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| ■001■ 「ナーシングホームの高齢者の研究における理論動向と研究課題」 日本保健医療社会学会発行『保健医療社会学論集』第7号.P38〜P52.1996年3月. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:1995.12 最終更新日:2004.04
【全文】(以下、草稿です)
ナーシングホームの高齢者の研究における理論動向と研究課題
The Theoretical Trends and Tasks in Studies of the Elderly in Nursing Home.
●天田城介
Josuke AMADA
This paper discusses the theoretical trends and tasks in studies of the elderly in nursing home, through reviewing literatures of these studies in American Gerontorogy.
These studies have been formed by three currents of theme, and I classified these studies into various types on the basis of that currents, clarifying the theoretical trends and tasks. Finally, I pointed out the analysis possibility of these studies from the viewpoint of five perspectives.
キーワード:アメリカ合衆国,ナーシングホーム,共同体,ライフ・プロセス,
T.はじめに
本稿の目的は、アメリカ社会老年学の中でなされてきたナーシングホームに入居している高齢者に関する諸研究を批判的に概観し、その理論動向と今後の課題・展望を明らかにすることにある。しかしながら、「ナーシングホームの高齢者の研究」は社会老年学の中では多くの研究領域の重複する極めて複雑なテーマであり、今までにも数多くの研究がなされているため、研究テーマに関していくつかの限定基準を設定し、かつ分類枠組により分類することによって全体の研究動向と課題を整理していきたい。
本稿では、第一に、研究テーマの限定と分類枠組による整理・分類化作業により、それぞれの類型による研究動向を明らかにしている(第二章)。第二に、上記の理論動向に基づいて分析することにより、従来の研究テーマの位相・今後の課題を指摘している(第三章)。最後に、まとめとして、今後研究として必要なもの、あるいは新たな研究の構築の可能性を考察している(第四章)。
U.ナーシングホームの高齢者の理論動向
A.研究テーマの限定
研究テーマの限定基準として、「ナーシングホームの高齢者の研究」の中でも、(1)研究焦点の中心がナーシングホームの高齢者になっている研究,(2)社会学的な研究関心に基づいた研究,(3)高齢者一般を対象にしている研究、(4)ナーシングホームのタイプや種類の相違こだわらないこと、(5)アメリカの学会雑誌で発表された論文、あるいは出版された文献であること、を条件としている。
(1)の限定により、ナーシングホーム以外の高齢者の研究,あるいは看護婦・看護助手・ケアサービス(ケア・プログラム)に焦点をあてた研究は除外している。ナーシングホームにおける医師−看護婦関係、組織的な構造問題、医療の政治的・財政的な問題などは間接的にナーシングホームの高齢者にかかわる重要な問題であるが、これらを中心的に扱った研究も除外している。また、(2)の限定より、ナーシングホームの高齢者でも衛生面の研究あるいはパーソナリティ・テストやスクリーニング・テストなどから心理的・認知的側面を分析している研究なども除外している。つまり、ナーシングホームの高齢者への態度・イメージ、ナーシングホームの高齢者の相互作用やプロセス・社会化の問題、などを中心的研究対象にした社会学的な研究に限定している。(3)の限定により、ナーシングホームの高齢者でも、終末期・慢性疾患・障害を有する高齢者,痴呆性老人などの特定の高齢者を対象にした研究を除外している。また、(4)により、運営形態の相違(民営・非営利・公営)や ケアの強度に基づく分類(Skilled Nursing Home・Custodial Care Facility)【注1】は区別せずに本研究では扱っている。
B.分類枠組
ここでは、戦後から1960年代までのいわゆる古典的研究を挙げ、ナーシングホームの高齢者の研究テーマの潮流となっている三つの流れを指摘し、それを分類枠組とする。
第一の潮流として、ナーシングホーム、あるいは入所老人に対する高齢者の態度・イメージを社会的・文化的側面から考察した研究として、ファラーらの研究16)やシャナスの研究53),ブロディーとグマーの研究8)が挙げられる。
第二の潮流としては、地域からナーシングホームへの転居が高齢者に与える影響を死亡率から測定した研究に、カマルゴとプレストンの研究11)コステロとタナカの研究15)、リバーマンの研究38)の3つがあり、あるいはある施設から別の施設への移転の影響を死亡率から測定した研究には、アルドリッチとメンドコフ1)の研究、ジャソウ26)の2つがある。
第三として、アメリカのナーシングホームの高齢者の現状を指摘し、その悲惨な状況を報告したものに、ヘンリーの研究22)、ベネットの研究3)、コーの研究12)、カハナとコーの研究27)の4つがある。
上記の3つの下位テーマ群は、その後の「ナーシングホームの高齢者の研究」の主要な潮流となって現在に至っていると言える。一連の古典的研究が、現在の研究の主要な潮流となっていることから、これを分類枠組として、類型化・整理することは有効な方法であろう。こうした主要な潮流の射程としている研究テーマを図式化したものが図1である。当然のことながら、このように明確に分類できるものではないが、作業を簡潔にするため便宜的に設定している。
図1は、共同体(コミュニティ)を機軸にした視点から、ナーシングホームの入所・生活を共同体から出ること(排除・差別)として捉え、内部(共同体)−外部(ナーシングホーム)という二項対立図式として位置づけ、ナーシングホームへの入所をライフ・プロセスとしてまとめたものである。矢印はライフ・プロセスを表し、実線で囲まれているのが共同体の領域を、点線の四角の囲いは研究対象者の共同体での位置づけを表している。
中心的3潮流で対象にしている高齢者は、共同体内部の高齢者・ナーシングホームへの入所過程の高齢者・ナーシングホームでの生活過程の高齢者であり、これらの高齢者の問題を、先述した三つの下部テーマ群の順に a.内部問題,b.境界問題,c.外部問題 と名づけた。つまり、内部問題とは共同体内部にいる高齢者とナーシングホームの関係を扱った問題であり、境界問題とは共同体からナーシングホームへ入所してきた過程を扱ったものであり、外部問題とはナーシングホームでの生活過程を扱った問題といえよう。これによって、高齢者のライフ・プロセスの途上で、研究が問題にしている領域がどこなのかを明確に示すことができる。また、内部問題は地域に住む高齢者の問題であり、本稿の表題からすれば該当しない問題であるが、上記のライフ・プロセスから考察すると境界問題や外部問題に強く影響をしていると考えられるために考察の対象としている。
トビンは、施設入所を家族のプロセスとして考察することによって、施設化過程を家族全体の枠組で捉えることの重要性を述べている57)。また、ストライブらは、地域で自立して生活している状態からナーシングホームでケアを受けている依存した状態までの連続体上で高齢者の居住形態を考察する必要を説いている56)。筆者の試みは、上記の二つの指摘をも包括した、より広いプロセスの中で捉えようとするものである。つまり、家族プロセスや高齢者の住居によるサポートの強度の連続体上での問題を、高齢者自身のライフ・プロセスとの関わりを明らかにすることで、再度全体のプロセスの中に包摂することを試みている。あるいは、アンダーソンの deculturation process の概念2)から文化的な価値の問題を扱うこともできる。図1のαは文化的中心価値を表している。ただし、共同体の外部としてナーシングホームを扱うことは、研究者のパースペクティブによって異なるであろうから、ナーシングホームを共同体の内部だと考える研究者は、図の共同体の枠を拡張してライフ・プロセスを包摂する形にしても構わない。
上述した3つの問題群を組み合わせることによって7通りの類型の研究が分類可能となり、重複した研究をも包括できる。また、7類型により、諸研究の射程がどこにおかれているのか、あるいはどのくらい焦点が絞れているかをも扱うことが可能である。ただし、類型Zは該当する研究がないので除外する。
----【以下、図の挿入】------------
※論文では以下に図を挿入していますが、以下では列記するにとどめる。
3問題群
7類型a.内部問題
b.境界問題
c.外部問題
類型T
a
類型U b
類型V c類型W
abの重複
類型X acの重複
類型Y bcの重複
類型Z abcの重複
α⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒β
共同体→→→→→→→ナーシングホーム
a→→→→→b→→→→→c
<内部>−〈境界〉−<外部>
図1.分類枠組
----【以上まで図の表示】------------
C.7類型の研究動向
1.類型Tの研究
この類型の研究は地域に住む高齢者とナーシングホームの関係を扱った特異的なものであるために、他の諸類型の研究に比べて数は少ない。この類型は、(a)地域に住む高齢者のナーシングホームに対するイメージ・態度・反応,(b)そのイメージ・態度・反応に影響を及ぼす要因,の二つのテーマがある。
a.地域に住む高齢者のナーシングホームに対するイメージ・態度・反応
上記のファラーらの研究16)やシャナスの研究53),ブロディーとガマーの研究8)の報告では、人間の能力が向上することは望ましい発達過程であり、それが人間の価値の尺度を表すという考え方がアメリカ社会の中心的な価値であるために、将来自分が長期ケア施設でより依存した地位に逆戻りすることを想定することは非常に苦痛であり、結果として、高齢者のナーシングホームに対する反応は、施設入所による人間の尊厳・自己コントロール・自立の喪失を個人がどのように考えているかによって異なるとしている16,53,61)。アメリカ人の一般的なナーシングホームの入所者のイメージは、つけっぱなしのテレビの前におかれて時間を過ごし、自分のケアに対して意志決定さえできない、日常生活においても興味のある活動を持たない者なのである50,63)。家族関係としては、一般的に介護するのは家族成員の義務であるという感情によって、逆に、ナーシングホームに長期滞在することは、多くの高齢者にとって家族に拒絶されていることを意味している58)。
b.地域高齢者のナーシングホームに対するイメージ・態度・反応に及ぼす決定要因
マックアレイとブリエスナーは、バージニア州の調査から、高齢者が、将来介護者にお金を払ってでも自宅で介護されることを望み、親戚からの介護はナーシングホームへ入所することよりも自己コントロールを喪失すると考えている、と指摘している40)。また、高齢者が将来ナーシングホームに入所することへの不安や見込みは、自分の家族からは援助を受けられるだろうという安心感や、家族が高齢者のケアニーズを無視するのは稀であると考える度合いによって、個々に大きく異なると報告している。
その他の研究でも、ナーシングホームのケアへのネガティブな印象や決まりきった態度は以前ほど否定的ではないにしろ、本質的には大きく変わりないことが指摘されている。これは、長期ケアサービスが受け難いこと、自主的に入所することなく入所が決定されてしまうこと、入所後の惨憺たる生活の印象が今でも拭いきれないことを表している6,21)。
また、マスメディアによって高齢者のナーシングホームへの態度が決定されているという報告58,63)や、ナーシングホームの入所のコストをどのように捉えているかによって入所する危惧や予想の度合いが異なることが報告されている48)。
2.類型Uの研究
この類型の研究は、戦後の早い時期からなされ、かなりの蓄積とそれなりの成果を果たしてきているといえる。この類型のテーマは、(a)ある場所からナーシングホームへの移転,(b)施設移転(入所)のリスク,(c)移転後の適応,の三つに分けられる。
a.ある場所からナーシングホームへの移転
ここで扱われているのは移転(relocation)の問題であり、ナーシングホームへの移転として考えられるのは(1)自宅からナーシングホームへ,(2)他の施設からナーシングホームへ,の二点が考えられる。
筆者の知る限り、(1)の高齢者の特徴を(2)と区別して調べた研究はないので、ナーシングホーム全体の高齢者の特徴を述べることにする。ナーシングホームの居住高齢者の年齢の中央値は81歳であり、65歳以上の人口の中央値の72歳に比べて高く、また入所者の92%は白人であり、全人口の11.7%を占める黒人は 6%,6.5%を占めるヒスパニックは 1%程度である。配偶者を失った者や未婚者の割合は、地域に住む人で42%であるのに対し、入所者は83%を占める。また、ナーシングホームの高齢者の25%は、すべての日常生活動作で援助を受けなくてはならない状態であった9)。
(2)の高齢者の特徴としては、ナーシングホームの入所者の は病院からの移転(転院)であり、高齢で,女性,精神疾患を有する者が挙げられる。ソーシャルサポートを受けられない高齢者も病院からナーシングホームへ移されることが多く64)、在宅ケアが困難である場合、あるいは介護者が負担に耐えることが限界である場合に入院するケースが多いことが報告されている42)。また、逆にナーシングホームから病院に入院した高齢者は、地域から入院した高齢者と比較して、退院後再度ナーシングホームに戻ることが多く29)、痴呆症状を有する者が多く、平均滞在日数も長く、院内死亡率も高いと報告されている18,20)。
b.施設移転のリスク
多くの研究の場合、施設入所者の特徴が施設移転の決定要因としてみなされていることからも、施設入所者の特徴と決定要因を「施設移転のリスク」としてまとめることができる。マッコネルは高齢者の25%が施設入所する可能性があると推定している41)。特徴としては、白人,女性,独身,子どもがいない高齢者の方が、黒人,男性,同居者のいる高齢者よりも入所する可能性が高く49)、また、経済力・健康・ソーシャルサポート・状況への対処能力の欠如した高齢者の方が施設移転するリスクが高いことが報告されている54)。パルモアの縦断的な調査に基づく研究45)でも、施設移転のリスク・ファクターとして白人・女性・高学歴・高収入・一人暮らし・別居あるいは未婚・子どもがいないことを挙げられている。これらの研究は日本でもよく紹介されているのでそちらを参照されたい。近年では、ナーシングホームの入所者のホスピタリゼーションの決定要因を疾病分類に基づき分析したカイザージョーンズらの研究がが挙げられる31)。
c.移転後の適応
移転後の適応を(1)移転後のパーソナリティの変化,(2)移転後の行動パターンの変化,(3)移転後の適応に及ぼす要因,(4)方法論上の問題,の4点から考察したい。
(1)移転後のパーソナリティは、抑鬱・怒り・抵抗・攻撃・不安などといった側面が顕著に見られ、この中でも不安と抑鬱に大きく変化が見られたが、二週間後には元の状態に回復したと報告されている9)。また、新しい環境は、高齢者の見当識機能を損なわせ、急性の錯乱状態・抑鬱・食欲不振・動作鈍磨という状態をつくりだすという25)。
(2)移動後の行動パターンの変化として、入所高齢者の行動がより受動的で、対人的行動の減少、行動鈍磨、活動に参加することへの極端な減少がみられたり7)、居室で閉じこもり、スタッフへの依存度が強まる傾向が見られる46)という報告がある。
(3)移転後の適応に及ぼす要因として、転居の決定の際の自己の意志決定が関与しているか否かが重要だとするビーヴァーの研究4),転居の予測可能性や転居によって起こりる出来事をいかにコントロールできるかが重要な要因とするシュルツとブレナーの研究52),転居後の環境の変化の度合いを重要な要因とする研究7)が1970年代の見解として挙げられる。
1980年代以降は、複数の要因を想定するようになり、入所に関する選択や準備の欠如、急激な環境変化、孤独、高齢、男性、身体的衰え、精神障害を諸要因として挙げているコッフマンの研究13)や,その移転が予測可能であるか否か、移転に関わる意志決定過程やその他の事柄に高齢者自身がいかにコントロールできたか否かによって、移転後の適応は大きく異なるとしているロスウォームの研究51)のようになってきている。
近年では、ストレスや適応という観点から研究がなされつつあるといえる。特筆するものに、ゴードンの研究が挙げられる19)。ゴードンは、高齢者がナーシングホームの入所者になることが非常にストレスフルで、適応するのに困難を伴うことを指摘している。ちなみに、ゴードンによれば、ナーシングホームの入所者になるということは離婚や子どもの死よりは幾分ストレスは軽いものの、非常にストレスフルな出来事として位置つけられている。このように、1960年代の死亡率の測定から考察された研究から始まり、様々な決定要因の分析、あるいは相互作用の文脈でとらえようとしたもの、ナーシングホームをライフイベントとしてとらえているものへと推移していると言える。
(4)方法論の問題として、死亡率や疾病率から移転の適応あるいはストレスを明らかにしようとした初期の研究段階から推移してきていることは特筆すべきことである。
先述のコミュニティからナーシングホームの転居、あるいは施設間の転居の影響を問題にした5研究11,15,38,1,26)はすべて死亡率から判断した研究であった。しかしながら、その後、転居そのものが死亡率に直接影響している要因ではないとするキリアンの見解32)や転居後に高い死亡率は見られないとする見解7,39)が出され、転居そのものが死亡率の重要な要因であるのか、転居以外の要因は何なのかという議論が盛んになされた。
それまでの死亡率を評価尺度に用いた移転の影響に関する研究の多くは、対象,方法論,及び移転の条件が質的に統一されておらず、不確実な研究に基づいてなされてきたという批判がコッフマンによってなされたり14)、その後の死亡率から判断されることがなくなると、環境変化の質、変化に対する準備の程度、移転が自発的なものか否かなどいくつかの要因が移転の適応・不適応に及ぼす要因として考えられるようになってきたといえる。
これら一連の研究で何が決定要因なのかは決着がついていないが、相互作用の文脈によっていかに高齢者に影響を与えるのかといった問題設定で捉える研究も出てきており、例えば、ブレストンとパラスタンはどのような相互作用の文脈の中で、あるいはどのような状況下での高齢者の適応・不適応に及ぼす決定要因はなにかを調べる必要を説いている6)。
3.類型Vの研究
この類型は、(a)施設生活過程,(b)施設環境への適応,(c)入所者の対人関係・相互作用,の3つのテーマに分けられる。(b)は、移転後の適応と区別しがたい研究も多いが、移転後の適応が文字どおり「移転」による変化・ストレスに対処する短期的な適応プロセスなのに対して、施設生活の適応はナーシングホームという特異的な環境の中での長期的な適応プロセスなのである。
a.施設生活過程
ナーシングホームの環境が入所者に与える影響と施設生活への環境適応を(1)施設生活過程,(2)心理的・社会的適応,の二点から考察したい。
(1)の施設生活過程の問題が本格的に取り沙汰され出すのは1950年代後半になってからであり、数多くのすぐれた研究がなされてきている。先述のヘンリーは、ナーシングホームのデパーソナライジングの過程(depersonalizing process)を記述し、アメリカの高齢者への文化的価値観を文化人類学的視点で考察した22)。同年に、ベネットは、高齢者の施設生活の意味を、高齢者の施設化が社会に対してもつ意味,施設生活の社会学的意味,高齢者施設を運営する専門的・管理的な職員に対する意味,高齢者施設の入所者に対してもつ意味、という視点から施設化の影響を考察した3)。コーの研究も同様に施設化とデパーソナライジングの問題を強く指摘した12)。カハナとコーの研究では、専門度の高い施設においてもスタッフが入所者のことを過去と切り離された人としてみる傾向が高いことと、長期滞在によってアイデンティティの喪失は強まることを報告をした27)。その後、スタッフによって入所者の依存度はかえって強化されるという研究35)、入居者間の援助行動がスタッフによって強く制限・制約されるという報告44)がおこなわれた。
しかしながら、上記の否定的な報告とは逆に、ナーシングホームの入所者に残存する社会的能力、あるいは入居者のサポート網を指摘しているものがいくつかある。ある入居者はいくつもの喪失や厳しさを経験してきたにもかかわらず、他者と交流したり、生産的に関われる機会を探している場面が見られる5)と報告されている。こうした入所者の肯定的な社会的能力の側面が、どの程度の入所者で見られるのか、どういった施設で見られるのか、あるいはどのような相互作用の文脈で見られるのか、といった研究が現在待たれるところである。
(2)の心理的・社会的適応に関する研究も、施設生活過程同様に戦後の早い時期からなされてきており、現在のナーシングホーム研究の中心的役割を担っている。戦後初期の研究は、認知機能・情緒機能の低下,不安感や抑鬱性の増大,活動性や自発性・未来の展望・他者との関係の消失がいわれてきた17,33)。リバーマンらは、施設生活における心理的影響には認知機能や情緒機能の低下などのネガティブな側面と抑鬱や不安の改善などのポジティブな側面の両方があるとして、施設生活過程の影響の両義的側面を示唆している36)。心理的に適応するパーソナリティ特性は、活動的・攻撃的・自己執着的といった特性であるという報告60)や他人に同情心を持たない,猜疑的で、自己の責任を避けるなどの特性とする報告37)を考慮すると否定的なパーソナリティ特性であることが予想される。
b.施設環境への適応
1980年代から、ロートンの環境順応仮説34)やストレス刺激閾値の漸次低下モデルなどから環境変化と適応の関係を探ろうとする研究が盛んに進められてきている。これらの研究では、環境から加わる圧力やストレスと、個人の適性やストレス刺激閾値の関係が中心的な研究課題となっていて、高齢者の適応がスタティックに捉えられている。ただし、これらの研究の詳細は既に日本でもかなり紹介されているのでそちらを参照されたい。
c.入所者の社会関係・相互作用
入所者の社会関係・相互作用を(1)入所者と家族・友人の関係,(2)入所者間関係,(3)入所者とスタッフ・ボランティアの関係,の三つの点から考察を加えている。
(1)の関係の中でも家族との関係は、入所前に保っていた家族メンバーとの関わりのパターンは維持される傾向がある。ヨークとカルシンは、三つのナーシングホームにおける家族の訪問状況を調べたところ、平均して月に12回の訪問が見られ、76家族のうち2家族だけが月に2回以下であり、そして、家族で訪問しているのは入所者の子どもであることが殆どであったことを報告している66)。カハナらも253人のナーシングホームの入所者の64%は一週間のうちにナーシングホームの外部の者の訪問を受けており、その訪問の大部分は家族であり、その中でも最も多い(40%)のが子どもであった28)。また、入所期間の長さによる訪問頻度の増減に関する報告では、95人のナーシングホームの入所者の調査から、入所後の一ヶ月後では入所者の96%で家族・親戚による訪問が見られ、68%で友人による訪問が見られた。これは一年後でも大きな減少は見られないと報告されている55)。一方で、ホックらは三つの農村のナーシングホームの調査から、訪問頻度の最も重要な決定要因は訪問者の移動距離であることを報告している24)。
(2)の入所者間関係の研究も近年急速に進められている。ミラーとビールが入所者間の関係を調べたところ、入所者の76%は友好的な関係である特定の入所者を挙げ、また、8%の人はすべての入所者を好ましい人だと答えたが、11%の人は全く親密な関係を持たず、5%の人は自分たちの友人は既に死んでしまったと答えた。ここで親密な関係がないと答えた入所者の多くが長期入院者であった43)。一方で、入所者の35%は孤立していて、ホーム内に友人は全く見られなく、入所者の友人の中央値は1人であり、最大値でさえ6人であり、長期入所者,障害を有する者ほど友人は少なかったという報告も見られる47)。ルームメイトとの疎遠な関係については、ミラーとビールやカハナらが報告している43,28)。
(3)入所者とスタッフの関係は特に重要な関係であるにも関わらず、今後多くの研究の余地を残している。ノエルカーとポールショックは、入所者とスタッフの間に親密性がないのは、すべての人に平等なケアをしなくてはならないというサービス上の規範にスタッフが固執することや、入所者がスタッフを信頼することは望ましいことだとされているにも関わらず、スタッフが入所者を信頼することは望ましくないことだとされていることによると述べている44)。一方で、ミラーとビールの報告では、入所者の76%が自分たちが親密だと感じる特定のスタッフを挙げている43)。
4.類型Wの研究
この類型の研究は、1970年代後半からようやくなされてきていて、現在でも特筆する研究は極めて少ない。ここではウェルズとマクドナルドの研究65)を紹介する。
ウェルズとマクドナルドの研究は、トロントのナーシングホームの入所者56人に施設外の親密な家族や友人を示すように尋ねたところ、彼らの82%が少なくとも家族の1人ないしは友人の1人と接触をしていることを示した。これらの人々との接触は入所者が他の施設に転居させられた後でさえ保たれていた。また、家族や友人との親密な関係が頻繁であり安定していることによって、転居後の入所者の施設満足度や心理的機能の低下,興奮などの望ましくない影響を最小限にすることできることが明らかになった。入所者間の関係は、施設外の家族や友人に比べると極めて悪く、同じ入所者で友人である人の平均数は1人を下回っていた。また、42%の対象者は親密な関係の入所者を1人ももっておらず、こうした入所者間の親密な関係の減少は転居後に起こっていた。このことは、親密な関係が転居によって以前のホームにおける親密な関係を分裂させられたことを表しているし、こうした関係が転居後にすら代替されていなかったとも言える。
近年になって、こうした研究は徐々に多くなってきてはいるものの、それでもこの類型の研究が包括する研究範囲が広範であり、扱う変数が多いために、今後更なる進歩が望まれる。方法としては、縦断的方法による調査がより意義を持つようになってきている。
5.類型Xの研究
この類型の研究に当てはまるのは、ヘンリーの研究22,23)とバトラーの研究10),タウンゼントの研究59)の3例だけである。ヘンリーは、ナーシングホームに対する社会の態度を入所生活のモノグラフから質的分析を行うことで明らかにしている。バトラーは、老人が入所を容認することは、自分のことを、おいぼれた望まれない依存した死が近い者とみていることを意味していることを指摘している。いずれの研究でも言えることは、ナーシングホームに対する否定的な態度・イメージが、入所者の意識に内面化されたり、あるいは施設過程のなかで影響されるということである。中心的な文化的価値によって、高齢者のナーシングホームへのイメージ・態度・反応が形成され、それが入所する際の受容過程で危機的状況を生むというのが本類型のテーマである。
6.類型Yの研究
この類型の研究は、類型Uと類型Vを組み合わせた研究であり、概観すると多くの研究があるように思われるが、両者の変数を明確に区別し、かつ両者の関係を考察した研究は極めて少ない。代表例として、ビンセントの研究が挙げられる。ビンセントらは、先述の施設移転のリスク〔類型U〕と施設生活の長期化の決定要因〔類型V〕を区別して考え、施設移転のリスクの決定要因として75歳以上の高齢者,未婚,一人暮らしを、施設生活の長期化の決定要因として白人,75歳以上の高齢者,未婚,低収入,慢性疾患を有する者が見出されることを明らかにした62)。両者の決定要因は異なることが示されたのと同時に、両者の共通の決定要因としては年齢が挙げられることを提示した。
今後は、施設化過程の中で、いかにそれらの要因が変化し、相互にどのように影響しあい、入所者を規定しているかを明確にする必要があろう。
V.従来の理論動向の位相と今後の研究課題
A.理論動向の位相
全体的な理論動向の位相としては、(1)ナーシングホームへのイメージ・態度・反応と自分が入所した際のその受容過程,(2)家族サポート・ソーシャルサポートが提供される程度,(3)施設化による社会関係の変化,(4)環境変化と適応,(5)ナーシングホームの構造的・文化社会的諸問題,の5つが導出されるであろう。あらゆる研究は、それぞれの理論動向の位相のいずれかに焦点を置いて進められているといえる。以下では、それぞれの理論動向の位相をいかに捉えてきたのかについて簡潔にまとめたい。
1.ナーシングホームへのイメージ・態度・反応と自分が入所した際の受容過程
高齢者がナーシングホームをいかに捉え、そして入所する際にはどのように自己の中にとり込んでいくのかといったことは、従来の研究からもいわれているように極めて文化的・社会的な問題である。先の図1を思い出していただきたい。ここでは、文化的価値の中心であるαからaまでのプロセスを「老い」のプロセスとして位置づけられ、aからcまでのプロセスを「施設化過程」として、1人の高齢者のライフ・プロセスとして考察することが可能なのである。退職や身体的衰え、ケアニーズの増大などの延長線上に「施設化過程」を考えることができ、その際には先述のアンダーソンの deculturation process の視点が有効なのである2)。
2.家族サポートとソーシャルサポートが提供される程度
トビンが高齢者の施設入所を家族プロセスとして捉えることの意義を指摘しているように57)、家族プロセスの視点からの考察は重要である。特に、家族介護者(caregiver)と高齢者との関係が重要であろう。施設化過程のそれぞれの段階で家族−特に介護者−がいかなるファクターとなっているかを考察していく必要があろう。
3.施設化による社会関係・相互作用の変化
施設化による社会関係の変化に関する先行研究は、対象者の標本が少なく、目的のはっきりしたサンプリングやナーシングホームの数やタイプが限られていたために、結果が現在のナーシングホームの入所者にとってどのくらい一般化できるのかが不明確であるのが現状である。家族・親戚・友人・スタッフといった区分ではなく、より詳細なそれぞれのタイプや職種の人との社会関係を明らかにする必要があり、また、長期的な社会関係の変化を扱うためにも、今後より広範な横断的調査あるいは長期的な縦断的調査が必要とされているといえよう。社会関係の変化を socialization、あるいは resocialization という大きな概念枠組みの中から分析していくことが現在最も求められていることであろう。
4.環境変化と適応
環境変化と適応に関する研究も socialization に大きく関わるものであるが、筆者には adaptive process として独立して考察していく方が有効であると思われる。なぜなら、これらの研究は「適応」のファクターを明らかにすることが中心で、socialization の中心課題である「価値や行動の内面化」といったテーマは薄れてしまっている。今後環境変化と適応に関する研究から上記のテーマを包摂した研究が出てくるかもしれないが、現在のところは個別に考えておいた方がよいであろう。
5.ナーシングホームの構造的問題
ナーシングホームの構造的問題は、高齢者に直接的な影響を及ぼすことよりもむしろスタッフや施設の経営者,保険やケアプログラムに影響を与えている。カイザージョーンズによるアメリカとスコットランドの比較研究によって、アメリカのケアの質の低さは(1)医師や看護婦のリーダーシップや高齢者のケアに対する責任が欠如していること,(2)ヘルスケア専門職にではなく、収益が主目的であるナーシングホームの経営者にケアの責任があるとしていること,(3)高齢者の貧困化とスティグマ化に影響を及ぼしているヘルスケアの組織と財政面の問題,によるものが指摘された30)。その後、いくつかの研究がなされ、ある程度の成果もおさめてきているのが現状であろう。
B.今後の研究課題
本節では、上記の理論動向の5位相から導出したパースペクティブを提示し、それらのパースペクティブに基づいた方法論を今後の課題として整理したい。理論動向の5位相は、(1) deculturation process,(2) family process,(3) socialization,(4) adaptive process,(5) social organization,のパースペクティブで捉えていくことが可能である。
1.deculuturation process のパースペクティブに基づいた方法
「老い」の問題がそれぞれの文化によって大きく異なることが「老化・老人の比較文化研究」(Cross-cultural Studies of Aging and the Aged)や老年人類学の発展とともに明らかにされたように、施設化過程もその文化によって極めて多彩な様相を呈するといえる。そのため、文化的・社会的文脈から施設化過程を見ていくことが必要となり、具体的な方法としてはフィールドワークによる調査が必要である。また、アメリカ社会以外の施設化過程の比較文化研究などが今日求められているといえる。
2.family process のパースペクティブに基づいた方法
家族プロセスの問題はライフサイクルなどの視点から考察していくことができるであろう。特に、後期高齢者(old-old)を中心としてケアニーズがあることから、この段階の家族の問題を家族全体のライフサイクルとして捉え、そこの中での関わりを家族プロセスとしてまとめていく作業が必要であろう。具体的な方法としては、高齢者を抱える家族全体を対象とした縦断的調査などが現在望まれているところであろう。
3.socialization のパースペクティブに基づいた方法
socialization の問題は、ロソー(Rosow,1974)をはじめとする様々な研究者によって考察されてきた社会老年学の中でも最も大きなテーマである。そのため、具体的な研究成果として収斂され難く、理論上の問題にとどまっている。しかしながら、テーマの重要性は時とともに失われるどころか一層高まっており、今日の老年社会学の中で socialization研究の再構築が望まれている。ゆえに、このテーマをいかに研究成果として呈示するかが問われており、方法としては、高齢者のライフヒストリーからの分析などの極めて広範で、かつ繊細な調査が望まれているのである。
4.adaptive process のパースペクティブに基づいた方法
ここでの問題は、環境変化と適応に関する研究が人間−環境相互作用モデルとして考えられてきたのに対し、筆者は adaptive process の重要性を指摘していることである。つまり、従来の環境変化と適応に関する研究は高齢者のスタティックで、ノンコンテクステュアルな状態を捉えているに過ぎない。これは完全に研究史の推移に逆行するものである。それに対して、筆者のいう adaptive process の視点に立てば、環境変化と高齢者の適応をダイナミックに、コンテクステュアルに捉えていくことができる。その時には、全体的概念としては socialization に吸収される形で、環境変化と適応を扱えることができる。
5.social organization のパースペクティブに基づいた方法
social organizaton の問題は、医療・福祉政策上の問題としてかたずけられることが多く、間接的な問題として捉えられている。そのため、極めて高齢者のケアの質に影響しているにも関わらず、高齢者自身の問題として立ち返ってくることが少ない。そのため、何が問題なのかが常に先送りされてしまい、ナーシングホームの高齢者の研究でこの種の問題が明確に扱われていない。今後は、いかに構造的条件が高齢者に影響を与えているかをダイナミックに捉えた質的研究が求められている。
W.まとめ
最後に、研究史の概略を簡単に述べる。ナーシングホームの高齢者の研究は比較的新しく、戦後以降の「高齢化」を背景にして進んできたと言える。全体的に見ると、1970年代初頭に急速に増え、80年代にもなると質・量ともに充実し、さらに90年代になると研究が細分化・緻密化してきていると言える。そして現在では、焦点となった問題テーマの決定要因を明確に分けた上で、広範で、縦断的な研究の視点が現在望まれているのである。
本稿では、高齢者のナーシングホームの施設化過程をライフ・プロセスの中で捉えることで、諸研究の焦点がどこに置かれ、その理論動向と今後の課題を示してきたが、筆者のプロセスの見方は不可逆的であり、「脱施設化」が徐々に一般化してきている現在のアメリカでは逆の「脱施設化過程」、つまりナーシングホーム退所後の高齢者の過程も考慮に入れなくてはならない。近年、ナーシングホーム退所後の高齢者の研究も進んできてはいるが、その研究数の乏しさや焦点の偏りなどから本稿では扱わないものとした。また、同時に、施設入所者の高齢化や急性疾患高齢者の増大【注2】などナーシングホームの状況も近年では大きく変化してきていることから、今後更なる研究の多様性が望まれる。
注
【1】1987年以前、前者は Skilled Nursing HomeとIntermediate Care Facilityに区別されていたがその年の連邦政府ナーシングホーム改革法によって区別されなくなった。
【2】近年のアメリカの地域・在宅ケアを中心とした動きに伴い、ナーシングホームの入所者の高齢化と急性疾患高齢者の増大が起こっているといわれている。
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⇒天田城介(josukeamada.com)⇒著書・論文など