天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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「痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程
――『痴呆性老人』と『家族』の視点から解読する家族介護者のケア・ストーリー」

日本保健医療社会学会発行.『保健医療社会学論集』第10号.P26〜P43.1999年5月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:1999.02 最終更新日:2004.04

※本稿は、卒業論文「痴呆性老人の集まりの構造」の一部と、修士論文「介護プロセスにおける在宅痴呆性老人家族介護者による価値判断の転換に関する研究」の一部を大幅に再構成する形で執筆しました。


【全文】(以下、草稿です)

痴呆性老人と家族介護者における相互作用過程
――「痴呆性老人」と「家族」の視点から解読する家族介護者のケア・ストーリー――

Interaction Process of Demented Elders and Family Caregivers
Interpretations of care story from the viewpoint of“The Demented Elderly”and“The Family”

●天田 城介
 josuke AMADA


 The purpose of this paper is to describe interaction process of 13 demented elders and their family caregivers that use home help service, from the viewpoint of social construction of“The Demented Elderly”and“The Family”.
 As the method, I adopted the non directive (in-depth) interview method centering around the retrospective questions、analyzed family caregivers’“care stories”.
 This qualitative study examined (1)how interaction process of the aged with dementia and their family caregivers transform, (2)how family caregivers interpret their dementing family members and own situation with meaning.

Key Words:demented elders、family caregivers、interaction process、gender、care story

はじめに
 1972年の有吉佐和子著『恍惚の人』から1995年に佐江衆一よって上梓された『黄落』までのほぼ4半世紀のあいだの「痴呆性老人」【1】をめぐる家族介護の様相は、ある意味では劇的なまでに変容しつつ、また別のある意味では何ら変化していないと言える。上野が指摘するように、前者が女性作家による「嫁」の視点から語られているのに対して、後者は男性作家による「息子」の視点から叙述されたものであるということ以上に、両者の“老人介護文学”で描写された「痴呆性老人」の家族介護における息子世代の夫婦の関係は極めて異なる様相を呈す1】。前者は「嫁の介護」が自明視されていた時代状況を反映したものであるのに対して、後者は「妻」に自分の親の介護の負担を負わせながら感謝の気持ちさえ表さない「夫のエゴ」がテーマとなっている。このことは、現在自らの両親、義父母、配偶者をケアすることの「意味」を家族の内に見出すことが――もはや「長男の嫁」による介護を自明視することは不可能であり――困難化していることを明示している。
 一方で、女性介護者によって担われている介護の“しんどさ”は両時代を経ても何ら変わりはない。最近では、家族介護者の続柄は「長男の妻」から「娘」へとシフトする傾向にあるようだが、結局は女性介護者によるケアによって支えられている。むしろ、「娘」による介護は「母−娘」の潜在的な支配性によって絡めとられたり、他の「男兄弟」による支配や「夫」からの許可のもとに実践され、「娘」の「自己選択」であるが故に他者に不満を証言することが困難となるような、「抑圧」の不可視化を招きやすい2】。いずれにしても、今だ「痴呆性老人」の介護は「家族」のポリティックスを免れ得ない状況にある。
 本稿では、現代におけるこうした「介護の非自明化」における「痴呆性老人」の介護をめぐる家族介護者の意味付けの変容過程と社会的相互作用【2】のダイナミズムを(特に)「家族」と「ジェンダー」の視点から詳細に記述していこう。

T.視座とアプローチ
 近年の「痴呆性老人」研究はGubriumらの研究成果を中心にしてある種の「パラダイム転換」と呼べる状況を迎えている。Gubriumは、人々が「痴呆性老人」を解釈する場と文脈に着目した上で、「痴呆性老人」とはこうした相互作用過程を通して社会的に構築されているに過ぎないことを社会構築主義social constructionismの視座から明らかにした3,4】。この視座から「痴呆性老人」を見れば、それは所与の、実体視されるものではなく、諸々の身体や行為、言説を資源とした当該成員の解釈によって「痴呆性老人」という現実が社会的に構築されるということになる3,4,5】。本研究を展開する上での立地点もGubriumの立場と同様に、ある者の身体や行為に対する解釈や、「痴呆性老人」に関する公共の文化やローカルな文化における言説が解釈された結果、「痴呆性老人」、あるいは「呆け老人」として構築された者を「痴呆性老人The Demented Elderly」として位置づける【3】。
 特に「痴呆」がバイオメディカルな視点/まなざしに準拠して解釈されようになった結果6】、「正常な老いnormal aging」と概念上区別された「病理」としての「老人性痴呆senile dementia」が登場した。こうした1970年代を皮切りに強化された「老年期痴呆」のバイオメディカリゼーションの帰結として「痴呆性老人」は「発見」されたのである6,7,8】。つまり、ある者の行為/徴候がバイオメディカルなまなざし/視線から他者によって解釈された結果として、「痴呆性老人」として社会的・歴史的に構築されているのである3】。
 同様に、「家族」も所与の、実体化されるものではなく、諸々の身体や行為、言説を資源とした当該成員の解釈によって「家族family」、あるいは〈定冠詞付きの大文字化された家族The Family〉が社会的に構築される9】。その意味で、家族という言葉の用法はレトリックとして把握することができるだろう。こうした「家族」へのレトリカル・アプローチは、家族という言葉を人々がどのように使用/解釈し、そのことによっていかなる現実が社会的に達成されるのかを分析することである10】。本稿の主題から言及すれば、家族介護者が「家族のためにやっていくしかない」と語る時、それはいかなる相互作用過程の文脈において使用されているのか、そして、そのことによって家族介護者はどのように解釈していくのかを詳細に記述してゆくこととなる。
 したがって、本研究は「痴呆性老人」と家族介護者との相互作用過程interaction processに照準した上で、なぜ別様にも構築されるにも関わらず、その相互作用過程は“特有の文脈として”構築されてしまうのか、あるいは、家族介護者のおかれている状況はそれぞれ個別的にも関わらず、なぜ家族介護者はこの相互作用過程に不可避に巻き込まれ、(ある程度)同様の意味付けの過程を辿ることになるのかについて考究したい。
 以上の目的に照合すれば、本稿は主として@「痴呆性老人」と家族介護者の相互作用過程のどのような文脈において被介護者である老人が「痴呆性老人」として意味付けられてゆくのか、同様に、Aいかなる文脈において家族介護者は「家族」という言語/言説を使用し、自身が「介護すること」を意味付けてゆくのか、そして、Bその相互作用過程のダイナミズムはいかなる様相を呈しているのかの3点が研究の基本的主題となろう【4】。

U.方法
 本研究はU市のホームヘルプサービスを週に3回以上利用し【5】、在宅で「痴呆性老人」(以下老人と略す)を介護する家族介護者A〜Mの13名を対象に1996年8月末〜11月末までの4ヶ月間に及ぶフィールドワークの調査結果の一部である。調査方法としては回顧的質問retrospective questionを中心にした非指示的直接面接法を採用し、2時間30分〜3時間の面接時間を原則とし、各対象者宅へ直接訪問して面接を行った(合計面接時間108時間)。各対象者の面接回数は2〜3回であり(合計面接回数37回)、被介護者である老人が「痴呆」となってから現在までの介護プロセスを回顧的に家族介護者に語って頂き、その「語り」をテープレコーダーに録音した後にトランスクリプトした。そのため、本調査は家族介護者が自らの介護プロセスを振り返り、遡及的に意味付けを行いつつ語るという形式として、いわば家族介護者の“ケア・ストーリー”として語られている。
 本稿の分析方法としては、このケア・ストーリーを解読することで老人と家族介護者の相互作用過程のダイナミズムを分析し、家族介護者の意味付けの変容過程を記述していくものとしたい。なお、既に拙稿11】において、厳密な調査・分析手続きを踏んだ上で家族介護者の意味付けの変容過程は明らかにしているため【6】、ここでは相互作用過程と意味付けの文脈性のエスノグラフィックな記述/分析を試みるものとしよう【7】。
 なお、本稿では対象者の個別的特性の把握に研究のプライオリティを置いていないため、ここで触れることはしない。詳細を知るには拙稿11】を参照されたい【8】。

V.結果と考察
A.家族介護者の意味付与の文脈性
 老人と家族介護者の相互作用ダイナミズム及び家族介護者による意味付けの変容過程の概略を図1に提示した。確かに、極めて複雑で、それぞれの成員の位置や立場によって解釈や意味付けが極めて輻輳する現象である「痴呆性老人」と家族介護者の相互作用過程を図示することは、図式的過ぎる説明となる恐れがある。それ故、ここでの図示はあくまでも単なる概略図に過ぎないことを留意して頂きたい。
 拙稿において、主として@家族介護者の意味付けの価値評価はネガティブやポジティブというよりもむしろアンビバレントであることがドミナントであることが多く、その期間も極めて長期に及ぶこと、A多くの場合、その意味付けの変容過程は幾つかの局面を移行してゆくこと、Bその変容は[(前期)アンビバレント―ネガティブ―(後期)アンビバレント―ポジティブ]といった諸局面を経過する一定の方向性を志向すること、しかしその一方で、C必ずしもその方向性を経過するとは限らず、介護過程の進行とともに個別的な方向性を呈することを結果として分析している11】。要するに、家族介護者のケア・ストーリーは上記のような価値変容を物語の形式とした「語り」であり12,13】、ケア・ストーリーの物語形式はいわば“起承転結”的に4つの場面が語られていたのである【9】。もちろん、現実の相互作用過程は決して図示したような単純な直線的過程ではなく、それぞれの諸相や意味付けは時空間的にも、そして個人の内においても重畳/重層化している。また、対象者の個別性や性別による解釈の相違、介護期間の長短による介護の様相の差異、例外的ケースは既に考察しているため本稿では省略する11】。

----【以下、図の挿入】------------
※墨字版の論文では痴呆性老人と家族介護者の相互作用を図示しているが、以下では割愛。

図1.痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程

----【以上まで図の表示】------------


1.曖昧な定義の積分/介護行為の潜在的状況
 はじめに、図1の右欄に図示した家族介護者による「老人に対する意味付け」と「家族介護者自身に対する意味付け」から説明してゆこう。
 家族介護者によって語られるケア・ストーリーの「始まり」には「何かおかしいな」、「何でこんなことをするのかな」「回復できるのか、寝たきりになってしまうのか」「嫌がらせではないのか」という発言に代表されるような「痴呆性老人」の徴候に対する曖昧な定義が多く聞かれる11,14,15)。出口らはこの時点を「不分明なトラブルゼロ点」を呼ぶ15,16】。
 老人の言動に対する定義が曖昧であるために、換言すれば、家族介護者が自己の経験する出来事を明確に語ることが困難な状況であるため、家族介護者自身に対する意味付けも「何が何だか分からない」「無我夢中だった」と不明確なものとなり、そうした判断のまま対処するというような、常に「後手後手」、「とりあえず」の対応とならざるを得ない11】。

【事例1】家族介護者B(56歳、女性、長女)のトランスクリプトより
「はじめは『何でこんなことをするのかな』といった感じでした。その頃は、(Bの実母は)100万円を預けていた郵便貯金を突然解約すると言い出したりしても「手元に置きたいのかな」と思っていたが、何度となく続くと『何かおかしいな』と感じるようになりました。ただ、その頃「痴呆」だとは全く知らずに、『何が何だか分からなかった』ので、後になって考えればの話ですが」

 老人の徴候が極めて曖昧であるために、時として「嫌がらせではないか」とか「わざとではないか」と意味付けられることもある。特に、この頃の老人は俗に言う「まだら呆け」であったり、相互作用の相手によって不適切な行為であったり「シャッキっとまとも」であったりするため、「嫌がらせではないのか」という思いはより一層強化される11、14】。
 また、曖昧であるが故に家族介護者による徴候の定義と他の家族・親族成員のそれとが競合することが多く、家族介護者が「呆けたのではないか」「ちょっと最近おかしい」と疑問や不安を表現すると、逆に家族・親族成員から「呆け扱いをしている」と責められたりする事態を招来し、自己のケアの経験を証言することが一層困難化する11,14,16】。
 但し、以上のような意味付けは、ほとんど「後になってみれば」「今考えるとあの時からおかしかった」というような過去の徴候に対する(後の)回顧的=遡及的定義によってはじめて明確化するために、「始まり」は曖昧な定義が積分されてゆくような状況であり、ケースによっては数年にも及ぶなど長期化する場合も多い。

2.バイオグラフィーの解体/介護責任の正当性の非保証化
 次ぐ、ケア・ストーリーの“承”の場面で表現される家族介護者の意味付けは「バイオグラフィーの解体」と「介護責任の正当性の非保証化」と概念化することができる11】。
 ここでは「昔の面影もない」「まさかこんなになるとは」「別人のようだ」といった言表に示されるように、介護プロセスの進行に伴って次第に以前の老人の人柄・姿からは到底想像できないような振る舞いをし、いわゆる「問題行動」と呼ばれるような不可解な行動を起こすことがある。それ故、多くの家族介護者は自己物語に(浸潤して)描いてきた当該老人の人物像からは「想像もつかない」言動を目の当たりにするために、家族介護者も「頭じゃ分っているけど腹が立つ」とケア場面では「声を荒げて」叱責し、激昂して感情を表出してしまい、「なぜ、どうして、私の親(義父母)だけが」と激しいショックを受けて葛藤する。ここでは自己の内面的秩序でさえも揺らぐこととなるのである17】。筆者はこの現象を「バイオグラフィーの解体」【10】と名づけている11,18,19,20】。

【事例2】家族介護者B(56歳、女性、長女)のトランスクリプトより
「大声で『お金が取られた』、『警察に訴えに行く』、『子どもたちは泥棒だ』と怒鳴ることが多くなったため、病院へ検査しに行くことになりました。病院の医師が痴呆テストをすると、『私のことを馬鹿にして!』と怒鳴りだし、私を殴りつけてたりして、神経が参りました。昔のしっかりした面影が微塵もなくなってしまい、情けない。虚しいという気持ちばかり募り、このままずっと続くのではないかと思うと地獄でしたね。限界ギリギリの状態でした」

 伊藤も、多くの家族介護者が「老人の言動に振り回されるのではなく、気持ちを理解した上で冷静に対処しなくてはならない」と“頭じゃ分っている”のに、実際の痴呆性老人との相互作用に巻き込まれた時には即座の非難・叱責・詰問、冷静さを欠いた感情表出、そして特定の行動への固執が支配する文脈へと収束化してしまう場面を考察し、実際の相互作用場面で“ついやってしまう”反応が「認識論的なアンバランス」の機制によって現出されることを明らかにしている14】。この「認識論的なアンバランス」の概念は筆者の言う「バイオグラフィーの解体」に近似した概念であると言えよう。
 一方、家族介護者自身の介護する意味に対する解釈はより複雑である。多くの家族介護者によって表現されるのが「なぜ私が看るのか」である。これは春日2】が指摘するように、娘が介護していれば「男兄弟がいるのになぜ娘の私が看なければならないのか」となり、次男・三男の妻であれば「長男がいるのになぜ私が」となるし、長男の妻であれば「子供は何人もいるのになぜ私が」「夫の親なのになぜ私が」と、いずれの介護責任の言説/フレームもその正当性が保証されていないことに依る【11】。同時に「痴呆性老人」の徴候も長期化してきているため、この状況が永遠に続くかのような気持ちになって「先が見えない」「終わりがない」「このままずっと続くのではないか」と悲痛の嘆きとなる11】。

【事例3】家族介護者G(49歳、女性、長男の妻)のトランスクリプトより
「結局、すったもんだの後でおばあちゃんを私が看ることになっても、『なぜ私が看なければいけないのか』という気持ちが強かったですね。私にとっては義母(姑)になるので、他のきょうだい(長女や次男)がいるのになぜ私がという気持ちになるし、自分の親も看れないもどかしさがありました。その時は、『このままこの生活がずっと続くのではないか』と感じて疲労困憊しました」

3.「痴呆性老人」として規定化/「家族の愛情」の呪縛
 筆者が「後期アンビバレント」と呼ぶ価値評価が中心となるのはケア・ストーリーのいわば“転”の場面であり、文字通りこの場面はドラスティックな変容過程が観察される。この場面までに家族介護者はお金や書類等の管理や、住居の改築、老人との同居等をはじめとして諸々の対応策を懸命に講じ、複数のサービスを総合的に編成しつつ現実の介護体制を組織化してゆくと同時に、「ケアの意味」においても実に様々な形で――多様な資源を用いて――意味付けしてゆく「ケアの組織化」の過程が観察された11】。
 多くの家族介護者は、次第に老人の不可解な行動や介護が「自分たちだけじゃもう手におえない」と判断し、老人の言動の原因や対処法を医者に診断・助言してもらったり、ホームヘルプサービスをはじめとする専門的援助に「手助けしてもらう」ようになってくると、その言動の原因が「痴呆」(「痴呆」=「病気」)であると解釈し、次第に〈痴呆性老人〉として定義/規定化するようになる11,16】。

【事例4】家族介護者M(48歳、女性、長男の妻)のトランスクリプトより
「こんなに状態が安定するとは思っていなかったし、おおよそ次がどうなるかの予想がついてきましたので、だいぶ楽になりました。(介護で)大変な人の話を聞くと『自分は楽な方』だと思いますね。『他の痴呆のお年寄りと比べたら、うちは(自分の親は)何でもないんだ』と思います」

 こうした「アーティキュレーション」を経て15,16】、老人を「痴呆性老人」として規定化することに伴ってその徴候やトラブルが予測可能となり、対応も安定化/秩序化してくるためか――出口らはこれを「ケアの秩序化」と呼ぶ15】――、徘徊が頻繁に見られる老人でも「元気だから動けるので病気になるよりマシかな」とか、「他の(痴呆性)老人と比較すると自分の親は何でもないんだ」「年齢から言えば当然なのかも」というように老人に対する否定的な価値を“中和化”するような定義へと変化していた。
 一方、家族介護者自身に対する意味付けは「私さえ我慢すれば」「やっていくしかない」「自分しか看るものはいない」「人生の節目だと思うしかない」「仕事だと思ってやるしかない」といった発言に代表されるような、ある意味で自己犠牲的な定義であり、“袋小路”的状況におかれた自己に対するアンビバレントな評価であった。多くの女性家族介護者は「私さえ我慢すれば家族は安定している」「家族のためにもやっていくしかない」といった実体化された「家族The Family」【12】への「愛情」を自己犠牲的に担う「介護者役割」として自己を定義し、ジェンダー規範が規定する役割と自己とを過剰に同一視していた【13】。

【事例5】家族介護者A(53歳、女性、長男の妻)のトランスクリプトより
「(Aの)親戚に『今まで楽ばかりしてきたのだから、人生の節目だと思ってがんばりなさい』と言われ、最近はそうなのかなと思ってやってます。家族のためにもやっていくしかありませんから」

4.ケア・ストーリーの証言可能性/役割からの距離化=撤退
 最後の“結”の場面をケア・ストーリーとして物語った家族介護者は約半数の6名であった11】。「生き生きと笑う表情から今を幸せに生きていると感じた」「いなくてはならない存在」と老人に対してポジティブな意味付けをしたり(C、F、H、L)、「変わった自分に気がついた」「楽しむようになった」「自分の生活全体を楽しむようになった」と自身に対してポジティブな意味付けをした(B、D、F、L)メンバーの6名のうちB、F、H、Lの4名に共通して観察された傾向を述べると、彼らは家族会や『呆け老人をかかえる家族の会』への参加にしろ、同じく痴呆性老人を介護する友人とお互いに語り合うにしろ、自身のケアの体験を他者に語ることが可能な舞台が用意されており、そこで語る/語られる言葉が彼らの意味付けの準拠点となっていたことだ。家族介護者が他者に語り/語られることで「はっとさせられる思い」を幾つも経験しつつ、ケアの意味が、更にはバイオグラフィーが再構成されてゆく。ここでは自己の体験を語り、それが他者によって承認されると同時に、自分も他者の経験に耳を傾け、承認する場として成立していた【14】。

【事例6】家族介護者F(44歳、女性、三女)のトランスクリプトより
「それまでは『年は幾つ?』という質問に対して『さあ、大正生まれです』と答えたとしたら、『何で分からなくなっちゃたんだろう』と考えてばかりいたが、次第に『ああ、年齢に関する質問だということも、大正生まれであることも分かるんだ』というように一つ一つが発見となってきました。こうした話は実際に体験した人じゃないと今までの苦労もこの感動も分からないんですね。その時は何となく過ぎていたことも振り返って考えてみて、家族会で語ってみて、どうしようもない心を分かってもらえていると思うことで救われました。何度も『はっとさせられる思い』をしました。それからは、ヘルパーさんとおばあちゃんが話して、生き生きと笑う表情から今を幸せに生きていると感じるようになりました。こうなる前(痴呆になる前)、ずっと一人暮らしは寂しい、寂しいと言って暮らしていたので、今までの苦労が報われて、こうやって家族にさえ見せたことないような笑顔でヘルパーさんとおしゃべりする毎日がもたらされたんだと今は思っています」

 一方、家族介護者自身に対するポジティブな評価への契機はGoffman「役割距離role distance」の概念21】を援用/拡張して「役割距離化=撤退」を呼ぶことができる11】。

【事例7】家族介護者L(46歳、女性、長男の妻)のトランスクリプトより
「ホームヘルプサービスを利用したのは私自身が糖尿病になったこともあって『自分が倒れたら家族が困る』と思ったからです。それまでは『私さえ我慢すれば家族は安定している』と思い込んでやっていましたが、病気になってからはかえって割り切れるようになりました。それからはヘルパーさんに任せよう、自分は楽しよう。あれこれと悩む必要はないんだと考えるようになりました」

 但し、Goffmanの「役割距離」概念は、人々は規範に規定された役割と自己とを完全に同一視するのではなく、役割と演出する自己にはズレがあり、自己はそれを感受していることを意味しており、その意味では(これ以前も)家族介護者は「介護者役割」と役割距離を図ってきていた。しかしながら、後述するように、「家族」におけるケアとはこの役割と自己を同一化させるような機制が働いており、あるいは(仮に「役割距離」を図っても)「罪の意識」や「嘘の意識」を家族介護者に生起させてしまうのである18】。筆者の言わんとする「役割距離化=撤退」とはこうした「罪の意識」や「嘘の意識」を感じてしまう自己、そのアイデンティティからの距離化=撤退を意味しているのである。

B.痴呆性老人と家族介護者の相互作用ダイナミズム
 次いで、図1の矢印の左欄の相互作用ダイナミズムを説明してゆく。
 本研究は家族介護者のケア・ストーリーを扱っているため、ここでの相互作用ダイナミズムはあくまでも家族介護者の視点から見た/語られた相互作用の様相であるが――他の成員から見れば/語られれば別様のものとなり得る――、本稿の目的は家族介護者のケア・ストーリーの解読にあるために、このことこそ重要であることは再記しておこう。

1.曖昧なケア状況――相互作用秩序の不安定化
 先述したように、ケア・ストーリーの「始まり」に語られるのは「正常と異常の混在」、「まだら呆け」、「曖昧な定義」であることが多い。そのため、先述のように成員間での定義、対応、解釈のいずれも競合する事態を招来してしまう。逆に、困り果てた末に診察しに行った病院の医師に「あなたがシビアになっているから変に見えるのだ」と告げられたBのケースのように公的サービスの専門的援助者とその定義、対応、解釈が競合する場合さえある。また、全てのケースで曖昧な定義から始まるわけではなく、脳溢血や脳梗塞などで倒れた後に、「おかしな行動」が見られる場合も多い(C、G、H、I、L、M)。
 ところが、次第にガスの消し忘れによる小火や、迷子になって警察に保護されたり、近隣者に迷惑をかけるなどのトラブルが現出するにつれて、「一人にはしておけない」「一人暮らしは不可能だ」「放ってはおけない」「危険だ」とクレイムが申し立てられ16】、“家族(親族)会議”において“一人で(暮らすのは)大丈夫か否か”“誰が、どのように看るのか”が決定=裁定されていく【15】。【事例8】などはその典型であろう。

【事例8】家族介護者L(46歳、女性、長男の妻)のトランスクリプトより
「しばらくは問題なく生活していたのですが、半年もすると、すぐ近所に住む妹(Lの義理の伯母)を早朝や真夜中に起こしたり、家の中で七輪を焚いたりしたため、大家さんに『危険だ』と注意されました。こっちがどうしようかと悩んでいるそばから迷子になって警察に保護されたり、他人の庭の花をハサミで切りに行ったりするようになって、いよいよ『一人にはしておけない』ということで、家族会議で話し合って、私たちが同居することになりました」

 また、「痴呆性老人」をめぐる家族介護者と家族・親族成員との相互作用はそれぞれの思惑と立場が絡み合って、諸々の出来事に対して各々の定義が極めて競合することが多い。既述したように、「始まり」の頃の老人の徴候に対する(曖昧な定義が故の)競合、あるいは「普通は長男が看るべきだ」、「今は平等で看るのが当たり前」といった「介護責任の正当性の非保証化」によるせめぎあい、「今は子どもの養育でとてもじゃない」、「自分自身の体調が悪い」といったそれぞれの「言い分」と「押し付け合い」などを含めて、介護に関わる多くの出来事や事柄に対する定義は常に競合する可能性を孕む。しかも、一旦家族(親族)介護で“誰が、“どのように看るのか”が決定された後も、【事例9】のようにその内容や方法に関してでさえ定義が競合することもある。

【事例9】家族介護者F(44歳、女性、三女)のトランスクリプトより
「私が神経麻痺を患ってしまったので母(Fの実母)を老人保健施設に入所させたのですが、この時も長男が勝手にキャンセルして「何で看ると言ったのに施設に入れてんだ」と言われた上に、入所2週間後、母が不整脈で倒れると『お前のせいでこうなった。万が一のことがあったらどう責任とるんだ!』と責められました。この時は、自分でも『自分が施設に入れたからこうなったんだ』と自責の念で一杯でしたね。その後は、お金のもめごと、頭下げる下げないだのと最悪でした」

2.ケアの公共化/統制化
 先述したように、この場面では「ケアの脱プライベート化」にパラレルして老人を〈痴呆性老人〉と定義=規定化しつつ、「ケアの公共化/統制化」が観察される。

【事例10】家族介護者C(50歳、女性、長女)のトランスクリプトより
「はじめは、痴呆の実態そのものがつかめていなかったので、『何でこんなことするのかな』という気持ちでしたが、病院に行って(CTやスケール等の検査から)はじめてそれが『病気』であると知りました。お医者さんに睡眠剤をもらって夜中眠れるようにしてもらい、玄関には鍵を、家の中のドアには鈴を付けたりするようにしました」

 但し、「痴呆」の原因はバイオメディカルに定義するとは限らず、「長男との別居によるショックが原因」、「毎日退屈に生活していたから」など老人の生活史から解釈することもある15】。このことは家族介護者が“素人”で医学的な知識に長けていないからという理由ではなく、家族成員が「痴呆性老人」に“なる”ことの「意味」が決してバイオメディカルな説明によって回収され尽くせる問題ではないということを示しているのであろう。
 ところで、老人も単に介護の受け手に甘んじているわけではなく、少なくともある時点までは家族介護者と「協力」しあって、露呈すれば周囲に当該老人が「呆け/痴呆」とスティグマ化されてしまうような情報を隠蔽したり、「呆け/痴呆」を証明してしまうようなシンボルや情報を不可視化しようと、「スティグマのマネジメント」をする22,23】。

【事例11】家族介護者F(44歳、女性、三女)のトランスクリプトより
「始めの頃は、まだ本人も途中で(ハタと気づいて)『あれ、おかしいぞ』という感覚があったんです。本人は周りに自分がそうなったことが知られるのを気にしていて、近所の人が訪ねてきても『私が分からないことをしていたら教えて』と(Fに)言っていたので、私も(被介護者の)近くにいることが多くなりました。今思うと、この時が『境目にいた』んだと思いますね」

 以上のように、ある時点までは家族メンバーが外部の人々にスティグマ化されてしまうような情報や知識を家族内で食い止めようとする「家族情報ルール」24】が遵守されているのであるが、徐々に老人にとってこうしたスティグマの共同マネージが困難化してくる。ここでのFの『境目にいた』という発言は、老人がもはやスティグマが何であるのか「分からなくなり」、その隠蔽を協力して実行できなくなった時期を意味しているのである。
 そして、次第にこうした「協力」が見込めなくなる(と家族介護者が判断する)と、家族介護者による「痴呆性老人」に対する直接的なインフォーマルな統制が支配的となってくる。N.Blumにならってこれを「騙しの実践deceptive practice」と呼ぼう23】。
 「騙しの実践」には「痴呆性老人」が車の運転をしようとして「車のキーを頂戴」と言ってきた時に「無くしちゃって見つからないわ」と返答して探すフリをするような実践である。「騙しの実践」は、このように「痴呆性老人」の行動を統制したり、潜在的なトラブルとなり得る行為を(予測的に)回避するために用いられる【16】。【事例12】の場合、「痴呆性老人」の「しまい込み」に対して諸々の対処を講じているだけではなく、「財布がない」と迫ってくる「痴呆性老人」に対して(事実の)「私が預かっている」と伝えるのではなく、余計に混乱したり、トラブルを事前に回避するために(騙しの)「お父さんが預かっているから」という説明をすることでインフォーマルな統制を実践している25,26】 【17】。

【事例12】家族介護者L(46歳、女性、長男の妻)のトランスクリプトより
「その頃、おばあちゃん(Lにとって姑)は『財布がなくなった』『物がなくなった』の連続で、何でもかんでも押し入れにしまい込んでいました。しまい込みには押し入れに鍵を付けたり、しまい込んでもよい物をわざと置いたりしました。でも、『財布がない』と迫ってくる時は本人にとって興奮の頂点ですから、『何言ってんの!』って怒っても全く通じないんです。だけど、『大丈夫よ。おばあちゃんの通帳はお父さん(息子)が預っているから』と言うと比較的おとなしくなるんです」

 もう一つには、「協力」が見込めなくなると次第に「痴呆性老人」が「呆け/痴呆」であるという情報を家族外部の専門的援助者に開示していく(「家族情報ルール」の侵犯)ようになり、更には、「医者に車の運転は高齢者には危ないと注意してもらう」、「ホームヘルパーに明日から1週間ショートステイに行くことを言わないでもらう」というように、外部の者と共同戦線united frontを張って「痴呆性老人」を統制していこうとする。
 更に難しい問題もある。「痴呆性老人」はケアを提供する際に「非協力な態度」や「抵抗」をしたりして介護者を困惑させることも多い。ケア従事者にしろ家族介護者にしろ極めて重大な問題や重荷となるのは介護量や種類ではなく、むしろこうした「非協力な態度」や「抵抗」であり、介護者にとってはいかにしてこうした「非協力な態度」や「抵抗」を回避し、上手に促したり、統制するかがケアの実践上の最重要課題となる22,23】。

【事例13】家族介護者B(56歳、女性、長女)のトランスクリプトより
「(当時は】お風呂入れようとしても暴れて絶対に入ろうとしないんです。無理に入れようとすると大声を張り上げて『バカヤロー』ってなるから、こっちもヘトヘトになるんです。だから、騙し騙し、食後お腹一杯になった頃を見計らって『明日はお客が来るのでお風呂入ったら』と声をかけたりしていました。でも、向こうも向こうで『同じ手は食わんぞ』って感じで、その都度でこちらもあの手この手とやるんで、疲れきってしまいました」

 こうした「抵抗」や「非協力な態度」によって家族介護者は疲弊しきってしまう。また、個々の「痴呆性老人」によって「抵抗」したり、「非協力の態度」である内容は「身体を清拭させてくれない」、「オムツを交換させてくれない」、「デイサービスに行かない」など異なるため老人の個別性に応じて、あるいは「素直にいいよっ言ってくれる時もあれば、頑として聞かない時もある」(家族介護者G)ためにある個人においてもその状況に応じて、フレキシブルに対応せざるを得ない。結局、「その都度」ごとに対応せざるを得ない。

3.ケアの組織化
 この場面では「ケアの体制」と「ケアの意味」がともに組織化されてゆくことが多い。特に、複数のサービスを利用して“空き時間”を作らないようにしたり、公的サービスでは補えない時間帯を知人に頼んで看てもらったりといった総合的な「マネージメント」と「編成」を行うと同時に、【事例14】のように「ケアの意味」においても組織化してゆく。

【事例14】家族介護者H(39歳、女性、長女)のトランスクリプトより
「ちょうど(その頃は)育児休暇も終わり、復職しなきゃならなかったので、『利用できるものは全て利用する』といった感じでした。とても、一人で看きるのは無理でしたので。仕事に、介護と時間がなくなって、子どもや夫には悪いなと思うこともありましたが、『自分が倒れたら家族が困る』と思ってやることにしました。おばあちゃんがこんな状態でなかったらどんなに楽なことかと思うこともありましたが、この程度で済んでいるので良い方かなと思う方が強くなっています」

 こうした意味付けの過程、あるいは意味の組織化において実体化された「家族」が突如クローズアップしてきて、公的サービスを利用するのも「自分が倒れたら家族が困る」と、そして自分が看るのは「家族がバラバラになるんじゃしょうがない」「私さえ我慢すれば家族は安定している」といずれにしても「家族The Familyの愛情」に呪縛されてしまうのである。こうした意味付けは公共の文化や家族会などのローカルな文化による「痴呆性老人の用法」であったり「家族の用法」を資源として解釈されてゆくこととなる3,9】。
 ところが、ここでの意味付けは結局のところ、家族介護者は老人をインフォーマルに統制せざるを得ないことと、尊厳をもって「痴呆性老人」を扱うことの間に葛藤が生じてしまい、「あれはダメ、これはやめろと言う私が嫌になる」「やめたい。こう言うと冷たいのかもしれませんが…」といったアンビバレントな評価へと帰結してしまう2、22】。

【事例15】家族介護者I(52歳、女性、長女)のトランスクリプトより
「毎日、毎日あれはダメ、これはやめろと言いたくもないことばかり言って嫌になる時もあります。もうやめたいと何度も思いました。その度に、自分の実の親なのに『私って冷たいのかな』と自分を責めていました。」

 こうしたアンビバレントな評価への帰結は先述したGoffmanの「役割距離」を媒介にしつつ、Hochschildの「感情管理emotion management」の概念によってより正確に説明できる27】。通常我々は相互作用場面において「感じるべきこと」に準拠して「感情管理」を行っているのだが、こうした「感じるべきこと」を規定している役割と距離化(「役割距離」)を図っている(だから「感じるべきこと」と「実際に感じること」との間にはズレがあることを知っている)。しかしながら、このことは以下の3つの態度へと帰結してしまう27,28】。詳細は既に報告しているので18】、ここでは「感じるべきこと」を「娘(嫁)なら親(義父母)を看たいと感じるべきだ」という感情規則に置き換えて見てみよう。
 まず第一の態度は、「娘(嫁)なら親(義父母)を看たいと感じるべきだ」という規則を完全に身につけ、介護者役割と自己を同一視してしまうと、最終的には疲弊しきって「燃えつきburn-out」てしまう。第二の態度は、「娘(嫁)なら親(義父母)を看たいと感じるべきだ」を規定している役割と距離化を図って「感じているフリ」を実演すると、「そう感じない自分は何て冷たいのだ!」と「罪の意識」を抱えてしまうこととなる。第三の態度は、感情規則を規定する役割と同一視することなく、かといって完全に距離化するのでもなく、「娘(嫁)なら親(義父母)を看たいと感じるべきだ」を「何とか感じようとして、感じられてしまう」人々である。そのため、逆に「感じられてしまう」「感じるようにできてしまう」自己に「嘘の意識」を感じてしまい、「嘘ではない本当の私は一体どこにあるのか」と絶えず自問してしまうということに帰結してしまう18,28】。
 以上のように家族介護者は「燃えつき」るか、「罪の意識」、あるいは「嘘の意識」を抱え込んでしまうような「感情管理の陥穽」へと陥る危険性を孕んでいる【18】。
 先述した「役割距離化」とは、こうした「罪の意識」や「嘘の意識」を感じてしまう自己、そのアイデンティティからの距離化=撤退を意味しており、多くの場合、【事例7】のように「自分が倒れたら家族が困る」と「ケアの意味」を組織化することを端緒としつつも、語りの場が確保されることで(その意味を転回するようにして)「娘」「嫁」「妻」「母」にアイデンティファイしていたことから距離化=撤退していたのである【19】。

4.「ケアの意味」の再構成――秩序の再安定化への契機
 しかしながら、問題はここで終結しない。語りの場が確保されることによって家族介護者は老人に対して、あるいは自身が介護することに対してポジティブに意味付けることが可能になったにも関わらず、それは「語りの空間」のみに限定されたものであるために、「語りの空間」と「家族の空間」で「ケアの意味」が共有されることなく――逆に、乖離するような状況さえなる――、両空間を通約することがますます困難化することともなる。

【事例16】家族介護者F(44歳、女性、三女)のトランスクリプトより
「家族会に参加して『ああ、そうだったのか』と思っても、家に帰ればそれがなかなか分かってもらえず、通じないもどかしさがあります。家族会で話し合うことが心の支えとなって、今のように考えられるようになりましたが、それはそこだけでして、通じたら良いなと思うこともあります」

 【事例16】のように、「それはそこだけ」の語りの世界であって、「ケアの意味」が自らを取り巻く成員には共有されないため、完全なポジティブな意味付けではなく、むしろ「閉塞化したポジティブ性」へとなっていた。また、家族介護者の「役割距離化」はそれまで営為してきた関係性を変容させてゆく契機となるから「急に変わったのではないか」「最近ちょっとおかしいぞ」とより深い溝を生むことにもなりかねないであろう。

W.結論と展望
 以上までに記述したように、痴呆性老人と家族介護者の相互作用過程においては、老人に対する意味付けの変容過程は「痴呆性老人」の実体視やバイオグラフィーによって、家族介護者自身に対する意味付けの変容過程は家族イデオロギーやジェンダー規範に規定されていた。結論として、家族介護者が「痴呆」となった親密な他者を介護することとは、自身の内面的秩序を揺るがすような経験と「家族のため」というレトリックのもとに介護せざるを得ない状況とが相互作用参与者たちの解釈を通じて結合されていく現象のため、“特有な文脈として”相互作用過程が構成されるのではないかと思われる。このことは、一見すると、家族介護者が主体的に「組織化しているorganize」ように見える現実も、その実、否応なしに、これまで記述してきたような文脈性に巻き込まれてしまうこと、つまり「ケアの意味」が「組織化されているorganized」ということを意味していよう。したがって、我々はこの「ケアの意味」を別様に組織化するための技法とそのための資源となり得る文化を構築/創出することが極めて重要な社会的実践となろう29】。
 最後にもう一点、「ケアの隘路」とでも呼ぶべき困難性の克服について検討しよう。
 ケアという行為は、それ自体に内在する「感情ワークemotion work」の性質――自己が完全に理解することが不可能な他者の意思/感情を汲み取るワーク――によって自己の感覚を他者の感覚と一体視させ、相手との距離を極小化させることが求められる作業であるため、自己と他者の過剰な同一化を孕む危険性がある2】。したがって、職業としてではなく、そうしたワークが家族の「愛情」から担われる場合には、否応なしに他者のペースに飲み込まれ、その文脈に不可避に巻き込まれてゆくこととなる。特に、女性に強いられたまなざしによって「看たいと感じるべきだ」という感情規則が不平等に配分されると、「まだまだ尽くしたりないんじゃないか」と自責の感情を生起させてしまう。
 このことは、いかにして「母性」に代わるオルタナティブな「ケアの意味」が可能なのか、更には、どのようにして「秩序範型としての家族」20】を超えた新たな秩序性を内在したケアを構想することが可能なのかといった問いを我々に投げかけている。この意味でも、新たな「ケアの意味」の社会的文化的構築/創出が〈現在〉希求されているのである。

謝辞
 本調査は「在宅痴呆性老人家族介護者の相互作用過程研究」における研究成果の一部を構成するものである。調査にご協力頂きましたご家族の方々、並びに在宅介護支援センターの関係者各位に心より御礼申し上げます。また、終始一貫してご指導していただきました立教大学社会学部の木下康仁教授に深甚なる謝意を表します。


【1】 本稿では常に「痴呆性老人」と括弧付きで表示したい。その理由は、アプリオリに実体化された(大文字の)「痴呆性老人The Demented Elderly」を想定するのではなく、あくまでも「痴呆性老人」を社会的に構築された現象として把握するためである(Gubrium、1986)。そのため、本稿の視座においては「痴呆性老人」とは「人々が『呆け老人』あるいは『痴呆性老人』と名づけ、そのように解釈された者たちである」と定義される。
【2】 本研究では社会的相互作用(social interaction)を「二者間以上の身体が直接居合わせる場及びその文脈」として定義し(天田、1999b)、広義には相互作用参与者による直接的な行為のみならず意味付けや解釈を含むものとして位置づけている。と言うのも後述するように、我々は相互作用上において諸々の行為を営為したり、こうした相互作用を通じて諸事象を意味付け、そして解釈をしているからである。また、本稿は家族介護者に準拠点を置いた相互作用過程であるため、家族介護者の「経験の構築過程」と呼ぶべき過程を中心軸として記述している。
【3】 米国ではむしろ「アルツハイマー病Alzheimer Disease」としてバイオメディカルな視点から実体化されているのに対して、我が国では「痴呆性老人The Demented Elderly」として言説化されているのは大きな差異である。また詳述する余裕はないが、ここで非常に興味深いのが「寝たきり老人」や「虚弱老人」と「痴呆性老人」との社会的構築過程の差異である。「寝たきり老人」や「虚弱老人」が主として社会福祉や社会政策上の公的用語として用いられたカテゴリー装置であるのに対して、「痴呆性老人」は主としてバイオメディカルな「まなざし」の強化から構築されてきている(Lyman、1989;Estes & Binney、1989;出口ら、1997)。
【4】 但し、本稿は家族介護者が意味付け/解釈する際に組織的に埋め込まれている「場」の記述/分析ではなく、「痴呆性老人」と家族介護者の相互作用における――家族介護者の視点に準拠点をおいた――意味付けの過程のみ記述するものとしたい。
【5】 本研究が週3回以上ホームヘルプサービスを利用している家族介護者を研究対象者に設定した理由には、@公的サービスの脱施設化・在宅サービス化の社会動向から将来的には家族介護者の中心的ケースになることが予想されていること、A“在宅”介護であるということは、現状では必然的に家族介護者が諸々の痴呆性老人の日常生活を「マネージメントmanagement」したり、複数の利用可能な資源resourceを「編成organize」していると推測されること、B週3回以上の利用ということは週の約半分以上はサービス利用日であることを意味しており、ホームヘルプサービスによるケアを“日常生活”に組み込まざるを得ない頻度であると想定されることの3点による。
【6】 対象者のスクリーニングの条件は、過去の時点での臨床的な「痴呆」のスクリーニングは調査上不可能であるため、@調査時点において在宅介護支援センターの担当者が「痴呆」と認めていること、Aある一時点で家族介護者あるいは家族成員、親族、近隣者等によって「痴呆(呆け)」と定義されたこと、Bある一時点で継続的に自らの徴候に対して対応・編成不可能となったこと、の3つ全てを満たすことととした。こうした限定的・操作的スクリーニングにより「介護プロセスの開始」を厳密化して分析を行っている(天田、1999a)。
【7】 本研究の方法論のように家族介護者の“ケア・ストーリー”の解読と銘打った研究は皆無であるものの、高齢者を日常的に介護する家族介護者の「語りnarrative」や「ストーリーstory」をその方法として取り込んだものは散見される(Gubrium、1986:1991;出口、1999)。ちなみに、本研究の限界点としては、介護を受けざるを得なくなった高齢者サイドの「語り」を(方法論に)取り込むことが出来なかったが、こちらは今後の課題としたい。また、図1はこうしたケア・ストーリーから筆者が家族介護者の意味付けの過程と思われる過程と相互作用過程に位置づけられるダイナミズムを(先行諸研究を踏まえた上で)配置したものである。
【8】 簡潔にその特徴を要約するとすれば、家族介護者の大半は「娘」(「長女」6名+「三女」1名)あるいは「長男の妻」(4名)であり、老人は1名を除いて全て女性の後期高齢者(old-old)に該当し、介護期間は1年1ヶ月〜11年、ホームヘルプサービスの利用期間も7ヶ月〜3年10ヶ月であった(天田、1999a)。この内、本報告は「娘」と「長男の妻」の11ケースに限定して報告してゆくことにしよう。
【9】 K.J.GergenとM.M.Gergenは物語の進行としての「時間軸」と主人公の意味付けの様相を示す「価値の軸」の二軸を整理した上で、ストーリーの基本型として@定住型、A前進型、B後退型のように物語の形式を抽出しようと試みている(Gergen & Gergen、1984;浅野、1993)。但し、M.M.Gergenが別の論文で指摘するように、こうした価値に準拠した分類は極めて男性的であるという見方も――価値のアプリオリな基準が設定可能とする限りは――妥当であろう。
【10】 「バイオグラフィーbiography」あるいは「バイオグラフィカル・ワークbiographical work」とは「自らの人生における過去・現在・未来を通約するようなまなざし/視線から語られた物語、あるいは物語の構築過程を意味している」(天田、1999b;Gubrium et al、1994)。ここでの家族介護者のバイオグラフィーでは、老人は家族介護者の物語における重要他者として(親子型の)共有バイオグラフィーを構築してきた他者である(木下、1998)。したがって、家族介護者の「バイオグラフィーの解体」とは、過去あるいは現在において家族介護者の自己を形成する上で決定的な影響力を及ぼしてきた(きている)親密な他者がそれまでの人物像からは到底想像できないような様相を呈することを意味している。
【11】 勿論、「介護責任の正当性の非保証化」の影響が全ての家族介護者に見られるわけではない。例えば、家族介護者Cが「私は一人っ子ですのでこうなる前(「痴呆」になる前)から『自分しか看るものはいない』と思っていたので、出来るところまでやろうと決めていました」と語るように、他のきょうだいやその妻が不在の場合には「当てにすることがない」ので逆に「介護責任の正当性の非保証化」によるせめぎあいを回避することが可能となる場合もあるようだ。
【12】 家族介護者はいわば実体化された「表象としての家族」への愛情を自己犠牲的に担う「娘」「嫁」「妻」「母」として自己を定義しているのである。男性介護者がどのような意味付けの変容を辿ったかは拙稿を参照されたい(天田、1999a)。
【13】 言うまでもなく、全ての家族介護者がこうしたジェンダー規範との過剰な同一視の“罠”に囚われるわけではない。にも関わらず、多くの家族介護者が――「まさか自分がこんな風に介護するとは夢にも思わなかった」と期せずにして――不可避に介護せざるを得ない状況に巻き込まれた時には、ジェンダー役割との距離が霧消し、自己と同一視する機制が働くのではないかと思われる。言うなれば、実体化された「家族」の表象が暴走化するとでも表現できよう。
【14】 「後期アンビバレント」の局面におけるケアの意味の再構成は、他者の承認を得ることのない独自の営為であり、ケアの意味の根拠となる定義と価値のヴァラエティも限定されていたために肯定的な価値を持ち得ることはなかったのに対して、ここでの意味付けは「語り」の場での他者との共同営為によるものであり、その内容は極めて個別的であった。
【15】 この時、本人が一人暮らしをしたいという意思を表明した場合には、「おかずが自分で作れるかどうか」「電気釜が使えるかどうか」等の「テスティング」が行われる(出口、1999)。但し、こうした判断はトラブルのみならず、「足腰が弱くなってきた」とか、「一人での歩行が困難になってきた」などの申し立てによって対応策が講じられることもあり、極めて微妙で総合的な判断のもと決定される。
【16】 「騙しの実践」には、「痴呆性老人」のスティグマの協力的マネージを得られなった時、家族介護者が単独で周囲に「痴呆」であると知られないように管理することや、「痴呆性老人」が混乱したり、トラブルを起こすような情報をコントロールするといったことが挙げられる。家族介護者はこうした「騙しの実践」を自らの経験から、あるいは介護者同士のサポート・グループから学び、そして「どのように、いつ用いるのか」を学習してゆく(Blum、1994】。
【17】 HutchinsonらはB.G.Glaser & A.L.Straussのawareness contextに準拠した上で、「初期アルツハイマー病(状態)の可能性の高い」患者と家族との相互作用は「家族は患者がアルツハイマー病であることを知っているが患者は知らない」という「閉鎖認識文脈closed awareness context」か、「患者は自分がアルツハイマー病ではないかと疑っているのに、家族は患者がアルツハイマー病であること、そして彼(女)が疑っていることを知っている」という「疑念認識文脈」かであることが支配的であり、自分はアルツハイマーであると患者が知ることを家族介護者が隠蔽しようとする状況を指摘するのも、こうした「騙しの実践」と統制によるものと考察される(Hutchinson et al、1997;Glaser & Strauss、1965)。
【18】 こうした介護をめぐる「罪の意識」あるいは「自責の念」については春日の研究が秀逸している(春日、1997)。春日は自らの介護経験から多くの家族介護者が不可避に巻き込まれてゆく文脈を冷静に考察し、ケアの「脱−母性化」とそれに代わるオルタナティブな価値が要請されていることを問うている。
【19】 こうした感情管理する家族介護者はアンビバレントな価値付けをしている場合が多い。この場合、時には「罪の意識」や「嘘の意識」を感じてしまうけれど、やっぱり「しょうがない」し、「こうやって介護しててやりがいを感じることもある」「子ども(嫁)の務め」等と、どこかでジェンダー規範の規定する役割と「折り合いをつける(coming to terms)」ことによってアンビバレントな評価へと帰結する。また、現実には「娘」「嫁」「妻」「母」という複数の役割が交錯しながら、家族介護者のアイデンティティは形成されているため、「役割距離化=撤退」は容易なことではない。「私さえ我慢すれば」の背後には「子どもには(私のような)不憫な思いをさせたくない」「辛いのは私一人で良い」と「母性」を基盤として意味付けられているために、より一層家族介護者を相互作用の文脈へと巻き込んでゆき、「役割距離化=撤退」を困難化させてしまい、“囚われと分かっているにも関わらず、そうしてしまう”こととなり、ジェンダーからの自由を難しくする。

引用文献
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天田城介(josukeamada.com)著書・論文など