天田城介(josukeamada.com)著書・論文など
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文献データベース.「高齢者居住に関連する推薦文献」
日本建築学会高齢者居住小委員会報告書「日本建築学会高齢者居住小委員会高齢者居住関連文献データベース」.2000年11月.

天田城介(AMADA Josuke)
脱稿:2000.07 最終更新日:2004.06


【高齢者居住に関連する推薦文献】

<高齢者集住居住>
【文献1】
Hochschild A.R..The Unexpected Community;Portrait of an Old Age Subculture.University of California Press.1973.
◆今や古典と呼び得る本書は、メリル・コートという北カリフォルニアの小規模高齢者アパートのフィールドワークによって、そこでの高齢者が互いに健康状態を確認し合い、要支援の高齢者に対して買い物や炊事洗濯を自発的に代行するなど、相互のサポート・ネットワークを形成していることを鮮やかに描出した。特に1970年代以降、リタイアメント・コミュニティやモービルホーム・パーク、都市中心部における高齢者集住ホテル(SRO)、低所得者用の公共アパートなどの調査が数多く実施されるようになったが、本書はその端緒となった代表的研究である。

【文献2】
Myerhoff B..Number Our Days.Simon and Schuster.1978.
◆人類学者バーバラ・マイヤホフによる南カリフォルニアのユダヤ人高齢者の集住地域における老人センターでの調査研究である。ここでのユダヤ人高齢者たちは、老い衰えてゆく中で質素に生き生きと暮らしながらも、逆説的に、過酷で苦痛なる過去を抱えるが故に現在の〈老い衰えゆくこと〉の可能性を見出していた。彼/彼女らにとっての長寿とは個人的意味に回収されるものではなく、自分たちユダヤの歴史的な意味として感受されており、従って、長寿の意味性/可能性とはいかに老い衰えようとも自らの家族や同胞を殺戮した他者よりも長く生き続けてゆくことであったのだ。まさに個人史と歴史とを連接することを通じて〈老い〉を反照した画期的著作である。

【文献3】
Jorome D..“That’s What It’s All About;Old People’s Organization as Context for Aging.”In Aging,Self,Community.edited by J.F.Gubrium & Charmaz K..Pp.225-235.JAI Press.1992.
◆本論は、多くの高齢者の集住コミュニティにおけるエスノグラフィーを概括した上で、その集住空間に住まうそれぞれの高齢者は老い衰えつつあるのだが、コミュニティにおける他者との関係性や生活によって自らが老い衰えることに対して新たなる意味と可能性を見出しており、それはコミュニティにおける〈老い〉の意味を形成しているローカルな文化によって可能となっていることを報告する。高齢者の集住地域やコミュニティにおける高齢者自身による新たな役割の創出・発見や、そうした役割の支える社会的文脈の再編、高齢者間の社会的連帯や新たな親密性/公共性を考究するのに必読の高論である。

<施設関連>
【文献4】
Lyman K.A..“Infantilization of Elders;Day Care for Alzheimer’s Disease Victims.”In Research in the Sociology of Health Care.Vol.7.edited by D.C.Wertz.Pp.71-104.JAI Press.1988.
◆1962年のP.タウンゼントの『最後の避難所(The Last Refuge)』を皮切りに高齢者施設批判は一気に高まり、その後も一連の報告の中で高齢者入所施設における入所者への「脱人格化」「非人間化」「虐待」の現実が告発されてきたが、本論文ではアルツハイマー病を抱える高齢入所者と施設職員の相互作用上に作動する「幼児化(infantilization)」の機制を痛烈に批判する。そこでは例えば、まるで子どもを叱りつけるかのように命令をしたり、宥め梳かしたりして、高齢入所者を統制してゆく原理が描写される。施設における統制原理を中心軸に日々のケアの諸実践を批判的に再検するための必読の論考である。

【文献5】
Diamond T..Making Gray Gold;Narratives of Nursing Home Care.University of Chicago Press.1992.
◆本書は、ナーシングホームにおける入所者たちや施設職員らの「語り」に照準した上で、高齢入所者の人生への回想やそこで語られる物語を詳細に叙述した良書である。入所高齢者にとってそれまでの自らの人生と折り合いをつけながら、そして現在の〈老い〉を再構成してゆくことが明らかにされ、そうした人生の意味の分節化や再文脈化を通じて、ホームでの他者との新たなる関係性の創出形成が報告される。特筆すべきは、これまでの先行諸研究とは異なり、徹底的に当事者である入所高齢者の“声”を照射し、そこでの老いと死の問題を考究していることであろう。施設や制度というものの困難性を乗り越えるための示唆を与える貴重な一冊。

【文献6】
Gubrium J.F..The Mosaic of Care;Frail Elderly and their Families in the Real World.Springer.1991.
◆多作で知られる社会学者ジェイバー・グブリアムの著作の中でも、老い衰えゆく高齢者とその家族の生々しいまでの現実の「声」に傾聴し、それぞれの個人の人生の意味の核心と多元性へ徹底的に肉薄しようと試みた必読の書である。「ケアのモザイク」という主題の如く、そこで描かれる高齢者とその家族の語りは決して一枚岩的なものではなく、極めて多声的な〈老い〉のアクチュアティを明示した構築主義の視点からの先駆的業績である。同じ著者の“Speaking of Life;Horizons of Meaning for Nursing Home Residents”(Aldine de Gruyter.1993)も併読されたい。

【文献7】
石倉康次.『形成期の痴呆老人ケア』北大路書房.1999.
◆本書は、これまでとかくサービス・オリエンティッドな関心や問題からのみ捉えられてきた痴呆性老人のケアを、当事者である痴呆性老人の視点を中心軸に、彼/彼女から苦悩や葛藤、そして時に見せる生き生きとした逞しさを照射する。特に後半部では、高知県安芸市において高齢者のボランティアを中心に開設・運営されている宅老所「わすれな草」の実践、島根県出雲市にある精神科デイケア「お山のおうち」の実践を紹介しつつ、新たなる痴呆性老人ケアの思想と技法がまとめられている。特に、痴呆性老人自身によって書き上げられた手記や座談会での彼/彼女らの語りは、我々のステレオタイプな痴呆性老人イメージを突き崩すことになるであろう。

<在宅家族介護>
【文献8】
Blum N.S..“The Management of Stigma by Alzheimer Family Caregivers.”Journal of Contemporary Ethnography.20(3):263-284.1991.
◆本論文は、痴呆性老人と家族介護者それぞれの苦悩・葛藤の経験と両者の相互作用のダイナミズムを見事なまでに叙述する。痴呆性老人も単に介護の受け手に甘んじているわけではなく、少なくともある時点までは家族介護者と「協力」し合い、露呈すれば周囲に当該老人が「呆け/痴呆」とスティグマ化されてしまうような情報を隠蔽したりする等の「スティグマのマネジメント」を実践する。ところが、次第にこうした「協力」が見込めなくなると、家族による当該老人へのインフォーマルな統制が強化される事態へと転化し、外部の専門家(医者やヘルパーなど)と共同戦線を張って当該老人を統制してゆく社会的帰結を描写した。「在宅家族介護」というケア空間の困難性を考えたい人には最適の論文である。

【文献9】
Blum N.S..“Deceptive Practice in Managing a Family Member with Alzheimer’s Disease.”Symbolic Interaction.17(1):21-36.1994.
◆在宅介護の過程において、次第に痴呆性老人の言動にコントロールが必要と周囲が判断するようになると、当該老人が動揺・混乱しないように行動を管理したり、予測されるトラブルを回避するためにそれらを惹起しそうな情報を隠蔽したりする等の「騙しの実践」が家族メンバーによって営為されることを映し出す。こうした「騙しの実践」による家族内のインフォーマルな管理・統制の強化によって、またサービス・プロバイダーとの共同的管理によって、当の痴呆性老人は管理・統制の“包囲網”へと絡め取られてゆく帰結を社会学的に解明した。「家族」という私的領域と「福祉」という公的領域の共犯的統制機制の剔出と、新たな理論的含意を兼ね備えた貴重なエスノグラフィーである。

【文献10】
春日キスヨ.『介護とジェンダー』家族社.1997.
◆本書は、介護に内在するジェンダーあるいはセクシュアリティの諸問題を整序し、ケアという行為に孕む社会的機制をジェンダーの視点から鮮やかに叙述する。特に見事なのは、ケアという行為が、それ自体に内在する「感情ワーク(emotion work)」の性質――自己が完全に理解することが不可能な他者の意思や感情を汲み取るワーク――によって自己の感覚を他者の感覚と一体視させ、相手との距離を極小化することが求められる作業であることに着目し、介護を余儀なくされる女性が不可避に自己と他者の過剰な同一化へと陥ってしまう危険性を指摘している点である。読者をジェンダー・ブラインドにさせてはおかない、介護とジェンダーの新境地を切り開いた画期的著作。

天田城介(josukeamada.com)著書・論文など