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| ■023■ 「「介護殺人事件」の根底を考える――さしあたり、生きるに十分なお金を無条件に分配せよ」 京都新聞(9月29日付京都新聞「私論公論」欄掲載).2006年9月29日. |
天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2006.09.18 最終更新日:2006.09.19
【原稿】(以下、あくまでも「草稿」です)
京都新聞「私論公論」
「介護殺人事件」の根底を考える――さしあたり、生きるに十分なお金を無条件に分配せよ」
●天田城介 立命館大学大学院先端総合学術研究科非常勤講師
今年2006年1月から9月18日現在までにおいて新聞報道等の中で「介護殺人事件」として読み取れる事件は全国で34件にのぼる。以上の推計は私が報道によって知り得た限りの介護殺人事件の件数であるが、以下、これらの新聞記事による推計をもとに、高齢者をめぐる介護殺人事件から何を/いかに問うことが可能かについて、3点のみ記しておく。
第一に、端的に言って、現在の介護保険制度は老い衰えゆく高齢者が在宅で(家族介護を前提とせずに)24時間、365日つつがなく暮らすためには全く不十分な制度であるという点だ。これは、上記34件の事件において「老老介護」の場合が圧倒的に多く、特に「高齢夫婦介護」が全体の約6割になるという事実からも指摘することができよう。要するに、単身世帯や高齢夫婦世帯などの「人の手」がない場所で病や障害を生きる高齢者が暮らしていこうとすれば、極めて過酷な事態に晒されることになるという現実がある。その意味で、所得・医療・介護等のいずれもが十分に保障される制度を設計する必要がある。
第二に、介護殺人事件におけるジェンダーをめぐる問題がある。上記の34件の介護者→被介護者の内訳は、夫→妻(16件)、息子→父母(11件)、妻→夫(5件)、娘→母(1件)、元娘の夫→元義母(1件)となっており、男性が女性を殺害したケースは28件(82.4%)であるのに対して、女性が男性を殺害したケースは6件(17.6%)である。現実には『平成17年度版高齢社会白書』に示されたように、「同居して介護している家族介護者」の4人に3人(76.4%)は「女性」であるにもかかわらず、介護殺人事件の多くは(いわば家族介護者の少数派である)「男性」によって惹き起こされているという、ジェンダーをめぐる非対称性をその根底において問い直すことが決定的に重要な作業となる。
第三に、一連の報道において封印/消去されている「問い」について考えるべきである。例えば、「殺害された当事者も同意していた」「介護者は献身的に介護していた」と報道される場合が少なからずあるが、それによって量刑の違いがどのように生じたのか、あるいは「本人も死ぬことに同意していた」「介護の労苦」といった語りが妙な共感を呼び起こしてしまう私たちの社会のありようをいかに考えるか。更には、地元住民らから減刑嘆願書が提出されることがあるが、それはどのような仕掛けによって駆動されているのか。
こうした問いが問われなければ、結局のところ、「『なぜ介護殺人事件が起きたのか』を検証しなければ同じことが繰り返される」という、この数十年反復されてきた指摘が今後も反復され続けられながら、件の事態は何も変わらないということになるのではないかと思う。思考すべき問題は山積しているのだ。
最後に、現実には幾つもの困難はあるが、さしあたり実行可能な政策を言及しておく。京都市伏見区にて認知症の母を殺害して承諾殺人の罪に問われた息子は京都地裁の公判の席で裁判官から「このような事件の原因は何か」と尋ねられると、「生きるために生活費を削るなどしてきたが、数ヶ月、考えるだけのお金を無条件で出してくれたら、何とかできたかもしれない」と答えたという。私たちはこの「声」を家族介護者が「介護し続けるための条件」として聴き取るのではなく、むしろ当事者が生きていくためには「生きるに十分なお金が無条件に分配されること」こそが「最低限の条件」であることを指し示すものとして受け取るべきである。
※新聞にはプロフィールと写真が掲載
【原稿執筆のための基礎作業】
【2006年1月〜2006年9月18日までに起きた「介護殺人事件」】 34件
◎以下は新聞記事等の「報道」から「介護殺人事件」として読み取れた事件を列記していますが、実際の判決等においては別の要因が指摘されているやもしれません(勉強不足のため、全ての事件の経過を終えておりません。その点ご了承ください)。
●34件中、夫→妻(16件)、息子→父母(11件)、妻→夫(5件)、娘→母(1件)、元娘の夫→元義母(1件)となっている。
●『平成17年版高齢社会白書』40頁(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2005/zenbun/pdf/h17_1chap1_2_3_3.pdf)にあるように、「同居の家族等介護者の男女別の内訳」をみると、妻(17.6%)、娘(12.3%)、息子の妻(22.1%)、母親(0.4%)、その他の女性(1.9%)となっており、これらを合計すると女性52.0%となる。一方、男性介護者の割合は16.8%であり、その内訳は夫(8.2%)、息子(7.6%)、娘の夫(0.5%)、父親(0.0%)、その他の男性(0.5%)となる。それ以外では別居の家族(7.5%)、事業者(9.3%)、その他(2.5%)、不詳(9.6%)となる。
●極めて単純に算出すると、「同居して介護している家族介護者」の4人に3人は女性であり(76.4%)、4人に1人が男性(23.6%)となる。一方、2006年に新聞記事等によって報道された(私が知り得た限りの)「介護殺人事件」34件のうち、男性による殺害は28件(82.4%)であり、女性による殺害6件(17.6%)となっている。つまり、「同居して介護している家族介護者」のうち4人に1人が男性によって担われているにもかかわらず、「介護殺人事件」は(いわば家族介護者の少数派である)圧倒的に男性によって行われているという現実なのである。
◆は女性が男性を殺害した事件。
※は「介護苦」以外の要因が強いと推察される事件。
2006.01.02 川西市 夫(57)が難病で認知症のあった妻(55)を殺害
2006.01.07 京都市 息子(59)が脳梗塞で要介護状態の父(91)を殺害【下京区】
2006.01.21 江東区 息子(44)が認知症の母(71)を殺害
2006.01.29 名古屋市 夫(68)が認知症の妻(74)を殺害し、7ヵ月後に自らも自殺
2006.01.30 多摩市 息子(54)が人口膀胱を使用する母(77)を殺害
2006.02.01 京都市 息子(54)が認知症の母(86)を殺害 【伏見区】
2006.02.06 山形市 妻(62)が脳梗塞で寝たきりの夫(68)を殺害 ◆
2006.02.21 和光市 息子(55)が要介護状態の母(80)を殺害
2006.02.28 箕面市 夫(85)が認知症の妻(80)と無理心中
2006.03.06 港区 夫(84)が寝たきりの妻(80)を殺害し、自殺
2006.03.17 韮崎市 多額の借金を抱えた娘(58)が寝たきりの母(91)を殺害 ◆※
2006.04.01 勝浦市 息子(69)が認知症の母(95)を殺害
2006.04.09 久留米市 息子(69)が入院中であった認知症の母(95)を殺害
2006.04.11 村田町 同居する元娘の夫(62)が寝たきりの元義母(80)を殺害
2006.04.22 相模原市 夫(70)が脳梗塞により寝たきりの夫(77)を殺害
2006.05.15 京都市 息子(62)が認知症の母(92)と無理心中 【上京区】
2006.05.16 安城市 夫(84)が認知症の妻(84)と無理心中
2006.05.22 熊本市 息子(49)が要介護状態の父(83)と無理心中
2006.05.22 柴田町 妻(57)が病気の夫(63)を殺害 ◆
2006.05.26 神戸市 夫(89)がパーキンソン病の妻(85)を殺害
2006.05.31 高知市 夫(55)が妻(53)を殺害未遂
2006.06.10 倉吉市 夫(87)が妻(79)を殺害しようとし、重傷を負わせた上、自殺
2006.06.11 東大阪市 夫(81)が糖尿病で寝たきりの妻(77)を殺害
2006.06.16 北九州市 息子(55)が寝たきりの母(75)を殺害
2006.06.17 大阪市 妻(73)が病気がちの夫(81)を殺害 ◆
2006.07.10 前橋市 妻(59)が脳梗塞により寝たきりの夫(77)を殺害 ◆
2006.07.19 香芝市 夫(68)が要介護状態の妻(67)を殺害
2006.08.05 横浜市 息子(35)が認知症の父(72)を殺害
2006.08.15 藤沢市 夫(73)が寝たきりの妻(73)を殺害
2006.08.21 大阪市 夫(68)が認知症の妻(65)と無理心中
2006.08.21 枚方市 夫(80)が認知症の妻(77)と無理心中
2006.08.29 岩美町 夫(62)が介護老人施設に入所する寝たきりの妻(66)を殺害
2006.09.04 座間市 妻(86)が認知症の夫(90)を殺害 ◆
2006.09.18 蒲郡市 脳梗塞の夫(88)が認知症の妻(87)と無理心中
【関連情報】
※以下は上記の原稿の第二点めだけに限定して執筆した論文です。本来は(2)(3)…が書かなくてはいけないのですが、書けていません。
■020■「老夫婦心中論(1)――高齢夫婦介護をめぐるアイデンティティの政治学」
立教大学社会福祉研究所発行.『社会福祉研究』第22号.P1〜17.2003年3月.
http://www.josukeamada.com/bk/bpp20.htm
【京都新聞の関連記事】
■京都新聞.2006/03/16.『京都新聞』朝刊15版3頁3面(連載・折れない葦)
折れない葦 第3部 福祉に届かない声(1)
高齢者虐待 相次ぐ事件 SOS言えず 孤立深め爆発 家族の問題 「介入」「見守り」悩ましく
お年寄りが家族に殺される事件が京都で相次いでいる。今年二月、伏見区で無職男性が認知症の母を殺害し、無理心中を図った。介護に専念し、生活保護を申請したが断られていた。二週間後。東山区で七十二歳の夫が七十一歳の妻の命を絶った。昨年も十一月に京都市で妻を夫が殺害する事件が三件発生。七十八歳の母を息子が殺害するなど痛ましい事件が起こっている。
昨年京都で起きた殺人事件は三十三件と過去五年で最も多かった。京都府警によると、検挙した三十件のうち、配偶者や親子ら親族による犯行が九件を占める。滋賀県でも二〇〇四年、寝たきりの難病の妻(六〇)を夫が絞殺した嘱託殺人事件があった。
無理心中も含め、高齢者や難病患者の命が奪われる事件の背景には、介護負担だけでなく、経済的負担や失業、家族関係の問題などが重なり合っている。介護ヘルパーが訪問していたり、生活保護の窓口を介護者が訪れたりするなど、福祉行政と接点があったにもかかわらず、最悪の事態に発展した例も少なくない。
◇
追い込まれた家族にどうやって気付き、地域や福祉が支えられるのか。「ネットワークで支える」といわれて久しいが、京都、滋賀の対応は遅れている。
京都府が〇四年、府内の在宅介護支援センター約百八十カ所にアンケート調査(有効回答78%)したところ、七割の施設が利用者や相談者に虐待例があったと回答した。虐待を受けている人は三百四十六人にも上った。虐待継続のまま死亡した人も一割。深刻度が生命にかかわる危険な状態も一割あり、暗然とせざるをえない。滋賀県も本年度、アンケート調査を実施し、とりまとめている段階だ。
四月から高齢者虐待防止法が施行される。虐待発見者に市町村への通報義務を課し、市町村は届け出窓口を設置、高齢者や家族を保護するための緊急ショートステイの機会を確保するとしている。現行法でも市町村長による「措置」介入で、虐待を受けたお年寄りを施設保護できるが、その数は介護保険の実施後、京都市で十一件にとどまっている。
◇
京都市は昨夏、虐待事例研究会をつくり、高齢者虐待の事例約百八十件を分析した。虐待を受けている高齢者の二割が「このままでいい」と回答。家族をかばって虐待を受け入れているか、認知症などで自覚がないため、と研究会はみる。
虐待の定義があいまいななかで、どうサポートすればいいのか。例え危険な徴候に気付いても、生命の危険にまで及ばない場合、個人情報保護の壁があり、地域と福祉事業者、行政、医療などの関係者の情報共有は進まない。どの段階で介入に踏み切ればいいのか、マニュアルで判断できない。本人や家族の同意が得られない状況で、お年寄りを施設に入れ、家族を分離すればいいのかどうか。「それで解決にならないところが難しい」と関係者はうめく。
◇
1面で取り上げた介護殺人事件の背景を追うと、福祉制度の問題点がいくつか浮かび上がってくる。
施設入所を家族は希望したが、順番待ち状態で空きがなかった。典型的な「老老介護」だったが、母が入院し、息子が介護者になるという事態に、ケアは不十分だった。家族には介護ヘルパーを家に入れることへの心理的抵抗もあった。
研究会の事例研究によれば、京都市下京区の介護殺人事件は、虐待の「リスク因子が高い」ケースにあてはまる。介護サービスの利用に消極的▽高齢者の身体状況が著しく低下▽男性介護者の場合、慣れない家事と介護、仕事との両立で負担能力を超えやすい−。介護する側をどう支えるか、見守り態勢の構築は容易ではない。
京都弁護士会の「高齢者・障害者支援センター」の弁護士は「福祉や医療のエアポケットでトラブルが起きている。しんどくても声を出せない人が孤立を深め、爆発してしまう」と指摘する。医療や福祉サービスを利用することに抵抗感があったり、世間体を気にしたりして、SOSを発信できない人にどうかかわるか。課題は重い。
京都新聞社
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