberty
――Responsibility, Institution, Justice――


 ●天田 城介
  Josuke Amada


他の人間の重みに耐えることで、自我は責任によって唯一性たるよう呼び求められる。自我の超‐個体化の本義は、みずからの皮膚のうちにあること、これです。ただしその際、自己のうちにあるようなすべての存在における「存在しようとする努力」が共有されることはありません。私は存在するものすべてに対して(al’egard de)あるのですが、それは私が存在するすべてのもののことを斟酌し、それらに敬意を払っている(par egard)からです。すべての存在を贖う私は、すべての他人を贖うことのできる一個の存在者ではありません。私の即自性が根源的な贖いなのであり、それは意志にもとづく発意に先立っているのです。自我に及ぼされる他人の支配力の重みが自我の唯一性であるかのようです。[Levinas E. 1993=1994:248/傍点引用文]


緒言
 我々は〈自由〉という、自己と社会を構想する際に立脚すべき畢竟なる準拠であるかのように見える/思える理念に関連する主題や課題に立ち向かおうとすると、しばしば為す術もなく立ち尽くしてしまい、ラビュリントスの神話さながら〈自由〉という名の迷宮へと幽閉されてしまう。こうして我々は〈自由〉を日常の中で明確に感得できないまま、〈自由〉を忘却してしまう。その一方で、我々は〈自由〉の理念に立脚することの不可避性を知悉しているが故に、いわば〈自由〉に取り憑かれてしまっている。この自由を感得困難なうちに忘却をするという営為と、自己制御困難なほど魅惑させられる営為の併存・並存という、この〈自由〉という理念に対するアンヴィバレンスとは一体何なのであろうか?
 こうしたアンヴィバレンスの思想的・社会的帰結として、我々は自らの遂行する行為や実践が〈自由〉へと(順接的/逆接的に)接続しているかどうかさえ確定不可能となる。そしてこう問い質す。〈自由〉が完全に達成された社会とは、我々の到達すべき究竟の大地なのだろうか? それともそれは単に完全な自由な社会=畢竟世界を理想化/創出することで、ファントムとしての「不自由な社会」を常に幻視させるものであるのか、と。またこうも問うだろう。20世紀末期における「冷戦の終結」によって証明されたはずの自由の優位性とはいかなる〈自由〉の内実であったのか、そして現代社会における〈自由〉とはなかば〈自由〉を自己裂壊させるような機制を孕む理念ではないのか、そうであるとすれば、〈自由〉と〈社会〉の関係はいかなる構図として描出でき、〈正義〉はいかにして定位可能なのか、〈自由な社会〉における倫理的根拠とは一体いかなるものであるのか、と。
 本稿では、自己をめぐる自由に照準した上で、〈自由〉の倫理的根拠を、〈他者〉を参照衝軸とした狂気の上演を随伴する〈正義〉の訴求の空間からの転移することで定位する。

1.〈自由〉の/という空間
(1)リベラリズムの思想と根拠
 今日の我々にとって、リベラリズムに立脚せずしては自己や社会についてもはや何も語れないほど、リベラリズムの優位は確固たるものとして感受されている【1】。このリベラリズムの優位に対する我々の感受を否定しようのない事態として現出させたのは、言うまでもなく1989年の「冷戦の終結」である。その意味でも89年のベルリンの壁の崩壊は決定的出来事であった――実際「冷戦の崩壊」は二重三重の意味で歴史的・社会的な分水嶺であったと同時に、思想上の転回のメルクマールであったと言える。
 冷戦後の現代社会にあっては、「共産主義に対する共通の闘争において創出された統一性が失われ、「友/敵」の境界線が、旧来の種々の敵対関係――エスニック集団、民族、宗教、その他の契機に基づく対立――の復興と結合して、夥しい数の新しい形態を取り始めている」。また同時にそれまで民主主義それ自体のアイデンティティは「他者なる」共産主義の存在に大幅に依存してきたが、「その敵が敗北を喫すると、今度は民主主義の意味それ自体がかすんでしまい、新しいフロンティアの創出によって、民主主義を再定義していく必要が生じた」[Mouffe 1993=1998:6]のである。すなわち、他者=敵なる共産主義が「敗北」した現在では、自由民主主義体制のイデオロギー的根拠であるリベラリズムは自ら存在証明しなければならない。言うなれば、現代は「リベラリズムの存在証明」[稲葉 1999]が根底から/徹底的に(ラディカルに)問い質される時代なのだ。
 上記のようにC.ムフが指摘する通り、我々のアイデンティティはしばしば「我々/彼ら」ないし「友/敵」という分節/節合化(アーティキュレーション)を通じて作り出されているのだが、冷戦後の今日ではこの「友=リベラリズム/敵=コミュニズム」(あるいはその逆)という図式が完全に失効化されるために、人々はこの図式での分節/節合化(アーティキュレーション)の実践を通じて自己アイデンティティを保持することは極めて困難となる同時に、リベラリズムなりコミュニズムのイデオロギーの〈同一性(アイデンティティ)〉の仮構性が担保されることもまた不可能となる【2】。特にコミュニズムの陣営は、それまでは社会主義体制が現に存在しているという事実性によって何とか偽装し得たコミュニズムの可能性(への虚構)を担保することが完全に不可能となったため尚更である【3】。従って、我々はもはや〈自由〉の理念に立脚せずして自己や社会の構想について語ることはできなくなった(=自由の優位性)と同時に、〈自由〉の根拠や論理的帰結を徹底して問い直さなければならない(=自由の存在証明)時代に在するのだ。

【1】〈自由〉の迷宮――〈因果性の系図〉
 ところで、〈自由〉とは一体いかなるものであろうか? 自由こそは最大の謎である。
 我々の世界は因果の絡み合い/網の目に覆い尽くされているように思える。実際、ある行為Xは原因a、原因b、原因c……(無限の原因)によって規定されていると我々は日常において思っている。まさにカントが『純粋理性批判』において問題にした自由はこうした現象の因果性において現出する自由である。「現象の因果性について普遍的な認識が可能になるのは、物理学などに明らかにされる自然法則が存在するからである。このとき、すべての現象が先見的な自然法則に支配されているならば、その世界に自由の存在する余地がないことになる。逆に、世界に自由な原因が存在するならば、自然法則に支配されていない現象を認めることになる」[数土 2000:82]。このように考えると、「自由な選択」という意味での〈自由〉とは、この《因果性の系図》では包囲尽くせない、ないし部分的に遮断されていると思える錯視に他ならない。換言すれば、この《因果性の系図》においては還元し尽せない、規定し得ない不可知な特異点が存在する空間において〈自由〉は存立するということになる。
 カントは、「自由意志は存在するか」という問題は正命題=「自然法則にのみ原因は還元できない。自由による原因性も想定する必要がある」も、反命題=「自由はない。世界における一切は自然法則によってのみ生起する」のいずれの命題も論理的には一貫しており、一方の命題が他方を棄却/否定することは不可能であると論証し、この決定不可能なパラドックスをアンチノミー(二律背反)として定式化した[Kant 1781=1961-1962]。
 すると、「前者の命題に立脚するとき、見出されなくてはならないことは、「原因」である。後者の命題に導かれて見出されるべきは、「責任」である。原因の論理と責任の論理はお互いに矛盾するが、にもかかわらず、両者はともに維持されなくてはならない。これがカントの結論である」[大澤 2000a:159]。
 したがって、《因果系の系図》のなかで生きる我々とは、「原因」の論理と「責任」の論理が両立しながらも、互いに他方を棄却/否定することが困難となる決定不可能なパラドックスを痛烈に感受しつつ、「原因」と「責任」の決定不可能性に呪縛されてしまうが故に、やはり〈自由〉を感得できない、そんな時代を生きているのではないか。

【2】自由の根拠――ロールズ『正義論』
 すでに人口に膾炙した知見ではあるが、ロールズは「最大多数の最大幸福」の標語に集約される功利主義的正義論の克服を目指し、正義の二原理を提示した[Rauls 1971=1979]。このロールズの正義の二原理は、彼が自ら「原初状態original position」――後述するように、これは社会契約論が「自然状態」と呼ぶ状態に対応する。その意味でロールズの正義論は社会契約論を現代に即応させて再構成した理論とも言える――と名づけた虚構の仮設を初期値として推論し、その必然的帰結として説明される。「原初状態」とは、第一に合理的な人々が社会についての情報は知りながらも、それぞれの社会の中で占めることになる位置に関する情報を欠如した「無知のヴェールveil of ignorance」の条件があって、第二にそこでは人々による相互の利害関心や欲望は無化されているが人々は合理的に判断するという仮定のもとで営為されるであろう、全員参加の「討議の場(アリーナ)」を指示している。
 正義の二原理は、この原初状態における全員参加の「討議の場」で採択されるであろう――この点において正義の二原理は正当化され、ロールズは自らの正義論を、ルールをフェア・ゲームのもとで採択することがルールの正義性を保障するという想定によって「公正としての正義(justice as fairness)」[Rauls 1957+=1979]と名づけているのだ。
 では、原初状態における討議で採択されるのは何か。まず、社会内のどのような位置を占めるか知らないが、望ましい生を享受するために必要な最低限の自由を平等に配分することが妥当であるということについて、全員一致の「合意」に達するであろうと推論する。
 したがって、第一原理として、「広範かつ基本的な諸自由の権利を、他者の同様な自由と両立し得る限り、言い換えれば他者の同様な自由を侵害しない限りにおいて、全成員が平等に、最大限享受することを保障する」が採用される。しかし、こうした平等が与えられても、その結果として不平等が生じることは不可避である。そこで、次の諸条件を満たす限りでのみ社会・経済的な不平等が許容されるということについて、またもや全員一致の「合意」に達するであろうと推論する。第二原理ではその諸条件の不平等の容認の範囲が指定されており、第二原理は(a)公正な機会均等原理と(b)格差原理から構成される。
(a)公正な機会均等という条件から帰結した不平等であれば許容される。
(b)最も不利な地位にある人々の便益を最大化するような不平等であれば許容される。

 手放しの不平等はとうてい容認し難いが、全員とも公正な競争を望むであろうから、まずは(a)が採用される。しかし、「無知のヴェール」で覆われた諸個人は、競争の結果として自分が最小の利益しか得られないような最下位の立場を占めてしまうかもしれない危険性を合理的に判断するであろうから、結局、(b)が採用される。
 上記の第一原理は第二原理に(第一優先ルール)、第二原理は効率原理・功利原理に優先し、第二原理の中では機会均等原理が格差原理に優先する(第二優先ルール)。すなわち、平等に対する自由の優位性と機会均等原理の他の価値に対する優位性が提唱されている。
 ロールズの正義論の特徴は、第一に、自由は社会の多様なあり方を通覧/鳥瞰し得るような、究極の(超越的な)メタ的な視点から正当化されており、第二に、このことは可能な社会のいずれをも採択し得るような究極の自由を前提した上で自由を擁護したことになるという想定であること、この2点である[大澤 1998:74]。この究極のメタ的視点からの自由の原理の徹底的な普遍化こそ彼の理論の枢要であるのだ。
 ところが、(後述するためここでは仔細には触れないが)90年代に入ると、その普遍的な原理の樹立の不可能性が明らかになる――無論、その以前から指摘・批判されてきたことであるから、より顕在化したと言うべきだが。そこで、ロールズは近代の原理を歴史的な蓄積に裏打ちされた事実性によって導出するという論理へと方向転換し、そこでの概念がいわゆる「重なり合う合意overlapping consensus」として提示される。ここにロールズのプラグマティズム的転回があり、その立論はR.ローティに近接することとなる。

【3】自由の純化――リバタリアニズム
 「最大多数の最大幸福」の標語に集約される功利主義もロールズも配分の正義に対する解を希求したため、正義の実現可能性(feasibility)の宛先として想定されるのは国家である。要するに「国家は正義のために何をなすべきか」が問いの根底にある。
 それに対して「国家はいかにあるべきなのか、そもそも国家は必要であるなのか」とリバタリアニズムは問う。その首領とも言えるノージックは、(自ら想定する)自由を至上価値とし、国家による自由の制限がどこまで許容され得るのかという問題提起から、「最小国家論」を展開する[Nozick 1974]。その意味で、18世紀的意味での自由主義(自由放任主義)を徹底的に純化させようとしているのはリバタリアニズムであると言ってよい【4】
 ノージックは、道徳的に正当化されうる国家を演繹し、唯一正当性を有する国家は「最小国家minimal state」と結論する。最小国家論は、仮想的な原初の「自然状態」から国家が自生的に成立し得る制度として最小国家を説明し、正当化可能な国家の機能の範囲を特定化する――最小国家の存在する状態が最も自然状態を回避しつつ、個人の自由を擁護すると推論される。国家の存立は、自然権を遵守しようとする個人の営為の結果、自生的に発生したものであるため、正当性を有するが(アナキズムの否定)、国家機能は所得の権利を侵害してはならないとされる。正当化されるのは、暴力・詐欺からの保護と契約の履行の強制のみをその機能として限定された最小国家――つまり夜警国家である――である。ロールズや功利主義者が解を求めた配分の問題に対するノージックの回答は、所有権を基礎づける権限理論(取得原理・移転原理・矯正原理により構成)によってのみ与えられる。このように、正当性の根拠を自由の理念に完全に純粋化した理論は、財に対する権限がいかなる状況で主張し得るかということを規定する原理に帰着することが可能となるのだ。
 最小国家は原初の「自然状態」から当然に発生し得る制度として説明され、最小国家の存在している状態は「自然状態」に比してより自由に適うとされるのだ。こうした最小国家論でのノージックの「自然状態」の初期設定は、後で見るように、社会契約論の伝統の中ではホッブスのそれよりもロックのそれに近い。すなわち、自然状態においても、人々は、完全な戦争状態(万人の万人に対する戦争)に陥ることなく、最小限の規範的な制約下で行動するということが前提にされている。大澤の指摘の通り、ロールズとノージックの議論の相違は、「原初状態」(ロールズ)と「自然状態」(ノージック)の性格の差異の中に最も顕著に現われていると言えよう。ロールズが想定している個人は、あらゆる欲望や利害から解放/消去されているが故に、財の所有からも解放されている純粋に形式的な主体である。それはカントの超越論的な統覚を連想させる。それに対して、ノージックが前提にするのは欲望や利害を抱き、既に何らかの財を所有している、経験的な内容を帯びた主体である[大澤 2000b:177-179]。ノージックのロールズ批判の一つはここである【5】
 したがって、ノージックの自由の根拠は、実質的にはロック以来の私的所有を前提にする議論と根底の部分で通底しており、それらでは「自由」が「私的所有」――「私が私の働きの結果を私のものにする」[立岩 1997:3]――と近似値として扱われる。「所有」がいわば包括的な制御可能性を意味するのであれば、あるものに対して私のみに限定された、包括的な制御可能性が承認されているような対象こそが、「私的所有」の対象となる。つまり、私的所有とは、そのものを他者に使用・処分させず、私(だけ)が自由に(=意のままに)扱ってもよいという規則・規範の上に成立する概念なのである。それ故に、私的所有の領域の確定/境界づけによって、他者に無断で使用・処分することが許可されない範囲が確定し、またそのことによって自由の領域が決定されるのである[立岩 1997:10-13]。

【4】自由と社会――社会契約論
 社会契約論は、社会の成立を導くものとして原初的な契約が存在することを仮定した点で共通するが、その代表格であるホッブス、ロック、ルソーの議論はそれぞれ異なる。
 ホッブスは『リヴァイアサン』で社会が成立する以前の「自然状態」における「万人の万人に対する戦争」という危険な状態から、契約によって社会が成立する、安全な状態(コモンウェルス)へと移行/変転することを主張した[Hobbs 1651=1979]。人々が誰にとっても超越的に現出する権力に服従することでコモンウェルスは成立するが、それは人々がその共通の権力によって自身の〈安全性〉を保障されるからである。換言すれば、人々は契約によって自らの自由を自身の意思によって放棄するということを示しており、自然状態における「自由」は、社会が成立した後に制限される。こうした人々の自由であることの断念=契約を通じて産出されると同時に、個人に対する超越性とそれ自体として自律性を有した表象こそ、リヴァイアサンなのである。ここで重要な点は、ホッブスの自然状態の仮定が「妥当なもの」に思えてしまうのは、それが我々の常識に照応しているからであり、その意味で「ホッブス問題」とは「自由がある」ことと「社会がある」ことの対立関係、端的に言及すれば、〈自由〉と(社会)の逆接性の論理の解読という課題なのである。
 一方、ロックは自然状態と戦争状態を区別した上で、自然状態においても自然法によって各人の自由が相互調整されているが故に、自然状態を望ましい肯定的な状態と捉えた。ところが、自然状態の下では、各人が平等に自由であり、従って各人の判断で自然法に従い、解釈し、その執行も当事者である者に委ねるほかはない。そうなると、法の普遍性・中立性は確保されず、各人の法の恣意的な判断によって個別的な事態が適応されてしまう危険性が生起する。自然法の解釈及び執行の客観性・中立性を公正に遵守するためには「行為者の誰によっても等しく従われる客観的・中立的な調整機関が必要となる」[数土 2000:9]。すなわち、契約によって自然法を執行する権限をそうした調整機関に委譲する必要性、これこそがロックにとって社会が成立する条件である[Locke 1690=1980]。
 しかし、このことはロックの社会契約論が〈自由〉と〈社会〉の両立し得る理論を提示していることを意味しない。ロックは実は自然状態の中にも社会的なるものの存在を仮定/外挿してしまっており、そこから社会を説明するという論点先取を行っているのである。したがって「ロックは、ホッブスが問題としたことを自然法の概念を導入することで単に隠蔽したに過ぎない。ここでは、「自由である」ことと「社会がある」こととの関係が孕んでいた重要な困難が単に隠蔽されることで、表層的には「自由である」ことと「社会がある」こととが両立するような議論になっているに過ぎないのである」[数土 2000:11]。
 ちなみに、(これは後に詳述するので簡単に触れるに留めるが)ロックは、労働の結果(生産されたもの)が労働した者の所有に帰属するとし、その根拠として、労働する身体が労働した者の所属すること、諸個人の身体の所有こそは疑いようのない事実であることを自明の前提として主張する。すなわち、身体の私的所有[前提]→労働の結果(=生産されたもの)の私的所有[主張]を逆立させる形で正当化の根拠としたのである。ここでは私的所有=自由の究極的根拠は身体の自己所有ということにある。結論から言えば、こうしたロックの「私的所有」の根拠は実はホッブスが問題にした〈自由〉と〈社会〉の逆接性を隠蔽化したから可能となっているのである【6】
 最後に、ルソーは『社会契約論』において自然状態を数段階に区分・分割した上で、諸個人の原初的孤立状態から集団による農地の共同運営、更に土地所有によって不平等が生じると論じ、これを解消するために諸個人は共同した理性として〈一般意思〉を形成し、お互いに主権者として立ち振る舞うようになると指摘する。ルソーにとって「自由」とは、「自然的自由」「市民的自由」「精神の自由」に分類され、人間は社会契約を結ぶことで自然状態から社会状態へ移行する。その時、人間は本能や欲望に突き動かされて所有したいと思う一切のものへの無制限の権利である「自然的自由」を喪失するが、逆に一般意思に制約される「市民的自由」を獲得する。と同時に、人間は社会状態において「人間をして自らのまことの主人たらしめる唯一のもの」として「精神の自由」を取得する――この「精神の自由」こそ欲望に従属する奴隷の境地から人間を解放するとともに、人間精神に道徳性と理性と義務感を与えるエートスとなる。また、国家は主権者である人民の事務代行機構に過ぎず、人間の一般意思による民主主義の実現を称揚した[Rousseau 1792=1954]。
 ルソーにとって、契約によって「自然的自由」は喪失するが、それは同時に一般意思に制約される「市民的自由」の獲得でもあり、また「精神の自由」の取得を通じた、欲望に従属する奴隷の境地からの解放の契機でもある。ここでは、一方で〈自由〉と〈社会〉の逆接性は保持されつつ(=「自然的自由」の喪失)、他方で〈自由〉と〈社会〉の両立性も担保される(=「市民的自由」「精神の自由」の取得)論理構成となっているのだ【7】

【5】《因果性の系図》の端点の定位――〈所有/支配〉への結合化
 数土が指摘するように、カントは2つの自由について提起しており、「一つは、主として『純粋理性批判』で問題にされる先験的理念としての自由である。そして、もう一つは主として『実践理性批判』で問題にされる自律としての自由である」[数土 2000:95]。そしてこの後者の自律を定式化する中で、カントは、実践理性の公準を推論しようと試み、「一切の内容的な善を偶有的なものとして排除した上で、最高善を純粋に形式的なものとして提出してみせる。偶有的な善の排除は、諸個人が有する欲望や利害関心を消去することである。無知のヴェールは、ちょうどこの排除の操作に相当する。無知のヴェールを被せるということは、個人が社会(システム)の中で何者として存在しているのかということ、したがって何を欲望し、何に利害を覚えるかということを、偶有的なことがらとして消去することだからだ」[大澤 2000:158]。
 ここでカントが《因果性の系図》でのアンチノミーとして問題化したことと、後者の排除/消去の操作によって導出された自由の定式化は、実はロールズの理論を緻密に考究する上で決定的に重要である。なぜなら、ロールズはカントの排除/消去の操作と同様の「無知のヴェール」によって「原初状態」を想定した上で「正義の二原理」を定式化し、その二原理によって導出された〈自由〉を《因果性の系図》に重畳化させるのである。すると、カントにとって根源的にアンチノミーであったはずの《因果性の系図》から諸個人が切り離され、「私的所有」を自由の根拠とする諸個人が離床することになるのである。
 だから、「私が作ったものは私のものだ!」という主張も、それに対する「みんな自分一人で作り上げたものだなんて思うなよ!」という反論も、「原因であることによって支配しようとする点で同じ」[立岩 2001a:72]であり、《因果性の系図》の端点(あるいは束)をどこに定位させ、その定位点と結果(=生産されたもの)の所有/支配を短絡的に結合するという点で全く同じ「土俵」の上で勝負しているのである――後で指摘する通り、この「土俵」=《因果性の系図》自体を懐疑し、徹底的に論理的に思考することが大切だ。

(2)リベラリズムの定位する空間
 H.L.A.ハートは、2つの自由が競合/矛盾する時、どちらの自由がより優先されるか、基本的であるかは決定不可能であるとロールズを批判した[Hardt 1962=1987]。例えば、自由aと自由bが相互に競合し合う場面で、どちらの自由を採用する方法はア・プリオリには存在しない。故に、自由aが自由bよりも基本的であると採用されるためには、人間は予め特定の価値や利害にコミットメントしていなければ為しえない。すなわち、「無知のヴェール」を覆っている条件下では、平等に保障すべき自由が何であるのかを決定することが不可能であるということなのだ。換言すれば、ロールズ流の究極のメタ的視点から普遍化された自由の原理に先立って価値へのコミットメントが存在するということであり、それは逆に言うと、「普遍的な自由の原理」の樹立の不可能性を含意しているのである。
 ロールズの「無知のヴェール」の仮定に端的に見られるように、リベラリズムの理論の枢要は、まさに諸個人の差異に対する無関心、あるいは差異の通約/抹消を通じて――いわば個々の差異に対してはなかば「暴力的」に――、普遍的な自由の原理を打ち立てた点にあるのだが、ここでは価値へのコミットメントが自由の原理に先行すると指摘される。つまり、ロールズの「原初状態」という初期設定は成立不可能であるという批判である。

【1】リベラリズムとの「奇妙な関係」
 この「原初状態」という初期設定自体が成立不可能であるという批判は繰り返し指摘されてきたが、以下ではフェミニズムとの関係を論考することでより明確化しておく。
 岡野は、リベラリズムとフェミニズムを相容れない思想としているのは「何か」を問いの出発点とし、リベラリズムが想定する政治の特徴が「配分される財と権力配分ゲームの領域が予め決定され、その枠内で理解を追求しあう」というものである限り、性の商品化やセクハラ議論において問題となっている「何を権利と考えたらよいのか」という新しい権利の創出についてリベラリズムは語ることができないと言う【8】――なぜなら、リベラリズムは現行の権利体系を前提としてのみ語ることができるからである[岡野 2001b:7]。
 しかし、その上で岡野はこう問う。「リベラリズムこそが、「権利」を創出したのではなかったのか、と」[岡野 2001b:8]。そうした問いから、むしろリベラリズムの思想における「批判力」の源泉を抽出することを試み、「経験的社会に先立ち、ひとは何よりも自由である〈べき〉だ」と主張すること、そして「道徳的人格」こそ「価値の源泉」であるが故に、道徳的人格を平等に尊重するという価値に立脚して「わたしたち一人ひとりが道徳的共同体に属しているということをまずは承認しあう〈べき〉だ」という道徳的要請を行うことで、リベラリズムは現実社会への批判力を保持し、変革を促してきたと指摘する。
 従って、ロックやルソーがまさにそうであったように、「リベラリズムの批判力は、現実の生から自由の価値を導きだすのではなく、まさに現実の生、経験的生とは異なる世界――たとえば、カントであれば叡智界――を想定することで、ひとのある〈べき〉姿を導き出す点にある」[岡野 2001b:10/傍点引用者]――そしてこの「批判力」はフェミニズムと何ら抵触しない、と岡野は言う。
 むしろ「リベラリズムとフェミニズムのあいだに緊張や乖離が生まれるとすれば、それは、道徳的共同体には全ての人が属す〈べき〉である、と想定したのち、…そこから現実世界のなかでいかなる自己と社会を構想するのか、この点に大きな違いが存在するからである」[岡野 2001b:13]。では、リベラリズムの自己と社会の構想とはどのようなものか。
 リベラリズムは、「社会に位置づけられる以前の道徳的人格は、自らにとって何が善きことか合理的に計算でき、選択でき、さらには他の人格とのあいだに契約を結ぶ潜在能力capacityを持っていると想定」し(=@個人主義)、その潜在能力は「社会においていかなる具体的なembodied位置を占めているかには左右されない」【9】。こうした論理的帰結として、「前社会的な人格の性格から、具体的な社会における諸個人の自由はなによりも、自らの意思に従い行為することを妨げられないといった消極的自由として保障される」ため、「個人が誰からも邪魔されずにその潜在能力を発揮できる場としての私的領域と、具体的な権利・利害関係・ニーズの個々の主張を間人格的関係性の中で調整し、私的な個人が潜在能力をよりよく発揮するための条件づくりをしていかなければならない公的領域とをはっきり区別する」(=A公/私二元論)。その結果、「個人は、私的な領域において自らの幸福/善/生の目的を追求すると考えられ、その内容については強制的権力を行使する国家は関知せず、諸々の善については中立でなければならず、もっぱら公的領域における公正さを心がけることが政治の関心となる」(=B公的領域における権力ゲーム)。また「社会に入る以前のすべての個人が同じ潜在能力を持っているとすれば、同じ条件を与えさえすれば、それ以降の結果の相違はなによりも、個人のその後の選択・選好・能力(努力)の結果」として解釈されるが「既存の社会制度がそのような平等な条件を整備していない場合には、つねに諸条件の改革が必要となる」(=C改良主義)が、平等な機会均等の条件の下での結果の相違は問題とされない[岡野 2001b:15-16]。
 決定的に重要な点は、リベラリズムが社会構想する上で諸個人が「平等な自由」を享受す〈べき〉であると主張するならば、実際に具体的な個人が(常に既に)置かれている立場あるいは「身体に関わる諸々の内的・外的条件」の多様性に配慮せざるを得ないのだが、「リベラリズムにおいて、「自然における」相違の不平等は政治が介入し是正しなければならない社会的不平等とはいえない」。「社会が作り出した不平等」は「社会的不正義」であるから政治的介入によってその不平等を是正するが、「自然における不平等」は彼女の「不運」として片付けられてしまう。にもかかわらず、リベラリストは言う。それでもなお、彼女は、平等な自由を享受している〈はず〉である、と[岡野 2001b:18-19]。
 ここにこそリベラリズムの「批判力」の源泉、つまり道徳的共同体にあらゆる人が属している〈べき〉だ、という非常にラディカルな主張が、現実の自己と社会構想する段階において、現状維持に荷担してしまう反転の論理を確認できる。リベラリズムが現状維持へと反転してしまうのは「身体に関わる諸々の外的・内的条件をまったく考慮することなく、「一糸まとわぬ自由な意思」に対して、非常に単純な、形式的な機会の平等を確保することによって、平等で自由な主体が存在し得ると考えるからなのだ」[岡野 2001b:20-21]。
 上記に加えて、リベラリズムが現実の自己と社会構想する際に帰結してしまうもう一つの問題がある。リベラリズムは諸個人が抱く生の構想は、それぞれに共約不可能であり、誰もいかなる構想がより優れているかを判断できないという信念を基盤とするため、その選択が善かどうかに関係なく「選択の結果」は尊重されるべきだという論理へと帰着する。
 サンデルが指摘するように、同性愛カップルの関係を法律上正当化するリベラルな言説に見られるのは、同性愛者間の関係は異性愛者間の関係と等しい価値があるから、ではなく、「選択の結果」としてのみ正当化されるのである[Sandel 1989=1999:537]――もっと言えば「同性愛そのものが卑しいにもかかわらず、それが個人の選択である限りにおいて許される」のだ。こうした事態においてもリベラリズムは中立性の要請に従って「生の構想の内容」に関与せず、リベラリズムの前提である「諸個人の善/生の構想の優劣は判断できないしするべきでもない」という信念と、現実のマジョリティの独善性を放置してしまっているという矛盾を覆い隠してしまう。その結果、リベラリズムは変革と革新の思想ではなく、マジョリティの人々の善を正当化し温存すると同時に、マイノリティの人々に対する尊厳は「選択の自由」のみに根拠を求められ、そのことによってまたマジョリティからのマイノリティへの差別や抑圧を温存し、再生産する思想と転化してしまう。このように、リベラリズムの思想は時としてマイノリティに対する差別や抑圧の温存/再生産の論理へと変転してしまうのだ[岡野 2001b:22-23]。
 この岡野論文に対して江原は、リベラリズムと同様の反転の論理をフェミニズムが必然づけられていないとも言えないと指摘し、「いかに多様性に注意を払いつつも、現実世界の中の「身体の外的・内的条件」を考慮しようとすることは、結局のところ特定の「身体の外的・内的条件」を前提にすることになってしまう」。その時、「それでもなお私は自由である(べき)だ」という批判力によって、批判されるべきなのは、フェミニズム自体ということになるのではないか」[江原 2001b:193]と的確かつ見事な指摘をする。
 フェミニズムは、「自由な個人」を前提にしたリベラリズムと同様の主張を行ってきたが、まさにその過程において「既存のリベラリズムの論理が「男性中心主義」という「暗黙の価値前提」を伴っていること」を告発してきた。しかし、この告発に基づく主張は、思想の中に「性別」というカテゴリーを持ち込むことになりがちであり、その性別カテゴリーによって多様な他者の差異を抑圧しかねない可能性がある。すると、やはりフェミニズムの主張もリベラリズムによってその他者抑圧の危険性を批判されることになり、「批判される立場が最後には批判する立場を飲み込み、批判する立場が最後には批判される立場によって飲み込まれるような、奇妙な関係」[江原 2001b:182]が成立することになる【10】
 この「奇妙な関係」はリベラリズムとフェミニズムの関係にのみ限定されるものではない。あらゆる思想や理論も同様に、リベラリズムの「暗黙の価値前提」を批判していたはずが、いつのまにか、リベラリズムの側から自身の思想や理論に孕む「暗黙の価値前提」を批判・告発されるというように、常に批判や告発は自らに回帰/帰還してしまう!
 逆に言えば、リベラリズムを中軸として、それぞれに回帰/帰還してしまう「批判・告発のゲーム」が継続されている事態こそが、現代がリベラリズムに立脚せずして自己や社会の構想について何も語れないことを証明しているともいえるのだ。

【2】別様なるリベラリズムの主張
 テイラーは、リベラリズムが想定するアトミズムを批判し、サンデルと同様に、同性愛者の権利や尊厳が認められるのは「同性愛者の選択が異性愛者の選択と同様に価値がある」からではなく、「選択の自由」としてのみ正当化されていることを告発した。テイラーによれば、リベラリズムは自らの価値や倫理的根拠を「自己破壊」しており、諸個人が自分にとって価値があると思われる選択をする根拠を、選択者の主観にのみ帰属させてしまうからであると指摘する[Taylor 1991]。
 テイラーにとって諸個人のアイデンティティは、本質主義的に固定化され、安易に同定可能となるものではなく、むしろその複数性を基盤としたダイナミズムを孕んだ地平(horizon)として理解される。すなわち、アイデンティティとは、善や価値、あるいは何かに賛同/反対するかを自らで決定=選択できる包括的地平であり、そこで諸個人は参与や自己同定によってその都度自らを作り上げてゆくことに他ならない。そして、「本来性の倫理ethics of authenticity」とは、個人主義とロマン主義を同時に継承する形で認識されるように至った倫理であり、諸個人が自らのアイデンティティを十全に表現し、それが承認されるための倫理である[Taylor 1991:25-28]。
 従って、選択者の主観にのみ帰属させてしまうリベラリズムの態度は、諸個人のアイデンティティを否定してしまい、諸個人の選択は意味を喪失してしまうのである。言い換えれば、選択を主観に帰属させてしまうリベラリズムの営為は、選択されるものの価値の云々ではなく、「選択された」という事実それ自体に価値を見出そうとするために、「選択されるもの」の価値を否定してしまうのだ。そして、選択されたもののある社会における価値が否定されるならば、結果として、それを選択したことに密接に関わる選択者のアイデンティティさえも否定化/空虚化されることになってしまうと批判するのである【11】
 ここで重要な点は、テイラーが多文化主義を、もう一つのリベラリズムとして主張しているという点である。テイラーは、先の「本来性の倫理」に照応させて、ある共同体が、広範に共有された集団的アイデンティティや文化を有している(と思われる)時、ある特定の共同体の目標を促進するような政策的な効果をもたらす特権や権力がその共同体に付与されていたとしても、それはリベラリズムと何ら抵触しないと言う。実際、テイラーはケベック州住民としてカナダの多文化主義を積極的に訴えており、ケベック州の文化の特殊性を保存/創出することを目的に教育の場においてケベックで使用されるフランス語を使用することを強制したとしても、必ずしも反リベラリズム的とは言えないと述べる。しかし、多くのリベラリストはテイラーのこうした主張を容認しない。なぜなら、「特定の文化の保護や育成を共同の政策的な目標とするということは、特定の宗教を強制するのと同じように、自由主義の原理に抵触するとみなされるからである」。テイラーがロールズ流のリベラリズムよりも自らのリベラリズムの優越を強調するのは、「ロールズの原初状態の想定は真に中立的な合意の選択を為し得る人々を想定し得るものであるのか、いやむしろ、こうした中立性自体が、特定の文化の、たとえば西欧の文化の偽装された姿なのではないか?」という疑義があるからである。「そうであるとすれば、中立的な場の想定自身が、まさに中立性を偽装しているだけに一層過酷な強制を伴っており、自由を否定するものだ、という結論が導かれる」[大澤 2000b:170-171]のである。むしろ、真の中立性は、文化的な差異の還元/抹消ではなく、差異の承認――アイデンティティの「存続だけではなく、価値を認めること」[Taylor et al 1994=1996:64]――にこそ求められるべきである。このような論理的帰結として、究極的には還元不可能な差異をア・プリオリに認める多文化主義の方こそが、逆転して、「真の自由」を掲揚する者として自己を呈示することになる【12】
 先述したように、ロールズの正義論は、あらゆる差異を平等に還元した究極のメタ・レベルの視点を設定した上で、そのメタ・レベルの視点からの自由の原理の徹底的な普遍化を行った点にあると述べたが、テイラーによる「このメタ・レベルの視点自身が、西欧の文化という一つの特殊な文化の視点に過ぎないのだ」という批判によって、リベラリズムの立脚するメタ・レベルの視点の偽装性が暴かれ、オブジェクト・レベルに引きずり落とされる事態を現出させてしまったのだ。もしそうであるならば、「多文化主義が表明する文化的特殊性への執着は、通常の自由主義を凌駕する普遍主義の逆説的な表現形態であることになろう」。「多文化主義は、端的にそれぞれの個人が文化的に特殊な共同性に内属しているということを認めることにおいて、言い換えれば、どうしようもなくオブジェクト・レベルにとどまっているということの認定によって、かえって逆に、普遍的な中立性が開かれるような、あるいはメタ・レベルからの視線が可能であるかのような幻想をもたらすのである」[大澤 2000b:172-173]。
 テイラーのこうした多文化主義の主張とはまったく異なる文脈からではあるが、J.グレイもリベラリズムの普遍化・特権化がかえってリベラリズムの根底を破壊してしまうことを明らかにする。彼は、ミル、ハイエク、ポパー、スペンサー、バーリン、ロールズ、ノージック、オークショットの諸理論を内在的に論考した上で、「無知を基にした自由論」「合意を基にした自由論」「幸福を基にした自由論」のそれぞれを批判し、現在の自由主義の普遍化・特権化(イデオロギー化)が失墜した「自由主義なき時代After Liberalism」【13】という、砂を噛み締めるような時代状況の中で、いかにして〈自由〉が可能であるのかを詳解する[Gray 1989=2001]。
 そして「自由主義思想は、熱狂的なまでに普遍化を追い求めるため、自由主義的実践を常に一連の諸原理に昇華させようとしてきたし、それらの原理が唯一合理的に受け入れるべきものであることを証明しようとしてきた。いいかえれば、(マルクス主義という例外を除いて)自由主義は、おそらく西欧の政治思想における他の思想的伝統よりも一貫して自らのイデオロギー化を図ってきたのである。この自由主義のイデオロギー化が失敗であり、そして失敗せざるを得ない」[Gray 1989=2001:346]と結論する。
 グレイにとっては自由主義の「神話化」「教義化」こそむしろ自由それ自体を否定/破壊するものとして捕捉されており、それ故に諸価値の対立/競合の不可避性を知悉し容認しながら、絶えず「暫定協定」の締結を行う「政治的ピュロニスト」という立場の〈自由〉を提唱する。[Gray 1989=2001]。
 だが、あらゆる諸価値の対立/競合の不可避性を知悉し容認しながら、絶えず「暫定協定」の締結するという形の〈自由〉は可能であるのだろうか。ここを問われねばなるまい。

【3】リベラリズムの徹底化
 現在、自由の優位が確認されると同時に、自由の困難を否応なく痛感してしまうという事態は、環境倫理学、エスノ・ナショナリズムを伴う多文化主義、生命倫理学などをめぐる議論を参照すれば明らかである。
 第一に、一見、リベラリズムと環境倫理の間には相反する解消し難い矛盾があるように思えるが、環境倫理をめぐる問題は、実はリベラリズムの徹底化はリベラリズムそのものに対立する可能性があるということを明示しているのである。環境倫理の特徴は、「自由の通時的な普遍化」――権利を享受すべき主体の範囲を現在世代だけではなく、未来世代までをも包含する志向性――と「自由の共時的な普遍化」――権利(特に生存権)の主体を、人間以外の動物や自然物一般にまで拡張しようとする志向性――として特徴づけられる。
 こうした自由の通時的・共時的普遍化の可能性は潜在的には無限であるため(=リベラリズムの徹底化)、その論理的・社会的帰結として、かえって逆に、リベラリズムと対立するという構図を描くことになる。リベラリズムが究極まで徹底化された場合、もはや「他者に危害を与えない行為」は存在しなくなる。例えば、嫌煙権などを徹底化した場合は「同じ部屋」では無論のこと、「同じ地球」で喫煙すること自体が不可能となる。
 類似した問題ではあるが、「他者危害原則」の「危害」を、他者を参照点にした上で「他者が不快に思ったこと」として定位させるのであれば、当事者が「不快」と思う人間は無数に存在することになり得るし――例えば同じ電車に乗り合わせた不特定の人間――、その「不快」と思う空間も無限に広がるであろうから――満員電車や混雑した街路など――、究極的には、私は他者を「不快」にさせないために家に引きこもるしかない。その時、私の自由は他者の「不快」という名のもとに徹底的に剥奪されることになる。これもまたリベラリズムの徹底化によってリベラリズム自体が否定化されてしまうという事例である。
 第二に、多文化主義も同様にリベラリズムと対立するかのように見えるが、先のテイラーの「多文化主義」が「もう一つのリベラリズム」として主張されたことから推察されるように、リベラリズムの立脚するメタ・レベルの視点の偽装性が告発された結果、ロールズ流のリベラリズムはオブジェクト・レベルの対象とされたために、その中立性を喪失してしまったが、多文化主義は自らオブジェクト・レベルに定位することで、逆説的に普遍的な中立性が担保されているかのような幻想をもたらしていた。
 だとすると、多文化主義はロールズ流のリベラリズムよりも一層徹底化された、あるいは純化されたリベラリズムと言えなくもないのだ。ここに捩れた関係が生じてしまう。
 第三に、今日の生命倫理学は、私的所有に立脚する伝統的なリベラリズムの思想に忠実に従っている。その結果、当然ながら、生命倫理学の基本的主張では、身体についての決定は、その身体の所有者の自己決定に委ねられるべきであるとされる。従って、脳死や臓器移植、尊厳死などの決定は、その身体の所有者である当時者の自己決定に依拠するべきであるとする議論が多い。だが、この生命倫理学の前提である私的所有の観念を、つまりリベラリズムを徹底化させると、またもや思わぬ逆説に直面することになる。
 例えば、賃金で何かを購入したり、労働の産物である生産物を売却したりすることは、当然ながら、その所有者の自由の選択肢の範囲に属すると感受されているのに、その根拠である身体(生産物の私的所有の根拠は、それを産み出した身体がその者の所有であるからである)が自由に売却・購入される時にはなぜおぞましさを覚えてしまうのか。これは労働の結果である生産物の私的所有の根拠であったはずの、労働した者の身体が私的所有であることの否定ではないのか、転倒した論理ではないのか。
 つまり、ここでも生産物の私的所有の根拠であった「身体の私的所有」を認め、その身体の売却・購入を認めようと徹底化しようとすると、すなわちリベラリズムを徹底化しようとすると、その論理的・社会的帰結として、かえって逆に、リベラリズムそれ自体を否定化してしまうという事態を招来することになるのだ。
 現在、環境倫理学、エスノ・ナショナリズムを伴う多文化主義、生命倫理学などにおいてリベラリズムの徹底化がかえってリベラリズムと対立したり、否定化したりしてしまうという逆説がここに確認されたであろう。

【4】〈自由〉の根拠――身体の所有
 立岩真也の『私的所有論』は徹底して精緻化された論理に準拠して「私的所有」について論理内在的に詳述した、紛う方なき社会学の傑作である[立岩 1997]。立岩は論考の始端において「私的所有」の自明性を解体させ、それを倫理学的議論の前提に置くことを棄却する。その上で、私的所有の否定と自己決定権の肯定という相反するように見える両者を接合する論理を丹念に明示していく――慎重かつ大胆に。これこそ本書の核心である【14】
 「私がつくったものは私のもの」という「私的所有」の感覚は、確かに我々の深淵にまで根ざしてしまっており、その否定は単純な論理では棄却できない。しかしながら、「誰かがつくった」とは指定不可能にもかかわらず「誰かのもの」とされているものは多くあり、その最も顕著な例が「私の身体」である。「私の身体」は「私がつくったもの」ではないのに、「私の身体」=「私のもの」であるという感覚は、「私的所有」の基盤とされてきたし、現に我々はそう思ってしまっている。しかし、それは論理的根拠のない虚構であるにもかかわらず、近代におけるすべての哲学的・倫理学の議論の前提とされてきたのである――むしろ、それを問わないとする前提自体が、〈近代の思想〉であった。
 加藤秀一は、立岩の議論が、ある身体に関して、A「意のままにそれを私が使えること」という「事実」と、A’「その身体を他者に使用させず、私の意のままに動かしてよい、処分してもよい」というひとつながりの「規則・規範」とは全く違う次元であること、すなわち事実命題と規範命題との峻別した上で、「近代的所有権の基礎を固めたロックやカントの議論に見られる「事実としての占有・処分」から「規範としての所有権」への暗黙の飛躍を批判し、彼らの考えたような〈自己身体の占有/所有〉とは異なる根拠――むしろ〈自己身体の非占有/非所有〉――から「自己決定論」の基礎を固め直そう」[加藤 2001:113]としている論理であると理解している。その上で、B「その身体が私のもとにあること、私が身体のもとにあること」という事実に関しては、それに対応するB’「その身体が私のもとにあってよい、私がその身体のもとにあることはよい、またはあるべきだ」という「規則・規範」が立岩において挙げられていないことを見出し、「私は身体である」というような〈私の身体〉と呼ぶべき水準の出来事と、「私は身体をもつ」というような私による〈私の身体〉の占有・取得といった事実性としての所有があることを指摘する。前者の水準の〈私の身体〉と呼ぶべき水準において、「身体の自己所有が侵害されるとき、簒奪されるのは単なるモノとしての身体なのではなくて〈私の身体〉とともにある〈私〉そのものである」[加藤 2001:121]と論じ、従来の〈自己所有権〉の延長上ではない、それとは別の水準に照準する概念としての〈自己決定権〉を措定する。
 立岩はその後の『自由の平等』――「平等の自由」ではない――で、〈自由〉に関する議論を根底から問い直し、(1)では、リベラリズムによる自由の剥奪、私的所有が正当化されないこと、諸個人の格差を「自然化」する論理の誤謬、ロールズの「原初状態」の初期設定では「ゲームにならない」こと、その条件のもとで「合意」されるであろうと推論した結果は正当化されないこと、《因果性の系図》の端点を定位させるという論理は成立しないこと、受け手が決めるという自由が採用されるべきであること等[立岩 2001a]を、(2)では、分配の要求がルサンチマンの論理に回収されることの欺瞞、できる/できないという構図の中で「できたものがその人のものだ」という規則と、「できることがその人の価値である」という価値を短絡的に結合しないこと、そうした前提のもとで分配を正当化すること、ルサンチマンを持ち出して批判するという言説がルサンチマンとして取り出された機制それ自体をなぞっていると批判する[立岩 2001b]。続く(3)では、自由のための贈与の強制が支持されること、支持し正当化するものが人を強制する規則であることの根拠が問い直されて論理の矛盾や対立が、利己主義や利他主義の困難が論理的に明示化される。そして距離と普遍性が、国家による徴収・分配の冷たさが承認される[立岩 2001c]。(4)では、「厚生の平等」か「資源の平等」のいずれか分配の対象になるかを「安価な嗜好」「高価な嗜好」「潜在能力」などから問い直し、前者が結局のところ後者に回帰してしまうこと、分配の対象となるものと分配の対象にならないものが明確に論じられ、「つつましやかな人」には現実を作り変えてゆく実践としての分配が提唱され、比較への躊躇いや従来の思考枠組みでは論理的に解を求めることが困難であること等[立岩 2001d]が論考される【15】
 ここでは、いわば自由の根拠が根底から/徹底的に(ラディカルに)追究されており、それは無限なる論理的探求という形で継続的に展開されるであろう。

 本章では、カントが措定した《因果性の系図》、ロールズが導出した自由の原理、ノージックの析出した自由、社会契約論で指し示す自由を概括した上で、リベラリズムの論理の反転性、リベラリズムを参照衡軸にした「批判・告発ゲーム」の自己回帰、リベラリズムの徹底化が招来する自己対立/否定の逆説的帰結、自由の根拠の無限なる追究、といった論点を詳説した。その意味では、いわばリベラリズムの思想的・社会的帰結に対する外在的な定位点からの考究であると言えよう。しかしながら、こうした論考では「リベラリズムの優位性」は何ら揺らぐことはない。現代の《思想》の中で我々が思考すべき課題は、リベラリズムが導出・析出した〈自由〉とは別様の、更にはリバータリアン、コミュニタリアン、コミュニズム、ナショナリズムの言説が錯綜するヘゲモニックな政治空間とは異なる定位点からの〈自由〉はいかにして可能か、という問いではなかろうか。

2.自己と自由――「自由」と「社会」の順接/逆接
(1)自己と自由
 ここまで論を進めても、〈自由〉はやはり謎の謎、最大の謎である。〈自由〉の記述を一意的に限定化することは不可能に近い。〈自由〉には常に記述困難性が憑き纏うのだ。
 周知の通り、バーリンは自由をめぐる議論に「積極的自由」と「消極的自由」の2つの系譜があることを示し、前者はある人が何かをしようとした時に妨げられないこと、すなわち自らの意志を妨害されない自由であるのに対して――リベラリズムの措定する〈自由〉は概ねこちらに属す――、後者は自己が「自らの主人であること」、人間のあるべき理想的な自己に接近することで真の自由へと近接するという、自己実現、自己支配という意味での自由であると区分・分割した。その上でバーリンが「消極的自由を第一義的と見做した理由は、この自己支配という観念が主体としての個人の中に、支配するものとしての自己と、支配されるものとしての自己の分裂」を持ち込むからであり、「支配する側の自己が「理性」「より高次の自己」「真の自己」と見做される」が故に、「容易に個人の属する共同体、組織、教団、国家などにすり替えられてしまい、本来積極的自由が個人のために目指したはずのものの反対物、個人の外的権威への服従に転化してしまう危険性」を警告した【16】。それ故、「彼は消極的自由の方を積極的自由よりも本源的で重要なものと見做すのである」[稲葉 1999:230-231]。しかしながら、バーリンの議論をその根本において再読(ラディカライゼイション)することの要諦はそうした側面にあるのではなく、むしろ「消極的自由」と「積極的自由」が常に相反するモメントであること、「積極的自由」であれ「消極的自由」であれ、両者の概念ではともに根底から/徹底的に(ラディカルに)に「権力」を射程にし得ない限界性、このことを含意しているのではないか【17】。本節ではこうした疑義を離陸点としつつ、幾つかの視座から論考する。

【1】契約に先立つ主体化権力の配備
 ロールズが「平等な市民が共約不可能で、和解不可能なほど異なった善の構想を抱いているというリベラリズムの想定は非常に重要である」[Rawls 1993:303]と述べるように、リベラリズムは「諸個人が抱く生の構想は共約不可能であり、誰もいかなる構想が優れているかを判断してはならない」という信念をその思想の核心としながら、「無知のヴェール」のもとで、望ましい生を享受するために必要な最低限の自由を平等に配分することが妥当であるということについて全員一致の合意に達するであろうと推測する。ここでの「望ましい生を享受するために必要な最低限の自由」は共約可能commensurableな価値であり、それは共約不可能な諸個人が抱く生の構想における価値と明確に区別される。そして、国家が強制的に配分することのできるものは共約可能な価値である「基本財primary goods」――自由、機会、所得、富、自尊の基礎となる――にのみ制約される。ちなみに、リバタリアニズムは、この共約可能な価値を「暴力、窃盗、詐欺に対する保護、契約の執行等」などの極めて狭い範囲に限定化し、国家による所得や富の強制的な分配の根拠を否定する。
 それに対して、コミュニタリアンは特定の文化的伝統を有する共同体の内部においてはそもそも「共通善」は抑圧なしに共有されるとし、「共通善」を共約可能な価値として定位させる。これは歴史的にはシビック・ヒューマニズムの系譜に位置づけられるものであり、それは現在の共和主義の論理を構成する思想として継承されている。ナショナリズムはこの共同体を国民国家に置換する。しかし、いずれの立場もともに人々の複数性を、すなわち共約不可能な〈他者〉を構造的に同化/排除する機制を内備してしまう。
 こうしたロールズ流の共約可能な価値=基本財のみに限定化した分配に対して、センは「潜在能力」の概念によって批判する[Sen 1992=1999]。「基本財というアプローチは、人間存在の多様性にほとんど注意を払っていない」[Sen 1982=1992]ため【18】、同じ基本財を配分されたとしても、環境、健康状態、年齢、性別、階層、病気や障碍の有無などによって、それを利用して人々が為し得ることには大きな相違が生じてしまうため、財の所有ではなく、財の利用可能性(=誰もが平等に為し得るべきことが果たされること)に照準し、ニーズを“goods”ではなく、“doings and beings”への必要と再定義することが重要なのである――従って、センの「厚生主義welfarism」の視座からすれば、「貧困」という現実は、財の欠如ではなく、潜在能力の剥奪として理解されるべきなのである。
 しかし、本稿で問うべきより重要な点は、ホッブスらの社会契約論、あるいはロールズ流のリベラリズムにおいて決定的に欠落している視点とは、主体形成をめぐる権力(つまりフーコーなどが剔出した権力性)が完全に関心の埒外に置かれてしまっていることである――むしろ社会契約論の論理構成の必然性かもしれないが。現実的には、契約に先立って主体化権力が作動しており、その結果として主体が作り出されていること、その「主体化=隷属化」のプログラムを見逃してはならないのである。無論、こうした主体形成をめぐる権力の忘却/放擲は、ロールズ流のリベラリズムを批判するリバタリアニズム、コミュニタリアニズム、ナショナリズムなどのイズム全てに共通する前提である。

【2】〈公共圏〉〈市民社会〉という空間
 ハーバーマスのもはや古典と呼ばれるであろう『公共性の構造転換――市民社会のカテゴリーについての探究』は、「公共性」あるいは「市民的公共性」「市民社会」をめぐる議論に大きな影響力を及ぼしてきたが[Habermas 1962→1990=1973→1994]、逆に〈公共性〉をめぐる理論が隆盛するに随って、市民層の公共圏を特権化し、その他の様々な(プロレタリアートの、女性の、黒人の、等々)公共圏を排除していると批判されるに至っている。それ故に、近年のハーバーマスは公共圏の複数性を承認しつつ、同時にそれらを包摂する高次の公共圏を「市民社会」として位置づけようと試みているが、そこでは蜂起や抗争の契機を孕んだ共約不可能性は予め排除されるか、最終的合意へと過程で矮小化されてしまわざるを得ないであろう――やはりハーバーマスに〈他者〉の声はいつも届かない。
 こうしたハーバーマス流の「公共圏」と呼ばれる合意を形成してゆくための討議(ディスクルス)の空間の可能性を称揚すること、すなわち抗争や分裂を最終的に和解させ、それらを解決/抹消することが可能だと想定することは、逆にデモクラシーを危険にさせるだろう――このことは《啓蒙》のプロジェクトが〈公共性〉のプロジェクトをその核心に内備していることの証左であろう――。また、ギデンズらの「対話的デモクラシー」「反省的民主主義」「討議的政治」等の概念も同様であり、そこにはいかなる合意の形態も何らかのヘゲモニー的な分節/節合化(アーティキュレーション)の帰結に過ぎず、つねにそこにはその完全な実現を妨げる《外部》が包蔵されているという視点が欠落しているのだ。逆に言えば、合意によって「敵対性」を解消/抹消するのは原理的に不可能であること、そのような不可能性こそがデモクラシーの可能性の条件なのである。この視点に立脚した上で、「自由=民主主義のイデオロギーを放棄することではなく、反対に、それを根源的で複数的な民主主義の方向へと深化させ拡大すること」[Laclau & Mouffe 1985=1992:278]が重要である――つまり、共約不可能な《他者》との邂逅が「根源的で複数的な民主主義」を基底から練成してゆくことになるのだ。
 上記の文脈を参照するならば、アーレントの思想ならびにそこでの〈公共性〉概念と外延はより可能性を孕んだものに違いない。
 B.ホーニッグが指摘するように、フェミニズムは「英雄思考的で、アゴニスティックなアーレントの政治的行為に対する理解と、彼女の公的/私的の区分のために、アーレントを男性中心主義者と非難する」のではなく、彼女が自らを「女性として同定することや女性のイッシューに注意を向けることを躊躇したこと」が実は「本質的で、引き裂かれることのない、つねにすでに知られているアイデンティティによって彼女を定義し、カテゴリーの中に収め、安定化させようとする象徴的な秩序が及ぼす力に抵抗しようとする、政治的な態度」ゆえであることを熟知する必要がある[Honig 1995=2001:14-15]。そうした立場に立つならば、「アーレント自身の政治的行為を遂行的言語行為という観点から理解することによって、アーレントの見解をその根本において再読(ラディカライゼイション)すること」が可能となり、「わたしたちは、身体を脱−本質化、脱−自然化し、あるいは、それを多元化して、さらには、アーレント的な意味での行為遂行的(パフォーマティヴ)な産物、つまり、行為を可能とする場として身体を見るようにならざるを得ない」し、そうであるならば、「アゴニスティックでパフォーマティヴな政治の力は、「女性」というすでに知られた、統一を要求するようなアイデンティティではなく、アゴニスティックで差異に満ちた、多面的で未だ同定されていない存在を前提にしている。そして、その存在は、つねに生成しつつあり、つねに、新たな補足と修正を呼び求めているフェミニズムの原動力になり得る」のである[Honig 1995=2001:20-21]。
 アーレントの思想の可能性は、「男/女」という身体によって可能となる行為それ自体によって立ち現れる行為遂行性(パフォーマティヴィティ)がいかなる現実を構築しているかを見極めつつ、「社会的なもの」を再定義し、「誰性」/「何性」という問題を捉え直し、その上で〈公共性publicness〉をハーバーマス的な共約可能・共有可能な圏域として措定するではなく――これは「共約不可能なものの排除」へと帰結する――、徹底して「共約不可能なもの」が立ち現れる「現れの空間」あるいは「アゴーン」という概念によって理論化したことに求められる。そうであるからこそ、〈公共性〉の場ではつねに〈他者〉との邂逅があるのだ【19】
 ある他者が我々の前に「誰性」として現出するのは、我々がその他者に共約不可能なもの、不気味なもの、おぞましいものを感受し、表象空間に亀裂が惹起された「時-間」・「空-間」においてである。この時空間がアーレントのいう「現れの空間」である。予め他者を想定・予期しないこと、予め決めてしまわないこと、予め先取りして囲い込まないことが、他者を「誰性」として感得し得るための条件、すなわち他者の〈自由〉の条件なのだ。
 したがって、このアーレントという豊穣なる思想を、あたかも彼女の公共性概念を忠実に援用するように偽装する形で、「公/私二元論」「公的領域における権力ゲーム」の原理を無自覚に採用するリベラリズム(特にネオ・リベラリズム)によって、あるいは「市民的徳civic virtue」を過剰なまでに唱導するコミュニタリアニズムによって奪取/簒奪(アプロプリエイト)されてはならないのだ。我々は絶えざる実践を通じて常に既に行為遂行的に「何か」が作り上げられている表象空間に存在するのであり、だから共約不可能な〈他者〉とは、表象可能なシステムの内部ではなく、その境域で、つまり表象可能性と表象不可能性の境目で邂逅することになるだろう――言い換えれば、共約可能性commensurabilityが公共性を構成しているのではなく、共通ではないもの、アクセスできない不気味なもの、おぞましいものこそが、その否定的根拠として、〈公共性〉を構成し得るのである。しかも、それは最も個人的で、身体的なものとして、逆説的に〈公共性〉の基底を行為遂行的(パフォーマティヴ)に構成するのだ。
 加えて、『人間の条件』で〈社会的なもの〉の専制を憂慮し、「社会的なるものが押しつける一様化(コンフォーミズム)」[Arendt 1958=1994:62]からの脱却を企図して〈政治的なもの〉の脈流を何とか再興しようと指向するアーレントの思想は、単に「社会国家=福祉国家」、つまりは「国家による福祉」それ自体を批判したものでは決してない[天田 2001a:38-44]。むしろ、バリバールが19世紀半ば以降に成立した「国民社会国家」の機制を明晰に析出したように、国民国家の存立と社会国家=福祉国家が接合してしまう必然的帰結として、国民国家が諸個人に社会権を保障する代償として国民の地位に従属することを強要し、社会的な対立や葛藤をナショナリズムの枠内で調整・解消してしまう事態を来出してしまった歴史性への告発と近接した警鐘なのだ。それ故、「市民権」は「国籍=国民への帰属性」に従属させられる[Balibar 1998=2000]。
 要するに、アーレントはバリバールの言う「国民社会国家」の社会的帰結として、共約不可能である〈他者〉の「現れの空間」である〈公共性〉が、あるいはそうした〈公共性〉を倫理的基盤とした〈政治的なもの〉が封印/消去させられてしまう事態を告発したのだ。
 次いで、〈市民社会〉の位置価についても簡潔に言及しておこう。
 現代社会において市民社会ないしデモクラシーは、地域、国家、広域リージョン、地球規模という次元で重層化・重畳化しつつあり、それはいわば「市民社会」と「デモクラシー」の分節/節合化(アーティキュレーション)という事態と雁行して展開しているのである。
 J.エーレンベルグは、市民社会の歴史性を入念に論証した上で、冷戦崩壊後の東欧に現出した市民社会論は、社会主義国家の抑圧からの反作用として、自由主義的立憲主義に依拠し、市場の論理を優先させる非国家主義であること、また現代アメリカの新トクヴィル的市民社会論は、国家からの自立を強調する多元主義・地域中心主義としての非国家主義的なものであると批判する[Ehrenberg 1999=2001]こうした批判は、彼が「市民社会」を私的領域と公的領域を結節する空間、あるいは国家権力や市場を規制し、国家的機能の民主的変革を促進・媒介する空間として位置づけている地点からなされている【20】
 そしてエーレンベルグは現代のアメリカの市民社会論を憂慮して以下のように述べる。「最近の市民社会論を特徴付けるトクヴィル主義に立った現代国家に対する警戒の声は、家族・ヴォランティア団体・宗教団体などによる自立的領域が民主的政治の真の基礎であると前提する。しかし、民主主義は、親密性、地域中心主義、道徳主義などにだけ条件づけられているものではない。強力な国家や侵略的な市場が市民社会を組織し、そこに浸透するが、市民社会は、その調整能力を外的環境だけではなく、それ自身の固有の力にも依拠している。……要するに、現代民主主義理論の重要な問題は政治的なものである。そして、その答えも政治的なのである」[Ehrenberg 1999=2001:315]。
 こうした見方とは別の視座から、中野は市民社会論批判を行っている[中野 1999]。
 中野は「ポスト国民国家」ないし「ポスト国民国家」という言説が氾濫する時代の中で、市民社会論の議論がボランティア活動の高まりをもって「市民社会の国家からの自立」「人間主体の自立」「下からの公共性」と主張し、「市民社会」を再発見してしまうことで逆に「ポスト福祉国家」への国家機能の再編という時代にむしろ適合的なイデオロギーとなってしまう陥穽を批判した。「市民社会の「普遍性」に依拠しながら国家を「越え」ようとすること、あるいは、「普遍性」を志向する市民の意識に依拠するなら「ナショナリズム」が越えてゆけると考えること」は、一見、国民国家的なナショナリズムと根本的に対立/背反するものと思えるが、そうではなく、戦時動員の時代の自発性が戦時加担であった現実と同様に、「ナショナリズムは、ネーションの存在が普遍的なものの実現(世界史、文明、アジア解放)という見通しの中に位置づけられた時にこそ、もっとも動員力のある攻撃的な帝国主義になった」し、あるいは「そもそも近代のナショナリズムというものが、「文明化」という普遍的プロジェクトの乗り物としてネーションを構築し想像し選択することであった」[中野 1999:78-80]のである。であるならば、普遍主義の志向が「自発的に」生み出されたとしても、しばしばそれはナショナリズムを補完してしまうのだ。
 また、ボランティアの隆盛をもって市民社会の可能性の議論において含み指される「自己」とは、U.ベックが「再帰的近代化」と呼ぶ時代において要請される「自己反省的個人」ないし「再帰的自己」であり――〈自己同一性〉の実体化――、そこでは「「多様な差異」を組織して両立させ、自己同一性を破綻させずにうちたてることが「自己」という個人の能力」[中野 1999:90]と規定されてしまい、「ボランティアという生き方」はその「自己」という個人の能力を駆動する装置となるのだ――啓蒙主義的な主体概念の残滓!【21】
 現代は「個人化のポテンシャル」、つまり「家族や共同体や国家などかつて諸個人のアイデンティティを保障する集合的な価値の供給源であったものがしだいにその効力を弱め、諸個人のアイデンティティが、何らかの集団の成員条件によって一義的に決定されるのではなく、むしろ社会的諸権力の抗争の場そのものになって、そこに個人の「選択の自由」の可能性もまた広がってくる」時代なのであるが、しかしながらそれは同時に、「〈自由の可能性〉と〈自由の閉塞性〉とが表裏をなして一体的に進行する」。その結果、「諸個人にむしろ「別様でもありうるcontingent」という可能性を知覚させ、現状と自己への反省を促しうるという意味で、自省的−再帰的な〈選択の自由〉の可能性がそこに開かれている」事態を招来する[中野 1999:84-85]。現代の可能性は、市民社会の可能性の議論に見られる〈自己同一性〉の実体化ではなく、中野がC.ムフを引用しているように〈自己同一性〉それ自体の脱構築にこそ求められるものである。
 敷衍すれば、近代の再帰的プロジェクションの可能性や制約性を論じるのではなく、このプロジェクションは一体いかなるものであるのか、どこに〈自由〉や〈責任〉や〈正義〉を定位させるか、このことを問うことが決定的に重要なのである。

【3】ネオ・リベラリズム以降
 ハイエクは自由を「社会において、一部の人が他の人によって強制されることができる限り少ない状態」[Hayek 1960=1986:11]と定義し、フリードマンも自由をほぼ同様な意味に限定した上で、ネオ・リベラリズムの立場から自らの理論を展開した。ここでは「自由」の概念は、その究極において「他者による強制がない状態」をその意味内容している。
 しかしながら、果たして80年代以降のネオ・リベラリズムの隆盛はいかなる現実を作り出したのか、そこでは自由はいかにして権力へと包摂させることになったのであろうか。
 酒井隆史は、フーコーの『監獄の誕生』から『快楽の活用』への変転/転位の文脈を、同時代の現実に対するフーコーのコミットメントと分析の脈絡を詳細に追尾しつつ、統治と蜂起をめぐる思考の遍歴として鮮やかに描出した。その上で、酒井は「資本主義のネオ・リベラリズム的転回」を剔出した。1980年代に開始されたサチャリズム、レーガノミクス、中曽根民活などと呼ばれるネオ・リベラリズムの隆盛を、市場経済的モデルをそれまでの経済の領域を超えて社会全体の領域に徹底的に拡張・応用し、社会保障、失業保険、福祉給付、医療、ソーシャル・ワーク、教育といったフォーディズム的制度の全てに企業システムを導入し、〈社会〉を市場原理によって征服してゆくような政治的転換として批判するのである。この80年代の欧米(とりわけアングロサクソン圏)においてネオ・リベラリズムによる「統治テクノロジー」から「資本としての自己」という着想は産出される。ここで統治は、市場競争のゲーム領域をめぐる戦略的基点として、あるいは企業行為それ自体として作動されるものである。更には、これらを駆動するエージェント単位が、自由で、労働を「企業的活動(エンタープライジング)」として照準する《眼差し》をもった主体である企業家(アントロプレナー)的な自己の身体への統治が産出されたのである[酒井 2001]。
 こうした文脈に照応させて始めて「自己への配慮」が個人的な生や身体性への技術ではなく、ネオ・リベラリズムへの新たな抵抗の形としての「蜂起」への可能性への言及であり、そこでの「生−政治」の考究であることが認識可能となるのだ。
 現在、19世紀末から20世紀半ばに成立した社会国家=福祉国家は、非人称の強制的な連帯という土台そのものに深い亀裂が生じていることによって、根底から変容しつつある事態にある。1880年代から90年代にかけて誕生した社会国家は、社会保険、つまりリスクを個人化するのではなく集合化することによって対処する制度を背景に発展した。
 生得的な偶然性(能力や才能など)あるいは社会的な偶然性(事故や病気や死など)の故に不利な境遇を許容することは、「無知のヴェール」のもとでは合意に達しない――なぜなら自分がその不利な立場にもなり得ることを想定するであろうから。従って、それはリベラリズムの希求する正義ではない。市場の原理によってある人々が不利な境遇に追い込まれた事態を許容することはできない。ロールズの『正義論』で提示された第二原理である「構成な機会の平等原理」「格差原理」は社会的連帯の理念の根拠を明示した理論なのである。むろん、ロールズにとっての「運命を分かち合う他者」とは、むろん「見知らぬ他者」であるのだが、人々がその想像の空間をリアルなものとして感受し得るということが〈社会的連帯〉の一つの重要な条件である。そして、この社会的連帯を可能たらしめた想像の空間とは他ならぬ「国民国家」という空間であり、換言すれば、社会国家=福祉国家が政治的に遂行してきたのは、この社会的連帯の感覚をナショナル・アイデンティティの感覚によって裏打ちするというプロジェクトだったのだ。
 しかし、とりわけ1980年代以降、アングロ・サクソン圏を中心に社会的連帯=国民的連帯が現実性を失効化するような事態が観察されるようになる。イギリズのサッチャリズムやアメリカのレーガノミックスに代表されるネオ・リベラリズム的転回は、〈経済的なもの〉と〈社会的なもの〉が相互補完するといったケインズ的福祉国家を否定し、〈社会的なもの〉を〈経済的なもの〉で全包囲的に覆い尽くそうとする試みであり、社会的=国民的連帯という表象空間はその実定性を完全に無化されてしまった。実際、グレイはメキシコ、イギリス、ニュージーランドを例示しながら、各国でのネオ・リベラリズムの経済政策が自由市場の領域の拡大化と同時に、貧困とアンダークラスを創出、つまり〈社会〉の分断化を惹起したことを明らかにしている[Gray 1998:20-60]。
 こうなると、リスクを集合化する社会国家のプログラムよりも、むしろリスクの脱−集合化、リスクの自己責任化の方が合理的なプログラムとして見做されるようになるため、N.ローズが見事に記述したように、人々は「自己統治self government」を為し得る能動的な主体となり、絶えず自らの「人的資本」を開発・活用する「企業家」たり得ることで、労働市場で雇用される可能性を常に維持し、自らの生命の保障をしようとするのである[Rose 1999]。と同時に、コミュニティ等にも「自己統治」=「自治」が要求されるようになり、そこでは国家による非人称の強制的な連帯に代わって、より人称的で自発的な連帯を可能にすると見做されるようになる。
 上記の市場における自己責任を強調するネオ・リベラリストと、コミュニティへのコミットメントを期待する市民社会論者(あるいは「徳」を基底に据えるコミュニタリアン)は、一見すると理論的には対極に位置するように見えるが、個人の生においても、統治の戦略にとっても切り離し難く結合しつつある状況にあるのだ――まさにネオ・リベラリズム流の市場原理の全社会的包摂も、ギデンズ的なコミュニティへのコミットメントの要求も、「自己統治」の強制、〈他者〉の忘却/排除という現実的・理論的な水準においては同型の構図を描いているのである。

【4】「第三の道」の陥穽――ネオ・リベラリズムからの脱却に潜む罠
 ギデンズは近代、殊に彼が「後期近代late modernity」と呼ぶ現代社会をモダニティの徹底化した社会であると定位し、その駆動原理を「再帰性reflexivity」なる基軸概念によって説明する[天田 1999a:111-112/天田 1999b:3-4]。この再帰性は他の後期近代の特徴である「時間と空間の分離」「脱埋め込み化disembedding」と密接に関連しつつ、すなわち空間を超えた瞬時の情報の波及によって相互行為のローカルな文脈に埋め込まれた社会関係は「脱埋め込み化」されることで、人々は自明なるローカルな伝統の束縛から解放され、別様なる自己や社会のあり方の可能性を見出す結果、自己ないし社会を絶えず問い直し、再構築してゆくことになる、と言及する[Giddens 1990=1993:45-62]。換言すれば、近代とは、この再帰性【22】によって不断に「ラディカルな懐疑の原理を制度化し、あらゆる知識が仮説の形式を取らざるを得ない」[Giddens 1991:3]、すなわち「再帰的近代化reflexive modernization」[Beck, Giddens, Lash 1994=1997]の時代である。
 ギデンズは『左右を超えて――ラディカル・ポリティックスの将来Beyond Left and Right;The Future of Radical Politics』において、かつてはラディカルな思想であったはずの資本主義の変革を目指す社会主義が、80年代に入ると明らかな逆転現象を引き起こし、社会主義が現状維持を指向し、資本主義を一層推し進めようとするネオ・リベラリズムと呼ばれる思想が台頭し、ラディカルな位置に着座するようになったと説明する。それは保守革命ないし社会主義国家の解体の時代の帰結として、福祉国家批判の時代として立ち現れるようになった。ただし、このネオ・リベラリズムの市場の力によってでは現代社会が直面する問題は解決不可能であるため、彼はかつての社会主義とネオ・リベラリズムを超克し、止揚する新たな次元の思想=「ラディカル・ポリティックス」を提唱する[Giddens 1994]。
 そして、現代の歴史的・世界的な社会変動(グローバル化、脱伝統化、リスク社会化)を背景とした「時代文脈の大規模な変化」によって、新右派(サッチャリズム)の市場原理主義の限界点は露呈したが、同時に、オイルショック以降の経済成長の停滞化や80年代末以降の社会主義国家の崩壊も重なって旧左派(オールド・レイバー)の論理が現実的実効性を欠落したものとなったと指摘し、この対立図式を超克するラディカル・ポリティックスを具現化した「第三の道」を提唱するのである[Giddens 1998=1999]。
 ラディカル・ポリティックスとは、社会主義の崩壊と資本主義の高度化に対応して新しい社会の構想とそれを実現するための政治の実践を指し示す思想であり、その特性は@連帯性、Aライフ・ポリティックス、Bジェネレイティブ・ポリティックス、C対話型民主主義、Dポジティブ・ウェルフェア、E暴力の抑制の6点にまとめられる[Giddens 1994]。このラディカル・ポリティックスの第一の特性に「連帯」を挙げていることに表れているように、ギデンズがデュルケム理論に思想的・理論的な可能性を見出していることは明らかである【23】。端的に、ギデンズにとっての「連帯solidarity」―デュルケムは「諸個人の社会的な依存状態あるいは密接不可分な凝集や一般的統合の状態」と定義した――とは、デュルケムが説明した「有機的連帯」から「機械的連帯」への移行(=社会進化)がより一層徹底化された歴史的帰結の上に築かれる性質のものとして、つまりモダニティの徹底化の帰結の上に成立する脱伝統化された家族や地域における「能動的な情緒的達成」や「自発的な倫理や価値へのコミットメント」によって可能となる「連帯」に他ならない【24】。後述するように「第三の道」の第一の特徴は、このコミュニティ――物理的な区画を指すものではなく、自律的個人によって充填されたエートスの充満した空間を意味する――の再構築を通じて政治権力を行使しようと指向する政治性である。
「第三の道の政治が目指すところを一言で要約すれば、グローバリゼーション、個人生活の変貌、自然と人間の関わり等々、私たちが直面する大きな変化の中で、市民一人ひとりが自ら道を切り開いてゆく営みを支援すること」であり、「自由」つまり「自主的な行動を担保する」ために「より幅の広い社会的共同体」を再構築することである[Giddens 1998=1999: 115-116]。つまり、「第三の道」の政治とは、モダニティを徹底化・推進化するために「政府は、市民社会の様々な組織と協力して、コミュニティの再生と発展を促すための方策を講じ」、この協力関係を支える経済的な基盤である「新しい混合経済体制」を有効に機能させるために「既存の福祉制度を抜本的に近代化」させる政治なのである[Giddens 1998=1999:122-123]。
 ギデンズは福祉国家が「脱伝統化」に一定の役割を果たしたことを認めながら、それとは異なるポジティブ・ウェルフェアを推奨する。新しい福祉国家は「ライフスタイルの主体的な選択を認めた上で、それを制度化し、環境保全との整合性に配慮し、主体的な選択に伴うリスクを管理」する国家であるため、ポジティブ・ウェルフェアの主役は「富の創造をする個人並び非政府組織」[Giddens 1998=1999:86]である。それ故、彼は「生計費を直接支援するのではなく、できる限り人的資本human capitalに投資」する、福祉国家とは異質な「ポジティブ・ウェルフェア社会という文脈の中で機能する社会投資国家social investment stateを構想」する[Giddens 1998=1999:196-197]。この「社会投資国家」なる概念は1994年のOECDの報告書で提示された「社会への投資investment in society」の援用とも思え、何ら斬新(ラディカル)な概念ではないが、その実、ここにこそ「第三の道」によって提示された政治性が潜在しているのである。それは「第三の道」の第二の特徴である、「資本」を「単に金銭的なものではなく、人間の「自己実現」を表現しうる何か」[渋谷・酒井 2000:89]へと意味変換することを通じて、「人間」それ自体を「資本」と見做し、その「自己実現」のために、つまり「資本としての自己を増殖する」ために社会的に投資するというポジティブ・ウェルフェアを策定する政治性がある。こうしたポジティブ・ウェルフェアの名の下に社会的に投資された個人やコミュニティは「自己実現」を目指し「自己資本」を増殖させるのであろう――確かにモダニティの徹底化!
 先に見たように、もともとこの「資本としての自己」という見方は、80年代の欧米(とりわけアングロサクソン圏)におけるネオ・リベラリズムによる統治テクノロジーから産み出された着想である。この着想から派生した個々の主体を「企業家(アントロプレナー)」と見做し、労働を「企業的活動(エンタープライジング)」として照準する《眼差し》によって、個人の〈労働・生産〉という課題と〈倫理・市民〉的課題との二律背反(アンチノミー)の克服は達成されたのである。この《眼差し》によって主体は企業に従属して「労働」する者ではなく、「企業的活動(エンタープライジング)」をする「企業家(アントロプレナー)」となることで、主体は物理的な次元における「労働」と、公共圏における「倫理」との分裂を回避することが可能となったのである。こうして労働は「自己実現」の達成を志向する「企業的活動(エンタープライジング)」として変転された帰結として、それは自己に対する働きかけを含んでいるという意味で倫理の領域における行為となった[渋谷・酒井 2000:86]。
 上記のラディカル・ポリティックスに照応させれば、ギデンズの「ポジティブ・ウェルフェア」とは、劇的に変動する社会をその変化に応じて改編・再編してゆく政策、あるいは「再帰的自己」を一層徹底化させるような施策を主眼とした〈福祉(ウェルフェア)〉なのである【25】
 上記のように「第三の道」の第一の特徴は、エートスの充満したコミュニティの再構築を通じて政治権力を行使しようと指向する政治性にあり、それは「コミュニティを通しての統治」である。そして第二の特徴は「資本」を「人間の「自己実現」を表現しうる何か」へと意味変換することによって「人間」それ自体を「資本」と見做し、その「自己実現」という「資本としての自己の増殖」のために社会的に投資するという政治性であった。つまり、「第三の道」とは、人間の「倫理化」と「資本化」を接合する政治的試みなのだ。敷衍すれば、渋谷らが〈エートスの政治〉と呼ぶ「第三の道」とは「コミュニティの義務」(道徳ないし倫理)を、「企業的個人」に接合させることによって、一方において「市民」であることの意味を「企業家たること」へと再定義し、他方で「企業家的であること」の意味を従来の利己的なものから「市民社会」へと連接するものへと変容させる[渋谷・酒井 2000:88]。つまり、社会投資国家とは「人間資本」への社会的な投資であり、投資された個人やコミュニティは「自己実現」なる〈資本〉を自己増強させることが要請される。その意味で、これはエンパワーメント化した〈主体〉を産出するための投資、ないし「自主性と自我(個人の責任の原点)の尊重」[Giddens 1998=1999:213]の名の下にマイノリティにニッチを与えるための戦略的投資とも言えるものだ【26】
 そうであるならば、このようなモラル的な性格を帯びた〈人間資本〉の増強を目的とした社会的な投資において、いかにしてそれが増強ないし減少したと判断し得るのか。あるいは、どのような人々に投資し、ニッチを与えるかの基準はどこにあるのか。更には、投資はしたがエンパワーメント化した〈主体〉になり得ない人々、あるいはニッチを要求することなく沈黙している人々はいかなる空間に存在することになるのであろうか。
 この問いに対する答えは、ギデンズの自己の内部において予め出ているのだ。
 ギデンズ理論の基軸概念である「再帰性」とは、再三説明している通り、空間を越えた瞬時に波及する新たな情報によって、社会の営みが絶えず吟味・改善され、結果としてその営み自体の特性が本質的に変化してゆく過程(プロセス)や機制(メカニズム)を指示しており、それは自己と社会の不断の改編・再編を駆動する原理であるのだが、この場合、何の情報が他の情報よりも選択に値するものなのかが《先取り》されてなければならないのだ。つまり、「未来から見た現在という視線」、メタ的な視点が《先取り》されてはじめて再帰性は近代の駆動原理となるのだ。彼にとってそのメタ的視点の《先取り》を担保するのは〈倫理〉や〈価値〉への自発的コミットメントを介して想定可能となる〈連帯〉である[Giddens 1998=1999:72]。
 ここで決定的に重要な点は、歴史的な社会変動を背景とした「時代文脈の大規模な変化」に応じて、「未来から見た現在」という視線を《先取り》することが可能な〈主体〉こそギデンズにとっての「異論をはさむ余地のない象徴的価値」であり、それは彼の理論の基軸概念である「再帰性」が暗示的に含み指す人間像なのである。
 こうした文脈に即して概括してみると、現代の「時代文脈の大規模な変化」に照応させた政治を目指す「第三の道」とは、その「ラディカル」が冠された政治性(ポリティックス)とは裏腹に、その領野において構想された極めて「現状肯定的」で「凡庸」な政治的提言である。

(2)〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力
 アーレントやアガンベンは、古代ギリシアで人間の生vitaを表現するのに、意味的にも形態的にもお互いに明確に異なる「ゾーエー」と「ビオス」というの2つの言葉を用いていたことを指摘し、「ゾーエー」の「同一性sameness」と「ビオス」の「複数性plurality」を截然と区別した。古代ギリシアで「ゾーエー」は、生あるものの一切(動物・人間・神々など)に共通の生きているという事実を表現していたのに対し、「ビオス」は各個体や各集団に特有の、生の形式ないし生き方を意味していた[Aganben 1996=2000:11]。アーレントは、人間の生はこの「ビオス」の位相では、他者だけではなく、自らの過去・現在・未来のあらゆる生に対しても「比類のないもの」「唯一存在」であるが故に、この「ビオス」が〈公共性〉の空間における複数性を構成すると言う――従って、「ビオス」は「政治的生」あるいは「公共性の生」と呼べよう。「人間は、他者性を持っているという点で、存在する一切のものと共通しており、差異性をもっているという点で、生あるものすべてと共通しているが、この他者性と差異性は、人間においては、唯一性(ユニークネス)となる。したがって、人間の複数性とは、唯一存在の逆説的な複数性である」[Arendt 1958=1994:287]と論及するように、〈公共性〉は複数性によって構成可能となる空間なのである。
 しかしながら、フーコーが鮮明に描出したように、近代では「ビオス」を語源とする「バイオロジー」はむしろ「ゾーエー」としての生しか扱わず、そこでは「ビオス」としての人間の複数性、比類のなさは埒外に置かれてしまったのと同時に、その「ゾーエー」の生のみ照準化し、それを包囲するテクノロジーを駆使して管理・統制する「生−権力」――諸個人の身体をある自己規律化させる微視的な権力の手続きである「解剖−政治学」と、死亡率や寿命などを管理することで人口全体の維持・増大・減少を調整・管理するという「生−政治学」の両輪によって作動[天田 2001a:32]――という微細な権力が遍在的に配備されることになった。周知のように、フーコーにより提示された「生−政治学」はまさに「住民=人口」という集合的な生命・身体の観念の成立を前提とし、その「維持・増強を積極的に働きかける権力、生命を経営・管理し、増大させ、増殖させ、生命に対して厳密な管理統制と全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力」[Foucault 1976=1986:173]である。フーコーの指し示した「社会体le corps social」とは、こうした微細なる「生−権力」を遍在的に配備して〈主体〉を産出する空間、あるいは権力の視線を自らの視線として取り込み、そのことを通じて自己を監視・規律するという「主体化=隷属化(サブジェクション)」なるプログラムの作動する空間である。いずれにしても、フーコーもアーレントも〈社会〉を集合的な生命(ゾーエー)が「政治」の主題になる領域と見做しており、その政治性に対する抵抗を試みていたのだ。
 また、アガンベンも「ゾーエー」に照準・包囲したテクノロジーと、それらのテクノロジーを駆使して管理・統制する「生−権力」が日常を隈なく覆い尽くした世界――アガンベンならば、政治の「剥き出しの生」へと徹底的に介入した事態と表現するであろう――への抵抗して、〈公共性〉ないしポリスの生である「ビオス」を編み上げなおして思考することが、必然的に「政治的思考」となると考えていたに違いない[Aganben 1996=2000]。

【1】〈セキュリティ〉の歴史
 〈セキュリティsecurity〉を考究するにはその概念の外延と歴史性を解読する必要がある。言うまでもなく、“security”とは「気遣い・不安(cura)」の「ない(se-)」ことを指示するラテン語の“securus”由来する。端的に言えば、“security”とは「気遣いや不安のない状態」=〈安全性〉を保障することを意味している。
 ホッブスは「万人の万人に対する戦争」という仮定の下に「コモンウェルス」の正当性を〈安全性〉、すなわち「気遣いや不安のない状態」を保障する点に求めた。逆に言えば、「自然状態が生の不安の極限的な状態、いわばセキュリティの零度として描かれるのは、それを社会状態と対比し、「共通の権力」を設けることが自己の生存をはかるうえで不可避であると説くためだった」[齋藤 2001:27]。要するに、自由を指向する諸個人が「国家社会に服従することを自ら欲するのは、「共通の権力(国家)」が「戦争状態」を終焉させることによって、彼/女らを死から可能な限り遠ざけてくれるからである。ホッブスにとって合法的支配の「合法性」の根拠、すなわち「メタ合法的な審級」とは「死や病や老いや貧困などの不安から可能な限り遠隔化すること」=〈セキュリティ〉であるのだ。
 この〈セキュリティ〉は、近代初期においては「物理的な安全性physical security」の保障、つまり「治安public security」である。自然状態から社会状態への移行(つまり社会契約)の根拠は、ホッブスにおいては暴力死からの安全性、ロックにおいては私的所有の保全を、公権力が持続的に保守し、社会秩序を維持することに置かれていた。
 その後、生の保証の力点は物理的な安全性に加えて「社会保障social security」の次元へと推移していった歴史は言を待たない。以下、ごく簡単に概括しておこう。
 18世紀後半にドイツやオーストリアなどでホッブスの政治学と国富の源泉として人口を捕捉するペティの経済学を結合させた「ポリツァイ学」が登場し、君主は「人民の不死性を気遣う下僕」として表象された。その後、このポリツァイ学はリベラリズムによってその「家父長的政府の専制」や「パターナリズム」が批判されるに至り、「ポリツァイ国家」ではなく「法治国家」が主張されるようになる。ところが、このポリツァイ国家による「過剰な気遣い」を批判したはずの啓蒙時代のリベラリズムこそ、フーコーの「自由を発見した《啓蒙時代》は、規律訓練をも考案したのだった」という言辞の通り、市民社会の秩序の維持のために人々を「啓蒙」し、「服従する意志」を備えた〈市民的主体〉を産出するための「規律訓練(ディシプリン)」という権力テクノロジーを――解剖学や人口統計学などの装置を経由させつつ――遍在的に配備することを可能にした思想であった。
 そして19世紀において「社会保障social security」という概念が自由と平等を両立可能とする指向性のもとに誕生する。この前者の「社会的social」なる概念によって、資本制における諸個人の自由な経済活動の帰結として生じた格差や不平等によりプロレタリアートの安全性が侵犯される構造が作り出されていること、その市民社会の安全性の自己矛盾が告発された。つまり、「社会的」という概念は、諸個人による自由の活動の結果として人間自身によって作り出された不平等で非対称的な体制(システム)や機制(メカニズム)を、再び人間自身の手によって是正・解体してゆく営為を意味している。その意味からすれば、「社会保障」とは、まさに「社会的」に作り出された不平等・不安定な〈安全性〉の状態(=気遣いや不安のある状態)を、「社会的」に改善・解消することで、〈安全性〉(=気遣いや不安のない状態)を堅守してゆこうとする営為に他ならない。そうであるならば、アーレントが言うところの〈社会的なもの〉の勃興、すなわち「社会国家=福祉国家」の形成・発展とは、この〈社会保障〉――福祉・医療・教育・司法などの様々な社会政策――を通じて人々の〈セキュリティ〉を保障するために、「規律訓練」という権力テクノロジーを駆使して管理・統制する「生−権力」を社会内部に隈なく配備することを通じて、社会秩序へと「服従する意志」を内備した〈主体〉を産出してゆく国家の登場を意味しているのである。
 しかしながら、前述した通り、とりわけ80年代以降のネオ・リベラリズムの隆盛にシンクロする形で、この集合的な生の保証は著しく後退し、この集合的な生の保障が支えてきた〈セキュリティ〉と、社会保障を可能にしてきた「社会的連帯=国民的連帯」の現実性は急速に失効化してゆく。このネオ・リベラリズム的転回は、「アンダークラス」などと名づけられ、「余計者」として表象される人々から成る「非−社会」ないし「反−社会」を社会の《外部》に創出する機制によって生の空間の「隔離segregation」あるいは社会空間の「分断divide」を確実に進行する、という意味での「転回」なのである[酒井 2000]。
 ここにおいて社会契約論がその基底において内在していた、社会契約を通じたインセキュリティからセキュリティへの移行という論理と、自然状態での孤立や潜在的対立にある人々を一つの社会へと纏め上げ、統合するという論理は、現在においてその論理の正当性を支えていた現実性それ自体が急激に反転/失効化しつつあるのだ。

【2】〈社会連帯〉の構想――リスクと保険
 重田[2000:142]も述べるように、ケトレによる平均人の「発見」とデュルケムによる社会の正常状態の「発見」が福祉国家を形成する上での重要な思想的・技術的基盤となったことは人口に膾炙した知見であろう。こうした福祉国家の〈社会保障〉の思想を根底から支えた概念が〈リスク〉という概念であり、エヴァルドは『福祉国家』においてこの〈リスクの社会化〉が福祉国家成立の転換点となったことを説明する[Ewald 1986]。エヴァルドはこの〈リスク〉概念に支えられて整備された「労災保険」の誕生によって、かつては事故が起こればその当事者に帰責されていた事態が、19世紀の裁判闘争や労使紛争を契機として、特定の職業領域に必ず内在するリスクとして了解され、「〈個人の責任〉とは別種の〈社会のリスク〉という思想が生まれてくる」ようになったと指摘する。つまり〈社会のリスク〉とは、特定の個人の過失や責任に転嫁されることはなく、それは〈社会〉それ自体に内在する、固有の〈社会的リアリティ〉なのである[重田 2000:143]。この〈社会のリスク〉という発想によって、例えば、実に多種多様なる無数の工場の差異を捨象し(=無限なる差異の通約/抹消)、事故率の数値を集計すること(=統計や確率を通した数値への置換)が意味あるものとして人々に見做されるようになったのだ。
 ここで決定的に重要な点は、デュルケムの近代社会像に端的に見られるような、〈平均的なもの〉=〈正常なもの〉=〈健康なもの〉へと回帰する安定化を指向する社会像が、ないし多様な個人から構成される社会は全体として見た時に「一種独特の力」としての社会の力を内在するという「実在としての社会」像が、人口動態・平均寿命などの「統計」や自殺率や事故率などの「確率」といった権力テクノロジーによって――先述した「生−政治学」の領域内の技術――、本来は個人の感覚や肉眼では認識できないこの〈リスク〉なる概念を感得することを介してまさにリアルなものとして認識することが可能になったという事実である。つまり、数式や数値の形式で表象されても身をもって体得することができない〈リスク〉とは、科学的知への「信頼」を媒介にして、はじめて「見えないものが見えるようになる」現実なのである[Hacking 1990=1999]。加えて、デュルケムの想定した近代社会とは社会分業によって高度に複雑化した社会ではあるが、逆にこの「実在としての社会」が曝されている〈リスク〉という現実性(リアリティ)を諸個人が認識し、そのことによってはじめて〈社会連帯〉なる理念が誕生することになったのだ。それは19世紀における〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力であり、それこそが社会保険を可能にした条件である。換言すれば、保険とは、その社会において統計や確率といったテクノロジーによって創出された「人口」という現実性(リアリティ)が成立している場合のみ適用可能な技術なのである。大澤がJ.ドンズロの秀逸した論考を踏まえて言及しているように[Donzelot 1984]、保険は「それが適用される集合を構成する諸個人の間の連帯を、すなわち諸個人がその集合の範囲内で利他的に振る舞っていることを、含意するのである。保険とは、要するに、アクシデントに見舞われた個人に対して、このアクシデントに責任がない他の諸個人が贈与するシステム」[大澤 1996:193]なのである。こうした〈見えざる連帯〉の理念の下に構成される贈与システムを、「国民国家」を単位にして制度化したものが「社会保険」である。
 一般に社会保障は、諸個人が保険料を拠出しあって集団でリスクに対処するという「リスクの分散」を基本原則とする「社会保険」と【27】、税を財源とした「所得の再配分」を原則とした「福祉(公的扶助)」に大別可能であると言われるが、後者はエリザベス救貧法のような女王の「気遣い」によって臣民が死の不安がなく生きられるような施し(国家による慈善的施策)から、国民国家における主権者である国民の有する権利(社会権ないし生存権)として定位されるようになったという歴史性を有する。従って、両者の制度や歴史性は決定的に異なるものだが、本論の視角から見れば、両者はともに「生−政治学」によって個人の感覚や肉眼では感得できない〈リスク〉なる現実性(リアリティ)を人々は認識可能となり、そのことを通じて「実在としての社会」は想定され――その実在性は「国民国家」へと変転された――、その想定を介して〈社会連帯〉なる理念が誕生し、そしてその理念によってはじめて〈社会保障〉が可能となった、という歴史性に関する限りにおいて同列に論じられるであろう。その意味でこの「実在としての個人」と「実在としての社会」を接続する想像力は極めて19世紀的なものと言える。
 そして、20世紀の「福祉国家」をその基底から支えたのは、この19世紀に構想された〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力によって産み出された〈社会連帯〉という理念であり、社会保障制度とはこの〈社会連帯〉の理念を「財の再配分」へと置換したのである【28】。J.ドンズロが明示したように、「福祉国家」とは、この理念を徹底的に拡張・普遍化しつつ、「家族」という空間を個人と国民国家とを接続する結節点(エージェント)として、すなわち国家による福祉・医療・教育・司法などの様々な諸政策を通じて介入する戦略的拠点として見做し、人々を管理・統制する装置を遍在的に配備してきたのである[Donzelot 1977=1991]。

【3】〈リスク社会〉を可能とする条件――偶有性と集合
 では、「見えないものを見えるようにする」技術である確率や統計などの「科学的知」を通じて認識される〈リスク〉とは現代においていかなる特徴を領有しているのか。
 まずリスクの確率とは、第一に必然性と不可能性の双方の否定によって成立する「偶有性」の地平ではじめて有意味となる。つまり、あり得ないわけではないが、しかし必ずそうなるとも言えないアクシデントについて、何%の確率という数値へと置換して成立する。
 第二には、リスクの確率は多くの場合、ある境界をもった全体ないし集合を前提としている。つまり、リスクの確率の数値は、ある個別のアクシデントを、それを包含する全体ないし集合で分割した分数の数で算出される(例えば、「75歳以上の高齢者の4人に1人が痴呆になる確率がある」などの説明)。この全体ないし集合が、同時に“他でもあり得た”という「偶有性」の地平を切り開くのである[市野川 2000:138]。
 以上のリスクの確率の条件から現代の〈リスク社会〉の5つの特徴を導出しよう。
 第一の特徴は、科学的知による様々なリスクの確率の情報が我々に大量に差し向けられる時、我々は長期的な予測が可能となり(=予測可能性の増大化)、まだ見ぬ将来のリスクに備えて「自らの生涯」や「社会の行く末」をプランニング化・デザイン化することが要請されることになる(=プランニング化・デザイン化の要請の増大化)。この非実在的で自らの経験の内には確認できない〈リスク〉は、科学的知によって数式や数値の形式で提示されることではじめて参照可能となり(見えないものが見えるようになり)、将来のリスクこそが現在の行為を決定するようになるのだ(=「未来から見た現在」という視線の先取り)。これは物質的豊かさを享受し、経済が安定期を遂げた成熟化社会の歴史的帰結である。
 第二には、「あり得ないわけではないが、しかし必ずそうなるとも言えないアクシデント」をその確率の数値へと置換してしまう科学的知は、もともと個人にとっては不可視な未経験の将来のリスクを可視化する働きをすると同時に、高度化・専門分化した科学的知はその増幅に応じて、モダニティの徹底化のために現在にはない新たなリスクを発見/創出するのだ。具体的には、モダニティの過程の中で構造的に付随した「帰結」としての「成人病」予防から(二次予防)、モダニティを徹底化するための「回避目標」としての「生活習慣病」予防(一次予防)への転換と顕在化に、この「新たなリスクの発見/創出」を端的に観察することができるであろう。つまり、〈リスク〉とは所与の何かではなく、専門家システムの領域において常に新たに創出される現実性(リアリティ)(=幻想)である。
 第三には、例えば、現代社会の新しいリスクである「生活習慣病」はその改善こそ「回避目標」とされ、そのための「健康への増進」は疑い得ぬ価値規範となる。つまり、〈健康〉は「問題化されず、また問題化され得ない規範、何の隠喩的説明もしない規範」[Feher & Heller 1994=2000:93]であり、その意味で「現代社会における異論のはさむ余地のない象徴的価値」である一方で、〈健康〉とは端的に「病気ではない状態」を指し示す言表に過ぎない。我々はこの〈健康〉の意味内容の空虚さ(シニフィアン・ゼロ)によって、「異論をはさむ余地のない象徴的価値」である〈健康〉へと逆に誘惑され続け、永遠にその到達点に辿り着くことはなく、ひたすら〈健康〉へと躍起・邁進することになる。それ故、リスクの意味内容の空虚さ(シニフィアン・ゼロ)の支配する現代社会の基調音となる社会的感情は〈不安〉となる。
 第四には、リスクが「偶有的なアクシデントそれ自体が、また偶有的に回避し得るものとして惹起されている」[Luhmann 1991:25]ということであり、常に別様なる選択肢があり得たのではないかと見做される条件下で、あるアクシデントが生起した時、そうした出来事を当該個人の「選択」へと帰責させてしまう状況を招来している。つまり、“他でもあり得た選択を敢えて選択しなかった、あるいは選択しなかったこと自体を選択した”として帰責されてしまう(=自己選択への帰責)という事態が生じることになる。にも関わらず、と言うよりもそれ故に、誰もが偶有的な選択をし得ると定位されてしまうために逆に責任の所在は不透明化し(例えば、「虐待の連鎖」という説明によって、ある幼少時に虐待を受けてきた親の子どもへの虐待の「帰責」はその親の親へも向う)、「責任は不発化」[大澤 2000a:160]する、という事態を招来している。ここで決定的に重要な点は、自己選択への帰責することの高まる要求が、責任の不発化の可能性の高まりによって相殺されてゆく中で、〈責任〉概念自体が曖昧化し霧消化してしまうという時代状況である。
 以上までに示したように、〈リスク社会〉の特徴は、@予測可能性の増大によってまだ来ぬ未来のリスクから現在をプランニング化・デザイン化することが可能となったこと、Aモダニティの徹底化のために常に新たなリスクを発見/創出する機制(メカニズム)を孕んでいること、Bリスクの意味内容の空虚さ(シニフィアン・ゼロ)によって逆に人々はその回避へと躍起になり、その〈不安〉は増大すること、C自己選択への帰責の要求は強化が、責任の不発化の高まりによって相殺される結果、〈責任〉概念自体が霧消化するという事態などに観察される。そこで、今度は次のように問うてみよう。なぜこのような〈リスク社会化〉が可能となったのか、そこで定位されている〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力とはいかなるものであるのか、と。

【4】〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力
 既述した通り、19世紀末における〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力とは、「生−政治学」によって個人の感覚や肉眼では感得できないまだ来ぬ未来の〈リスク〉を認識することを通じて、「実在としての社会」をリアルなものとして認識することを可能にした想像力であった。それこそが〈社会連帯〉なる理念を誕生させ、この〈見えざる連帯〉を審級として〈社会保障〉は成立可能となったのであった。これに対して、20世紀の〈個人〉と〈社会〉を接続する想像力とは一体いかなるものであるのか。
 極めて乱暴に論及すると、19世紀的想像力とは〈個人〉と〈社会〉は同時に存在する実在として想定・表象されたのに対して、20世紀的な想像力とは〈個人〉は実在するが〈社会〉は仮想的にしか存在しない、あるいは〈社会〉は仮想的に存在するものとして想像するものである。しかし、実在/仮想という思考の地平において、仮想たる〈社会〉を言説化すると、言説化した瞬間に仮想であるはずの〈社会〉が実在するかのように変転してしまうという、無限の仮象の無限遡及的な措定という隘路へと陥ってしまう。20世紀の想像力はこの〈社会〉という全体を語るという行為に対して極めて禁欲的であるかのように見えるが、その実、〈社会〉をメタ的視点で語るという言表それ自体が、すでにメタ的視点から〈社会〉という全体を鳥瞰視して語るという帰結を招くのだ[遠藤 2000:52-60]。つまり、個人の実在性/社会の仮想性という地平においては、19世紀的想像力ように〈社会〉を素朴に実在と見做し得ないが故に、常にメタ的視点から〈社会〉を語るという欲望へと誰もが誘惑され、そのメタ的視点からの〈社会〉への語りそれ自体が再びメタ的視点を《先取り》しているという自己欺瞞を孕まざるを得ないという事態へと帰着する結果、仮想としての〈社会〉に内在するリスクは再び実在としての〈個人〉へと回帰することとなる。
 例示すると、個々人の飲酒や禁煙という行為が集合のデータとして集積され、ガンの罹患率は算出される。つまり、リスクは禁煙・飲酒・遺伝子・環境などの因子に一旦は微分された上で、それらのデータが一定数の人々の集合を単位として積分される(例えば1日タバコを20本以上喫煙する50歳男性のガンの罹患率など)。そしてこの時、一旦はリスクの要因や確率へと解体された主体は、このリスクの要因や確率が提示された途端、それらを参照する〈主体〉として再び突き返されることになる。特に、現代社会のように血糖値、BMI、尿酸値などの数値や確率が氾濫する中で、諸個人は〈見えざる連帯〉をもはや想定することは不可能となるため、ひたすら自らの生命や人生を自己管理・自己統制する〈リスク・マネジメントの主体〉として産出されてゆくのである。説明するまでもなく、この〈リスク・マネジメントの主体〉の創出は、「福祉国家の機能低下によって社会政策の目標が、規律訓練の主体の創出から、フレキシブルな――そしてリフレキシブルな――リスク管理が可能な主体の創出へとシフト」する中で、つまりは「リスク管理のプライヴァタイゼーション」が「ネオ・リベラリズムの主体化のドライブ」[渋谷 1999:95]として社会の隅々まで配備されることを通じて為し得るのである。
 換言すれば、極めて膨大な「科学的知」の情報によって、現代社会における個人は自らの生命や人生を自己管理・自己統制する〈リスク・マネジメントの主体〉として、未来のリスクが生起した地点の視線から現在を自らプランニング化・デザイン化し、常に新たなリスクが発見/創出されてゆく機制(メカニズム)の中でこの〈主体〉の意識を強化してゆく。更に、リスクの意味内容の空虚さ(シニフィアン・ゼロ)によってその回避へと躍起になり、その〈不安〉に常に脅え続けることになる。その結果、この〈リスク社会〉たる現代においては〈責任〉概念自体が霧消化してしまうのだ。そして、この〈リスク・マネジメントの主体〉こそ「仮想としての社会」という地点から、常にメタ的視点で〈社会〉を語ることを欲望する主体なのである。
 夥しく要因や数値へと置換され、氾濫する情報の前で、実在としての社会を想像することはもはや不可能である。だからリスク社会における個人にとって社会は仮想でしかない。にもかかわらず、未来のリスクは集合(社会)を単位として算出される。その時、主体は未来の〈社会のリスク〉というメタ的視点を《先取り》ながら、それは〈社会〉へ上向せず、その眼差しは常に自己帰還する。だからこそ、〈リスク・マネジメントの主体〉は未来における〈社会のリスク〉の地点の視線から現在の自己を管理・統制する他はないのだ。そこにかつての〈社会保障〉を可能にした〈社会連帯〉をもはや見出すことはできない。
 ここでは例の《因果の系図》が前景化することによって〈自由〉は感得できなくなると同時に、責任は各々へと帰還/結合化するために責任もまた不発化しているのだ。実感に照らして表現するのであれば、〈自由〉の領域は、“存在すると言えば存在するように思えるが、存在しないと言えば存在しないように思えてしまう”ような、極度に曖昧で二律背反的なものとして感受される。これが現代社会における我々の〈自由〉なのだ!

3.自由と正義――〈他者〉と邂逅する場所で
 イグナティエフが、見事な描写によって明確に示したように、社会国家=福祉国家は「未知による連帯」[立岩 2000:197]あるいは「見知らぬ他者たちstrangers」の間の非人称の連帯を国民国家が強制的に課し、制度化した。

「彼らにはいくつかのニーズがあり、そして彼らが福祉国家というものの内部で生きているがゆえに、これらのニーズは、私たちと同じようなひとたちがもつ資源に対する権限-権利を彼らに授与することになる。彼らのニーズと彼らの権限は、私と彼らのあいだに沈黙の関係を設定する。私たちが郵便局で一緒の列に並ぶとき、老人たちが年金小切手を現金化すると同時に私の所得のごく一部が、国家の数知れない毛細血管を通じて彼らのポケットに移転されるわけだ。私と彼らの関係がなにものかに媒介されているという性質を有していることは、私たちのどちらにとっても必要不可欠のように思われる。彼らはあくまでも国家の世話になっているのであって、直接私の世話になっているのではない。そして私たちは共にそのことを喜ばしく思っている。それでいながら、この媒介が私たちのあいだを壁で仕切って、どれほどお互いに引き離すことになるかを、私は充分に承知している。私たちはお互いに責任を引き受けているが、お互いに対して直接応答する責任を負ってはいないのだ」[Ignatieff 1984=1999:15]。

 国家が媒介する非人称の連帯は、「彼らのニーズと彼らの権限は、私と彼らのあいだに沈黙の関係を設定する」ことで、人称的な関係に随伴しがちな依存/従属の関係を廃棄するが故に、人々は誰かへの遠慮や気兼ねをして自らの声を飲み込む必要はない。そして、この点こそが決定的に重要なのだが、そのことによって連帯の果実を享受する人々をなおも政治的空間に参与することを可能とさせる。声を届けようとする意思が妨げられない。「国家の数知れない毛細血管を通じて」移転される基本財、そして「どれほどお互いに引き離すことになるか」を承知し、「お互いに責任を引き受け」ながら「お互いに対して直接応答する責任を負ってはいない」こと、こうした条件が「社会連帯」を構成するのだ。
 しかし、その一方でイグナティエフは以下のようにも語る。

「権利用語は、場合によっては個人が集団に向けて、あるいは集団に抗して掲げるかもしれない諸要求を言い表すための豊かな土着語とでも言うべきものになる。だが、それに比べて集団の求める個人のニーズを表現する一手段としては、貧弱なものとなっている。それが表現しているのはお互いの権利を尊重する友愛という人間的理想であって、またそれが擁護しうるものは、私たちはみな権利を保有する生き物として共通のアイデンティティを持つという点で尊厳をもって遇されるべきだという主張だけなのだ。しかしながら、私たちは権利を保有する生き物より以上の存在であって、人格には権利よりももっと尊重されて然るべきものがある。今日、行政当局が示す善意とは、人格としての個人の品位を貶めておきながら、個人の権利は尊重するということであるらしい。……私の住まいの戸口の他者たちは、たしかに福祉を受ける権利をもっている。しかし、こうした権利を管轄する役人からはたして彼らが相応の尊厳と思いやりを受けているかどうかは、まったく別の問題なのだ」[Ignatieff 1984=1999:21]

 イグナティエフは、「個人のニーズを表現する」言語が「貧弱なもの」であること、「友愛、愛情、帰属感、尊厳、尊敬」を権利に翻訳することが困難なニーズであることを指摘しつつ、それらが公共的空間において人間にとって極めて切実なニーズであることが語られる必要があることを、すなわち制度上の対応は困難であったとしても、人々の間で「呼びかけ」と「応答」が行われるべきニーズとして不断に確認されることを主張している。そして、それは社会国家=福祉国家の課す「未知による連帯」によって基本財の配分が行われることが条件となる。この平等の論理の根拠をラクラウ=ムフは以下のように述べる。

「根源的な複数主義が民主主義的であるのは、おのおのの項のひとつひとつの自己構成性が、平等主義的想像力の位置移動の結果である限りでのみなのである。かくして、根源的で複数的な民主主義のための企図は、まずもって等価的・平等的論理の一般化という土台のうえでの、諸領域の最大限の自律化を求める闘争にほかならないのである」[Laclau & Mouffe 1985=1992:264]

 ただ、「他者たちは、たしかに福祉を受ける権利をもっている」にもかかわらず、「権利を管轄する役人からはたして彼らが相応の尊厳と思いやりを受けているかどうかは、まったく別の問題」であるとイグナティエフが言うように、この「別の問題」を平等の論理とどのように接続するかという問題を考えるかが重要である。ここでは〈他者〉が承認される場所、共約不可能な〈他者〉との邂逅する空間をどこに定位させるか、そこでの〈正義〉はいかにして可能かという問題が問われているのである。これこそ本稿が最後に問うべき決定的に重要な課題である――〈正義〉の自己攪乱的/自己破壊的な接続へ向けて。

【1】〈正義〉のありか
 〈正義〉を根底から/徹底的に(ラディカルに)再考する上で、正義を文化的正義(承認の政治)と経済的正義(再配分の政治)に分けて/分けないで思考することをめぐって為された近年のフェミニズムにおける論争を回避して論を進めるわけにはいかない。
 論争は、I.M.ヤングの『正義と差異の政治』を発端とし、ここで彼女は、集団的差異が諸個人に異議申し立てなどを実践してゆくための声を発することを可能にし、またその声は集団内部の個人を代表することで正義が履行されるとした[Young 1990]。これに対し、N.フレイザーは「再配分か承認か?」の中で、ヤングが混同している、差異の承認という文化的正義と財の再配分という経済的正義を分析的に区別した上で、前者が差異の容認を要請するのに対し、後者は差異(格差)の解消を目指しているために、両者は「再配分−承認のジレンマ」に陥ると指摘する[Fraser 1995]。そしてこうしたジレンマを突破する方策として、容認可能な差異と容認不可能な差異の間に「差異」を設定して、いずれの差異が正当であるのかを正義に照応させて判断する必要性を主張した。
 このフレイザーによる批判に対して、ヤングは「手に負えないカテゴリー」でフレイザーの「二元論システム」を批判し、「再配分の政治/承認の政治」という分断は理論家の恣意的な仮構であり、現実は両者が渾淆するようにして不正義が行使されていることをフレイザーは看過していると反論した[Young 1997]。更にその後、フレイザーはヤングへ再応答する形で、差異を「肯定(アファーム)」して既存の体制を強化・補完するのではなく、差異それ自体を根本的に「変革(トランスフォーム)」する(自由主義福祉国家や多文化主義とは異なる)「脱構築的」で「社会主義的」戦略を提唱した。ヤングにはこの視点が欠落していると再び反論した。
 更には、J.バトラーが「単に文化的な」においてフレイザーの「再配分の政治/承認の政治」の二元論を批判し、二元論の連接性が問題ではなく、文化的な承認をめぐる政治が再配分の制度そのものを構築している点こそ明示する必要があると強調した。そして今度は、そのバトラー批判に対してフレイザーが反論するといった攻防が続いている【29】
 しかし、この論争におけるそれぞれの立場は基底的な部分で各々危うさを孕んでいる【30】。まず、フレイザーの「再配分の政治/承認の政治」という分断は、差異をめぐる言説が個人の身体に対して物質化・社会化する効果を結果的に隠蔽化してしまう。例えば、ゲイ/レズビアンというカテゴリーの産出を通じて、我々の日常においては常に既に「正常な」性的身体が行為遂行的(パフォーマティヴ)に作り出されており、こうした実践を通してヘテロセクシズムの/による再生産は維持されてゆくのである[天田 2001a:35]。それ故、二元論はやはり説明力をもたない。むしろ「再配分の政治/承認の政治」の分断が「妥当なもの」と思わせている機制それ自体を射程にした分析が要請されている。加えて、フレイザーは差異それ自体を根本的に「変革(トランスフォーム)」する必要性を説きながら、容認可能/不可能な差異を判断する際の基準(=正義)それ自体を特権的位置に設置しており、自己論駁的論理へと帰着してしまっている――差異それ自体が根本的に「脱構築」されるのであれば、差異の判断基準(=正義)それ自体も撹乱されるはずだ。こうした議論の自己撞着の危うさは彼女の「対抗的な公共性counter publics」という概念にも当て嵌まる。彼女は公的領域/私的領域を厳密に分割・切断するのではなく、「個人的なこと」と指し示されてきた現実がこの「対抗的な公共性」において共通の関心事として語られることを通して、それを「個人的なこと」と思わせている装置や機制(メカニズム)それ自体が問題として捉えられる結果、言説の配分=配置(エコノミー)が再編されていくと主張する【31】。しかし、その「対抗的な公共性」においてそれまで「個人的なこと」と詐称してきた言説権力が必ずしも変革されるわけではない。むしろ「対抗的な公共性」における「正義」を外挿的に密輸してしまうために、聞き届けられない声、語る−聞くの交通の困難性が埒外に置かれてしまう――恐らく彼女が「もうひとつのプラグマティズム」[Fraser 1998=2001]の提唱への誘惑に抗えないのはこうした理由によるだろう。
 ヤングやW.キムリッカは、これまでの権利保障は法の一般化と権利の普遍化に立脚するが故に、支配集団の特定の見地や利益の絶対化を隠蔽化し、個々の集団の差異を抑圧してマイノリティの同化/排除へと帰結してしまうと批判し、「権利保障の二元的システム」――全ての市民に例外なく画一的に基本的人権を保障すると同時に、具体的状況に応じて平等を実質的に保障するために、一定集団に特別措置を講じ、特定の集団的権利を認可する――を提唱している[Young 1999:96-120]。ヤングは「権利保障の二元的システム」による平等と差異の同時保証を強調するが、両者がどのようにして接合するのか、あるいは「普遍」と「個別」がどのように連接するのかについては極めて不明瞭である。また、差異への要求の声がマイノリティを代表することを通じて正義が履行されると彼女は言うが、集団内部でその差異は一枚岩的ではないし、恒常的で普遍的な差異でもない。逆にヤングが想定するような「共通」の差異から除外され、抑圧された声は聞き届けられずに停滞し、語ることが困難/不可能である者が常に存在する事実が暗黙のうちに抹消されてゆく。
 上記における論争では、文化的正義と経済的正義を分ける/分けないという問題と、普遍(平等)/特殊(差異)という問題は争点となっているものの、語ることの可能性(「対抗的な公共性」ないし「代表制」へと接合)がナイーブに提唱されながら、共約不可能性と「聞く」という行為の可能性が照準されていない点は同様である。思い出して頂きたい。こうした論点は第1章で概括したリベラリズムをめぐって為された「差異の還元/抹消」と「差異の承認」の議論での対立の構図と同型であることが分かるであろう。

【2】プラグマティズムの正義――〈外部〉の抹消
 かつてアメリカ版ポストモダンの旗手の一人と称されていたR.ローティによる80年代の《アメリカ的立憲−社会民主主義》への強烈なコミットメントと、ド・マン、ラクラウ=ムフ、コノリーらのポストモダン的政治理論への懐疑は、90年代に入ると更に過剰な文化左翼(cultural left)への批判、アメリカへの愛国心の称揚へと展開してゆくが、こうした「ローティの90年代的振舞いを通してみえてくる、プラグマティズムという「立場をとることを拒む」思想、しばしばアメリカという本質=民族なき国家への屈折した愛国心と共振してしまう《思想なき思想》のプロブレマティック」[北田 2001:41]について考察した北田論文は迫力のある卓越した論文である。
 北田が整理するように、ローティの文化左翼批判には、主に@知識人の傲慢批判(政治/哲学の位相差を後者の優位の下に混同し、理念の専門家=哲学者の特権を確保する)、A知識人の傍観者批判(現実政治に無効的な理論を偏重する)、B反本質主義を「本質化」してしまう危険性の3つの次元が渾然とした形で内包されている。ローティは「改良主義的」「社会民主主義的」で「アイデンティティの政治学よりは再配分の政治」に関心を抱く〈希望の党派〉=在来左翼(residual left)が立憲民主制のもとでの法や経済の斬新的改良を目指し、社会改革にアクティブに取り組むのに対して、文化左翼はこうした在来左翼ではない「何か」=残余である[北田 2001:42-44]。
 ローティは自らの立場とフーコーやハーバーマスの違いを自ら以下のように語る。「要するに、私のいうリベラルなユートピア市民とは、道徳上の熟考をする際の自分の言語が、したがって自分の良心が、さらには自分の共同体が、偶然性を帯びているという感覚をもつ人びとなのである。…(中略)…ミシェル・フーコーはリベラルになるのをいやがるアイロニストであるのに対し、ユルゲン・ハーバーマスはアイロニストになるのをいやがるリベラルである、と」[Rorty 1989=2000:130]。ここにアイロニストであると同時にリベラリストである、「私的な自己創造の領域/公共的な正義を問題にする領域」「野性の蘭/トロツキー」の分離・併存を強調するローティの明確な立脚点が語られている。
 ところで、ローティはプラグマティズムに立脚しながらも、文化左翼批判の「根拠」となっている哲学/政治−領域の混同禁止論はそれ自体プラグマティズムによって正当化されえない。つまり、ローティのプラグマティズムは自己反駁的であるのだ。換言すれば、それは「自らの経験主義を正当化することを断念しつつも自らの言説の真理性を「実証する」ことができない、というラディカルな経験主義についてまわる避け難いアポリア」であり、《思想なき思想》としてのローティ・プラグマティズムの帰結であるのだ。
 ここでローティの思想は二重の意味での他者性の抹消を行ってしまうことになる。それは第一に「理由・根拠による正当化を放棄した《思想なき思想》は、対他的な人間関係における理に適った(reason-able)対話可能性を、したがって他なる規約を携えた他者との邂逅を抑圧してしまう」という点で。第二には「様々な差異に実定性をもたせる《規準》を脱構築するローティの試みは、人間による記述に対し疑義を突きつけてくる他者(自然)への責任=応答可能性を投擲し、結果的にプラグマティズムの屋台骨である因果の世界をも突き崩してしまう」という他者性の抹消である。これはアイロニーに他ならない【32】
 更には、ローティの思想を基底から支えるプラグマティズムという《思想なき思想》が孕む欲望を、「アメリカの夢という麗句に置き換えるとき、「哲学に対する民主主義の優位」は「哲学に対するアメリカの優位」と同義」となる[北田 2001:69]。
 ちなみにローティは、カントやホッブスの理論を「それ以前の政治をめぐる語彙体系を「創造的に誤用」しつつ、具体的な政治的制度の成立に繋がる信念の変化を因果的に促したかもしれないが、決して彼らの自我論や言語理論が、演繹的・概念的に具体的な政治体制を導いたわけ」ではないと批判し、また「福祉国家的再配分や人権保護といったリベラルな理念が、規律・訓練の権力装置として機能してきた歴史を掘り起こし、その罠や不可能性を繰り返し力説する文化左翼」の「傍観者的」態度を非難する。
 こうしたローティの苛立ちは、従来の政治経済的言説の中から排除されてきた政治的契機を〈文化〉の視座から照準化するという文化左翼のプロジェクトが、逆説的に実効的な政治、ピースミール的な社会変革を指向するリベラルな政治を頓挫させてしまっている事態に向けられている。しかし、何よりも社会現前の他者の被る苦痛・侮辱を軽減/救済しようとするリベラルな政治が、実定的な社会制度への注視を放棄した文化左翼によって抑圧されていることへの強い苛立ちである。ローティはこの「苦痛・侮辱への感受性」を個別的な文化的差異を横断する領域において設定される公共的なものとして位置づけており、それが「愛国主義(パトリオティズム)」を基底から支えると述べるのである【33】。ここにおいてローティ流のアイロニカルなリベラリズムと多文化主義を提唱するテイラーの「もう一つのリベラリズム」は、「普遍」への指向性を断念し、アイロニカルに西欧の伝統(ローティ)あるいは個別的な文化(テイラー)へとコミットメントするというエスノセントリズムの点において通奏低音している――メタ的視点からの「普遍」の樹立を放棄し、差異の還元/抹消が可能となる(と思えるような)自文化という「地平」へのアイロニカルなコミットメント。
 ここで決定的に重要な点は、ローティの〈社会民主主義〉や「バザール」概念、ロールズの〈重なり合う合意〉、ノージックのユートピア論のいずれにおいても共通する想定は「いかなる成員も参加可能な場(アリーナ)」=「会話の政治」の設置が「正義」の根拠となっていることである。であるからこそ、その場に参加困難/不可能な者、参加したくない者、あるいは参加したにもかかわらず沈黙するしか為す術がない者、声を閉ざしてしまう者が、「いかなる成員も参加可能な場」という想定や実践自体によって、逆に構造的に排除されている〈他者〉の存在が忘却されているという事実が見落とされてしまうのである。ローティの振る舞いの背後にプラグマティズムを見るのであれば、恐らくプラグマティズムの正義とはいかなる成員も参加可能な場(アリーナ)が設置された上で「会話の政治」が行われているという事実によって、行為遂行的に「正義」が打ち立てられるのである。それ故に、プラグマティズムの正義は常に〈他者〉の抹消を随伴する機序を契機に発動するのだ。

【3】〈普遍〉から〈正義〉へ
 ラクラウは「社会的敵対性」によって社会が構成されることを詳説しながら、一方では「解放」の不可能性を指摘する。「解放Emancipation」とは、いわば〈解放前−社会〉と〈解放後−社会〉を切断・分断することによって、その断絶や不連続性を強調化する概念であるが、解放前後にもしも何の接点も連続もないのであるとするならば、両者を比較・参照することは不可能であるために両者の差異を同定することもまた不可能となる。「何か」を切断・分断するという所作は、実は、切断・分断された2つがその設定された境界線に両者に依属しているということを含んでおり、「何か」の分節化(=2つに分けること)が同時に「何か」を節合化(=2つを繋ぐこと)を意味してしまうのである[Laclau 1996]。
 こうした解放の不可能性は、キリスト教神学においては巧妙に隠蔽化されていたのだが、それは人間の世俗を超越した〈普遍性〉としての神の意志を先取り=取り込みする形で可能となってしたのだ。社会変革が神の意志を受肉した解放者によって為されることで、解放者は世俗の民の一人として特殊な存在であると同時に、神の意志を体現するという意味で普遍性の表象となる。つまり、〈特殊性〉と〈普遍性〉が順接する形をとることで解放の不可能性が隠蔽化されていたのである。したがって、解放前後の社会の境目や、社会変革が本当に解放であるのかは人間にとって不可知であり、それこそ「神のみぞ知る」ことなのである――解放者はその神の意思を受肉した体現者に過ぎない。
 こうした神の保証が担保されない現代社会にあっては、かつての〈神〉の審級が占めていた玉座を何とか埋めようと試みる。それは、例えば多文化主義の自文化の解放に見られるが、こうした純粋な特殊主義は端的に不可能であると言う。例えば、多文化主義は自らの文化の独自性を強調するが、それは「個人」の権利要求というリベラリズムの枠組みを前提にしつつ、これを「集団」まで拡張して、文化的な共同体単位の権利要求をしている。そうすると、多文化主義は多元性という〈普遍性〉を前提として成立しており、その意味では論理構成上「集団」内部の差異性・多元性を無限に認めざるを得ないため、結果として、個別的な文化共同体の〈同一性〉は担保不可能となる。結局、多文化主義は自らの前提によって自らの主義を破壊することへと帰結する。
 こうしてラクラウは、多文化主義のイデオロギーのように固定的に「われわれ」の同定・限定するのではなく、より説得力のある魅力的なイデオロギーを提示することによって人々に「呼びかけ」してゆくことで、ヘゲモニー闘争へ展開することの意義を強調するのである。要するに、より優勢な分節/節合化(アーティキュレーション)のためのイデオロギー的なヘゲモニックな闘争こそが政治的な課題であり、その闘争のあり方が政治的な勝利への鍵である!
 無論、ラクラウは〈普遍性〉を強調しながらもその不可能性を知悉しているが故に、その〈普遍性〉は「普遍性の不在」によって永続されるような、言い換えれば誰もがそこにコミットメントして差異を確認しながら共通のコミュニケーション空間に立てるような「空虚なシニフィアン」である必要があると主張しているのである[Laclau 1996]。
 しかし、「普遍性の不在」という〈普遍〉は一体何を意味しているのであろうか。以下ではこの点を確認しつつ、〈普遍〉ではなく〈正義〉を、〈他者〉の翻訳の残余が求める〈正義〉の視点から主張していきたい。
 S.ジジェクは『イデオロギーの崇高な対象』において、これまでの知識人はイデオロギーの幻想性・虚構性・仮構性を批判し、それによって市井の人々をイデオロギーから解放させるべく〈啓蒙〉してきた。しかしながら、現代社会において人々は、そんな知識人の指摘するイデオロギーのフィクショナリティなどは百も承知でありながら、アイロニカルなコミットメントを続けてしまうという逆説を見事に詳述している[Zizek 1989=2000]。神がいないこと、反ユダヤ主義が真理ではないこと、ナショナリズムが幻想に過ぎないことを知りながらも、幻想を信じたように振る舞い続けることのは、それが「快」であるからである――逆に言えば、幻想を信じているように生きることで得られる「快」を手放すことによって(その結果、自らのアイデンティティの空虚さや砂を噛み締めるような現実を生きるしかないことを痛感することによって)直ちに自己へと差し向けられる「自己への暴力」に耐えられないのである。
 先ほどローティ流のリベラリズムと多文化主義は、「普遍」への指向性を断念し、当該文化へとアイロニカルにコミットメントすると説明したが、まさに現代はアイロニカルなコミットメントによって、自らに差し向けられるアイデンティティへの暴力性による撹乱を回避し、自閉的に「自文化」を定位させてしまうことで常に〈他者〉を抹消してしまう。

【4】〈他者〉との邂逅
 表象の空間において「設定される、わたし/あなた、わたしのもの/あなたのもの、自/他の境界線をあたかも自然で所与だと考えるのは、この境界設定が政治的なものであることを隠蔽するばかりではなく、この設定そのものを脱政治化することでもある。こうした境界設定という「行為の意味を定義する力をもっているのは、誰なのかという問い」、まさに政治的な問いが退けられてしまうからである」[大川 1999:99/傍点引用者]。
 〈正義〉とは、デリダの名文の通り、力の行使としての言語活動が「自分自身で自分の絶対的な武装解除を行う運動というかたちでなされる」[Derrida 1994=1999:23]ものであり、それ故に、正義は自らの基盤的前提を突き崩しながら為される行為である。
 だから、「正義への訴えかけは、表象可能なシステムの内側ではなく、その境域で――表象可能性と表象不可能性の境目で――なされるものである。だからこそそれは、比喩的にも、あるいは現実的にも、一つの言語の内部でおこなわれるのではなく、〈聞きえぬもの〉を語り、〈語りえぬもの〉を聞こうとする「翻訳の(不)可能性」としておこなわれる」[竹村 2001:270]のである。以下の竹村の論考は多少長いが引用に値する名文である。

「オルタナティブな普遍は、正義へ訴えかけが当初から意図していたものではなく、事後的に構築された結果にすぎない。たしかに、表象不能なものに正当な表象を与えるあたらしい制度(オルタナティブな普遍)の誕生は、〈聞きえぬもの〉を語り、〈語りえぬもの〉を聞こうとする翻訳が一義的に求めていた「正当さ」の成就ではある。だが、沈黙化の暴力に挑戦する狂気は、事後的になされる偶発的な普遍の再編をつうじて、言語の縫合作用のさらに奥深くに縫い込められ、翻訳のさらなる残余として残される。だから普遍の舞台でくりかえし上演されているのは、普遍そのものではなく、狂気であり、もっと正確に言えば、普遍を演じる狂気の挫折であり、終わりのない翻訳に否応なくわたしたちを駆り立てるものは、その挫折した怒りが発する正義への訴えかけではないだろうか」[竹村 2001:272]

 〈正義〉の定位する空間は、リベラリズムの思想や構想の埒外に置かれた〈他者〉、あるいはハーバーマスの提唱した公共性から放擲/放置された〈他者〉、ギデンズらが排除/忘却したような〈他者〉、ローティが抹消した〈他者〉、すなわち「合意」や「討議」や「暫定協定」や「コミュニティ」の《場》にさえ参加するのが困難な――「参加する現実」それ自体が構造的に簒奪されている――共約不可能な《他者》の「呼びかけ」への「応答可能性」による行為遂行的な実践(パフォーマティヴィティ)の只中において構成されるのだ。それは、忘却された〈他者〉の沈黙、物語の亀裂や罅や疵跡、語り得ない〈現実〉の余剰性に、つまりは〈他者〉の〈語り得ないもの〉こそ、〈正義〉の倫理的根拠とすることでもある。
 我々は、自らの苦悩や不安に対して沈黙するしかない、語る術を持っていない他者を忘却しているという事実によって、あるいは〈他者〉の忘却という理論的含意を受容/黙認しているという事実によって、自らの位置性(positionality)を文字通り痛感しなければならない。言い換えれば、忘却された〈他者〉によって、あるいは忘却可能ならしめている空間に我々が立っているという事実によって、我々は自らが「何者であるか」という位置性を感受することが可能となる。そして、そのことによって我々はそれまで忘却してきた〈他者〉からの非難に、たとえそれが無言の非難であったとしても、当然晒されることで、自らのアイデンティティを脱臼=転位(dislocating)することが可能となるのだ。現在、我々に問われているのは、自らの〈自己同一性〉を脱臼=転位させながら、他者のその「呼びかけ」の声にいかに応答するか、である[天田 2001b:10-11]。
 しかしながら、我々は自らをいかなる者として答えるかを発話に先立って自ら選び取ることはできない。他者のこの「呼びかけ」の声に対する我々の〈応答可能性=責任〉が、私が他者といかなる関係を切り結ぼうとしているかを自ずと証明することになる。
 〈他者〉は表象不可能でありながら「応答」するべきであるという事実に拘泥しつつ、この《他者性》によって自らのアイデンティティを脱臼=転位させることを通じた〈応答可能性=責任〉の可能性、それが〈他者〉を参照衝軸として転回する〈正義〉の空間からの転移=〈自由〉の倫理的根拠なのである【34】

【註】
【1】 現在におけるリベラリズムは多種多様で、一括りにできるほど一枚岩なイデオロギーではない。J.グレイはリベラリズム共通する特徴として個人主義、平等主義、普遍主義、改革主義を挙げているが[Gray 1986=1991:5]、仮にリベラリズムの諸議論がそうした主義をそれぞれ内備=布置しているとしても、その論理構成やそこから導出される主張はやはり相当に多様である。しかし概ね現在多くの場合指定されるリベラリズムは、ロールズに代表される「ウェルフェア・リベラリズム」「リベラル・イガリタリアニズム」を意味していると言えよう[立岩 2001a:73]。他方、リバタリアニズムとは徹底して自由に照準した上で自らが措定する自由を純化させようとした主義であると一先ず指示しておこう。本稿はリベラリズムを概括することが目的ではないので、詳細はグレイ[Gray 1986=1991]、稲葉[1999]、数土[2000]などを参照されたい。また、ネオ・リベラリズムに対する卓越した批判としては酒井[2001]が、ポスト・リベラリズムを概括・整理したものとしては有賀・伊藤・松井[2001]が示唆に富む好著である。
【2】 冷戦の崩壊後、それまで人々のアイデンティティを制作可能たらしめてきた審級が完全に失われたことはもはや説明する必要さえないであろう――最もこうした現象は70年代以降から顕現していたことであるため、完全にそうした状況を人々が痛感したというのが精確だろう。現代において、冷戦期の「我々/彼ら」ないし「友/敵」という分節化が旧来の種々の対立関係の復興と結合化される状況で、エスノ・ナショナリズム、原理主義、テロリズム、新興宗教が勃興しているのだ。逆に言えば、冷戦期のようにもはや我々の「外部」に「敵」は存在せず、現代社会は「内部」にこそ「敵」が潜伏していると思えるような空間へと変転した。だから、この度の米英両軍によるアフガニスタンへの攻撃は「内戦」なのだ。
【3】 冷戦の時代はまさに「鉄のカーテン」の事実性ゆえに、換言すれば「壁」の向こう側が不可視化/隠蔽化されていたがゆえにコミュニズムの可能性が幻想化し得たのだ。まさに左翼陣営のラディカリティはこうした状況によって産出可能であった。しかし冷戦後の今日において左翼陣営の選択し得る実践は、既存の政治体制の枠組を肯定した上で、現実可能性を保持したオルタナティブな改革を提示するか――しかしこれではラディカルな主張をしていたはずが既存の政治体制の枠組を補強してしまう――、徹底してラディカルな批判的言説を産出してゆくという方法――しかしこの方法では実践との接続が困難化し無行動になるためにやはり既存の政治体制を補完してしまう――に限定化されてしまう、という「出口なし」に陥る危険性が高い。
【4】 18世紀後半のA.スミスの「神の見えざる手」に端的に要諦されるような自由主義は戦後のケインズ的福祉国家の誕生によって一度はその勢力が失墜したが、1970年代以降における福祉国家批判の言説とパラレルな形で、経済学でのハイエクやフリードマンらのネオリベラリズム、ノージックのリバタリアニズムが脚光を浴びることになる。いずれも福祉国家や計画経済を批判し、市場機構とそこで実現される個人の自由を擁護することを思想的基盤とする。
【5】 ノージックはロールズを批判して「原初状態において無知のヴェールの背後で原理群について決定しようとする人々が直面している決定問題のあり方が、結果状態の配分原理しかないように彼らを制約しているのである。自己利益志向の個人はどんな非結果状態原理をも、それが彼にとってどんな結果をもたらすかの観点から評価する」[Norzic 1974=1985:335]と語る。歴史原理に定位するノージックにとってこうしたロールズ流の原初状態の想定は受け入れられない。
【6】 この点はロックがそのような自己を想定していたかを重ね合わせて考えると大変興味深い点ではあるが、紙面の関係上省略する。ちなみに、D.パーフィットの自己論はロックの自己論の現代的改良版とも言え、ロックが人格の同一性を記憶の継続性に措定したのと同様に、パーフィットも記憶の継起性に置いている[Parfit 1984=1998]。
【7】 ルソーの社会契約や全体意思と〈友愛〉との関係については拙稿[天田 2001:40-41]を参照。
【8】 岡野は、細谷実[1997]のリベラル・フェミニズムの特徴を引用し、「@個人主義的で、A改良主義的である。また、B公/私二元論を承認し、C公の領域における参加と平等、私的領域での個別性と自由のために、運動してきた。そして、このような運動形態の根底にある政治イメージは、「個人的な利害を追及する自由な諸個人が行う権力配分ゲーム」である。さらに、その政治イメージは「権力配分ゲームであるから、当然ながら、配分されるべき権力が存在する場所、すなわちパブリックな領域にのみゲームは存在することになる」」とまとめる[岡野 2001b:7]。
【9】 すなわち「この現実性を取り払われた/脱身体化されたdisembodied人格は、社会に入る以前にすでに或る特定の権利、利害関心、ニーズを持っており、自らの判断にしたがってそれらを追及しようと考えられている」[岡野 2001b:15]。
【10】 こうして「フェミニズムは、リベラリズムの「男性中心主義」という「暗黙の価値前提」を批判していたはずなのに、いつのまにかフェミニズム自身の「暗黙の価値前提」を批判される側に立たされることになるのである」[江原 2001b:182]。特に1970年代以降、既存のフェミニズムの議論が白人ミドルクラスを中心としたヘテロ・セクシュアリズムを「暗黙の価値前提」にしたものであることが告発されてきたことはその証左であろう――しかしこれはリベラリズムの陣営からではなく、むしろフェミニズムの内部からの告発であった。そうであるが故に、このことはフェミニズムの限界ではなく、むしろ可能性である。
【11】 ちなみに、テイラーはカナダの高名な政治哲学者であると同時に、諸々の社会運動にも深くコミットメントしてきた実践家でもある。特に、ケベック州住民としてフランス語の保護を積極的に訴えたり、地方選挙に何度も立候補したり(全て落選)、1966年から71年までカナダ新民主党の副党首を務めたりと、文字通りのアクティヴィストでもある。テイラーにとっては、カナダ人憲章の採択と同時に、ケベック住民としてカナダの多文化主義を訴求することが重要であったことがこうした活動からも窺える。
【12】 フーコーの提示した〈主体化=服従化〉という概念において、主体とは言説権力を内面化し、それに服従することによって主体となる者であるとすれば、そこから抑圧体制を再生産する言説権力からの「悪循環」からの解放や自由の理路を導き出すことは困難である。多文化主義を唱導するテイラーは、こうした〈主体化=従属化〉の閉塞的循環から離脱しつつ、一元的な価値によって抑圧されない、差異を包含する共同体を想定し、そこでのアイデンティティの政治のアゴーン的で価値撹乱的な過程性こそ〈自由〉の根拠としたのである。しかしながら、他方でテイラーは平等な価値の承認の要求が逆説的に同質化や自閉化と陥ってしまう危険性を回避するための「中間点」の獲得を、「政治性と人間性をナイーブに調和させて、共通善という人間主義的な普遍性の基盤に立ち戻ること」[竹村 2000:27]になっている。竹村が指摘する通り、ここにこそ、――多文化主義者が往々にして陥りがちな――旧来の名づけを用いつつ、それを換骨奪胎して〈名前の法〉を撹乱しようとするアイデンティティの政治は、異議申し立ての契機を更に封じ込める既存の〈言語〉の中に、迂回路を経て再び囲い込まれてしまう罠があるのだ。
【13】 説明するまでもなく、これはA.マッキンタイヤの著作『美徳なき時代After Virtue』を意識して名づけたものである。コミュニタリアニズムの代表格と目されるマッキンタイヤは「美徳なき時代」を悲嘆し、古代ギリシアまで遡りつつ歴史的文脈から離床されてしまった諸々の道徳言語の概念史を探求する作業を通じて「徳としての正義」を提唱した[MacIntyre 1981=1993:298]。ちなみに、この書がロールズの『正義論』やノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』を標的として執筆されたものである以上、リベラリズムとコミュニタリアニズムの関係を、また後の1988年に上梓された『誰のための正義? いかなる合理性?Whose Justice? Which Rationality?』に対して書評で徹底批判したヌスバウムとの関係に端的に見られるような、コミュニタリアニズムとコスモポリタニズムの関係などについて本来は触れるべきなのだが、本稿では割愛する。
【14】 立岩の論理構成の特徴は「特に何かの「思想」に依拠して」解を導出するのではなく、むしろ「感覚は論理的である、感覚は論理を備えているのだが、その感覚=論理が、近代社会にあると公称されるものによって隠され、うまく記述できないのだと思う」[立岩 1997:18]という姿勢が貫徹して為されている点である。特筆すべきは、その「感覚=論理」によって秀逸した論証を明示したのであるが、立岩にとって様々な「感覚=論理」の最も基底的な感覚は「他者があることの快楽」であり、そこで「〈他者〉が在ることの受容」の原理が立てられている点である。すなわち、「他者があること」の哲学的根拠を求めるのではなく、「私達は私による世界の制御不可能性の上で、何かをしたりしなかったりするのであり、そこでどれほどか私の意のままに私と私の周囲とがなることから確かに快楽を得ているのではあるが、その不可能がすべて可能になった時には、私達にとっての快楽もまた終わる」という文脈における「他者があることの快楽」に求めるのである[立岩 1997:113-115]。こうした立岩とR.ローティとの異同については北田[2001]。
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