天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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「構築主義の困難――自己と他者の〈語る〉場所」
現代社会理論研究会発行.『現代社会理論研究』第11号.P1〜P15.2001年11月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2001.08 最終更新日:2004.04

※本稿は1999年9月に立教大学大学院社会学研究科に提出した学位請求論文「〈老衰〉の社会学――老いとケアの相互作用論」の一部に加筆・修正を施して執筆しました。


【全文】(以下、草稿です)

構築主義の困難
―― 自己と他者の〈語る〉場所 ――


 ●天田 城介

0.はじめに
 いわゆる「痴呆」や「呆け」と呼ばれる言動を呈する卆寿を迎えたある高齢女性は、ある時には「通帳がない」と狼狽し、またある時には「傘がない」「赤い駒下駄がない」と言うので、散々探し回った挙句、結局、彼女の愛用するお財布を手元に渡すとなぜか落ち着きを取り戻した。また別の時には「ない。ない」と眉根を寄せ怪訝そうな顔で「なくした物」を家中探し回るので、私が「何をなくしたのか?」と問うと、「何かは忘れちゃったんだけど、いつもどこかになくなっちゃうのよ」と返答する。探し回っている途中で「なくした物」は頻繁に変わり、「なくした物」が何であったのか自体が分からなくなる。そして、しばしばそれは「娘が盗った」、「いやいや娘婿に違いない」となったりする。そして、そのこと自体もまた忘れ、あてもなく彷徨うように探し回るという行為を反復的に繰り返してゆくのである。この「忘れたこと」の内容は忘却しているにもかかわらず、「『忘れたこと』を忘れた状態」であることは感受しているという、想像を絶する〈不安〉――それは自己の存在を宙吊りにする――、この彼女の〈現実〉を我々は忘却してはいまいか?
 現在、医学的には「痴呆」とは脳の障害を原疾患とした「記憶および知能の障害」によって日常生活に支障をきたす状態と定義・説明される。だとすると、この高齢女性の〈記憶〉とは、あるいは〈記憶〉と〈現実〉の関係とは一体いかなるものであるのか?
 この「痴呆性老人」と呼ばれるであろう高齢女性は、上記のように「『忘れたこと』を忘れた状態」であることは感受しているという幾重にも深い〈不安〉の中で、自己の存在それ自体が宙吊りの状態となり、自己制御不可能な状況で「いつもどこかになくなっちゃう」という切迫した〈現実〉に無防備に晒され、囚われの身となっている。換言すれば、この高齢女性は「なくした物」を明確に指し示す記憶を喪失することで、「いつもどこかになくなっちゃう」という曖昧で漠とした〈記憶〉――それは我々には非常に朧げな記憶の残滓に映るかもしれないが――に翻弄されているのだ。ここではいわば〈記憶〉こそ彼女の言動をそのように突き動かしている主体となるという転倒的事態へと変転している。
 このことは我々の〈記憶〉と〈現実〉の関係を逆照射している。実際、我々は日々の出来事を何とか飼い馴らし、それを「過去」に放擲することによって〈記憶〉へと変換しているのである。その意味からすれば、この高齢女性にとって「探し回る」という行為は、「過去」として馴致することの困難な〈現実〉によって、あるいはその女性にとって制御不可能な、主体の意思とは無関係に襲いかかって来る〈現実〉によって突き動かされている事態を示しているのだ。この主体にとって馴致・制御困難な〈現実〉――これは「対象なき喪失感」という〈不安〉として感受される――、言い換えれば、彼女の〈記憶〉への回帰には根源的な暴力性を孕まざるを得ないということになる【1】。にもかかわらず、この痛ましいまでの〈現実〉を、被っている暴力的な〈現実〉を彼女は語ることはできない。
 本稿では、はじめに構築主義へ向けられたいくつか重要な批判を整序した上で、自己論に照準した地点から構築主義に孕む困難性を考究し、〈他者〉の「呼びかけ」への「応答」という位置性において〈語る〉社会学の場所を構想してみたい。そして最後に、冒頭の高齢女性の語り得ない〈現実〉、言うなれば〈語り得ないもの〉として立ち現われる〈現実〉の余剰性に対していかにして我々は語るべきなのか、あるいはそうした事態に立ちあうことよって我々はいかなる応答をし得るのか、という難問を論考する。

1.構築主義のあとで
 1990年代後半以降、社会学において構築主義(constructionism)【2】は知的ファッドとして「過剰消費」されている感さえあるが、実際のところ、様々な立場や視点を越えた地点でこの「構築主義」とは一体何を、いかなる理論的課題を提起したのであろうか【3】。消費する只中で自ら消費しているこの構築主義の含意と課題を論考すること、これが重要だ。
 構築主義は、構造主義言語学から端を発した「言語論的転回linguistic turn」を経由しつつ、いわば「行為遂行的次元」に照準を合わせた「語用論的転回pragmatic turn」[中河 2001a:7]を重畳させた理論を志向せんとする点こそ、その理論的可能性であろう【4】
 しかし、その構築主義も現在様々な批判に晒されている――本稿の目指すのはその批判的検討を梃子に社会学の困難と可能性の《現在性》を問うことである。
 遠藤の秀逸した指摘の通り、「構築主義は、実体的・実存的な存在者に見えるものを社会的カテゴリーおよびその効果へと連続的に還元する操作から成り立って」おり、この「還元の操作を反復することで、カテゴリーや表象の構築の側面を強調する」[遠藤 2000:52]。この遠藤の構築主義への批判は極めて重要のため、多少紙面を割くが詳細に論じておこう。
 遠藤は、言説概念の導入によって本来「反-概念」であったはずの「言説」【5】という発想が急に平板化してしまうことに示されているように、我々にとって、社会の全体性/全域性に対する超越的視線を解除することがいかに困難であるかを提示した。
 現代の「言説社会」においては「コトバと「現実」を混同する浅い錯視と、錯視からの浅い覚醒とが反復され、まさにそのことによって膨れ上がるコトバの世界が、いわばその自重によって事後的に実定性を獲得する」ことで、「社会」が「ある」ことと、かかる解釈の回路が存在することの区別がつかなくなる。かかるドライブから我々は自由であることはできない。そして「局所的な営みの水準では、人々の行為の、集団/集まりの形式に媒介された接続は、十分に具体的で可視的である。それはコトバによる解釈を随伴しながら、それ自体はコトバには回収されない実践の領域をかたちづくっているようにみえる。そして、社会の具体的な構成要素であるこれらの領域の向こうに、その総和的構成として、人は全体社会というものを想定/想像する…。だが、じつはその全域を見渡せる視点というのは存在しないし、そのポジションに就いた者もいない」[遠藤 2000:51]。ここでの要諦は〈「社会」の全体性/全域性を仮想化するのは常に言語である〉ということだ【6】
 次いで、ウールガーとポーラッチの「存在論的ごまかしOntological Gerrymandering/OG」[Woolgar & Pawluch 1985=2000]を読み解きつつ、「社会の安易な実体視をあれほど強く批判する構築主義だが、やっていることは要するに「社会は客観的に取り出すことはできない、だが社会に対する言説は客観的に取り出すことができる」という、「客観性」の一段ずらし」であり、それは「「厳格派」にせよ「コンテキスト派」にせよ、ずらされた「客観性」の調達先がちがうだけで、この点については本質的な差異はない」と厳しく批判する[遠藤 2000:53]。こうした地点に立脚すると、言語ゲームの領域の客観的な指し示しが可能ということを意味してしまい、〈言語ゲーム〉という概念の意味内容が失効化する。
 ここで決定的に重要な点は、いずれもが「全体性への客観的接近可能性への素朴な信頼を隠し持つことで、個別領域の実体化が生じているということ、しかもこの信頼が、表象や言説を媒介にするという、ある種の迂回の操作によって浅く隠蔽されているということである」[遠藤 2000:53]【7】。だからこそ、遠藤は、この〈社会〉という全体性/全域性の隠蔽化と個別的言説への局在化という運動の反復的拡散という経路を辿る思考様式から離床した、「思考の運動の裏切り」としての、言説分析を提唱する。ゆえに「言説分析とは、自身と社会実在論とを積極的に相打ちにすることで、己を実在論の呪われた双子にする特異な記述戦略である」[遠藤 2000:54-55]とまで言い切るのである【8】
 繰り返せば、構築主義は、「客観性」の一段ずらしによって〈社会〉の全体性/全域性への客観的接近可能性を想定していること、その結果、外部実在性を容認(ないし括弧入れ)するしかないという方法論的帰結を招来せざるを得ないこと、この理論的・方法論的課題をいかに考えるか、この点こそ重要である。
 次いで、上記の課題を別の視角からも論じてみよう。結局、OGの問題提起は――実態を問わないとする構築主義が実態の存在を前提にしているのではないかという疑義――、北田が〔本質主義/反本質主義の軸〕と〔実在論/反実在論の軸〕とを混同したがゆえの擬似問題であると言及し[北田 2001:260]、また中河も同様にOGは「解かなくていいパズル」=擬似問題と論及するように[中河 2001a:18]、構築主義において本質主義の拒絶=反本質主義(anti-essentialism)の立場を採ったとしても反実在論(anti-realism)である必要はない【9】。しかし〈「対象oの美しさ」は構築されたものだが、対象oは存在する〉は論理矛盾ないし誤謬を孕まないが、〈「対象oの存在」は構築されたものだが、対象oは存在する〉という言明は自己論駁的(self-defeating)ロジックである[北田 2001:260]。それゆえ、「存在」に関する反本質主義の視座に立つ場合(記述の一意的な限定可能性=本質主義を拒絶する場合)、以下の2つの立場があり得るだろう。
 一つには、反実在論の立場を採り、上記の自己論駁的な論理を回避し、〈あらゆる現実は社会的に構築される〉と主張し、記述の真偽から記述の適切性に関心を移行する立場(存在論の認識論への還元)である。しかし、この立場を採用した瞬間、やはり方法論上OGのアポリアは回避不可能となる。もう一つは、実在性への問いを留保したり、余剰なものとして無化しようとする立場【10】である(存在論の解消)。しかしながら、この多くの構築主義者が採る後者の立場は、結局のところ、出来事の実在性を認識論によって覆い尽そうとし、ただ一人の証人の《存在の金切り声》を抑圧しかねないのである[北田 2001:269]。
 つまり、ここでは構築主義(特に歴史的構築主義)の認識論中心主義、すなわち存在論の認識論の還元ないし存在論の解消による《存在の金切り声》の抑圧が問われているのだ。まさにウールガーたちの「恣意的な境界設定」についての指摘は、「実在/表象」という二分法の「実在」の消去しようとする試みの中で「消されそこねた実在」を問題にしており[中河 2001a:20]、その意味では「消されそこねた実在」が、あるいは「消去し尽くしたかのように扱われてきた実在」が蠢き、認識論による抑圧に対する抵抗の声として《存在の金切り声》を沈黙の静けさのなかで鳴り響かせているのである。

2.構築主義の困難
 ここではエスノメソドロジストであるD.ボーゲンとM.リンチによるP.イバラとJ.キツセの論文に対する批判(Bogen & Lynch 1993)を読み解しながら、構築主義が抱える困難性をエスノメソドロジーの視点から整理したい。岡田はボーゲンとリンチによるイバラ=キツセ批判を的確に再検し、エスノメソドロジーの視点から「構築的分析」【11】に属するような構築主義に対する批判を明示している[岡田 2001:26-42]。
 岡田が的確に詳説した通り、ボーゲンとリンチによるイバラとキツセへの批判の第一点目は、イバラとキツセによる社会問題の一般理論への強烈ともいえる欲望は、社会問題に関する社会学的な言説・知識と常識的な言説・知識との間に科学的な相違点を「発見」することを志向しているため、「社会問題の専門家の言語」と「市井の人々の常識的な言語」を明確に弁別可能であると想定している点に向けられている[岡田 2001:29]。
 第二には、「クレイム申し立てが社会問題を構築する」という言明は、そのクレイム申し立てがまさに「社会問題」を構築する日常生活のさまを外部から眺めるような、換言すれば「自然的態度」を完全に捕捉する超越的視線から分析をする立場の表明と同義である、という批判である[岡田 2001:30]。構築主義が超越的視線からの分析へと帰結してしまう論理的必然性はないが、言語ゲームの内部に分け入るような志向を欠落しがちとある。
 第三の批判は、「言語ゲームの基底性と複数性」の問題であり、さまざまな言語ゲームがなされている場では、それに対して無限ともいえる多様な解釈へと開かれているはずであるにもかかわらず、イバラとキツセはその状態を「Xという社会問題が構築されている状態」へと変換し、自らの図式=物語へと回収してしまうのである。しかし、どんなに優れた分析といえどもそれは常識のうちにあるのであり、すなわち「いかなる言語ゲームも、常識の基底性を突き破ることはできない」[岡田 2001:32]のだ。これら3つの批判はこれまで概括してきた批判点とほぼ重なる極めて重要な指摘である。
 これに対して、エスノメソドロジーは常識を用いて常識を「解析」【12】することであり、ある行為の置かれている場の内部から、その行為と文脈の相互依存性の視点からエスノメソドロジスト自らがその場に分け入り、そこでの人びとの行為をつぶさに見つめる。行為や実践が硬質なテクストの内部へと回収されることへの抵抗の実践であると同時に、日常言語の基底性のなかでその場の人々とともに言語を紡ぎだしてゆく実践として、エスノメソドロジーはある。
 エスノメソドロジー内部でもこの第三の「言語ゲームの基底性と複数性」の問題は、「リフレキシヴィティ問題」として議論されている[Pollner 1991]。ポルナーは、初期のエスノメソドロジーには相互に関連しつつも、「内生的な再帰性(endogenous reflexivity)」と「自己言及的なラディカルな再帰性(referential radical reflexivity)」の2つが貫徹されていたと説明する[好井 1999:83]。前者は「成員のある特定の状況において為された実践と行為が、その状況を組織化するものとして、当該状況に立ち戻ること」を指すのに対して、後者は「ある特定の状況において為された分析行為(エスノメソドロジストの分析行為も含む)が、成員と同様に、一つの構成的過程であること」を意味する。好井の言葉を借りれば、前者が「当該状況と状況を構成する成員の前向きの絶えざる相互反映」を指すのに対して、後者は「当該状況に内生的な“螺旋運動”と、そのエスノメソドロジー的記述そして記述を実践するエスノメソドロジストとの間で展開するより広く深く錯綜した“螺旋運動”のこと」を指し示しているのである[好井 1999:84]。
 ポルナーは初期のエスノメソドロジー研究には後者の視角が自らの研究のうちに組み込まれていたのに対して、現在主流の会話分析や科学的ワークのエスノメソドロジーには前者の経験的研究が中心であり、後者は忘却されていると批判するのである。こうした後者の「自己言及的なラディカルな再帰性」は先の「言語ゲームの基底性と複数性」と照応関係にあることが分かるであろう。問題は「分析者の言語=言説内部性」なのだ【13】。この「自己言及的なラディカルな再帰性」(以下《再帰性》とのみ記す)の問題は、後でA.ギデンズの「再帰性」概念とも関連づけながら再度論究することにする。
 ここまでをまとめると、構築主義に指し示された批判点は概ね下記の5点である。

@言説の客観的な取り出しに対する無自覚な想定(=「客観性」の一段ずらし)
A自らの視線を全体性/全域性を見通せる超越的視線として仮想/偽装(=内部性の欠如)
B「実在」の容認ないし括弧入れ、あるいは自らの前提のすべりこませ
C構築の外部における〈構築されざる実在〉ないし〈構築に先立つ実在〉の恣意的選択
D認識論による存在論の抑圧ないし《存在の金切り声》に対する抑圧


 しかしながら、上記の批判は構築主義にのみ差し向けられたものでは決してない。フーコーの考古学/系譜学を「消費」した全ての社会理論に通底する難問なのである。
 こうした構築主義への批判を受けて、近年中河は自らの立場を「エスノメソドロジーの洞察に学ぶ構築主義ethnomethodologically-informed constructionism」[中河 2001b:33]と表明し、エスノメソドロジーによる、人々が様々な社会的場面での相互行為を通じて、どのようにして自分たちの活動を組織化し、諸々の「事実」や「現実」を産出していくかを問うhowの問いと、そこで人々の意味構成の作業を通じて作り出され、あるいは達成される「事実」や「現実」が何であるのかを問い、そしてその答えもまたモノグラフの素材として参照し考察の対象とするwhatの問いを往還した質的探求を目指す、と言う[中河 2001b:37]。そこでは、「なぜ(why)」は問わずに(原因論の禁欲)、日常言語に徹底的に内生しつつ、「「調べることのできるもの」を調べる」という態度で経験的な調査研究を実施する――このwhyの禁欲によって日常言語のカテゴリーから乖離した概念化あるいは概念の全体化を回避する。つまり、人々は「局所的に(〈いま・ここ〉で)行為や場面や人びとの社会的位置やその他の事柄を総体として「わけがわかる」ものにするために、さまざまな事柄を参照して、実践的推論(活動の内側からその活動を構成する推論)を行なう」のである。過去の行為や活動や出来事もそうした参照と言及(リファレンス)の対象として常に使用される。つまりは先行する行為や出来事や社会の「状態」は、後続の行為の「原因」ではなく、後続の行為や出来事を理解可能なもの(あるいは理解されたかのようなもの)として成立する推論作業の中で、人々が使用する「リファレント(参照の対象)にすぎない」のである[中河 2001b:38]。要するに、現在におけるまさに相互行為場面の地点からの《参照先》《宛先》として過去の〈行為〉や〈出来事〉や〈場面〉があるのだ。ここでの中河の構築主義の立場はエスノメソドロジーのそれと近接する。
 こうして自らの構築主義を「反実在論などとこぶしを振り上げず、すべての人びとの実践的な活動(具体的な社会的場面での意味構成的な相互行為=言語ゲーム)に一元化」[中河 2001b:41]することを提案し、「全体的記述や説明」と「「本質」の記述」を断念/禁欲することで、先に列挙した5つの批判=難問を解消/回避しようとしている。

3.自己物語論からの照射
 以上までに構築主義の批判点を整理してきたが、ここからは特に自己論に照準した上で、自己物語論から差し向けられた構築主義への批判を新たなる方法諭的探求という回路へと転轍させ、更なる論考を試みる。あえて自己論に照準したのは、自己論、ことに自己物語論の領域こそこれまでに解読してきた難問を解きほぐす自己言及性=パラドックスなどの問題が最も顕著に観察できる〈場〉だからである。
 浅野は、自己論に照準化した上で、物語論と構築主義との違いを〈語りえないもの〉に対する関心・言及の差にあると論じる。浅野の言葉を援用するなら、自己物語論の〈対他関係は物語を通して自己を生み出す〉〈対自関係はパラドクスであり、自己物語はそれを前提にすると同時に隠蔽する〉という2つの認識の特に後者の考え方が物語論と構築主義とでは全く異なるのである[浅野 2001:182]。例えば、ホルスタインとグブリウムが構築主義の立場から自己及びアイデンティティが自己物語を通して構築されていることを指摘しているように[Holstein & Gubrium 1999]、物語論と構築主義を接合したり、あるいは構築主義に物語論を組み込もうとする試みはあるものの、両者には決定的なズレが存在する。
 両者のズレは、端的に言えば、物語論では浅野が〈語り得ないもの〉と呼ぶ自己の機制に着目している点である。〈語り得ないもの〉とは、「物語の「穴」の存在、そしてそれによって物語の十全な完結や完成が拒まれている事態」である[浅野 2001:205]。
 G.H.ミードの「I」と「me」の議論を引き合いに出すまでもなく、自己とは、他者のまなざし/視線はそれが自己に属するまなざし/視線と認識されてはじめてmeとなり得るのであるが、meがそこに属していると認定されるべき当の自己は、実際にはmeの存在を前提に成立している。ここには、“自己でもあり他者でもある”というmeの逆説が生じる。つまり、当事者の意識においてはあたかも自己が成立してしまっているかのような、そしてしかる後に、自己の内部にmeが見出されるかのごとく、時間的・論理的順序が転倒されて成立してしまっているのだ。ここに自己の奇妙なパラドクスが生じている。
 同様な事態を浅野は物語論の立場から指摘する[浅野 2001]。第一に、「構築主義の見解によれば一方において「自己」とは語られることによって構成されるのであるが、他方において、自己物語が語られるためには「語り」に先だって語り手である「自己」がいるのでなくてはならない」[浅野 2001:195]。つまり、自己物語を通して他者と相互行為をすることによって構築される「自己」という構築主義の説明には、「自己物語を語る自己」の存在が前提化され外挿されているのである。第二には、「順序を整理すると、〈すでに自己構成した語り手→他者への語りとそれに伴う相互行為(自己構成)→構成された自己〉となるはずだが、構築主義的な自己論の関心はこの過程の後半部分にあるので、それに先立つ〈すでに自己構成した語り手〉は問いの範囲外におかれている」。構築主義においては「すでに自分を知ってしまっているという形でなりたつ自己、「すでに……してしまっている」という先取りの時間においてなりたつ自己。それは何者なのだろうか」[浅野 2001:200]という決定的に重要な問いが不問に帰されるのである。つまり、物語論で注視するのは「自己自身を構成するということは、自己が自らを構成するということであり、構成の前提が、構成の結果として現われてくるということ」[浅野 2001:201]という奇妙な構造である【14】。ここでの自己の語りは自己言及・自己準拠的であり、自らの語りの確かさや信憑性を保障する視点がその語り自身のうちにしかないために、物語の確かさや信憑性を常に宙吊りにしてしまうものである。これこそが〈語り得ないもの〉である。「自己物語が自己準拠・自己言及の形をとらざるを得ない以上、どのような自己物語にも「語り得ないもの」を必ず内側にもっている。だがそれと同時に、この「語り得ないもの」は何らかの形で忘れられている」のである。自己物語とは、一方で「語り得ないもの」(=パラドクス)を前提にして成り立っていながら、他方ではそれを通して脱パラドクス化が起こる一つの方法でもあるのだ。そして「語り得ないもの」は自己物語の中に潜在し続け、いつでも物語に亀裂、罅、疵跡を入れかねない脅威であり続ける[浅野 2001:206]【15】
 自己物語を語るという行為は、その語り手の視点とは異なる、もう一つの視点=登場人物を創り出し(=視線の二重性)、始点・中間・終点というように時間軸に沿って構造化されており、この終点を納得のいくものにするように様々な出来事を選択的に配列する(=選択的構造化)。このことによって「現在の自分を先取り的に何者かとして同定し、その上で過去の自分を作り出すことになるのである」[浅野 2001:208]。そして何より、自己物語は常に他者に向けて伝達されることを指向する。この他者の存在が脱パラドクス化の契機となる。他者の存在は、「自己」が自らを外部からまなざす視線、つまりは語り手の視線を提供する(=他者の視線の取り込み)と同時に、他者がその物語を認めることで自己の「現在」と「過去」の同一性は証明される。その結果、「他者はこれら二つの役割を見えなく」し、「「自己物語」をすでにそこにあるテクストとして認めること、したがってそもそもそのテクストに他者が関与しているということを忘れ去ることだ」[浅野 2001:211]。こうした他者との相互行為の場でこそ、物語を語ること通して自己物語自身が孕む偶有的可能性や矛盾が巧妙に隠蔽化されているのだ。
 トラウマ的体験もこの〈語り得ないもの〉の一つである、と浅野は言う。トラウマ的経験をした人の語りには一貫性、閉鎖性、他の物語との相互支持性の欠如が見出されるが、そこではまさにこの〈語り得ないもの〉が回避されておらず――〈語り得ないもの〉の隠蔽に挫折している――、自己物語の只中にその〈語り得ないもの〉が立ち現われたと言える。つまり、トラウマ的体験は自己物語の構造に回収されず、「語る私」と「語られる私」、「現在の私」と「過去の私」とが短絡的に重なり合ってしまい、ショートさせられてしまうのだ[浅野 2001:214]。要するに、トラウマ的経験は物語の隠蔽(=脱パラドクス化)による「やり過ごし」を頓挫させてしまう事態を招来させているのである【16】。しかしこうした〈語り得ないもの〉の隠蔽化、脱パラドクス化の挫折はトラウマ的経験をした人々にのみ生起する例外的な事態ではなく、「私が私を語る」という自己言及のパラドクス自体に孕む機制であり、物語を通して構築される「語る私」が物語を紡ぎ出す時、自らの「足場になっているもの自体には意味が完全に欠けている」ことに由来する基底性なのである。逆に言えば、隠蔽化=脱パラドクス化を可能にしている物語こそ「特異」なのかもしれない。
 ここで我々は次のように問うべきであろう。
 〈対自関係はパラドクスであり、自己物語はそれを前提にすると同時に隠蔽する〉のであり、また〈物語の隠蔽化に挫折することが自己パラドクスの基底性である〉のであるならば、物語ないし言語とは極めて不自由なものではないか、いわば〈言語というものの徹底的な不自由さ〉こそ、我々が日々感受している事態なのではないか、と。
 トラウマ的経験とは、自己物語のうちに自らの出来事を回収することに失敗した、すなわち「過去」として馴致することができない生々しい〈暴力〉なのであり、常にすでに現在形で当事者の身を捕え続けている〈現実〉なのである――この山形括弧つきの〈現実〉は、語られていないが当事者において現実の効果をもった何かを指し示している。
 我々は何かを語ろうとする時、それが根源的な経験であればあるほど、常に感受してしまうのはこの〈語り得ないこと〉、あるいは〈言語の徹底的な不自由さ〉である。この自己物語に痕跡を残す亀裂、疵跡、罅割れは、我々にこの〈言語の徹底的な不自由さ〉を痛烈に訴え、《存在の金切り声》を随伴しつつ鳴り響く。我々は〈言語ゲームの基底性〉の知りつつ、その中でしか生きられないが、しかしその一方で〈言語の徹底的な不自由さ〉に対してそれこそ徹底して敏感でなければならないであろう。構築主義の射程にこの〈言語の徹底的な不自由さ〉が理論的圏域内に入ってくることは現在のところほとんどない。
 その方法論的帰結として、〈言語の徹底的な不自由さ〉がゆえに、自らの経験した出来事を語れない者、語り得ない者、語り尽くせない者、クレイム不可能な者、換言すれば〈他者〉は排除/忘却される。あるいは、そうした〈他者〉の排除/忘却の機制を隠蔽化している機序への照準化が除外されてしまうのである。もちろんこれは構築主義の論理性に必然ではなく、言語/言説への絶対的信頼や無自覚な妄信への坎穽への陥りやすさを孕んでいるというに過ぎないのだが。要するに、構築主義の言説において〈言語による構築〉は声高に主張されるが、〈言語の徹底的な不自由さ〉は関心の埒外に置かれているのだ。
 ここで我々は前節で整理した構築主義の5つの批判点に以下の3つを追加しよう。

E〈語り得ないもの〉とその忘却ないしパラドックスと脱パラドックスへの不徹底な言及
F〈言語/物語というものの徹底的な不自由さ〉への鈍感さ
G語られない者、語り得ない者、クレイム不可能な者、つまり〈他者〉の排除/忘却


4.参照=言及する〈社会〉あるいは〈他者〉
 ここからは現在の物語論を中心に構築主義に突きつけられた3つの難問を《再帰性》を基軸概念にしつつ、検討していきたい。《再帰性》は3つの難問を概ね解消(解決ではない)するかに見えて、実はその《参照先》《宛先》を〈社会〉にするか〈他者〉にするかで決定的にその様相は異なってくる。以下で検討したいのはまさにこの点である。
 先述したように、エスノメソドロジーにとって《再帰性》とは「当該状況に内生的な“螺旋運動”と、そのエスノメソドロジー的記述そして記述を実践するエスノメソドロジストとの間で展開するより広く深く錯綜した“螺旋運動”」であり、言語ゲームの只中で人々の方法を「解析」することであった。エスノメソドロジーはまさにこの《再帰性》を土台に、自らの理論的地平を切り開き、構築主義に向けられた難問を解消する契機となり、中河に自らの立場を「エスノメソドロジーの洞察に学ぶ構築主義」と言わしめているのである。
 エスノメソドロジーの《再帰性》とは、人々がローカルな〈いま・ここ〉での行為や出来事や場面や人びとの社会的位置などを理解可能なもの=「わけがわかる」ものにするために、先行する行為や出来事や社会を参照しつつ実践的推論を行っている只中で、「解析する」エスノメソドロジストも同様に、当該状況での行為や活動や出来事を参照と言及の対象として常に使用しているのであり、この絶え間ない「螺旋運動」を指していた。エスノメソドロジストにとって、現在営為されている相互行為の場からの《参照先》ないし《宛先》として先行/後続する〈行為〉や〈出来事〉や〈場面〉があるのだ。
 それに対して、A.ギデンズの「再帰性」は同語ではありながら、その意味内容は全く異なる。ギデンズは近代、殊に彼が「後期近代(late modernity)」と呼ぶ現代社会をモダニティの徹底化した社会であると定位し、その駆動原理を「再帰性(reflexivity)」なる基軸概念によって説明する。この再帰性は他の後期近代の特徴である「時間と空間の分離」「脱埋め込み化(disembedding)」と密接に関連しており、すなわち空間を超えた瞬時の情報の波及によって相互行為のローカルな文脈に埋め込まれた社会関係は「脱埋め込み化」されることで、人々は自明なるローカルな伝統の束縛から解放され、別様なる自己や社会のあり方の可能性を見出す結果、自己ないし社会を絶えず問い直し、再構築してゆくことになる、と言及する[Giddens 1990=1993:45-62]。換言すれば、「後期近代」という時代は、この再帰性(=「社会の営みが、それに関して新たに得られた情報によって吟味・改善され、結果としてその営み自体の特性が本質的に変化してゆく」[Giddens 1990=1993:38]ことを意味する)によって不断に「ラディカルな懐疑の原理を制度化し、あらゆる知識が仮説の形式を取らざるを得ない」[Giddens 1991:3]ような時代、すなわち「再帰的近代化(reflexive modernization)」の時代なのである。
 ギデンズ理論の基軸概念であるこの「再帰性」とは、空間を越えた瞬時に波及する新たな情報によって、社会の営みが絶えず吟味・改善され、結果としてその営み自体の特性が本質的に変化してゆく過程や機制を指示しており、それは自己と社会の不断の改編・再編を駆動する原理であるのだが、この場合、《参照先》と《宛先》が〈社会〉という全体性/全域性を指定しており、かつ何の情報が他の情報よりも選択に値するものなのかが《先取り》されてなければならないのだ。つまり、「未来から見た現在という視線」、メタ的な視点が《先取り》されてはじめて再帰性は近代の駆動原理となるのだ。彼にとってそのメタ的視点の《先取り》を担保するのは〈倫理〉や〈価値〉への自発的コミットメントを介して想定可能となる〈連帯〉なのだ[Giddens 1998=1999:72]【17】。ここで決定的に重要な点は、歴史的な社会変動を背景とした「時代文脈の大規模な変化」に応じて、「未来から見た現在」という視線を《先取り》することが可能な〈主体〉こそギデンズにとっての「異論をはさむ余地のない象徴的価値」[柄本 2001:57]であり、それは彼の理論の基軸概念である「再帰性」が暗示的に含み指す人間像なのである【18】
 一方で、ポルナーの「自己言及的なラディカルな再帰性」=《再帰性》は、当該状況の行為や実践が脱文脈化されてテクストの内部へと回収されることに対する抵抗を出発点とし、常識を用いて常識を「解析」するエスノメソドロジストは徹底して「言語内部性」、精確に言えば「〈他者〉との共在性」に定位することだ。つまり、「客観性」の一段ずらしも、自らの視線を全体性/全域性を見通せる超越的視線として仮想することもなく、認識論による《存在の金切り声》への抑圧から離床するため、徹底して当該状況に内生的であろうと試みるのである。その意味で、エスノメソドロジーにおける《再帰性》はギデンズ流の「再帰性」とその外延を全く異にする。ただ、この《再帰性》の議論においてさえ〈「語り得ないもの」とその忘却〉〈言語の徹底的な不自由さ〉〈〈他者〉の排除/忘却〉という問題は触れられてこなかった。それ故、この《再帰性》を、まさに〈他者〉を《参照先》《宛先》とするものに置換=転轍することの可能性がある【19】

5.社会学の〈語る〉場所
 構築主義が人口に膾炙するようになった結果、それに随伴して様々な困難性――それは社会理論における困難でもある――が語られるようになった。しかし、その困難は結局のところ社会学の根本問題――秩序/規範と行為/実践の循環の問題――に集約されるものであった。実は、現在の社会理論の直面する難問はかつてのそれとさして変わりはない。
 最後に、いままでの議論を踏まえた上で、社会学の〈語る〉場所は、冒頭で例示した高齢女性のような、構築主義の構想の埒外に置かれた〈他者〉、あるいはギデンズ理論が排除/忘却したような〈他者〉との「呼びかけ」への呼応によって可能となることを記述する。それは、この忘却された〈他者〉の沈黙、語り得ない〈現実〉の余剰性に、つまりは冒頭の彼女が被っている〈現実〉こそ、我々が記述する際の思想的基盤とすることである。
 冒頭の高齢女性を今一度思い出されたい。我々にとって「忘れること」はいわば物語の選択的構造化にともなう選択=忘却であるが、「『忘れたこと』を忘れる」とは自己物語の選択的構造化を困難にする。なぜなら自己物語の選択それ自体が拒絶されている状態だからだ。そして、断片化された〈記憶〉は、自己制御不可能なものとして〈私〉に襲いかかって来るのである。もはやある出来事を「過去」のものとして物語に回収することも、「語り得ないこと」を隠蔽化=脱パラドクス化することも困難となる【20】。この時、この制御不可能な〈記憶〉とは、かつて「過去」の出来事として物語に構造化したものではあるが、もはや彼女にとってそれは「現在進行形」の出来事に他ならないのである。換言すれば、この〈記憶〉とは彼女の内部の「私ならざるもの」=〈他者〉なのだ。つまり、彼女にとって〈記憶〉とは〈私〉の内の〈他者〉であり、それは端的に〈語り得ないもの〉なのだ。
 構築主義を消費する我々は、自らの苦悩や不安に対して沈黙するしかない彼女を忘却しているという事実によって、〈言語の徹底的な不自由さ〉〈〈他者〉の排除/忘却〉という理論的含意を受容/黙認しているという事実によって、自らの立場性を痛感しなければならないであろう。換言すれば、忘却された〈他者〉によって、あるいは忘却可能ならしめている空間に我々が立っているという事実によって、我々は自らが何者であるかという位置性(positionality)を感受することが可能となる【21】。そして、そのことによって我々はそれまで忘却してきた〈他者〉からの非難に(たとえそれが無言の非難であっても)当然晒されることで、自らのアイデンティティを脱臼=転位(dislocating)することが可能となるのだ。現在、我々に問われているのは、自らの〈自己同一性〉を脱臼=転位させながら、他者のその「呼びかけ」の声にいかに応答するか、である。
 この時には、我々は自らをいかなる者として答えるかを発話に先立って自ら選び取ることはできない。他者のこの「呼びかけ」の声に対する我々の〈応答可能性=責任〉が、私たちが他者といかなる関係を切り結ぼうとしているかを自ずと証明することになる。恐らく、構築主義を消費する現在の社会学の思想的基盤は、こうした《他者性》によって自らのアイデンティティを脱臼=転位させることを通じた〈応答可能性=責任〉の可能性にこそ求められるであろう。それは〈社会〉という全体性/全域性を見通す超越的視線を仮想して自らのアイデンティティを微温的に再編することとは異なり、まさに〈他者〉の「呼びかけ」への「応答」によってのみ達成されるアイデンティティの脱臼=転位なのだ。
 特に、構築主義の立場からのジェンダー論においてこそ研究者の立場性や、「転倒した植民地主義とも言える知の配置のなかで、問われるのは誰が誰を「代表=表象」するのか、というカテゴリーとアイデンティティの政治」[上野 2001:285]が根底から/徹底して問い質される事態に示されるように、これは構築主義の困難であると同時に可能性であるのだ。
 それでは、冒頭の高齢女性の「呼びかけ」とは一体いかなるものであるのか?
 例えば、近年、「痴呆性老人の世界を理解しよう」といった類の掛声がケアの実践の場から(時にあまりにも安易に)提唱されている。しかし、これは、我々の世界を「真正なる世界」「正しき現実」として特権化し、そこから不可解であるかのように見える言動も、それなりの意味世界をもっているのだから――徘徊とはその人の過去の記憶から想起される「家」への「帰宅」であり、無意味な行動ではないのだといった類の理解――、理解しましょう、という〈現実〉の世界構成秩序それ自体を遵守するだけの物言いなのである。ここあるのは、そのように語る者の自己アイデンティティを温存するナルシスティックな欲望だけであり、苦痛や葛藤をともなうアイデンティティの脱臼=転位は見られない。
 そうではないのだ。この高齢女性が沈黙の只中で我々に指し向けているのは、自己が実は物語の隠蔽化に挫折することを自己パラドクスの基底としていることを我々が忘却していることを(無言ではあるが)痛烈に非難しているのだ。彼女の幾重にも深い〈不安〉を見るだけでなく、むしろ彼女の被っている〈現実〉と「いつもどこかになくなっちゃうのよ」という言葉の間の深遠なる乖離を、そしてその〈現実〉とは我々にとって表象不可能でありながら「応答」するべきものであること、この事実に拘泥すべきなのである。


【1】 「痴呆性老人」と呼ばれる人々のこの〈不安〉は「呆けてしまってしょうがない」「バカになっちゃった」という言明に端的に表されている。また、主体にとって馴致・制御困難な〈現実〉は、自宅に居ながら「息子が待っていますので家に帰ります」などと言って帰宅しようとする「徘徊」と呼ばれる行為や、息子や配偶者に向って「泥棒!」と叫び、部屋の隅で打ち震えるような「妄想」と呼ばれる行為にも通底する。要するに、自宅はこの場所であり、息子は既に別居していて、現前の人間は夫・息子であるというように、それまで「記憶」として馴致してきた〈現実〉が突如として様相を変えて彼/女らに襲い掛かり、まるで突き動かされるように「もの探し」「徘徊」「妄想」へと駆り立てられるのである。それは「〈現実〉の憑依」とでも呼びうる事態なのだ。
【2】 本稿ではconstructionismには一貫して「構築主義」の訳語を与える。「構成主義」と呼ぶ立場との相違や理論的系譜については上野編[2001]あるいは中河・北澤・土井編[2001]を参照されたい。またconstructionismとconstructivismの視座や立場の相違点も上記の著作で簡潔に説明されている。
【3】 構築主義は「極めて多種多様である」ものの、そこに何らかの「共通のベクトル」なり「家族的類似」を発見しようとすれば、構築主義のテキストに必ずといっていいほど登場する社会心理学者V.バーの4つの要件が引用される[Burr 1995=1997:3]。そして社会構築主義と従来の心理学との7つの相違点が引き合いに出される[上野 2001:2-3][中河 2001a:6-7]。本稿では構築主義の紹介・概括はほとんど行わず、構築主義が受容されるその只中で社会学がいかなる困難を抱え込むことになったかを中心に論究したい。
【4】 中河が指摘する通り、構築主義をこうした「語用論的転回」と重ね合わせるというのは、現在「構築主義的」と呼ばれている探求の全てに等しく当て嵌まるものではない[中河 2001a:7]。しかし、そこでの探求の多くは程度の差こそあれやはり「行為遂行的次元」に照準しており、中河の表現はあながち間違った指摘ではなかろう。特に、J.バトラーなどのジェンダー論から呈示された「エイジェンシー」「パフォーマティヴィティ」なる概念の意味内容とその実践的可能性を考えれば、この中河の指摘は適切な表現であろう。
【5】 つまり、「少なくともフーコーの提出した言説という反-概念は、通常の社会学的に記述スタイルに対する根本的な反抗」であり、「通常想定されるような意味での社会学的方法論に対する積極的かつ暗黙の反発/緊張が、その記述を支えているのである」[遠藤 2000 49-50]。ただし、筆者の立場は、反-概念、反-理論たる記述・文体で語ることは「言説分析」にのみ可能な方法ではないと考える。
【6】 「社会」を想定/想像する近代的思考の平面を考えると、先述の「言語論的転回」「語用論的転回」というタームで言語の実定性を捉えることはむしろ思考停止へと帰結してしまう。遠藤が言及するように、「「転回」を「転回」として措定する超越的な視線が、「言語」という「認識論的台座」を実体化し、「社会」の全域性の代補として機能させることで、反省の身振りを伴う安心という思考の習慣を助長するだけであるからである」[遠藤 2000:54]。遠藤への反論は赤川[2001]を熟読されたい。
【7】 ここに「素朴実在論を警戒する「誠実な」思考が、いわばそのきれいな反転像としての素朴唯名論に回帰するのである」[遠藤 2000:54]。
【8】 遠藤の論考はこの構築主義批判を超えた地点にこそあり、それゆえに「言説分析の生命は、通常の社会学的思考が素朴に前提にしている全域性への超越的視線を多重的なかたちで解体することにこそある」と述べ、それは「裏切られることを求めて読みの努力を重ねなければならず、絞りとるようにして得られた違和の意味を思考」[遠藤 2000:57-58]することに他ならない。
【9】 この点に関しては、上野が「実在があるかないか、という罠のような問いに代わって、実在はカテゴリーを介してのみ認識のなかにたちあらわれる、カテゴリー以前的な「実在そのもの」にわたしたちは到達することができない、とウィトゲンシュタインにならって、答えておけば足りる」[上野 2001:288]という表現が最も的を射たものである。
【10】 中河は言説の客観的な「状態」について「私たちの想定や見積もりはリダンダント(余分)だ。だれそれがこう報告した、それに対してだれそれがこう反論した、といったぐあいに、言説実践の過程を個別的に記述していけばそれでいい」[中河 1999:280]と言う。
【11】 H.ガーフィンケルとH.サックスは、パーソンズ理論に限らず他の社会科学にも通底している理論化作業を「構築的分析(constructive analysis)」と呼び、この構造的分析とは「客観的な表現と文脈に依存した表現との間に徹底した区別」を達成するための「実践的な社会学の理由づけからなる矯正のプログラム」であると痛烈に批判した。詳細は[好井 1999:78][岡田 2001:27]参照。
【12】 「解析(explication)」とは、よく目にすること、知られていることをよりハッキリさせることであり、日常における微細な活動や実践により明確な視点を与える文脈をもたらすことである。
【13】 後述するように、研究者が徹底した自己言及的な再帰性を実践することで問題が解決するわけではない。問題は自らの実践/行為を遂行する上での《参照先》《宛先》が〈社会〉なのか〈他者〉なのかによるのだ。この点こそ本稿が最も強調すべき論点である。
【14】 この自己のパラドックスを脱パラドックス化する他者の視線の先取り=取り込みについては拙稿に詳しい[天田 1999]。また〈他者〉については天田[2001]を参照されたい。
【15】 「構築主義の視点は、すでに脱パラドクス化が首尾よく行われた後の地点におかれている。だから、まるですでに語り手が存在しているように、あるいは語りの内容がすでに知られているかのように語りはじめることができるのである」[浅野 2001:206-207]
【16】 ここで注意すべきは「構成主義の立場からすれば、(この「語り得ないもの」は)語られ得ないがゆえに、構成されておらず、したがって「現実」ではないということになるかもしれない。けれども、確かに語られてはいないが、それはきわめて現実的である。もちろんそれが〈言説に媒介されつつ社会的に構成されている〉と言う意味でそうなのではなく、彼・彼女の他の現実構成全体を非常に強く捉えてしまっているという意味でそうなのである」[浅野 2001:205/括弧は引用者]。それは、トラウマ的経験に如実に観察されるように、語られていないが極めて現実的な効果をもった何かなのである。
【17】 ギデンズが〈他者〉をいかに捉えているかは、彼が提唱する「ラディカル・ポリティックス」あるいは「第三の道」を読み解くことでよりはっきりと明らかになる。議論の詳細は別途報告するが、結論だけ言えば、彼にとって「再帰的ならざる他者」は予め排除/忘却されているのである。つまり、新たなる情報を媒介にした、絶えざる〈個人〉と〈社会〉の同時相即的な編成可能性を称揚することで、逆にその〈主体〉となり得ない〈他者〉が常に排除/忘却されているのだ。
【18】 こうした筆者のギデンズ批判に対しては以下のような反論が予想される。「確かにギデンズ自身は「未来から見た現在」という視線を《先取り》することが可能な〈主体〉を理想化しているかもしれない。しかし、社会が再帰的である/ないことと、その成員全員が再帰的である/ないこととは別の問題であり、それゆえ「再帰的ならざる他者」を排除/忘却しない「再帰的な社会」は論理的に可能である」と。確かに「再帰的ならざる他者」を排除/忘却しない「再帰的な社会」は論理的に可能である。しかし問題はやはり再帰性の《参照先》《宛先》の問題なのだ。再帰性の《参照先》《宛先》が〈社会〉という全体性/全域性を仮想する限り、我々に〈他者〉の「呼びかけ」が届くことはないし、我々のアイデンティティが脱臼=転位することもないのだ。
【19】 ここで留意するべき点は、エスノメソドロジストが局域的な相互行為を通じて達成される秩序を描出したからといって、それが超越的視線から社会の全体性/全域性を仮想しないという保証はどこにもない。むしろ局域的に営為される相互行為の可視性への無自覚な信頼を媒介にして、その総和的構成としての社会の全体性/全域性を想定/想像してしまう研究の方が多いぐらいである。
【20】 恐らく構築主義者ならば、脱パラドクス化が困難なった彼女を周囲が様々な相互行為を通じて「痴呆性老人」として構築され、マイノリタイズminoritizeされてゆく過程を描出するであろう。そして彼女を「痴呆性老人」という物語へと回収してしまう言説の配分=配置やそこでの言説の編成を叙述するであろう。無論、これは重要な作業だ。
【21】 こうした自らの政治性を問うという課題に対して、構築主義の側からは「立場性をめぐる議論で気になるのは、それがしばしば[私たち/彼ら]という、経験的吟味に先立つ全体化されたカテゴリーの二分法を所与にしているようにみえること」であり、こうした「二分法の固定化は、場合によっては、多様で入り組んだ人びとの活動とそれを組織化する言説の具体的な吟味を妨げるだろう」[中河 2001b:42]という指摘がなされる。確かに、立場性の議論にはこうした陥穽へと陥る危険性を孕んでいる。しかし問題は、まさにこの二分法の解体をいかに達成するかであり、言語ゲームの真っ只中で、他者の「呼びかけ」によって分析者が自らのアイデンティティの脱臼=転位させること、そしてテクスト自体に自らを解体可能にする亀裂を刻印させることなのである。

文献
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【言及文献・情報】
■藤巻祐規.2004.「社会問題の社会学――一つの解釈」『年報社会学論集』第17巻:155-165.

■引用 中河伸俊氏のホームページ内の「構築主義社会問題論の文献(8)」での紹介.
◆中河伸俊氏のホームページ http://homepage2.nifty.com/tipitina/index.html
天田城介 2001 「構築主義の困難――自己と他者の<語る場所>」『現代社会理論研究』11号 1-15.*
−− 2004 「抗うことはいかにして可能か?――構築主義の困難の只中で」『社会学評論』219号 223-243. *



天田城介(josukeamada.com)著書・論文など