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| ■011■ 「 『痴呆性老人』における、あるいは『痴呆性老人』をめぐる相互作用の諸相」 日本社会福祉学会発行.『社会福祉学』40(1).P209〜P232.1999年6月. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:1999.01 最終更新日:2004.04
※本稿は1997年1月に立教大学大学院社会学研究科に提出した修士論文「介護プロセスにおける在宅痴呆性老人家族介護者による価値判断の転換に関する研究」の一部を大幅に再構成する形で執筆しました。
【全文】(以下、草稿です)
「痴呆性老人」における、あるいは「痴呆性老人」をめぐる相互作用の諸相
Interpretations of Social Interaction of, or around“ Demented Elders”
●天田 城介
Josuke Amada
●日本学術振興会
The Japan Society for the Promotion of Science
緒言
「痴呆性老人」〔i〕と呼ばれる人々の未曾有の増加が将来における高齢者福祉の中心的課題の一つになるだろうと叫ばれて久しい。このように「社会問題としての痴呆性老人」【1】が文字通り“問題化”されてきている状況に呼応するようにして、「痴呆性老人研究」と称される研究も増加してきており、そのテーマもパースペクティブも多様化しつつある。中でも特に、「痴呆性老人」の不可解とされる行動への現実的対応の困難性からであろうか、近年では「痴呆性老人」とケア従事者あるいは家族介護者との臨床場面・ケア場面を想定した知見が次第に多く提示されるようになってきている。
こうした「痴呆性老人」をめぐる現実的場面を想定した研究の累進的蓄積はこれ自体高齢社会の所産であり望まれるべきものであろうが、一方で、それらは極めてサービス・オリエンティッドな研究に偏向しているように思われる。つまり、その多くが「徘徊」を始めとするいわゆる「問題行動」の対処法や、専門的援助者による「痴呆性老人」への具体的な実践とその効果、あるいは家族介護者の負担感・ストレスの原因やそれを軽減するための施策を提示しているのだが、いずれの研究も“いかにして「痴呆性老人」対する専門的援助者のケア・サービスを確立し、家族介護者のケアをサポートしてゆくか”といったサービス・オリエンティッドな前提の下に行われている。
しかしながら、筆者には、オルタナティブな、すなわち当事者である「痴呆性老人」が日常生活においていかなる生を営為しているのか、そして「痴呆性老人」において、あるいは「痴呆性老人」をめぐってどのような関係性が形成されているのかを“解読”する視点こそが、生活福祉を謳う現在の社会福祉の実践に一層要請されているように思われる。例えば、「痴呆性老人」は“自分は何者で、相手は誰なのか”という定義の下に相互作用を営んでいるのか、なぜ施設職員は「痴呆性老人」をケアする中で自らの無力感に晒されてしまうのか、いかなる状況で家族介護者は「財布がなくなった」と動揺する「痴呆性老人」に「大丈夫よ。お父さんが預っているから」と言わざるを得ないのか、どうして家族介護者の多くは「なぜ私が看るのか」と自問するのか、なぜ「痴呆性老人」をめぐって家族・親族間で葛藤・混乱が生起するのか、等の問いはそれ自体が直接的にサービスとして結実するテーマではない。にも関わらず、こうした日常的な人間と人間のやり取り、つまり「社会的相互作用social interaction」における問題が、その状況に不可避に巻き込まれた者にとって最も大きな困難や苦痛であることは多言を要さないであろう。
本稿では、“はじめにサービス確立への志向性ありき”ではなく、現前の「痴呆性老人」における、あるいは「痴呆性老人」をめぐる相互作用の様相を詳細に考究した後に、翻って「ケアの実践」の可能性を検討したい。以上の前提に立ち、本研究は「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用〔ii〕に照準した上で、その相互作用の〈場〉を@施設介護と、A家族介護に設定し、その様相を規定する文脈と構造を記述してゆくことを目的とする。
T.本研究の視座と方法
1.視座とアプローチ
ここでは、「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用の諸相を分析する上での視座とアプローチを明記し、それらに準拠することによって分析方法を設定してゆく。
社会学的に言えば、我々の相互作用は“誰が、誰と、どのような場で、いかなる文脈であるのか”といった条件によって規定されているため、この“誰が、誰と、どのような場で、いかなる文脈であるのか”に焦点を当てることに依って当該の相互作用を詳細に記述する方法が採られる【2】。本稿もこうした方法を採用し、あくまで「相互作用研究」として収束化させるように分析方法を設定している。
まず、本稿ではケアが実践されている@施設介護と、A在宅家族介護の2つの相互作用の〈場〉を設定するため、いわば舞台のキャスティングは以下の成員が想定される。
@:「痴呆性老人」、他の入所者である「痴呆性老人」、ケア従事者(施設職員)
A:「痴呆性老人」、家族介護者、他の家族・親族成員、ケア従事者(専門的援助者)
本稿では、以上のメンバーによって頻繁に演出された相互作用の様相を記述していき、「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用のエスノグラフィカルな分析を行なうものとしたい。但し、本研究では「痴呆性老人」における/をめぐる直接的な相互作用を想定しているため、@のケア従事者間、Aの家族介護者とケア従事者との間の相互作用は本稿では除外している。特に、Aのケア従事者の関与は副次的に記述をしているのみである。
当然ながら、上記以外にも無数の相互作用場面を想定することも可能であるが(例えば、病院での医師と「痴呆性老人」の相互作用など)、最終的には「施設介護」と「在宅家族介護」におけるケアの実践へと連接し得るような研究を志向するために、上記の〈場〉を設定することが極めて戦略的であると考えた。また、これら2つの相互作用場面においても別のキャスティング・メンバーを想起することも可能ではあるが(例えば、施設内でのボランティアと「痴呆性老人」の相互作用や、在宅での「痴呆性老人」と昔の友人との相互作用など)、今回は敢えてケア従事者と家族介護者に限定した。なお、以下ではケア従事者と家族介護者の両者を指し示す場合には「介護者」とのみ表記する。
2.方法
本研究は主として以下の2つのフィールドワークによってデータを収集した〔iii〕。
@ U市の特別養護老人ホームの1階入所高齢者A〜Uの21名を対象にした1994年5月〜8月までの4ヶ月間のフィールドワーク(合計観察時間122時間)。
A U市のホームヘルプサービスを週3回以上利用し、在宅で「痴呆性老人」を介護する家族介護者A〜Mの13名を対象にした1996年8月末〜11月末までの4ヶ月間のフィールドワーク(合計面接時間108時間)。
調査@の舞台である特別養護老人ホームは、入所者の居室を決定する際に「痴呆」の重症度が高い高齢者を1階に入所させるように割り当てた、「痴呆性老人」と一般老人との「階分離型施設」【3】であり、1階は当該施設のいわゆる“痴呆専門棟”として位置づけられている。この1階での毎週1回、午前9時から午後4時までの7時間における参与観察法によって観察された相互作用をフィールドノートに記述しつつ、その相互作用のエスノグラフィカルな分析を実施した。ちなみに、データとしてはレクリエーション等が実施されていない、日常的な日に観察された相互作用を参照した。
調査AにおいてはU市の2つの在宅介護支援センターに紹介して頂いた13名の家族介護者に対して「回顧的質問retrospective question」を中心にした非指示的面接法を採用し、2時間30分〜3時間の面接時間を原則として各対象者宅へ直接訪問して面接を行った。各対象者の面接回数は2〜3回であり(合計面接回数37回)、被介護者である高齢者が「痴呆」となってから現在までの介護プロセスを回顧的に家族介護者に語って頂き、その語りをテープレコーダーに録音した後にトランスクリプトした。そのため、家族介護者は自らの介護プロセスを振り返り、遡及的に意味付けを行いつつ語るという形式として、いわば家族介護者の“ケア・ストーリー”として語られている【4】。それ故、本データはあくまでも家族介護者の視点から語られたケア・ストーリーによって描写された相互作用ではあるが、「痴呆性老人」をめぐる相互作用の様相を提示するものとして扱った。
なお、本稿では「痴呆性老人」あるいは家族介護者の基本的属性や特徴の把握に研究のプライオリティを置いていないため、「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用の様相を言及するのみとしたい。それらの詳細を理解するには拙稿を参照されたい【4】【5】【6】。
以下、14の事例を用いて「痴呆性老人」における/めぐる相互作用の諸相を記述するが、これ以外にも多くの相互作用の諸相がフィールドワークでは観察された。しかし、本研究の課題は数多くの相互作用の様相を紹介・提示することにあるのではなく、むしろ相互作用の諸相を規定している文脈と構造を明示することにこそ求めている。また、それぞれの事例を詳述する紙面の余裕はないため、列記しつつ考察を整理していくことにしたい。
U.「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用の諸相
1.「痴呆性老人」の自己定義と行為
(1)「呆け/痴呆」としての自己定義
「痴呆性老人」とは他者に「呆け/痴呆」と名付けられた人々である一方で、多くの「痴呆性老人」が「呆けてしまってしょうがない」、「もうここが(頭を指差し)バカになっちゃった」と述べて、自分自身を「呆け」と定義していることがある【7】。この時、@の施設入所者であるAの「何を忘れたかって聞かれると困っちゃうんだけど、もうとにかくバカでバカで…」という発言に端的に表されているように、「忘れたこと」が何であったのかを忘れるケースもしばしば観察される【8】。つまり、「忘れたこと」の内容は忘却しているにも関わらず、「『忘れたこと』を忘れた状態」であることは感受しているため、一層の「不安」に晒されることになる〔iv〕。我々は「忘れたこと」を記憶している限りにおいて――ある事象を忘却しようとも当事者が自らの過去・現在・未来が統一的に解釈している限りにおいて――自己の存在を確証できるのであるため【2】、「『忘れたこと』を忘れた」という経験はいわば自らの存在が“宙ぶらりん”の状態に陥ることを意味していよう。
いずれにしても、ここでの重要なことは「呆け/痴呆」と名づけられた人々の多くは自分自身に対して自らも「呆け/痴呆」と名づけていることである。
(2)「呆け」と「不安」の悪循環
以上のような「痴呆性老人」の「呆け/痴呆」としての自己定義は「呆け」と「不安」の悪循環のループとして帰結する場合が多い(より正確に表現すれば、そのように介護者に解釈されている)。自ら「『忘れたこと』を忘れた」という「不安」は自己の存在の空虚感として感じられるために「痴呆性老人」も何とかこうした「不安」に対処しようとするが、逆に悪循環に陥ってしまう。典型的な例として【事例1】が挙げられる。
【事例1】(調査A:家族介護者Aのトランスクリプトより)
「(その当時は)いつも『財布がない』ってことになるんです。本人も自分が呆けて忘れっぽくなっていると思っているから、余計ややこしいことになるんです。『なくすのでしまっておこう』と思って財布をしまっても、そのしまったこと自体を忘れてしまうので、後になって『財布がない、ない』ってことになるんです。そのことで本人は余計に『なくさないようにしなきゃ』と思うのでしょうか、それでまたしまい込むんですね。この『しまい込む、なくした、またしまう』の繰り返しでした。もうこうなると、どうしようもないのは分かっているのに、つい怒鳴ってしまいました」
このように「呆けて忘れっぽくなっている」ことを回避する対処法として「しまう」のであるが、このことは「『呆けた』という感覚」→「なくすからしまっておこう」→「しまったこと自体を忘れてしまう」→「なくした物が見つからない」→「(巻き込まれた)周囲の者から怒られたり、自分で忘れたことを嘆く」→「より一層『呆けた』という意識が強化」→「(以前のしまって見つからなくなったことを忘れ)なくすからしまっておこう」→………といった悪循環のループへと陥ることとなる〔v〕。こうしたAの言表が「本当かどうか」ということはここではさほど重要ではなく、むしろここで押さえるべき点は介護者がこうした(どうしようもない)悪循環のループを把握・解釈している点である。そのため、介護者としてその相互作用の文脈へと巻き込まれた場合には「どうしようもないのは分かっているのに、つい怒鳴ってしまう」のであろう。これは「物をしまう」行動のみに観察される現象ではなく、「痴呆性老人」の行動特性として捉えることができよう【8】。
(3)他者へ相互作用を働きかける者としての「痴呆性老人」
「痴呆性老人」にはケアを“快く”受動的に受ける者もいるであろうが、ケアを提供する際に「非協力な態度」や「抵抗」をしたりして介護者を困惑させることを含め、積極的に他者へ相互作用を働きかける者である場合も多い。ケア従事者にしろ家族介護者にしろ極めて重大な問題や重荷となるのは介護量や種類ではなく、むしろこうした「非協力な態度」や「抵抗」であり、介護者にとってはいかにしてこうした「非協力な態度」や「抵抗」を回避し、上手に促すかがケアの実践上の最重要課題となる【9】。
【事例2】(調査A:家族介護者Bのトランスクリプトより)
「(当時は)お風呂入れようとしても暴れて絶対に入ろうとしないんです。無理に入れようとすると大声を張り上げて『バカヤロー』ってなるから、こっちもヘトヘトになるんです。だから、騙し騙し、食後お腹一杯になった頃を見計らって『明日はお客が来るのでお風呂入ったら』と声をかけたりしていました。でも、向こうも向こうで『同じ手は食わんぞ』って感じで、その都度でこちらもあの手この手とやるんで、疲れきってしまいました」
このように介護者がケアを提供しようとしても「抵抗」したり、「非協力な態度」であるために、結局は介護者側が疲弊しきってしまう。また、個々の「痴呆性老人」によって「抵抗」したり、「非協力の態度」である内容は「身体を清拭させてくれない」、「オムツを取り換えさせてくれない」、「デイサービスに行きたがらない」など異なるため介護者は「痴呆性老人」の個別性に応じて、あるいは「素直にいいよっ言ってくれる時もあれば、頑として聞かない時もある」(家族介護者G)ためにある個人においてもその状況に応じて、フレキシブルに対応せざるを得ない。結局、「その都度」ごとに対応せざるを得ないために、「疲れきってしま」うのである。
また、(少なくともある時点までは)「痴呆性老人」と家族介護者は(時としてケア従事者も)「協力」しあって、露呈すれば周囲に当該老人が「呆け/痴呆」になったとスティグマ化されてしまうような情報を隠蔽したり、「呆け/痴呆」を証明してしまうようなシンボルや情報を不可視化しようと努力するといった「スティグマのマネジメント」をする【9】【10】。以下はまさにこのような「呆け」を隠蔽しようとした例示である。
【事例3】(調査A:家族介護者Fのトランスクリプトより)
「始めの頃は、まだ本人にも途中で(ハタと気づいて)『あれ、おかしいぞ』という感覚があったんです。本人は周りに自分がそうなったことが知られるのを気にしていて、近所の人が訪ねてきても『私が分からないことをしていたら教えて』と(Fに)言っていたので、私も(被介護者の)近くにいることが多くなりました。今思うと、この時が『境目にいた』んだと思いますね」
以上のように、ある時期までは「痴呆性老人」と家族介護者は協力して周囲から「呆け」としてスティグマ化されてしまうような情報を隠蔽しようとしている。すなわち、外部の人々に家族メンバーのスティグマ化されてしまうような情報や知識を家族内で食い止めようとする「家族情報ルール」が遵守されているのである【9】【11】。ところが、徐々に「痴呆性老人」にとってこうしたスティグマの共同マネージが困難化してくる。Fの『境目にいた』という発言は、「痴呆性老人」がもはやスティグマが何であるのか「分からなくなり」、その隠蔽を協力して実行できなくなった時期を意味しているのである〔vi〕。
2.施設介護の〈場〉における文脈と構造
(1)「痴呆性老人」間における相互作用
まず、「痴呆性老人」間の相互作用を観察して気がつくことは、その多くが「会話の噛み合わない」相互作用である場合であるにも関わらず、その相互作用は決して「喧嘩や怒鳴り合いをする」といった無秩序なものではなく非常に安定的であるということだ。特に、本施設の“ロビー”と呼ばれる公的空間における「痴呆性老人」間の相互作用の大半は極めて安定的であった【5】【6】。こうした「会話が噛み合わず」に成立する安定的な相互作用は【事例4】に見て取れよう。
【事例4】(調査@:ロビーにおけるAとDの相互作用/フィールドノートより)
Aさんは一度は食堂に入ろうとするが(鍵が掛かっているため)入室出来ず,奥の廊下をウロウロと歩き回った後,ロビーに戻って着席する。そこで隣に座るDさんの顔を一瞥し,「もうそこ(食堂を指さし)はご飯とちがうかね」と話しかける。それにDさんが「私なんかもずっと駆け足でやってきてお兄ちゃんなんかも相当苦労したもの。」と返答する。すると,Aさんも「そうやねー。私なんかも足が丈夫だから良かったけど,辛い,そない時にはグーっとやって石投げんの」と答える。
以上の事例では、Aは「もうご飯とちがうかね」と語って、食事が気になっているというストーリーであるのに対して、Dは「ずっと(人生を)駆け足でやってきた」というストーリーを語っている。更にその後、Aによってそれが「足が丈夫だから良かったけど、辛いときには石を投げる(ことで耐える?)」というストーリーに変換され直されてゆく。我々から見ると全く「噛み合っていない」かのような会話であるが、その実、各々の当事者のストーリーの変換によって書き直されている。これを「ストーリーの衝路」と呼ぼう。「痴呆性老人」間の相互作用にはこのような形式による一定の秩序性が観察されたのだ。
一方で、「痴呆性老人」間の相互作用が「怒鳴り合い」や「喧嘩」へと発展するケースも僅かながら見られた【6】。その場合、ほとんどが特定の二者関係において生起しており、それは【事例5】に見るような“犬猿の仲”においてであった。こうした相互作用においては両者ともに、あるいは一方が他者を「あいつはバカだ」という定義をしていた。
【事例5】(調査@:ロビーにおけるAとCの相互作用/フィールドノートより)
Cさんがソファに座るAさんの前に立って「あんたの方も良くしないと」と言ってAさんの服を触ると、Aさんは「そうなんよ。このボタンがいつもガチャガチャになってしまうの」と答える。それでもCさんがしつこくAさんの袖の辺りを触ると、いよいよAさん「あんたは何やの。バカやないの!」といって怒鳴り出す。すると、怒鳴られたCさんも「お前がバカだ!バカヤロウ!」といって喧嘩を始めてしまう。そこへ私が仲裁に入る。ことある度、Aさんはいつも私にCさんのことを「あれ(Cさんを指差して)はバカだよ。パーになってる」と言うように、犬猿の仲である。
先述したように、「痴呆性老人」と名づけられた人々は自らも「呆け」として自己定義をしていることが多いが、それは時として他者へも向けられる。要するに、このことは「呆け」とラベリングされた人々は自己を「呆け」とラベリングすると同時に、他者を「呆け」あるいは「バカ」とラベリングする行為が時として観察されるということを指示している。いわば、我々が他者を「呆け」と判断するフレームとは異なる水準において「痴呆性老人」も他者を「呆け」あるいは「バカ」として裁定しているのである〔vii〕。
次いで、「痴呆性老人」が施設内の空間をいかに定義しているのかを検討しよう。
【事例4】でAが食堂に入ろうとしたがかなわず,「もうそこはご飯とちがうかね」とDに話しかけた行為に示されるように、“そこがいかなる空間なのか”を把握している「痴呆性老人」は多い。これは「痴呆性老人」も「場の定義」をしていることに他ならない。ところが、ロビーと呼ばれる公的空間においては「痴呆性老人」間の会話が頻繁に観察されたのに対して、【事例6】のように食堂やデイルームなどの公的空間においてはほとんど会話らしい会話はされなかった【6】。
【事例6】(調査@:食堂における相互作用/フィールドノートより)
食事介助が必要な数名を除いて、ほとんどの方が食事は自立しているものの会話はほとんど聞かれない。時折、介助している寮母が被介助者に「おいしい?」、「はい、ア〜ンして」などと声をかけ、それに被介助者が「うん」と応答するのみ。他の入所者は沈黙のまま昼食を食べるだけで、食事が終わり次第、すぐに食堂を退出する方が多い。
このことは、食堂やデイルームなどは「食事」や「レクリエーション」といった目標設定をされた公的空間であり、ケア従事者によってこうした目標達成が強く志向されてしまっているが故に、「痴呆性老人」間の自由な相互作用が妨げられているといった一因が考えられる。逆に、ロビーにて日中のほとんどを生活するA〜Hにおいては「ロビーが他の入所者と会話する公的空間」として把握しているかのような相互作用特性が観察されたことはこの(反)証左であろう【5】。誤解を恐れずに言えば、施設において「公的空間」として設計された空間が必ずしも「痴呆性老人」間の「公的空間」であるというわけではなく、食堂やデイルームではそこがケア従事者の“仕事場”であるかのような現実が構築されてしまい、「痴呆性老人」もそのことを感受していたために会話が達成されないのである。
(2)「痴呆性老人」とケア従事者の相互作用
「痴呆性老人」とケア従事者の相互作用は、(ケア従事者側の)悪循環のループによる疲弊感や、「母性」という名の秩序化の装置、ルーティーン・ワークの自己目的化、「場の定義」の隔絶、統制のレトリックなどによって極めて構造化されている。
1.(2)にて説明した悪循環のループにケア従事者が繰り返し対応するにつれて、ケア従事者は「またか」、「何度やれば気が済むんだ」といった思いが強くなり、自己のケアが無意味なもののように感じられてしまう結果、ほとほと疲弊しきってしまう。こうした疲弊感/無力感は「何度となく説明しても同じことを繰り返すので、いいかげん説明しても無駄」(ケア従事者の発言)という帰結を生むことことさえある〔viii〕。こうなると、ケア従事者にとって重要な課題は「なぜそうした行為をするのか」ではなく、「いかにしてそうした行為を統制するか」へと移行してゆく。そして、その課題が「痴呆性老人」に対するケアの全般へと過剰に一般化される場合も多い。
【事例7】(調査@:廊下におけるAと寮母の相互作用/フィールドノートより)
Aさんが廊下に落ちていた(片方の)上履きを拾って、履いていた自分の上履き靴の上から更に履こうとしていると、それを見ていた寮母が「Aさん、そんなに幾つも履いたら暑いでしょう。脱ぎなさい!」と(子どもを叱るように)注意する。それにAさんが「はい、そやね」と答えて脱ごうとすると、更に寮母は「向こうに行って脱いできなさい!」と怒鳴る。再度Aさんは「そやね」と返事するものの、寮母が立ち去ると不機嫌そうな表情をしてソファーに向かうどころか、(逆方向の)個室の方へ行って履こうとしていた上履きを投げ捨て、奥の廊下の方へと歩いてゆく。
【事例7】では「落ちていた上履きを拾って履いた」ことに対して、まるで子どもを叱りつけるかのように「脱ぎなさい!」と(「はい、そやね」と言っているにも関わらず)繰り返し注意しており、統制の方法として「幼児化infantilization」が行われている【12】。「ご飯あげないよ」、「じっと座ってなさい」などの叱り付けや、【事例6】の「はい、ア〜ンして」という声かけ、「Kさんは偉いんだ、Hさんもちゃんと薬飲まなきゃ」といった対応の差別化などもこうした幼児化に含まれるものであろう。
こうした「幼児化」原理には「母性」という名の秩序化の文化装置が作動している。春日は、介護者が高齢者をケアする際にその高齢者が性的存在であることを無性化する文化装置として「母性」を捉えているが【13】、筆者はこの「母性」をケアの受け手を――無性化することを含めて――何とか統制していこうとする時に作動する文化装置として位置づけている。母−子の関係にシンボリックに表されるように、「母性」とは最も強力なコントロールを(それとは気づかれずに)実践していく方法であり、ケアの受け手を徹底的に無性化/無能力化して統制する装置である〔ix〕。
こうした「母性」装置の発動は「痴呆性老人」の言動に統制が必要な状況の実践であるが、もう一方には、毎日のルーティーン・ワークによってそもそも「痴呆性老人」の言動がいかなる意味であるのかを意識化せずに、意味を失効化させる場面も多く見られる。
【事例8】(調査@:廊下でのHと寮母の相互作用/フィールドノートより)
Hさんが「もう帰らないと○○(息子の名)が心配しているな〜」と言って施設内をぐるぐると歩いている。そこに、夏の汗疹の防止のためであろうか、寮母が入所者の首から背中の辺りを清拭して回っていて、丁度近くを通りかかったHさんに「Hさん、ちょっと来てくれる」と声をかける。すると、Hさんは「そろそろ自分の家に帰りたいんで連れてって下さい」と言うが、言っている最中から寮母は「背中拭かせてね」と声をかけつつ、濡れタオルで背中を拭く。終わると「はい、きれいになりました」と一声して、別の入所者を「Gさん、ちょっとこっち来て〜」呼び止めている。
Hが「自分の家に帰りたいので連れていって下さい」と頼んでいるにも関わらず、ケア従事者はその発話を遮断するようにして「背中拭かせてね」と言葉を挟み、「痴呆性老人」がいかなる世界を生きているかを理解することなく、ルーティーン・ワークを実践している。もちろんケア従事者の中にはルーティーン・ワークによって“「痴呆性老人」のためのケア・ワークではなく、ケア・ワークのためのケア・ワークとなっていること”、すなわち「ルーティーン・ワークの自己目的化」を嘆く者もいる。但し、――現実として極めて過酷な労働条件にあるのも事実ではあるが――その場合必ずと言っていい程、「一人一人対応するのは無理」、「人手が足りな過ぎる」というレトリックが登場する。
【事例8】はもう一つ別の現実を指示している。「痴呆性老人」間の相互作用が「会話が噛み合わない」ものであったのに対して、「痴呆性老人」とケア従事者のそれはむしろ「会話を合わせる気のない」相互作用であった。時に、合わせた会話でも「家に帰りたい」というHの発言に対して「そうなの、じゃあ娘さんに電話しとくね」とその場を取り繕うようなものである場合がほとんどであった(当然、電話した様子はなかった)。
このことは「痴呆性老人」間の相互作用には個々の成員のストーリーが(噛み合わずとも)徐々に変換されていくような「ストーリーの衝路」が見られたのに対して、「痴呆性老人」とケア従事者の場合にはそれぞれのストーリーが書き直されるような衝路が不在であったことを意味している。【事例9】がそれを見事に明示している。
【事例9】(調査@:ロビーでのA、D、J、Lの会話への寮母の介入/フィールドノートより)
Aさんが「向こうの方(食堂の方を指差し)にご飯があったでしょ。美味しかったね」とDさんに話しかけ、Dさんが「本当、そうよね。向こうの方に行ってた時、私もご飯ということで行ったんだもの」と返答すると、突然、Lさんが「喉やあごが壊れちゃているんだろー」と誰に話したかが不明な発言をする。ところが、それにAさんは「あんたはちゃんとやらんからそうなるんよ」と言い、Jさんは「喉が痛いなら看護婦さんに伝えなさいよ」と答え、Dさんは「私なんかもそういう時あったわよ」と各々がそれぞれ語る。すると、近くにきた寮母が「DさんとLさんはお薬飲んでー。はい、口開けて」とそれまであった会話の文脈とは全く無関係な態度で入り込んでくる。
また、何名かの「痴呆性老人」には「ロビーが他の入所者と会話する公的空間」として定義しているかのような相互作用が観察されたと述べたが、以上の事例は、ケア従事者にとってロビーは“仕事場”であることを物語っている。要するに、「痴呆性老人」の「公的空間」という場の定義と、ケア従事者の「仕事場」という場の定義が極端なまでに隔絶しているのである〔x〕。
こうしたケア従事者による「痴呆性老人」の統制は必ずやレトリカルな説明によって正当化される。例えば、「日中に繰り返し静養室に寝に行ってしまうこと」は「健康に良くない」と起こしたり静養室に鍵をかけたり、あるいは【事例10】のように(家に帰ろうと施設の外へ出ていってしまうことを事前に先取り=予測するようにして)「万が一」にも「外に出て事故に遭う」ことのないようにと、「健康のため」「万が一」「公共性の安全・安定・安心」の正当性に支えられた管理ケアが行われる。このような正当化のもと、食堂や配食用エレベーターに鍵がかけられたり、入所者の居室の持ち物が点検され、入所者のうち誰かが死亡することがあっても「混乱を避けるため」に情報さえ遮断されてゆく(時空間・情報の障壁によるコントロール)。こうした統制の技法の立案・実施は全て寮母室や休憩室などでの“密室の会談”によって決定される。
【事例10】(調査@:Oの質問に対する曖昧な返事/フィールドノートより)
今朝からショートステイで来たOさんは「いつ○○(息子の名)は迎えに来るのですか」と頻繁に寮母に聞き、落ち着かない様子であることから寮母は出入り口付近の柵を2重に錠前をかける。何気なく聞くと、外に出てしまって「万が一」事故に遭ってしまっては大変だということらしい。
3.在宅家族介護の〈場〉における文脈と構造
(1)「痴呆性老人」と家族介護者の相互作用
家族介護者によって語られる“ケア・ストーリー”〔xi〕の「始まり」には「何かおかしいな」、「何でこんなことをするのかな」という発言に代表されるような「痴呆性老人」の徴候に対する曖昧な定義が多く聞かれる【4】【7】【14】。出口らはこの時点を「不分明なトラブル『ゼロ点』」を呼ぶ【14】。まさにそれは「不分明」であるが故、「何が何だか分からない」ままにそうした徴候に対処するといった常に「後手後手」、あるいは「とりあえず」の対応とならざるを得ない【15】。
【事例11】(調査A:家族介護者Bのトランスクリプトより)
「はじめは『何でこんなことをするのかな』といった感じでした。その頃は、(Bの実母は)100万円を預けていた郵便貯金を突然解約すると言い出したりして「手元に置きたいのかな」と思っていたが、何度となく続くと『何かおかしいな』と感じるようになりました。ただ、その頃『痴呆』だとは全く知らずに、何が何だか分からなかったので、後になって考えればの話ですが」
ほとんどの家族介護者は「後になってみれば」「今考えるとあの時からおかしかった」というような過去の(「始まり」の時点の)徴候に対する意味遡及をするため、「始まり」は曖昧な定義が積分されてゆくような状況であり、それは極めて長期に及ぶ場合も多い。その徴候が極めて曖昧であるために、時として「嫌がらせではないか」とか「わざとではないか」と徴候が意味付けられることもある。また曖昧であるが故に、家族介護者による徴候の定義と他の家族・親族成員のそれとが競合することが多く、家族介護者が「呆けたのではないか」と疑問や不安を表現すると、逆に家族・親族成員から「呆け扱いをしている」と責められたりするようなケースもしばしば観察される【4】【7】【14】【15】。
そして、介護プロセスの進行に伴って次第に「痴呆性老人」にネガティブな感情を家族介護者は感じることとなる。特に、以前の人柄・姿から到底「想像もできない」ような振る舞いをし、いわゆる「問題行動」と呼ばれるような不可解な行動を起こ場合には、多くの家族介護者が「昔の面影もない」「まさかこんなになるとは」「別人のようだ」と表現するように、家族介護者が思い描いてきた当該老人の人物像が解体されてゆく状況が観察される(筆者はこれを「バイオグラフィーの解体」と名づけている)【4】【15】【19】。要するに、家族介護者には老人の元気だった頃の像が――自分の実の親の場合にはなおさら――「記憶」として刷り込まれているために、現実の老人の人柄・姿に即応できないのである。
【事例12】(調査A:家族介護者Bのトランスクリプトより)
「大声で『お金が取られた』、『警察に訴えに行く』、『子どもたちは泥棒だ』と怒鳴ることが多くなったため、病院へ検査しに行くことになりました。病院の医師が痴呆テストをすると、『私のことを馬鹿にして!』と怒鳴りだし、私を殴りつけてたりして、神経が参りました。昔のしっかりした面影が微塵もなくなってしまい、情けない。虚しいという気持ちばかり募り、このままずっと続くのではないかと思うと地獄でしたね。限界ギリギリの状態でした」
こうした「痴呆性老人」の言動の対処として医者に診断してもらったり、ホームヘルプサービスをはじめとする専門的援助を受けるようになってくると、その言動の原因が「痴呆」であると解釈し、次第に〈痴呆性老人〉として定義/規定化するようになる【4】【15】。
一方、家族介護者による自らの介護する意味に対する解釈はより複雑である。大半の家族介護者によって表現されるのが「なぜ私が看るのか」である。これは春日が指摘するように、娘が介護していれば「男兄弟がいるのになぜ娘の私が看なければならないのか」となり、次男・三男の妻であれば「長男がいるのになぜ私が」となるし、長男の妻であれば「子供は何人もいるのになぜ私が」「夫の親なのになぜ私が」と、いずれの介護責任の言説もその正当性が保証されていないことに依る【13】。【事例14】を見てみよう。
【事例13】(調査A:家族介護者Gのトランスクリプトより)
「結局、すったもんだの後でおばあちゃんを私が看ることになっても、『なぜ私が看なければいけないのか』という気持ちが強かったですね。私にとっては義母(姑)になるので、他のきょうだい(長女や次男)がいるのになぜ私がという気持ちになるし、自分の親も看れないもどかしさがありました。その時は、『このままこの生活がずっと続くのではないか』と感じて疲労困憊しました」
こうした現代の「介護責任の正当性の非保証化」によって「なぜ私が看るのか」と解釈してゆくと同時に、「痴呆性老人」の徴候も長期化してきているため「先が見えない」「終わりがない」「このままずっと続くのではないか」と悲痛の嘆きとなることも多い【4】。
そして介護が日常化してくるにつれて、それまでの生活が一変して「自分の時間」や「家族の安らぎ」がなくなり、自己の時空間を“喪失”したようにさえ感じる。家族介護者Jが「四六時中一緒で無性に腹立たしくなります」と語ったように、完全に「二者関係の閉塞」へと陥ることとなり、その苛立たしさは老人へと向けられることにもなる。
更に、介護プロセスが進むにつれて、多くの家族介護者は「やっていくしかない」「私さえ我慢すれば」とする解釈へと変容してゆく。ここでは家族介護者――特に女性介護者の多く――は「私さえ我慢すれば家族は安定している」とか、「家族のためにもやっていくしかない」といった実体化された「家族」への愛情を自己犠牲的に担う「介護者役割」として自己を意味付けており、自己とジェンダー規範が規定する役割とを過剰に同一視していた【4】。いわば実体化された「家族」の表象が暴走化するのである【20】。
【事例14】(調査A:家族介護者のLのトランスクリプトより)
「ホームヘルプサービスを利用したのは私自身が糖尿病になったこともあって『自分が倒れたら家族が困る』と思ったからです。それまでは『私さえ我慢すれば家族は安定している』と思い込んでやっていましたが、病気になってからはかえって割り切れるようになりました。それからはヘルパーさんに任せよう、自分は楽しよう。あれこれと悩む必要はないんだと考えるようになりました」
(2)「痴呆性老人」をめぐる家族介護者と家族・親族間の相互作用
「痴呆性老人」をめぐる家族介護者と家族・親族成員との相互作用はそれぞれの思惑と立場が絡み合って、諸々の出来事に対して極めて各々の定義が競合することが多い。上述したような「始まり」の頃の「痴呆性老人」の徴候に対する(曖昧な定義が故の)競合、あるいは「普通は長男が看るべきだ」、「今は平等で看るのが当たり前」といった「介護責任の正当性の非保証化」によるせめぎあい、「今は子どもの養育でとてもじゃない」、「自分自身の体調が悪い」といったそれぞれの「言い分」と「押し付け合い」などを含めて、介護に関わる多くの出来事や事柄に対する定義は常に競合する可能性を孕む。更には、疎遠になればなるほど、「顔も出さない」と不満を漏らす家族介護者と「都合の良い時にだけ行くのはかえって悪い」と考える他の家族・親族成員との間には次第に“調整不可能なほどの”齟齬と亀裂を生むことにもなりかねないのである。
また、老親そろって同居している(した)場合には一層の定義の競合を招くことがある。特に、介護を受けている老人の配偶者が元気な場合には毎日の些細な介護の仕方や方法に対して――「夫」や「妻」の立場から――「そんなの当然だろう」「そんな風にしちゃ可哀相よ」「今までもこうしてきたんだ!」と(実質的に介護を担う介護者に)“いちいち首を突っ込んでくる”ために、家族介護者は疲弊しきってしまうのである。
V.「痴呆性老人」への「ケアの実践」の構築
以上までに説明したように、「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用は「施設介護」、「在宅家族介護」のいずれの〈場〉においても極めて文脈化・構造化されたものであった。このような文脈と構造によって相互作用が規定されているが故に、我々は「痴呆性老人」との相互作用に不可避に巻き込まれた時、同様の相互作用へと帰結してしまうのである。
最後に、上記に見た「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用を規定する文脈と構造を別様/オルタナティブなものへと転換し得るような「ケアの実践」の可能性を検討したい。特に、「痴呆性老人」の世界を中心軸に設定するような「ケアの実践」を構想しよう。
第一に、「痴呆性老人」の自己ラベリング/他者ラベリング、あるいは悪循環のループや、個別性によって、あるいはその都度によってストーリーが異なることをどのように捉えるかという問題性である。これらを解決するにはおおらかに「呆け/痴呆」であることを「痴呆性老人」とケア従事者が語りつつ、「呆けること」は決して否定的な価値ではなく誰にでもあり得るべき出来事であるということを伝えることが必要である【21】。また、それぞれの「痴呆性老人」の個別性を見つめながら、その都度で異なるストーリーを解釈して“即興劇を演じるかの如く”対応することが要請されるであろう【22】。
第二には、「母性」としての文化装置や、ルーティーン・ワークの自己目的化、「場の定義」の隔絶、ストーリーの衝路の不在、統制のレトリックなどによって構造化された施設ケアの相互作用をいかにして第一の対応へと変換するのかという問題である。これらは「痴呆性老人」とケア従事者が基本的に社会関係であることを基盤とした上で、少なくとも施設内の幾つかの場所は「痴呆性老人」の「場の定義」に準じたケアを展開することが重要となる。ここではケア従事者にどこまで「参加」の意識がもち得るかが鍵となろう。あるいは木下が、職員の効率的実践を求める、労働力総体とケア業務総体の適合性としての「第1原理」と、ケアの受け手となる老人の個別性を重視する「第2原理」が本質的に対立関係にならざるを得ないことを職員が理解し、両者の緊張関係のバランスをとりながら実践してゆく必要性を提起するように【23】、多忙の中でもどこかに「第2原理」を実践する時空間を敢えて構造化するなどの作業が求められる。
第三には、在宅家族介護において家族介護者の解釈を規定していた家族イデオロギーやジェンダー規範をいかに解消してゆくかという問題性であろう。一つには、家族を前提にしたケアを想定するのではなく、ケア従事者がいかに「痴呆性老人」の日常生活を解読することが可能かどうかにかかっていよう。もう一つには、家族において(特に)女性の「介護をする/しない」が「愛情のある/なし」を証明してしまうような家族イデオロギーやジェンダー規範をいかにして乗り越えてゆくかが転回点となる。逆に言えば、ケア従事者が擬似的に「家族」を演出することなく、ケアを受ける「痴呆性老人」を安定・安心させ得るケアとコミュニティが構築可能なのかという課題を提起しているのである【23】。
以上の課題を達成すべく具体的なケア・プランは――特に「痴呆性老人」のケアの場合には彼/女らの個別性やその都度の状況に応じたフレキシブルな対応とならざるを得ないので――当該のケア従事者がそれぞれ作成することが重要である。
むしろ本稿の最後に確認すべきは、あらゆる文化において「呆けゆくこと」「呆けを看ること」が必ずしも否定的な価値を付与されるわけではなく、それは極めて文化的・社会的に構築されるものであるということであり【24】【25】、したがって、我々は常に「老い衰えること」、そして「呆けゆくこと」に対する「ケアの実践」を、ひいては「老いの文化」を新たに構築する可能性に開かれているということである。
註
〔i〕本稿では常に「痴呆性老人」と括弧付きで表示したい。その理由は、アプリオリに実体化された(大文字の)「痴呆性老人The Demented Elderly」を想定するのではなく、あくまでも「痴呆性老人」を社会的に構築された現象として把握するためである[Gubrium,1986:文献【25】]。そのため、本稿の視座においては「痴呆性老人」とは「人々が『痴呆性老人』と名づけ、そのように解釈された者」と定義される。それ故、伊藤や出口らのように「ぼけゆく人」と表記する方がより適切な表現かもしれない[伊藤,1997:文献【7】;出口ら,1998:文献【14】]。
〔ii〕 以下、「痴呆性老人」における、あるいは「痴呆性老人」をめぐる相互作用を指示する場合には単に「痴呆性老人」における/めぐる相互作用と略記するものとする。また、ここでの相互作用は、相互作用参与者の直接的な行為の連鎖のみならず、相互作用を通じての諸事象に対する当事者の意味付けや解釈を含む広義の意味で用いている[天田,1999a:文献【4】]。
〔iii〕本調査の概要及び方法論に関しては拙稿に詳しい[天田,1997:文献【6】;1999b:文献【4】;1999c;文献【5】]。それらの論文において対象者の基本的属性や特性、痴呆性老人の公的空間における相互作用特性や、相互作用と移動との関連性、家族介護者の解釈過程と相互作用ダイナミズムについて詳述している。無論、本稿では@Aの調査結果を施設ケア全般、在宅家族介護全般に一般化するつもりは毛頭なく、あくまでも「ケアの実践」の可能性を考察するための一試論であることは強調しておきたい。
〔iv〕この意味からすれば、いわゆる「帰宅願望」とはこうした自己の存在不安が「実家」や「故郷」などの「安息できる場」へと転射されていく現象だと考えることもできよう。
〔v〕こうした見方が妥当だとすれば、恐らく「盗難妄想」と呼ばれるものは「しまったこと自体を忘れて」しまい、「何でこんなになくなるのか」という脅威が「他者」に投射されて「泥棒に盗まれた」「嫁が盗った」というリアリティが構築されることで生起する現象と予想されよう。
〔vi〕このように、ある時期までは「痴呆性老人」と家族介護者が「協力」して周囲から「呆け」としてスティグマ化されてしまうような情報を隠蔽しているが、次第に「痴呆性老人」にこうした「協力」が見込めなくなる(と家族介護者が判断する)と、家族介護者による「痴呆性老人」に対する直接的なインフォーマルな統制が支配的となってくる。N.Blumはこうした相互作用の特徴を「騙しの実践deceptive practice」と呼ぶ[Blum,1994:文献【10】]。「騙しの実践」には「痴呆性老人」が車の運転をしようとして「車のキーを頂戴」と言ってきた時に「無くしちゃって見つからないわ」と返答して探すフリをしたり、「通帳がない」と探す義母に(騙しの)「お父さん(息子)が預かっているから」と伝えることで、余計に興奮させたり、トラブルを事前に回避するような実践である。「騙しの実践」は、このように「痴呆性老人」の行動を統制したり、潜在的なトラブルとなり得る行為を(予測的に)回避するために用いられる。そして、「協力」が見込めなくなると次第に「痴呆性老人」が「呆け/痴呆」であるという情報を家族外部の専門的援助者に開示していくようになり、更には、例えば「医者に車の運転は高齢者には危ないと注意してもらう」、「ホームヘルパーに明日から1週間ショートステイに行くことを言わないでもらう」というように、外部の他者と共同戦線united frontを張って「痴呆性老人」を統制していこうとする[天田,1999d:文献【15】]。
〔vii〕このことは「痴呆性老人」と呼ばれる人々であっても負性なる価値のアイデンティティを付与されてしまったことに対して、――通常のそれとは若干異なるにしろ――何とか自らの存在を証明すべくアイデンティティ管理を行っていることを示している[天田,1999a:文献【2】]。ここでは皮肉なることか、スティグマ化された人々によるスティグマ化の実践となっていた。
〔viii〕あるいは、一度こうした言説がケア従事者に産出されると、こうした経験をしていない新人のケア従事者もこうした言説を資源として解釈していくこともある。いわばコントロールの方法が“伝授”されることで構造は再生産されてゆくのだ。また、こうしたコントロールの方法は日常の用法として言説化されることによっても構造化される。
〔ix〕「母性」を基軸とした「家族」というのも秩序化の装置である[Gubrium & Holstein,1990:文献【17】]。最近では少なくなってきたが、施設において「疑似家族」が演出されたケアもこうした統制に関わる現象であろう。こうした擬似的な「家族」の装置が破綻する時に口に出てくるのが「所詮は家族じゃないから…」というレトリックである。
〔x〕当該施設のデイルームや食堂は、いわばケア従事者の場の定義が「痴呆性老人」のそれを飲み込んでいるような空間であると言えよう。
〔xi〕こうしたケア・ストーリーを“解読”することによって「痴呆性老人」と家族介護者の相互作用過程のより詳細な記述は拙稿を参照されたい[天田,1999d:文献【15】]。
文献
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■「コミュニケーション社会学特定演習 I/コミュニケーション社会学特別演習 I」(2007年度前期)
◆牟田和恵さん担当の講義に使って頂いているようです。
http://comiron.hus.osaka-u.ac.jp/indivi/07a_Mon3semi.htm
⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など